詩集どうでしょう?
詩を書いて出版しました。
クイズ大会が催されたのは高校の長い廊下で、参加者は僕を含めて3人。
2階の廊下では簡単なクイズが出された。3階のクイズは難しい。罰ゲームがあると聞いたので、僕は2階のクイズに挑戦することにした。
あとの2人は3階へ行ってしまった。
やっぱり3階が楽しかったかも知れない。
1人でこんなことをして、何がおもしろいのだろう‥‥
始める前にトイレに行った。鏡で自分の顔を見ようとしたが、曇っていて何も映らない。大者専用の鏡だと書いてあった。大人物の姿しか映さないのだ。
歩いている彼を、僕は走って追いかけたが、追いつけない。ゆっくり歩いているように見える。でも距離はどんどん離されていく‥‥
僕はバスに飛び乗る。松葉杖をついた男性を乱暴に押しのけた。そのせいでちょっとしたトラブルになり、彼を完全に見失った。
繁華街の、裏通りを歩いている‥‥。予備校の模擬試験が行われている会場前に出た。試験官をやっている知り合いの男Aがいる。外から合図を送った。
出てきた男Aは、僕に2万円を渡した。するともう1人の男Bがあらわれて、Aに1万円を渡した。AはBと一緒にどこかへ消えた。
てきとうにキーボードを叩いていると偶然『罪と罰』のような小説が書けてしまった。どうしたらいいかわからなかったので学校の国語の先生に見せた。すると先生もどうしたらいいかわからなくなったようだ。もうしわけないような気持ちになった。
僕は普通にキーボードを叩いててきとうなミステリー小説を何編かつくった。それを先生に見せると今度は褒めてくれた。
「ところでこの間の小説はどうでしたか?」「何のことだ?」とその男の先生は言った。
巨大な埠頭には似つかわしくない小舟が何艘も浮かんでいる。逃げてきた男はその内の1隻に乗り込み沖へと漕ぎ出す。そうして追いかけてきた男たちに何か叫んだがあとで聞いた話によるとそれは歌だった。短いラップのような歌でそれを聞いた追っ手たちはそれ以上追おうとはしなかった。持っていた書類を丸めて小舟に投げつけた。
コンセント差し込み口は天井に1箇所しかなかったので、業者が部屋にテレビを運んできたときも、彼らはどこに設置すればいいのか迷った。本棚の上を片づけてそこに置くしかないが、それでも線は届くか届かないかだろう。
あったはずの延長コードが、見当たらない。母に訊いてみると、捨てたと言う。「ピンク色の延長コード、気に入っていたのに」「色が気持ち悪かったの、男の子なんだからあんなのだめ」「白と黒もあっただろう?」「知らないわ」「勝手なことすんなよ」口論になった。
父が割って入ってきた。「おれが弁償するよ、いくらだ?」
あまりにも頭にきて僕は1つ5千円だとふっかけた。父は黙って1万円札を出し、釣りはいらないと言った。その1万円札を持って僕は家を出た。
テレビの前に、籠が2つあった。1つには人間の赤ん坊が、もう1つには仔犬が入っている。
仔犬はぬいぐるみかも知れない。
テレビでは、戦争映画を放送している。テレビの中から兵士が出てきた。超リアルな3Dだ。超リアルな銃を赤ん坊に向け、発砲する。
僕はチャンネルをニュースに切り替えた。戦争は終わってなかったが兵士は消えた。と、赤ん坊の両親が帰ってきた。
アナウンサーが時報を読み上げている。58秒、59秒、59秒、12時‥‥
どうして59秒を2回言うんだろう。
美容院にて、僕はカットを任された。長めのボブにした、若い女性客。どういうスタイルにしてくれとは言わない。ただ「任せる」と言う。
彼女の毛先は、洋服の裾のようだ。ほつれないように、ミシンで仕上げているのだ。
僕は慎重に切り込みを入れ、裾をほどいた。
「切りっぱなしにしてみましょう。ラフな雰囲気で‥‥」
ピアノを弾いている僕に少年はイカの干物を投げた。演奏を一時中断して訊いた、
「何?」
少年はもう1つ干物を投げた。子供がよくやる、投げること自体を楽しむようなやり方で。僕の両手がイカの干物で塞がった。
「お話をしてよ」と彼は言う。
「ピアニストになる前、僕は‥‥」
話そうとしたが何も思い出せない。
少女が食べようとしていた巻き寿司に、砂がかけられた。ひどい嫌がらせ。
「気にすることないよ」と少女は僕に言った。(それは僕が少女にかけようとした言葉だ‥‥)
少女は僕の肩に手を回す。つかまえられた。長い腕に。彼女は僕の顔を白い包帯でぐるぐる巻きにし始めた。
「どうしてこんなことするの?」
「気にすることないってば‥‥」
もう何も見えなかった。口もきけなくなった。辛うじて匂いを嗅ぐことはできた。僕は少女の指の匂いを嗅ぐ。
ホテルの部屋は、バスの中だった。座席を倒したベッド。チェックアウトの時間だったが、くずぐずしていた。座席の間を歩き回った。
誰もいなかった。みんな下車(チェックアウト)してしまった。運転席の方まで行った。
フロントガラスの向こう、ビルの谷間の空に、大きな白い月が見えた。
僕は500mmの望遠レンズを向け、月をこちらへ引き寄せる。
振り返ると、バスに乗客が戻ってきていた。白人の女性ばかりだった。「月が綺麗ですね」と声をかけてみた。
腹が減って倒れたのは荒野だった。食べなくても平気だろうと思っていたが‥‥。
死体置き場で目覚めた。気づくと腹は減ってない。死んだわけではなさそうだが、もう食べなくても大丈夫そうだ。
歩いて家に帰ろうとした。家がどこだか思い出せない。
彼の二の腕にはふさふさした毛が生えていた。髪の毛よりも黒く滑らかで豊かな毛だ。女の毛髪のようだった。美しい。彼はその毛を長く伸ばしていた。
マラソン選手だった。彼は実業団に所属している。暑くないのだろうか。いやもちろん暑いだろう。
「もちろん暑いさ」と彼は言った。
「あとは、みんなで話し合って、決めてね」
彼女は、ボディコンのドレスを着た。
「あたしは、席を外すから」
そう言って、外に出かけてしまった。
こんな朝から、あんな服を着て、
どこへ行く‥‥?
