2017年12月 9日

5分ポーズ、5分休憩

 夢で、僕は画家だった。プロのモデルではなく素人を雇って絵を描き始めた。髪が短くて、痩せて、背が高い。



 アトリエはなかった。庭にイーゼルを立てて、モデルにポーズさせた。




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2017年12月 8日

移動する

 それは靄のようなものだった。「移動」はぼんやりとした形をとって、いつも僕のすぐ目の前を漂っていた。病めるときも、健やかなるときも。富めるときも、貧しきときも。ある日、気が向いたとき、それを手に取ってみたくなったときに、僕はそれにはっきりとした形を与えて、外へ連れ出してみる。行こうよ、と言ってみるのだ。さぁ。その一言で靄が晴れたときみたいに、遠くまで見渡せた。




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旅行者階級

 僕は旅行者階級の王子。僕は「移動」をつくり出す機械のようなものだと考えてみれば、移動が今の僕をつくり出したとも言えると気づいた。「誰かがどこかに遅れてやってくる」。その夢が正夢ならその前に移り動きつづけることだ。

「僕がその誰かをそのどこかで待っていたのかどうかは覚えていない」

 けど、そうだった。僕が移動してしまった後、遅れてそこにやってきたのは、「移動」そのものだった。「移動」が移動できなくなり、僕がそんな移動を置いて移動して‥‥。



 そこに残してきたプリンセス「移動」のことを思い出すとき、僕が思い出したのは結婚の誓いの文句だった。病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、って。




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遅れてやってくる

 誰かがどこかに遅れてやってくる、という恐らく何の意味もない夢を見た。Désolé du retard. 僕がその誰かをそのどこかで待っていたのかどうかも覚えていない。




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小さな声で言う

 夢を見た。広い部屋。僕は大声で、あらゆる方向に向かって、世界のいろんな国の言葉で、アイラブユーを言った。最後に、日本語で、「大好き」と言う。その言葉だけが、伝わらなかったようなので、僕は何度も、何度も繰り返して、小さな声で、好きだと言った。




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2017年12月 7日

チキン

 日本にいたときは、タンパク源として豆腐をよく食べていた。400gの豆腐を、椎茸や小松菜と一緒に茹でて、そのまま食べる。本当にそのままでよかったけど、変化をつけるために、味つけにキムチを使うこともあった。それでタンパク質が20g摂れるわけだ。

 カルシウム源としては、プレーンヨーグルトを食べた。これも本当にブレーンでいいのだが、トッピングに蒸したカボチャと、ブロッコリーと人参、それで400g、カルシウム400mgを、ペロリと完食できる。

 食後には濃い紅茶に、シナモンを入れて飲んだ。デザートはバナナやオレンジ、リンゴ。ミニトマト。アーモンド、クルミ。原則として肉は食べないことにしていた。お米やパンも、口にしない。

 パスタを茹でるのも、週に2回までにしていた。そのときだけは肉を食べないという原則を曲げ、鶏のもも肉を食べた。チキンはフランス語で何て言うんだっけ、と思いながら、でも調べることをしなかった。

 フランスにいるのにいつもそこだけ英語で、「チキン」をください、「チキン」を買いたいです、そうその「チキン」のサンドイッチです、と言うことになっても。




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青いバスタオルの精

 青いバスタオルの精がやってきて、私で体を拭けと言った。青い枕カバーの精もやってきて、私の上に頭を載せろと言った。そんな夢を見てしまうなんて、僕はついに気が狂ったのかと思った。

 遅れてやってきた緑のバスタオルの精も何か言ったけど、聞きたくなかったので聞き取れなくてよかった。




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キセル

 家まで帰る金がないときには、いちばん安い、140円の切符を買った。それで電車に乗って、沿線に1つだけある無人駅で降りる。改札はない。降りる人もない。吹く風が冷たい。周囲に人家なんてないんだから当たり前だけど、なら何でそんなところに駅をつくったのだろうか。とにかく、そこから頑張って30分も歩けば我が家なのだった。




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2017年11月30日

別人

 よく知っている人によく似た全然別の人が、映画に出ているのを見た。映画の中の別人は、僕のよく知っている人と同じようなことを言って、同じようなことをしていた。別人は主人公ではなく、映画もお粗末なものだったが、僕は目を離すことができずに、その別人が笑う場面で笑い、涙を流す場面では一緒に泣いていた。

 映画の終わりに、お約束の雪が降り出した。別人の登場シーンはもうなかったので、僕は主人公たちではなく、降る雪を眺めながら、全然別の場所で、別の日に起きた、別のことを思い出していた。




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動物のレム睡眠画像を検索して眺めている夢を見た。

 眠くなった。

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囁く

 外国で記者会見をする夢を繰り返し見る。外国語が苦手な僕には通訳がついている。もう1人の僕がどこか別の場所にいて、テレビに映る自分の姿を眺めている。そんな夢だ。僕はテレビの中の自分が発している言葉がまるで理解できない。隣にいる通訳の女性が僕の耳に囁き、テレビに映る僕に向かってまた別の言葉を投げかける。繰り返して見ているうちに物語は洗練されていく。