彼女と入れ替わりに、何人か入ってきた。若い男性が1人、やや年配の女性が1人、お年寄りが1人。
あとでわかったことだが、若者の母親と祖母である。
若者はボディコンの女性の、第一愛人だった。
第二愛人である僕に、話があるらしい。
彼の母親は、よくわからないが、何か怒っている。
祖母は、泣いていた。
僕は、(とりあえず服を着たかった。)
特に滑りやすい靴を履いてきたが、ローラースケートにすべきだった。バスの後ろから出ている紐につかまって、僕は滑った。やはり、失敗した。ほんの少しの間で、踵がすり減ってしまった。スケボーでも、よかったのだ。
隣で滑っていた、就活のスーツを着た女性に、笑われた。彼女は、ローラースケートが上手だ。
走行中だったが、電車の扉は開いたまま。危険な位置にその女の人は立っていた。僕の方を振り返って微笑んだ。そうして、電車から飛び降りた。夢の中で、そんな夢を見た。
電車の扉は、まだ開きっぱなしだ。女の人はまだ飛び降りていない。「危ないですよ」と僕は声をかけたが、今度はその人は振り向かなかった。微笑んでもいなかったと思う。駅に着いた。
ラーメンを茹でるのに先に具のキャベツを鍋に入れある程度茹で上がったところで麺を投入し、そこで台所から離れたらにどと戻ってこれなかったのは犬岡くんのせいだ。
犬岡くんは自分はスマップのメンバーだと言い、他のメンバーと一緒に写った写真を見せてくれる。
その写真をうっかり穴の中に落してしまった僕は写真を拾いに穴の中に入った。
穴の中にはたくさんの足があって、足は写真を踏んづけてしまいそうだった。
女の人のツルツルした綺麗な足もあったので僕は痴漢と間違われてしまわないか心配して、もう写真はどうでもよくなった。
高速道路の模型にミニカーを走らせて動画を撮影した。満足のいくリアルな画が撮れた。僕はスマホでずっとその動画を見ながら車道の真ん中を歩いている。
いつの間にか夕方だった。西日が眩しかった。夜景が見たかったので早く夜になればいいと思ったが、時間はそこで止まってしまった。
彼の車は、ポルシェだった。車好きしか乗らない昔の、カエル顔の911だ。僕はその車の、狭い後席に乗せられていた。スピンさせて向きを変える。すごいだろと彼は言う。どうして助手席に乗せてくれないんだろう、と僕は思った。
ホテルの駐車場に戻ってきた。レストランまでは結局、車ではなく歩いていくと言う。もう1台、爆音を響かせて戻ってくる車があった。先に出ていた友人夫婦の、ツインターボのマセラティだ。彼らもまた、歩いていくことにしたのだろう。
友人夫婦の家で、サッカーの国際親善試合が始まる。サッカーに興味のない夫婦は、布団を敷いて寝てしまった。と、枕元のスピーカーから、警告が流れた。「寝るときはマスクをしてください!」慌てて夫婦はマスクをした。監視されているのだ。
相手チームの選手が1人、家に到着した。僕と、1対1の勝負だ。だが「夫婦は寝てしまったよ」と僕が告げると、彼はやる気を失い、ピザの宅配を注文して、一緒に食おうと言った。
体育館の隅で、ピアニストが演奏している。その様子はYouTubeで配信されている。
体育館の反対側の隅っこには、ピアニストのファンたち。スマホやタブレットで、彼女のパフォーマンスを観ている。どうして生で聴かないんだ、と不思議に思い、声をかける。するとたくさんのいいねが、僕に送られる。ピアニストではなく、僕に。
町中でロケがあった。地下の駐車場から悪者の車が出てきた。それを追いかける主人公の車。大爆発。ちょっぴり危険な感じはした。
僕が好きな女優が出演している。僕は一緒にいた友達に、テレパシー送信を頼んだ。友達は超能力者なのだ。
撮影は終わり、集まっていたファンの前に、女優が姿をあらわした。「おつかれさまです」と僕は声をかけた。「あんな危険なシーンを、スタントなしで演じるなんてすごいですね」
「えっと、さっきテレパシーを送ったのは僕です」と言った。
そこで初めて女優は僕を見たが、何も言わなかった。
犯人の1人が燃えた。つかまると燃やされるのだ。仲間たちは次々と逮捕されている。僕は怖くなり逃げだした。ばあちゃんがついて来た。「アタシも行く。1人だけ逃げようったって、そうはいかないよ」
正直足手まといだと思ったが、はっきり言うのは失礼だ。「僕は歴史に興味がないんです」と言った。我ながら上手い表現だと思った。
真夜中にランニングをしていると、行く手に女の子の幽霊が見えた。真っ暗闇の中、白く発光していた。彼女を避けるため、僕は車道を走った。そしてかなりのスピードを出したのだが、彼女は追いかけてきた。
結局自宅の前まで幽霊はついてきてしまった。
女の子の幽霊は手にぬいぐるみを持っていた。
それを僕に差し出し買ってくれないかと言う。
断ろうとすると、Tシャツを出してきた。それは、悪くなかった。値段も、400円だという。サイズは、M1、M2、そしてLの3種類。僕はM1を手に取り、クレジットカードで払えるか訊いた。すると、女の子の幽霊は不機嫌になった。
自動車で坂道を上がった。この道を自転車で行くのは大変だと感じた。坂はどこまでもつづいたが、辿り着いた場所の標高が、それほど高いとは思われなかった。普通の都会である。運河と港がある。駐車場は公園の地下にあった。そこからさらに下に下りる階段があった。
僕は下りていく。自転車の駐輪場に出た。いわゆるママチャリではなく、派手な色の、高そうなロードバイクばかりが停めてある駐輪場だ。双子の姉妹が、そこで待っていた。
僕たち2人は、どこへ行くあてもなく歩くカップルだった。同じように歩くカップルたちが、僕たちの前や後ろにいた。彼らは楽しそうにしていた。僕たちは実際に楽しかった。
トイレに行く、と僕は言った。トイレに入った。何人かの男たちがいた。女たちがいなくなると、男たちはみな不機嫌そうだった。
ところでトイレには、綺麗な糞が浮いていた。パステルカラーの、棒アイスのような糞だ、何本も。
これは誰の、排泄物なのか。
持ち手がついていたが、持ち手の方が汚くて、持つ気にはなれなかった。
『家庭画報』という雑誌がやっているポスターのコンクールに応募しようと思い、作品を仕上げた。
直接持ち込むのに、美術部の顧問の先生と一緒に、出版社へ出向いた。
ロビーには、昨年の優秀作品が展示してあった。「どれもヘタクソだ」と先生は言った、そして壁から剥がして捨てた。
代わりに僕のポスターを、先生はそこに貼ったのである。
「スマップ賞受賞作品」
「この『スマップ賞』って、どういう賞なんですか?」と僕は訊いた。
銀行のロビーにいた。宝くじの高額当選金を受け取りに来たのだが、それは既に口座に入っていると伝えられた。見てみた。残高を。しかし数字だけでは、実感が沸かない。
僕はATMで、1万円だけ引き出してみることにした。手が切れそうなピン札が出てきた。これはこれでまた、現実感がない。「面倒くさい人ね」と行員のお姉さんは言った。
彼女は自分の財布の中から、ボロボロの旧1万円札を取り出し、僕の新札と交換してくれた。
「破れてしまいそうだね」と僕は感想を述べた。
「僕、億万長者になったんだよ」
僕はお姉さんが交換してくれた、ぼろぼろの汚いお札を、また銀行に預けた。
ラーメン屋に出前を頼んだ。若い女の店員がカブに乗って届けに来た。それを見て僕は「昔は‥‥」と言いかけた。しかし何を言おうとしたのか忘れてしまった。
小川が流れている。階段を下りてそこまでいく。女が小舟に乗ってやってくる。手に何か持っている。
小説家の男は、いまだに原稿用紙に、手書き。肩が凝る。家政婦にマッサージを頼んだ。雪の日だった。「家内はどこへ行った?」と小説家。「こんな大雪の日に」
家政婦は庭先に出る。小説家の夫人がうつ伏せに倒れている。「奥様、奥様、どうされました?」家政婦は小説家の男を呼びに家の中に戻る。誰もいない。
飛行機の中に女の子が2人いる。背の高いのと低いの。こちらを見て何か話をしている。女の子たちが手に持っているのは、僕が昔恋人に宛てて書いた手紙だ。
僕は座席に座って、シートベルトを締めている。ベルトの着用サインが点いているのに、女の子たちは席に座らない。手紙を手に持って、通路を歩き回っている。注意する者はいない。
女の子たちが、ずっと僕の方を見ている。そして飛行機の窓を開けた。開くはずがないのに。外の景色が見えた。飛行機はずいぶん低いところを飛んでいるとわかった。まもなく草原に着陸する。
僕はインスタグラムを消し去った。なぜか知らないが僕に、その権限が与えられていた。冗談だろうと思ったのだ、最初は。おもしろ半分で「消去」のボタンを押した。そうすると、本当にインスタグラムはなくなってしまった。
ユーザーたちは憤り、犯人探しを始めた。僕の仕業だということは、すぐにバレた。あらゆるSNS上に、僕の本名と、出身大学名が晒された。津田沼短期大学八千代台分校。それは警告だ。すぐにインスタグラムを元に戻さないと、出身大学以外の、すべての個人情報を晒すという。
夫婦で旅行した。温泉旅館に泊まったのだが、女房は部屋の風呂に入ると言った。女房は妊娠していて、大きなお腹を見られるのが、何となく恥ずかしいからだと。それで、僕も部屋の風呂に入ることにした。
別々に入るつもりだったが、女房は一緒に入ろうと言った。僕は服を脱いだ。全部脱いだところで、女房は「やっぱり1人で入る」と言った。僕は靴下だけを履いて、女房が風呂から上がるのを待った。かなり、長い間だった。
ミニトマトを半分に切ったが、それはてんとう虫にはならなかった。僕は黒いマジックで、ミニトマトにてんとう虫の模様を描いた。
てんとう虫だ。僕はそれを食べた。すると僕の口の中でそれは、また、ミニトマトに戻る。