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言うことなし

 ゴミ捨て場で拾ったプラスチックの匂いがする真新しいスーツケースをわざと少し汚して、ドールとかスミフルなんかのバナナのシールでマーキングもして、準備はすべて完璧に整った。友達の1人はラテン語で何か書いて寄越すし、毎日届くフランス語の迷惑メールも気持ちを盛り上げてくれるしで、「もう何も言うことなし!」みたいな感じだ。




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血を流す

 坂道を上ったところにある病院で心臓の手術を受ける夢を見た。手術は1時間で終わり僕は鞄を持ってすぐ家に帰った。スーツを着て自転車に乗った若い男がそんな僕を見て驚き何か怒鳴った。「ありえない」とかなんとか、僕はその男に胸のL字型の傷から流れる赤い血を見せた。

 自分の足で移動するんじゃなかったら、それはずっと同じところにいるのとおんなじ、と僕は誰かに思わされている。建物の非常階段を2階から1階へ下りて、そのあとで貨物用のエレベーターで20階まで上がる夢を見て。




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2017年11月29日

経済損失する

 

事する以外にやることがない暇人が、朝から晩まで仕事して、休みも取らないので、たまにしか仕事をしない、本当の暇人である僕は、仕事場に行きづらい。

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奇跡が起きる

 たとえどんな小さなことでも、それが起きる前に起きるとわかるなら、それは奇跡だ。というか想像もしなかったことが実現するより、想像していたことがそのまま実現してしまう方が、驚きは大きい。そうなるだろう、そうなるような気がする、という予感は、いつも大抵外れてしまうのだから。そんなわけで僕は驚いている。それが実現してしまったことに驚いているし、それを何度もなんども思い描いていた自分にも驚いている。奇跡は起こるより前に、僕のところにやって来たのだ。見てて、今から小さな奇跡が起きるよ、と予告しに。




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2017年11月24日

ケーキ

 結婚式場のバックヤードには、客が食べ残したケーキが大量に放置されていた。まったく手をつけられていないものもあった。ある程度の量になったら、まとめて捨てるのだろうか、どこに?




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2017年11月23日

映画のオールタイムベスト10

 ずっと読んでいるブログに倣って僕も映画のオールタイムベストを10作品考えてみました。タイトルと、選考理由を一言。『汚れた血』と『ボーイ・ミーツ・ガール』は僕の中では同じ1つの作品という位置づけです。映画そのものも素敵だけど、これは日本語の翻訳が本当に素晴らしい。


『ブレードランナー』はディレクターズカット最終版とかじゃない、最初の劇場公開版を想定。続編の『2049』も良かったけど、あれは普通の「主人公が人を助けようと思って助けてそしたら自分が代わりに死んでしまった」話。「殺そうとした相手をやっぱり気が変わって助けてしまった」前作には遠く及ばないのです。



『風と共に去りぬ』(アメリカ・大昔)

「タラに帰って考えましょう」


『エデンの東』(アメリカ・1950年代?)

 ジェームス・ディーンの野生動物的な演技


『ディーバ』(フランス・1980年頃)

 主人公が娼婦を買うシーン



『汚れた血』(フランス・1980年代)

『ボーイ・ミーツ・ガール』(フランス・1980年代)

 若さと蒸し暑さの感覚


『機動戦士ガンダムI、 II、 III』(日本・1980年頃)

 ラストシーン


『ブレードランナー』(アメリカ・1980年代)

 殺すつもりだったけど土壇場で気が変わって助けてしまった


『吠える犬は噛まない』(韓国・2000年頃)

 女房にキレてトイレットペーパー転がすシーン


『恋する惑星』香港・1990年代

 好きな人から告白されたけど気が変わった


『真夜中の五分前』(中国・日本2010年代)

 原作とかけ離れた設定、まったく同じ世界観


『ベルリン 天使の詩』(ドイツ?1980年代)

 コロンボ刑事が天使だった件

 映画が面白いのは、駄作、イコール観る価値のない作品、にはならないところです。例えば僕の場合だと、まぁ二度と観る気にはならないけれど、『稲村ジェーン』はやっぱり観て良かったと思っています。反対にタルコフスキーの映画なんて、傑作なのかも知れないけど、別に観ても観なくてもどっちでも良かったと思うし。




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オレンジ

 フランスで、日本で、捨てられていたオレンジを拾って食べた。僕が待っていると、またオレンジが捨てられて、僕は拾って食べた。僕は再度待つだろう。




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2017年11月22日

動機

 答えなら初めから知っているのに、僕は自分になんでそんな質問をしたのだろう。なぜそうしたいのか、という自分の動機を、自分にさえ説明できないことが多い。僕はフランス語がもっと話せるようになりたい。なぜ? と訊かれても説明できないのがもどかしい。自分にさえ説明できないのがもどかしい。恐らくはその動機を知るために、僕はフランス語の学習をつづけている。質問を知るために、答えつづけているような節がある。

 行動は、動機の遥か前にある。行動しつづけることで、やっとその動機が見えてくる。やりたいことを説明することが、僕にはできない。だって僕には、自分がなぜそれをやりたいのか、わからないから。ただ僕は知っている。やりつづけることで、自分がなぜ、どうしてそれをやりたかったのかがわかると。今やっていることを、やりつづけること。心の中の時間は、現実の時間とは逆の方向に流れて、僕にいつかその秘密を教えてくれるから。