まだ雨は降ってなかったが、降るという予報だ。 娘たちはそんな僕の独り言を聞いて、くすくすと笑うばかり。
僕は、赤い傘をさしている。
駅まで友人を迎えに行く途中、その傘の中に、子供たちが入ってきた。「ありがとう」「ありがとう」と言って、中に入ってきた。
子供たちのペースで、しばらく歩く。
まだ、雨は降ってない。(しかしこれから降るのだよ。)
天に向かって、唾を吐いた。その唾は‥‥落ちてこなかった。
「キスしてほしい」とも「キスしてほしくない」とも言われなかった。だから何もしなかった。誰も何も言わなかった。ただ目が合った。それだけだった。
その女性は「私は政治家だ」とも「私は政治家ではない」とも言わなかった。「町を案内してほしい」とも言わなかった。
僕が言ったのだ。
手をつないで、あちこち歩いて回った。日本語は通じなかった。
「広場に人が集まっている」と僕は言った。
「何が始まるのか知ってる?」
「わからない。行ってみよう」
それは政治的な集会だった。その女性が演説すると知って驚いた。「あなたの集会なの?」
「政治家だったの?」
違うという答えはなかった。
その女の人の体からひもが出ていました。ひもを引っぱりますと女の人は電灯のように光りました。そしてもう一回引っぱると消えたのです。その女の人がいなくなったということであります。僕の手の中にひもだけが残されました。
銃を持った人たちに僕は追われていた。ついに追いつめられ観念した。しかし彼らは発砲しなかった。生け捕りにしろという命令だったのかも知れない。が、捕まえようともしない。銃を構えたままある一定の距離を保って、それ以上近づこうとしない。
開き直って彼らの方に向かい歩き出した僕。そうすると彼らは後ずさりし始める。突然、側面から銃撃があった。不意をつかれた彼らは全員倒れた。
弾は僕には当たらなかったけど、僕の声は震えている。その声に自ら恐怖した。そうだった僕は声を上げていたのだ。自分でも気づかなかったが、ずっと何か言っていたのだろう。
僕は旅客機より大きくなりました。すると旅客機を所有したいという欲望が芽生えたのです。旅客機より小さかったときには思いもしなかったことです。
1機家に持ち帰ることにしました。ちょうどお持ち帰り用の袋がありました。(袋は1枚5円で購入することができました。)
袋に旅客機を入れようとしました。ところが翼が引っかかりなかなか入りません。それでも無理に入れようとすると折れてしまいました。
家に靴が送られてきた。注文したわけではなく、もちろんお金も払っていない。あとから払えということでもない。送り主はわからない。
革のスニーカーである。ためしに履いてみた。サイズは大きかった。靴紐ではなく、マジックテープでとめるデザインだ。ぎちぎちにきつくとめてみても、やはり大きすぎた。
僕は箱に靴を戻し、目立たない場所にしまった。この靴を履くことはないだろう、と思うと少し安心した。(もう忘れよう。)
島でバイトがある。島。八丈島ではない。でもその近くだろう。いちおう東京都だ。地図で探してみた。けど見つからなかった。
地図の何もない場所に、ペンで丸を書いた。ここに行く。船長にその地図を渡したが、船長はちらりとも見なかった。
そこは「誰にも負けることがない」部屋だった。ドアを開け、中に入った。部屋には何もなく(床も天井も壁もない)、ただ白い光がそこを満たしていた。これが「誰にも負けることがない」という状態なのか。なるほどと思った。私はどうやってそこから抜け出たのか覚えてない。
黒雲の切れ目から見える空は紫色だった。枕元の時計を見ると昼の12時だった。なぜこんなに暗いんだろう。まだ夕方ではなかった。
ベッド脇の椅子の上に、服が畳んで置いてある。しかし靴下以外は僕の服ではなかった。黒い靴下だった。僕はそれを手に取り、左足から履いた。
靴下の踵の部分に大きく穴が開いているのに気づいて、捨てようと思った。だがいちど履いてしまうと、脱ぐのが面倒くさかった。右足には穴は開いてなかったので尚更である。
寝室は2階にある。1階から物音がした。長い階段を下りていくと、女房が上がってきた。「今何時だと思ってるの?」「空は暗いね」と僕は返事した。
女房は手に何か持っていた。バゲットだ。それが恐ろしい武器のように見えたので、食事はいらないよと言った。
老人は僕をつかまえて、名刺を渡した。「野尻光」と書いてある。その名前以外には何もない‥‥
空き巣に入ったのである。部屋を物色中に、住人が帰ってきた。何も盗らずに逃げた。追いかけてきた住人は老人だったので、逃げ切れると思った。しかし、こんなにも簡単に追いつかれたのだ。
「名刺はいらないんで」と僕は開き直って言った。「お金をください」
尻光さんは何も言わず、1万円札を差し出した。僕が受け取ろうとすると、彼はその1万円札に火をつけた。僕は怖くなった。警察につかまる方がマシだった。
戦争が始まり、国境近くに住む人々は高い壁を築いた。壁はどんなミサイルでも乗り越えることができないほど高い。それを見て敵は攻撃を諦めた。僕は壁の写真を撮りに行った。
薄いベニヤ板の壁である。
梯子がついていて、いちばん上まで登れるようになっている。見上げると、足が震えてきた。人々は笑った。「登れとは言わないよ」
動かないバスに乗っていた。同年輩の男性、若い男のコ、そして僕。乗客はこの3人だけ。
僕たちは離れて座っていた。バスはいつになったら出るのだろう。そもそも運転手も乗ってないじゃないか。
若者は降りて歩くと言った。手を振って別れた。そのしばらく後で同年輩の男性がバスを自分で運転すると言い出した。
「決断するのに時間がかかってしまった」と彼は言った。「あの若者が降りる前にこうしていればよかったのだが‥‥」
「途中であの若者を拾っていこうぜ」と僕は提案した。
バスは動き出した。急に目が覚めた。(ここまでが夢だったのだ。)
僕はいちばん後ろの席に座って、窓の外を眺めている。
夢で見た若者の姿を探している、(顔も覚えてない。)
その女の人の体からひもが出ていました。紐を引っぱりますと女の人は電灯のように光りました。そしてもう一回引っぱると消えたのです。その女の人がいなくなったということであります。僕の手の中にひもだけが残されました。
銃を持った人たちに僕は追われていた。ついに追いつめられ観念した。しかし彼らは発砲しなかった。生け捕りにしろという命令だったのかも知れない。が、捕まえようともしない。銃を構えたままある一定の距離を保って、それ以上近づこうとしない。
開き直って彼らの方に向かい歩き出した僕。そうすると彼らは後ずさりし始める。突然、側面から銃撃があった。不意をつかれた彼らは全員倒れた。
弾は僕には当たらなかったけど、僕の声は震えている。その声に自ら恐怖した。そうだった僕は声を上げていたのだ。自分でも気づかなかったがずっと何か言っていたのだろう。
僕はベッドに寝ている。いや寝かされているのか、(そこはよくわからない。)女性が運んできた食事を食べた。寝ながら食べるのはちょっと難しい。
タンパク質が摂れるというドリンクを飲んだ。
彼女が仕事に出かけたあとも、僕は寝そべったままだ。動画を見る。それは修学旅行中の高校生たちを盗撮したものだ。着替えのシーンがあった。そこは少し興奮したが、そこ以外はどうしようもなく退屈なものだった。
電話があった。取引している銀行の頭取からだった。彼は謝罪していた。しかし何を謝っているのかわからない。「気にしてませんよ」と僕は答えた。それでも彼は謝罪しつづけた。電話の向こうで、実際に頭を下げている気配が感じられた。
電話を切ったあとで、ふと気になり、財布を見た。ネットで銀行口座をチェックした。経済ニュースを読み、証券会社の口座もチェックした。おかしな点は何もなかった。しかし漠然と不安になってきた。それはダラダラとつづく不安である。
彼女が昨日投函したという手紙が今日届いた。韓国からだ。あっという間じゃないか。見てみると住所が変わったようだ。春からシェアハウスに移ったらしい。女のコ3人で暮らしている。写真が同封してあった。3人で共用している自転車の前でポーズを取っている。
「この自転車には鍵をかけないの」と、彼女は書いている。「けど盗まれる心配はない」「家の玄関にも鍵はかけないのよ」「窓も開けっぱなし」「けど泥棒は入って来ないの」「部屋の中を見て」 不思議だ。彼女たちのシェアハウスには本当に何もない。すべて盗まれてしまったのではないだろうか。
友人たちを迎えに駅まで行く。傘を持って行くべきか迷った。雨は降りそうだったが、今現在降っているわけではない。たぶん‥‥大丈夫だろう。傘を持たずに外に出て‥‥やはり思い直して中に戻った。そうすると僕の後ろから、「ありがとう」「ありがとう」と言って何人かの子供たちが中に入ってきた。知らない子たちだ。赤や黄色の傘をさして、長靴を履いている。玄関の中に入っても、まだ傘を広げたままだ。
上空から自宅周辺を見ると、僕の家を一軒だけ残して、更地になっている。何でこうなったのか。詳細が知りたくて僕は高度を下げようとしたが、できなかった。
飛行機やヘリコプターを操縦しているわけではなかった。僕は魂のようだ。いつの間にか幽体離脱してしまった。ぷかぷか浮いている。あの家のベッドで僕の肉体は眠っているのだろうが、そこに下りることができない。
それどころか‥‥
自分の意志とは裏腹に、僕はどんどん上に行ってしまう。雲の上に出た。そこにも地上の自宅と同じような家があった。ただ1つの違いは、庭にみかんの木があることだ。
彼は就職活動を始めたという。彼は小説家だったが、9本もの連載を抱えてパンク寸前だった。
小説の原稿が入った赤いボストンバッグを持って僕に会いに来た。
「そのバッグに何が入ってるの?」僕はとぼけて訊いた。