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2049

 帰国して、しばらく経って、ネタバレ解説的なサイトをいくつも見てみて、やっとあの映画のストーリーが理解できたところ。で、どうなの? とあのときの自分が、問いかけてくる。

 僕はフランスの映画館でブレードランナー2049を観た。仏語の字幕で観たんだぜ、とあのときの自分が、今の自分に自慢してくる。

 2049(ドゥ・ミル・カホント・ナフ)、ちゃんと通じたよ。アジア人の客は僕1人という劇場で、キップ売り場のお姉さんから、頑張って3Dの眼鏡を買ってさ。

 終わったのは深夜。真夜中の5分前か後か。古いヨーロッパの暗い町並みが、劇中の風景にだぶって見え、5分ほど歩いて部屋に戻る間も、映画の夢が覚めることはなかった。

 アパルトマンのエントランスの、ロックを解除する4桁のコード、まだ覚えている。捨てられていたオレンジを拾って食べた。1か月前の自分が羨ましい。




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感情

 心の目で見ただけの夢を覚えているのは難しい。

 僕は体の外へ外へ出て行こうとするイメージを追いかけている。最初僕は、僕の体の外側にも、僕の感情はあると信じていた。行き着いたその場所で、僕は何を思うだろうと、暢気に考えている。ところが、そのイメージが僕を導いたその場所に、感情はないのだ。「唖然とするような」などという感情すら存在しない場所に僕はやってきて、どうしようもなくなって、元いたところへ戻ろうとする。しかしその、僕が元々いたところに置いてきた、僕の感情は、変化している。そもそも、僕が本当に覚えていた、僕の感情って、どんなものだったろう? 君の音楽を聴くときに、僕が感じているのは、そういうことだ。




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盗塁する

 一塁から二塁へ盗塁する夢を見た。僕の左足は伸縮自在、最大10mまで伸ばすことができるので、リードする必要がない。盗塁するのに便利だ。

 時間はたくさんあるようでない。夜明けまで1時間、赤や青の、点滅する信号機以外、すべての明かりが消えた町を歩いた。

 町の写真を撮る夢を見た。町のカフェで画像を見返していると、撮ったはずの写真が消えていた。行った覚えのない町に僕は行き、撮った覚えのない写真を僕は撮っていた。見た覚えのない夢を僕は見た。




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2017年11月18日

BJ気取りのヤブ医者に

 女友達のまだ幼い子供が病気で入院した。実は僕も赤ん坊の頃、同じ病気に罹ったことがある。それをその友達も知っていて、真っ先に僕に連絡をくれた。後に『ブラック・ジャック』にも登場することになる原因不明の奇病で、根治は不可能、僕は死ぬと言われたものだ。



「とりあえず寝かせておきましょう。運が良ければそれで治ります。運が悪ければ死にます」と言う医者に、両親が「この糞ヤブ医者、お前が死ねよ」とキレたのかどうかは知らない。しかし当時は寝かせておくしかなかったのだ。その病気の原因は50年経った現在でも未だわからず、従って根本的な治療法もないのだが、今はその病気で死ぬということはほとんどないらしい。症状を軽くする薬もできた。



 医学の進歩とはそんな対症療法の進歩なのだと思う。病気を治すのに魔女に頼っていた時代と、何が違うのかわからない。



 確かに、たしかに人の死は遠くなった。僕は強くなり、君は滅多なことでは死ななくなった。それでも、この21世紀では矢鱈にはないことだが、僕たちは死ぬ。そう明日にでも、簡単に。寝てる間に。医者の言うとおりに、僕たちは超ものすごく運が悪ければ死ぬのだ。




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デパート

 閉店後のデパートに勝手に入り込んでパーティーをする人たちの夢を見た。催事場で劇が始まった。仮面をつけた若者と、マネキンが会話する。

 夜、ぼぉっと光る湖の夢を見た。短い夢。目覚める直前に見た。手摺にもたれてその不思議な光を見ていた。

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2017年11月16日

真理教

 気づいてしまった。毎晩見る夢はきっと、どこまで行っても、僕は僕であることから逃げられない、ということを暗示している。アンにシメしている。それは、真理なのかも知れない。が僕はそのことに、異議申し立てをするつもりだ。知ったことか、ふざけるなと言い捨てて、行けるところまで、どこまでも逃げて行く。いろんなものを残したまま、ものすごく遠いところまで行って、二度と戻りたくないのだ。




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2017年11月15日

10点満点!