「うん、着替えとか、あとは洗面用具だよ」
遠くで踏切がカンカンカンと鳴る。
「ちょっとの間、預かってもらえないかなぁ」
僕は返事をしなかった。
すると踏切の音が、どんどん近くになった。
「‥‥本当はさ、もう死んでるんだよね?」
「え?」
「電車に飛び込んだんだ? 原稿用紙抱えて」
「今どき原稿用紙に手書きしてる作家なんていないよ」
これから就職の面接があると言って、彼は行ってしまった。
バッグの中に入っていたのは、下着と、タオル、そしてどこかのスーパーのポイントカードと、汚れた紙幣の束だった。汚れは排泄物か、血だろう。両方かも知れない。
紙幣は500万円はあっただろうか。
カードは割れていた。そのカードに全額現金チャージしてくれ、とメモがある。
誰かが新しいゲームをつくった。「僕」というゲームだ。
「僕」は道を歩いたり、地下鉄に乗ったり、外食したり、店で買いものしたりする。
みんなが夢中になって「僕」で遊んだ。
僕は町でただ1人、そのゲームのルールも、仕様も何も知らされないままだった。
みんなは僕に会いに来て、僕の様子を見て、それからスマホの「僕」に目を落して、勝ってるとか負けてるとか言う。
思い出してみると、みんな変だった。帰りの飛行機の中で、誰もがキスしていた。それは「別れのキス」だというのだ。
キスをする相手がいないのは、僕だけらしい。
やがて、別れの儀式が終った。みんなが、僕のようになった。(キスの相手が消えていなくなった、ということである。)隣の座席に、紫色の花。さっきまではなかった。誰かが僕を見つめている。
それは、自動運転のバスだった。運転手の制服を着た女性は、何のためにいるのかわからない。彼女は僕たち乗客と一緒に、席に腰掛け、スナック菓子を食べている。
「食べる?」と言って、菓子の袋を持ち、僕の側に来た。
「ありがとう。でもいらない」と僕は答えた。そのとき、バスは前方で起きた事故を避けるように、脇のトンネルの中に入った。
トンネルの中は「青森」だった‥‥
男は上半身裸で、女も水着のようなものを着て、道を歩いている。それを見て
「アオモラー」と運転手は言った。「私、青森出身なの」
「こういうの、恥ずかしくて‥‥」
「だから東京に出てきたの?」と僕は訊いた。
歩いていると、前から新幹線が来て、時速300キロで、僕とすれ違った。ちょうど僕は、新幹線たちの通り道に、入ってしまったようだ。危険は感じなかったが、(感じた方がいい。)しかし僕は、うっとりと麻痺したようになって、頭の中で、すぐ脇を通り過ぎる新幹線の様子を、何度も何度も、スロー再生していた。
小さな飛行機から降りて、歩いた。荷物は何もなかった。(飛行機は僕よりも小さかったので、乗せられなかったのである。)
繁華街を抜けた。昼時だが人は少なかった。セルフサービスの食堂に着いた。ここ、と言われていた場所だ。ランチタイムの終わりかけだった。
皿にレタスを取った。(ドレッシングは最初からかけられている。)それからマグロの刺身と、パンを取った。理想の組み合わせとは言えないが、それしか残ってない。
飲み物は酒しかなかった。缶ビールと、瓶に入った日本酒。それを持って、席についた。
近くに、聞いたことのない外国語を話す人たちが固まって座っている。
ちょっと目を離した隙に、彼らの1人が、僕のビールを飲んだ。「飲んだだろ」と僕は日本語で文句を言った。「おい、飲んだだろ」通じないのはわかっていたが、口調でこちらが怒っていることは伝わるはず。
彼らは、僕のパンも齧った。「刺身はいらないのか‥‥」と僕は言った。
そこは病院のように見えるホテルだった。ホテルのように見える病院だった。よくわからない。僕は廊下を歩いている。どの部屋の扉も開けっ放しで、中が見える。
ホテルの客室のように見えるし、病院の個室のようにも見える部屋。
部屋の中には誰もいないが、廊下は人でいっぱいだ。
後ろから来た誰かが、僕を目隠しして「だーれだ?」をしてくる。ドスのきいた男の声だ。「あだち充、漫画家」僕は答える。「『タッチ』の作者」
4人で焼き肉を食べていたところ、彼は追加で40人前注文すると言った。そんなに食べ切れない、と僕たちは反対した。カネの心配はするな、と彼はズレた返答をした。この券を使えば無料だ。
店員にその無料券を渡し、「40人前」と言った。
僕たちには「もったいないから全部食べるんだぞ」
彼は権力者だ。
僕たちは黙々と食べつづけた。途中、1人が気分が悪くなり倒れた。救急車を呼ぼう、と僕たちは言った。私が呼んでくる、と権力者は言った。そうして店外に出て、通行人のおじさんを連れて来た。「この人をおぶって、病院まで運ぶんだ」と権力者はおじさんに命じた。
ありがたい。空から蜘蛛の糸が垂れてきた。違った。それは人間の指と指で編んだロープだった。爪は剥いであった。指はすべて人さし指だった。(どうして人さし指だとわかるんだろう?)