 大昔に夢日記をつけていたことがあるけれど、自分はワンパターンの夢しか見ないとわかって、すぐにやめてしまった。その当時と比べれば、今見る夢は、遥かにバリエーション豊かにはなった。ただそれも、ストーリーとして豊かになった、というだけで、その舞台装置は相変わらずのような気がする。昨日と違うことが同じ場所で起きるのを見るのは、同じことを繰り返しているのと違わないのではないか、と思ってしまう。それはきっと、僕は僕であることから逃げられない、という夢なのだ。

 スーツケースを転がしながら外国の町を歩く夢を見た。巨大なクレーンの下まで来た。警察に停止を命じられた車の中から、女の人が出てきた。床運動をする体操選手のように、クルクル回転しながら出てきた。




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知能は高いが意識は低い

「意識は高いが知能は低い」と書いてみて、それは自分のことかも知れないとふと思う。あるいは逆に、「知能は高いが意識は低い」なのか、自分ではわからないけど。エレベーターの中とかでよく流れているイージーリスニングの曲、甘ったるいBGM、あれを何時間も聴かされて、鬱病になりそうなのだ。




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泳ごうとする

 水泳の授業を受ける夢を見た。校舎の前にあるプールで泳ごうとするのだが、水草や藻に邪魔されるのだ。綺麗な場所を探して、僕はプールサイドをぐるぐる歩いて。

 家の2階の、普段は使ってない寝室に、喧嘩ばかりしているカップルが泊まりにくる夢を見た。おじさんと、娘ほどに歳の離れた少女で、僕は警察に通報しようかどうしようか迷う。




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スタジアムは面白い

 サッカーを語る人にはいわゆる意識高い系の人が多いように思えるのは気のせいだろうか。サッカーに限らずだが、僕などはひねくれているので、そういう人が応援しているチームが負ければいいなぁと思って見てしまう。

 野球は筋書きのないドラマだとか言われるが、筋書きのないドラマほど面白くないドラマはない。僕は筋書きのないスポーツは見ない。筋書きのあるスポーツもその筋書きがくだらなすぎるので見ない。

 意識は高いが知能は低い親に育てられた子供が、スポーツ選手としてオリンピックで大活躍するストーリーなんて‥‥(オリンピックは特にひどい)。



 スポーツ観戦に興味を失って久しい。無観客試合とか、本番前のリハーサルとか、あえて生で観戦するとすればそういうのが楽しいんじゃないかなと今は思う。野球の試合だったら、試合ではなく、スタジアムを見に行くとか。実際、スタジアムはそこで行われる試合より面白い。建築物はスポーツより美しい。




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2017年11月10日

武蔵

 海戦の夢を見た。僕は上空から俯瞰する視線だった。大和とか武蔵みたいな戦艦が、眼下で次々と沈んでいった。

 ゴミ捨て場でスーツケースを拾った。中が異様に香水臭い。匂いが抜けるまでしばらくかかるだろうが、問題なく使えるので使う。ちょうどいいタイミングだった。今まで使っていたやつがかなりボロくなってきて、違うものが欲しいと思っていたところで。考えてみれば僕はスーツケースを買ったことがいちどもない。欲しいなと思っていると、綺麗なのが必ずどこかに落ちているので買う必要がないのだ。不思議。今回はハードケースなので、ステッカーをベタベタ貼れるのが楽しみである。




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ページをめくる

 本に喩えるとこんな感じだ。捲る頁はもう残っていない。でも物語にはまだつづきがある。僕は自分が何度でも行かなくてはならない場所に辿り着いたことがわかった。

 ピアノを弾く夢を見た。君の隣で。連弾、とは言っても、僕はCやFのコードをおそるおそる押さえるだけだったが。

 僕にはつまらないことを面白がる才能がある。その一方で本当に面白いことを充分に面白がるのは苦手なのではないか、と思うこともある。だから楽しみだけど不安でもある。これからものすごく面白いことが始まるのに。僕には面白がれないぐらい面白いことが。




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パトレイバー2

 パトレイバーの映画を見た。おじさんとおばさんが主人公の第2作目だ。僕は途中から自分が3000歳だと思って見ていた。どうしてそう思ったのかはわからない。

 そこだよ、そこ、とみんなが僕に何かを教えてくれる夢を見た。そこで何なのかはわからない。



 男女3人ずつのグループで遊びに行く夢を見た。その計画を立てる夢だ。僕たちはみんな高校生だった。懐かし過ぎて気が狂いそうになった。

 透明人間になった。友達を見かけて声をかける夢を見た。その友達はそれが僕の声だと気づかずに行ってしまった。夢の中の僕は声だけの存在で、しかもその声は、変わってしまって。




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2017年11月 3日

愛嬌

 飛行機の前の席に中国人の赤ん坊がいて、後ろに座った僕たちのことが、気になって仕方がないみたい。座席の隙間から振り返って、僕と、僕の隣の若いカップルに、愛嬌を振り撒いていた。愛嬌なんて、世界中にばらまいても、まだ余るくらい持っているんだ。フランスに向かう飛行機の中では、みんな、顔で笑って、心でも笑って、何もかも上手くいっているという感じしかなかったし、実際に、何もかも上手くいった。あなたは輝く光だという君の言葉も、素直に受け入れられる。僕は帰ってからもまだ、顔と心と、それ以外のすべてで、笑っている。




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2017年11月 2日

空港で

 戦争が始まる夢を見た。核爆弾が落ちてキノコ雲が2つ上がる瞬間の映像が、モニターに繰り返し流れた。これは戦争が本当に始まる、という大袈裟な悲しい夢ではなくて、僕は空港でぼんやりテレビを見ていました、という普通のつまらない夢である。僕は空港で、わりと無感動に、居合わせたみんなと一緒にその映像を眺めていたのだから。




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2017年11月 1日

ドアをノックする

 記憶があまりにもリアルだったら、その記憶を思い出している僕は、今目の前にある現実に、別の現実が重なっているように感じるのではないか。リアルな幻覚を見ているような気がするのに違いない。

 確かに初めてのはずなのに、ここは前に来たことがある、と思うのは、わりによくあることだけれど、ピンスポット的にではなく、町全体にその既視感を感じたのは初めてだったので、帰国して何日も経つのに、僕はまだ驚いたままだ。

 閃きだとか昨日見た夢とか、無意識の直感を信じて行動してしまいがちなところが、僕にはある。しかしもちろん、僕は予知能力者ではなくて、第一印象的な予感は、大抵外れる。第二印象、第三印象、かすりもしない。

 けど今回の既視感は、そんな未来の予感とは違った、過去の、リアルな記憶のような感じなのだ。僕は本当は未来にいて、現在をど忘れした過去として捉えて、思い出そうとしている、という感じなのだ。今ここで起きていることを正に今、この場で、思い出そうとしているみたいなのだ。

 とにかく君とのつき合いがつづく限り、あの町を訪れる理由など無数につくれるはずなので、何回でも訪問して、町中を歩き回って、ドアというドアをすべて開けてみて、その後で自分に何が起こるか、見てみようと思う。




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500日

 1年が500日ある国へ旅行する夢を見た。空港の近くにあるホテルの従業員は日本語ができた。チェックアウトが午後遅くになってしまった僕が、追加料金を払おうとすると、1年のうち470日は暇だから、いいのよと言ってくれた。褐色の肌の女性だった。

 見る夢には何かの意味があるように思う。気の向いたときにいろいろ考えてみたところ、その夢でとった行動より、どこにいたのか、場所が重要みたいなので、その点を意識して、記録するようにする。物語的な要素は、おまけみたいなものだ。



「部屋」の夢を見た。目を覚ますと僕は「部屋」にいた。「部屋」の中には今まで過ごしたことのある部屋が全部重なっていた。オレンジ色の柔らかい光を放つ不思議なクッションがあって、それも何かと重なっていた。




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『真夜中の五分前』と『ブレードランナー2049』

何年か前、映画化された『真夜中の五分前』を観て感動した。

中国語のセリフ、英語の字幕。

どっか外国で観た。

 

この間『ブレードランナー2049』(英語のセリフ、仏語の字幕)を観て、

『真夜中の五分前』の感動を、なぜか思い出したのである。

原作とはまったく違う舞台(上海・モーリシャス)と、

まったく違うキャラクター(映画女優・プロデューサー・時計職人)を設定しておきながら、

原作の世界観は忠実に再現しているという奇跡の傑作。

『ブレードランナー2049』でもあれぐらいできなかったのかなぁ、

無理か。


「好きな男(映画プロデューサー)も、憧れの職業(女優・モデル)も、そっくりな妹は私から奪っていった。

奪われるたびに、私は私でなくなっていく」

そんな姉と孤独な青年が恋に落ちる。

やっと「今」を生きる「自分」を取り戻した双子の姉。

が、悲劇は起きる。

姉妹で出かけた旅先で事故に合い、姉は命を落とす。

そのショックで妹は「時間」と「自分」を見失ってしまう。

誰もが疑う。

生き残ったのは双子の姉ではないのか?

姉が妹になりすまして、女優という職業とかつて愛した男を

奪い返したのではないか? 

幼い頃から何度も入れ替わり、お互いの人生を交換してきた瓜二つの双子の姉妹。

生き残ったのはどちらなのか、本人にももうわからない。

それを判断できるのは、姉を姉として愛した、孤独なあの青年だけ。

彼が私を私として愛してくれるなら、他の誰でもない私に私はなれる(だろう・はずさ)。


というところで物語は終わる。

結局どうなったんだろうな。

原作では彼は「私」を「私」として見た、そして(だからこそ)愛せなかった、

というところで終わるのだが‥‥


『2049』より面白いので、期待し過ぎたあれで消化不良を起こした人は観るべし。




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2017年10月31日

わからなくなる

 自分の歳がわからないふりをしたことはあったけれど、本当にわからなくなってしまったのは初めてだ。僕は年齢にサマータイム制を導入していて、普段は1980年生まれの37歳で通している。履歴書にもそう書いたことがある。実際それぐらいの外見だとは思うが、本当の齢は全然違う。朝の8時でもまだ外は暗かった10月のヨーロッパのように。

 2階の壁に落書きをしている悪ガキを捕まえる夢を見た。掴んだ手を僕が放すと、ガキは落下して怪我して泣いて、僕が悪者になってしまった。ブレードランナーみたいにしようと思ったのに。




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2017年10月30日

アンポンタン

 フランス語で水曜日を何て言うのかど忘れして、ずっと「火曜日の明日」とか、「木曜日の昨日」とか、「つまりはウェンズデー」とか、めんどくさい言い方をしていた。検索すれば良かったのにしなくて、今日になってから思い出して、調べてみた。mercredi である。フランス語の r の発音は難しいので、発音しないことにして、メェコォゥディでも通じるだろうか。通じるならメコディで覚えよう。important をアンポンタンと言っても通じたので、大丈夫なような気もする。