ところで僕はそれを伝って、天までのぼろうとしたわけではなかった。下におりようとした。高いところは苦手だ。
不採用通知の葉書の中から1つ選び「不」の文字を修正液で消した。それを持ってその会社に出勤する。ここは映画の配給会社だ。
給料はもらえるのかどうかわからなかったが、仕事はたくさんあるようだ。(みんな忙しそう。)僕もとりあえずいることにした。「同僚」の女子社員を映画に誘ってみる。それは重要な仕事だと感じる。
僕は将棋を指している。相手が誰なのかわからない。どこなのかわからない。
最初の対局は僕が勝つ。次は相手が勝つ。そうすると自分がどこにいるのかわかる。ここはライブハウスだ。
壁のポスターを見る。聞いたことのないアマチュアのロックバンドだが、ミスチルが「監修」しているようだ。最近はこれが増えた。監修。
具体的には何をするのかわからない。
それはミスチルがやり始め、多くのアーティストが後につづいた。
次の日のライブに出演するバンドを「監修」するアーティストたちも豪華だった。
ステージに沢田研二本人が登場して1曲歌だけった。
ジュリーが監修しているのはジャズのピアニストである。僕は興味を引かれてそのライブに足を運んだ。
目隠しをして歩いていたら人とぶつかった。
「すみません」と謝ったのだが「公務執行妨害だ」と手錠をかけられてしまった。目隠しを取って見てみると大柄な警官だ。
「目の不自由な人の気持ちを体験しようという研修なんです」
警官はその説明も聞かずにぐいぐいと僕を署へ引っ張っていく。繁華街で、大勢の人がこちらを見ていた。
だがその途中、手錠は外れていた。(いつの間にか僕は自由だった。)
僕は人混みの中を走って逃げた。警官は追ってこなかったが、僕は走りつづけた。
たくさんの人とぶつかり、1人ひとりに「すみません」「すみません」と謝った。
僕と友人は卓球を楽しんでいた。ラリーが長くつづいた。と、突如卓球台の上に木が生えてきた。邪魔だなぁと僕は思った。
木は人間の足のかたちをしていた。「切ってしまおう」と友達は言い、僕たちの試合を観戦していた彼のお母さんと一緒に木を切り始めた。
木は簡単に切れた。
木を手渡し、「さぁ捨ててくるんだ」
友人は突然命令口調になった。
「捨てるって、どこに?」
「自分の頭で考えるのよ」と彼の母親。
僕は人間の足のかたちをした木が他にも生えていないか探してまわった。
変わった木だが、同じような木のそばに捨てればまぁ目立たないだろうと思ったのだ。
誰かが僕の肩を掴んで、「出陣だ」
ドアのそばにダーツの的がかかっている部屋。
日本がアメリカに宣戦布告したとき、僕は軍隊にいた。
我が軍の作戦はこうだ。クローンである僕たち3200人が、繰り返し自爆攻撃を仕掛ける。同じ人間が何度でも蘇って、突撃する。
相手は気味悪がって、降伏するだろう。
「そんなに上手くいきますかね?」僕は疑問を口にした。
「たった3200人の軍隊が、大国を相手に‥‥?」
上官は僕をギロリと睨み、だが何も言わす、だらしない無限大の記号が刻まれている白い錠剤を手渡した。
「‥‥ハッピーになれるクスリですか」
仲間たちはそれを飲んで、もう戦争に勝った気でいるようだ。
背の高い女の子が、手を上げて僕を呼んだ。彼女はバレー部のエースだ。僕も帰宅部のエースとして、仲良くしている。彼女は言った、「部活とは別に、バレー愛好会をつくろうと思う」
「入会しようか?」
「ふーん」
「ふーん、って」
「入会しようか、だって。何よ」
「何が?」
校庭のグランドを、生徒が取り囲んでいた。「観客」だろうか? 入会希望者か? グランド上には僕たち2人。2人だけの、
バレー愛好会。
ステージに並んだ、3台のグランドピアノと、3台のオルガンが、クラシックのピアノ曲を、ユニゾンで奏でている。迫力だ。
そのコンサートは4時間つづき、2時間の休憩を挟んで、さらに4時間ある。「出前を注文したわ、あなたの分も」ピアニストの1人が、演奏を中断して、最前列の僕に呼びかけた。
「俺に何を注文したって?」
「カツ丼!」大声で。
彼女は、イブニングドレスを着て、リュックサックを背負っている。その中に入っていた花火を、僕に手渡し
「打ち上げるのよ、曲に合わせて」
「曲の途中でか?」
「行っけー!」
僕の目の前。
飛行機が普通に飛んだり。
そのあとで、後ろ向きに飛んだりした。最終的には、ラーメン屋の屋台になった。
翼の生えた金属製の屋台だ。
そこに、僕の席が予約してあった。「重役」と書かれた席の隣だった。
「重役」の向こうは「キムタク」
僕は1人でラーメンをすすった。
重役もキムタクも現れなかった。
後ろからしていた。女は気持ちよさそうだったが、こっちはそうでもない。少し萎えた。女がどんな表情をしているのか、見てやろうと考えた。しかし、何をしても叶わなかった。正面の大鏡にも、映ってなかった。
鏡の中には、うつ伏せになって寝ている、別の女がいる。その女のところまで移動して、振り返ってみた。顔が、見えるはずだ。けれどベッドには、誰もいなかった。