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二度見する

 過去を知っている人と、未来を知っている人、どちらが強いかと言えば、それはもう決まっている。僕はこれから起きることをすべて知っていて、それをなぞっているだけ。幸せだが、とても弱い。未来は夢で見たとおりで、何も変えられないような気がしている。過去は何度も書き直している内に、本当はどうだったのか、わからなくなってしまった。



 今まで幸せだった人と、これから幸せになる予定の人、どちらがより幸せかと言えば、それはもう決まっているのだ。僕の強さはせいぜい、それでも構わないと思える程度。夢で見た町への旅は、タイムトラベルだった。僕はこれから見るはずの夢を二度見して帰ってきたのだ。




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既に知っている

 重症の方向音痴なので、初めての場所に行くときは、必ず地図で予習するが、それでも迷って、最後にはタクシーを使う羽目になるのに、予備知識ゼロでいきなり行ったあのフランスの町で、道に迷うことはなかった。小さい町だったこともあるが、「丘の上にある駅で下車して周囲を散歩する夢」を見たおかげで、既視感がハンパなかったからである。これから起きることを僕は既に知っている、知っている、これを見たんだ、僕はこれを夢で見たんだ、既に。正夢が僕に根拠のない自信を与えてくれたのだとすれば、方向音痴とは一種の精神病なのだろう。僕は元々狂っていたのだけど、さらに狂った未来の自分を夢見て、それを信じられるくらい狂ってしまい、というところで正気に返ったわけだ。




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飛ぶ

 改めて考えてみると、「恋に落ちる」という、この「落ちる」というのは、何の疑問もなく使っているけど、変わった表現だ。恋に上るとか、恋に飛ぶというならわかるが、落ちるとは。高いところに上がって、それから飛ぶのだ。いや、決して落ちることはないだろう。




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2017年10月29日

足を洗う

 建物の1階はフランス料理のレストランになっていて、美味しそうな匂いと客の笑い声は3階の僕の部屋にまで届いたけれども、あまりにも金がなさ過ぎたせいで、僕はずっと自炊していた。建物は観光客が記念写真を撮りたがるような噴水と銅像があるあまり広くない広場に面している。そしてその噴水は、真夜中に僕が窓から見下ろすと、ホームレスが足を洗っていたあの噴水でもあるのだ。

 だからそこで旅を終わりにしても良かった。どこで終わっても良かったのだ。雨の日には部屋で、買ってきたチーズやチョコレートやケーキを齧りながら、クラシックの専門チャンネルを見た。いちおうはオペラのチャンネルだったのだが、交響曲や弦楽四重奏曲の演奏も放送している。その壁掛けのサムスンが、部屋の唯一の現代的な設備だった。僕が日本人だとわかると、大家さんは竹でつくった家具を置いた(日本ふうの?)部屋を貸してくれたのだ。いったいどこで調達したのか、竹のベッド、竹の椅子、竹のテーブル。辿り着いたその場所が、竹に囲まれたその場所が、だから最後だとしても良かったと今は思う。




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みずから

 日本に向かう飛行機の中で短い夢を見た。日本では今、「おれ」や「ぼく」「わたし」と言うかわりに、自分のことを「みずから」と言うのが流行っているとか。さすがにありえない。「自らは本日フランスから帰国しました」と税関の職員に言ってみようか。いややめた方がいい。




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ほっとする

 特急が停まる丘の上の駅が町の玄関口で、そこから湖の方に坂を下り、10分も歩けば町の中心部に出る。僕はその町の中心部に部屋を借りていた。急な螺旋階段を3階まで登らなけりゃならないのが難儀だったが、便利なところである。スーパーまでは徒歩3分。その先の信号を渡った通りに映画館があった。ブレードランナー2049を観た映画館だ。

 スーパーとは反対側の、丘の上に上る道を左に行くと、中世の町並みが広がる。12世紀に建てられたという城の周りを、日が暮れてから散歩するのが好きだった。こんな美しい町を僕は見たことがない。あまりの美しさに歩くことができず、同じ場所に何十分も立ち止まって、目の前の景色に見とれているので、散歩から戻るのはいつも深夜になってしまうのだった。

 昼間は湖の周りを歩いた。スーパーで買ったパンとチーズを鞄に入れて。ベンチに腰掛けると、鳥たちが群がってきた。僕がぼろぼろこぼしながら食べるパンを目当てに。大学生たちがノートを広げて勉強している脇では、泳いでいる人もいた。湖で泳ぐには、その週がぎりぎり最後のチャンスだったのだろう。



 僕の夢見た、僕の思う世界一美しい町に、観光客は少なかった。ただ町を、広場を、女学生のグループが、フランス語のヒットソングを歌いながら隊列を組んで歩いて行く。アーコーディオンでバッハのフーガを弾くストリートの楽士。超絶テクニックの楽士。でも観客は僕だけだ。

 話されている言葉は、すべてフランス語だった。滞在中は、英語を一言も聞かなかった。最終日に「グレート・トリップ・バック・トゥ・ジャパン」と君が言うのを聞いたのが、ほとんど唯一だったと思う。1時間に1本出ている特急電車に乗り、国際空港のある駅まで行く。そこで観光客が英語を話しているのを聞くと、心底ほっとした。やっと帰ってきた、という気分になり、そこで旅を終わりにしてしまっても良かった。




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2017年10月27日

会話する

 あっちには美味しい韓国料理のお皿があるよ。

 なかったけど‥‥

 えっ何が?



 あなたのその存在の輝きが私を照らしてくれる。

 本当に?

 あなたは私の光。

 うん‥‥

 あなたは輝く光。

 うん‥‥

 あなたは私を幸せにしてくれる人。

 ‥‥

 あなたの名前忘れちゃった、えへへ。



 ☆



 ところで帰国する前にブレードランナー2049をもういちど観ようと思って映画館に行ったらもう終わっていた。日本に帰って日本語の字幕で観る気はしない。あの映画はわからないところ、聞き取れないセリフがあるぐらいでちょうどいいから。




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2017年10月26日

嘘つきを探す

「愛を所有することはできない。愛さずに所有することもまたできない」。そうなら僕が持っているこれは、愛とはまったく無関係な何か。



 プルーストによれば「私たちは概してもっとも愛する人に嘘をつく」ものらしい。そうなら僕は誰にいちばん嘘をついているだろう? 反対に僕に嘘をついているのは誰?




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光る

 言ってみればこんな感じだけど、たぶん本当はそうじゃない。「あなたのその存在の輝きが、私を照らしてくれる」とか。「あなたに会う度に私は幸せになっていく」とか。「あなたは私の光」。

 けど日本語に訳すとそんな感じ。ロマンチックで強い言葉。わかりやすい愛の告白を受ける。曖昧さと暗示に重きを置く僕は、かえって臆病になって、

 たぶん本当はそうじゃない、と最後の瞬間まで繰り返す。

 ていうか輝いているのは君だし。君はアーティスト。君の瞳は100万ボルト。光っているのは君。そうメールしてパソコンの電源を切って、夜の3時まで町を歩きまわる。決して治安がいいとは言えない町。いやたぶん、本当はそうじゃない。

 晴れた日には湖の南に、蜃気楼のように霞むアルプスが見える。遊歩道脇のベンチにひとり腰掛ける僕の隣に、同性愛者のカップルが座って、いちゃつき始める。入れ墨を入れたものすごく太った女がものすごく格好いい自転車に乗って、すぐ前を通り過ぎる。



 僕たち3人は思わず顔を見合わせる。今デブに誘われたら、あのデブが僕を輝く光だと言ったら、一も二もなくついていく。いやもちろん、本当はそうじゃない。




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2017年10月25日

1本でも木々

 木々を間違えて「もくもく」と読んでしまったが、響きがなんだか可愛らしくて、それまで感じたことのない愛情を、そのへんに立っている木にも感じるようになった。これから僕は、1本の木を見ても、必ず「もくもく」と心の中で語りかけるようにする。というかここはフランスだから、もくもく、愛してるよもくもくぅ、と口に出して言っても、間違いを指摘され笑われることはないだろう。




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2017年10月22日

たまごっちの夢を見る

 を見た。僕はフランスで、ホテルのスイートに泊まっている。部屋を掃除しに来たのは、若い日本人の女性2人組だ。日本語が話せるのが嬉しくて、僕は色々と質問する。1人は真面目に、もう1人は冗談で答える。「ところで知ってた? 今フランスではね、たまごっちが流行っているの。たまごっちを耳栓の代わりに耳に詰めるのが流行なのよ」「嘘つけ」




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雨宿りする

 を見下ろす丘の上の駅に列車が止まったので、僕は降りて、この間の夢を強引に正夢にしてしまった。国境近くの、小さな町、このことを夢に見たんだ、と思いたかった。湖に向かって、坂道を下って行く。降り出した雨に、小学生のグループが駆け足になる。扉を開けている画廊を見つけたので、入ってみた。出迎えてくれたのは、画家本人だろうか。ボンジュー、雨宿りかい? そうです、けど絵も見ます。挨拶だけで、どこから来たのかとか、絵の感想とか、何も訊かれない。この町のことは、夢で見てよく知っている、そう思いたがっている僕には、それが心地よい。




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タバコをせびられる

 の町を散歩していたら、「お兄さん、タバコくれない?」と話しかけられた。3回連続で、黒髪の白人の娘さんだった。美人でもブスでもない、フツウの女のコ。僕は吸わない。フランスに行くときはタバコを持って行こうと思っているんだけど、毎回家に忘れてきてしまう。ただどうせ、タバコを持ってきたところで、ポケットに入れ忘れて外出してしまうんだろう、とは思うけどさ、なんて自分だけに通じる言葉で、いいわけしてみる。というわけで今日は、そんな1日になってしまった。3人連続で、タバコをせびられた日。たまたま入り込んだ教会で、牧師さんがオルガンの練習をしているのを何時間も聴いていた日、ではなくなってしまった。




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2017年10月12日

金融緩和

 銀行の人から連絡があった。僕にだ。もっとお金を貸してくれるという。しかも、さらに低い金利で貸すという。これが噂の、異次元の金融緩和というやつか。僕に財政出動か。僕は嬉しいと返事した。




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2017年10月11日

日本という夢

 昼間からゴロゴロしていたら、夢を見た。みんなで日本に行く夢だ。みんな。親しい友人や、あまりよく知らない知り合い数人で構成されたグループ。海を見下ろす丘の上の駅で電車を降りて、辺りをブラブラ散歩したりして。で、駅に戻るころには、もう、これは夢だと気づいていた。こんな国、こんな場所は本当はない。学校帰りのランドセルを背負った子供たち、そんなものはいない。この「日本」は僕の夢の中だけにある想像上の国なんだよな、と思っていた。といったところで目を覚ますと、僕は日本の家にいるわけだ。夢から覚めた夢を見たのか。僕は今日いつまでも夢の中にいるみたいだ。




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2017年9月29日

変化

 僕が運命は変えられると思うときには、運命の方でも僕を変えられる、と思っているのだ。そんなふうにして何もかもが変わってしまう。変わってしまった。変わっていく。




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2017年9月28日

自分の言葉

 自分の言葉で考え、自分の言葉で語る。それをすごいことだとは思わない。そんなことはどうでもいい。そもそも自分の言葉で語るべき自分などというものが僕にはない。外国の人を好きになって、そう思い知った。

 その人に好きだと告げるときは、その人の言葉で告げる。そう君にだ。君の前では僕は、君の言葉で語る。君の言葉で感じ、君の言葉で考え、そうして僕自身が、君の言葉になる。そういうのが夢で、そう願っている。




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2017年9月27日

罪のある人

 罪のない人間が大勢犠牲になるのは許されない、という。でも僕は罪のある人間が1人死ぬのも、やっぱりいけないことだと思う。北朝鮮も日本もアメリカも韓国も違わない。罪があるとかないとか、誰が決めるのだろう。戦争になると思う。たくさんの人が死ぬと思う。罪のあるなしにかかわらず、たくさんの人が。でも僕はそうなって欲しくないと、今わりと真剣に思う。




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パリ

 夜中の3時に暑くて目が覚め、眠れなくなってしまった。ボイラー(?)の音が、獣の唸り声のように響く通りへ、散歩に出た。怖かったけど、ゾワゾワするような、危険は感じなかった。

「もし君が若いときに、パリに住んだことがあるなら、パリはその後もずっと君についてくる」有名な言葉で、確かに真実だとは思うけど、少し違う。僕についてきたのは、そう言った「ヘミングウェイのパリ」だった。佐伯祐三の描いたパリだったし、ヘンリー・ミラーのパリだった。あるいは君が話してくれたパリだった。

 僕のパリは、僕についてこなかった。僕以外の誰かについていったわけでもなかった。ずっとパリに留まったまま、僕の帰りを待っていて、たまに訪れる僕を、雨で迎えてくれた。夜には獣の唸り声のような声で、歓迎してくれた。湿った夜の、獣の唸り声。あれは歓迎のしるしだった。そう思う。

 それでも、やっぱりパリが好き、という人もいるし、フランスは田舎の方がいいという人もいる。僕は、どっちだろう。「ここはパリ。ここは寒い国です。寒い国の寒い町です。そんなに寒がりなら、自分の国に帰ったらどうですか?」君が昔、移民局で言われた言葉を思い出した。寒くもないのに思い出した。寒くなればもっと頻繁に思い出すのかも知れない。

 いや違う。そういうとき僕についてくるのは、また別のパリなのかも知れない。




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2017年9月20日

また別の電話から

 また別の電話から。アロー、ジェクゥット(お伺いします)。聞こえる。目の前を、車が走り過ぎる。助手席の女が、電話をかけている。呼び出し音が、鳴る2回、5回、8回。聞こえるはずのない音が、僕の耳に届く。どうしてなのか。そんな音が聞こえるのは、風や、気温や湿度のせいなのか。そうなんだろう。



 僕の無能さが聞き、僕の無力さが語るのを。僕の日常的な運勢が、あるとき突然に幸運状態へと変化するのではなく、わけのわからない「幸運」が、何という理由もなく僕の日常に入り込むときがあるのだ。今がそう、たぶん、日常に変化はない。幸運を取り込んだまま、そのままずっとつづく。




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2017年9月 8日

変化

 話し方が変わると、話す内容が変わる。というか、話す内容が変わると、話し方が変わる。どっちが先かはわからないけど、それなら、話す言葉が変われば、何もかもが変わるだろう。僕のフランス語は、それを実感できるほど上達してはいないが、予感することはできる。他者の言葉を学び、受け入れることで、僕は変わるだろう。歩き方が変わると、行き先までが変わってしまうように。




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2017年9月 1日

パスワード

 フランスの、田舎の町に着いたのに、住人は日系人ばかり、という夢を見た。誰もが日本語を話す。小学校時代の友人だという男が、駅まで迎えに来てくれて、10桁の数字とアルファベットが書かれたメモを、僕に渡す。日本語を話す警官がいる。その警官にも聞こえるように、大声でそのパスワードを叫んでみた。8桁まで言ったところで、何か予感がして、とんでもないことが起きそうな気がして、僕は残りの2つの数字を、わざと間違って言う。

 僕は空港にいる。パスポートと現金が入ったバッグをどこかに置き忘れてきてしまう、という夢を見た。僕は、パスポートや財布を鞄に入れることはない。だから現実にはそんなことは絶対にありえないわけだが、焦って目を覚ましたときには、口の中がカラカラだった。




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