「どこへ行ったんだろう?」うつ伏せの女に訊いた。
女の背中から腰にかけての線は、メビウスの輪を思わせた。無限の繋がり。
「忘れ物を取りに行くって、言ってたよ」女は答えた。
「忘れ物?」
それ以上の答えは、返ってこなかった。忘れ物というのは、寝ぼけて言った言葉だろう。うつ伏せの女は、眠ってしまったようだ。
土の中に、大男が住んでいた。大男は、人食いだった。土の中に住む人間を捕えて、食べていた。
大男は、姉妹を見つけた。妹を食べて、姉をさらった。家に連れ帰った。目の見えない姉を、妻にしようと考えたのだ。
「妹はどこ?」姉は大男に訊いた。「向こうの部屋にいる」すぐにバレるような嘘を大男はついた。「コーラを飲んでいるぜ」
「コーラって何‥‥?」
大男の家の冷蔵庫からコーラを取って飲んでいたのは僕だった。
「これがコーラ、地上の飲み物です」僕は盲目の姉の手にコーラの缶を握らせて、
「色は赤ですよ、奥さん」と教えた。
魚が空を飛んでいる。翼があるわけではないが、自然に飛んでいる。とても大きな魚で、僕には尾ひれの部分しか見えない。頭は地平線の向こうにある。
僕はその魚よりも、少し高いところを飛んでいる。
僕は鳥ではなかった。
翼があるわけではなく、人間の姿をしていたが、飛んでいた。眼下には青い色が見えた。
上にも、前も、後ろも、青だった。僕は青色に囲まれている。それでいて僕は青くない。
水槽が3人がかりで運ばれてくる。その中に人間の女がいた。水中で、まったく息をしていない。もしかしたら生きているのかもわからないが、僕の目には死んでいるように見える。
「これですか?」運搬人の1人が、僕に訊いた。「これですよね?」
「これじゃないよ」僕は答えた。
「何だよこれ」
「ですから‥‥これ」
彼らは水槽を僕からよく見えるように、少し高い位置に置き直した。
手品でもやろうというのか、彼らは食卓の白いテーブルクロスを剥ぎ取り、その水槽を覆う。実際、手品だった。再びテーブルクロスが取られると、そこにはもう水槽も女の死体もなかった。そこにあったのは、綺麗に畳まれた白い服だった。外科医が手術のときに着るような、スモッグだ。
小学校のときの同級生から電話があった。「今私ロンドンに住んでいるの」
「ロンドンまで電車でどのくらいだっけ?」 僕はAIに質問した。
「3時間ほどでございます」
僕は元同級生に、「今から遊びに行っていい? 昼には着くと思う」
実際は2時間しかかからなかった。
.
ロンドンに着いた途端雪が降り出した。「ロンドンの天気は変わりやすいのでございます」とAIは言った。「何も訊いてないよ」と僕は言った。
彼女が教えてくれた住所まで行く。そこは貴族が住むような大豪邸だった。(どうなってるんだ、AI?)
「ここに○○さんはいますか?」住人と思われる髭の男性に訊いた。
「いません」彼のAIが日本語で答える。
「しかしせっかくいらしたのですから」と男性はお茶を出してくれた。
.
帰りは彼のモーターボートに乗って運河を駆けた。「ボートで駅まで送りましょう」と彼は言うのだ。
「ただし燃料代は負担していただきますよ」
「燃料は何ですか?」と僕は訊いた。「燃料そのもので支払います」
エレベーターの扉が開くと、そこは客室の中だった。ちょうどよかった、5Fの私の部屋だ。私はバスルームの鏡でヘアスタイルをチェックしてから、部屋を出た。
一緒に降りた男性は、廊下の先を歩いている。後を追った。その男性の部屋の中に、また別のエレベーターの扉がある。そのエレベーターに乗って、さらに上に行く。男性が部屋の扉を押さえて、私を待っていてくれる。(ありがとう、と私は言う。)
B組の犬が教室の床を雑巾掛けしている。先生は猫だ。そこは美術館ならぬドラマ館。テレビドラマの世界を体感できる。連れの女のコは毎週来ているとか。僕は初めてだ。
妹が猫八先生に怒られている。妹はこんなドラマに出ていたのか。僕は驚いて「あれ、妹だよ」と言う。「何をやらかしたんだろう?」
猫八先生は言った、「老人はアイディアを持っている。しかしそれを実現する体力と気力と、人生の時間がない」
「出た、名台詞」と連れの女のコ。
「ひでぇなぁ」と僕は思う。僕も妹もそんな老人ではない。
距離が、冒涜であった。車の中は、鏡張りだった。シートも、背もたれも天井も床も、すべて鏡面仕上げ。しかしそのどこにも、私は映っていないようだった。
不思議と奥行きのない鏡の表面と、私との距離が、少しずつ離れていくような感じがする。それが「加速」の感覚だった。車はどこへ向かっているのかわからない。
私は後席に座っていて、自分を取り巻いている鏡の表面が、また少しずつ後退していくのを感じている。
車は無限に加速しつづける。何の脈絡もなく「美しい」ということを思った。(そんなことを思うとは。私はなんて悲しいんだろう。)
気づいてみれば車は停止していた。着いたのだ。
運転手が降りて後席のドアを開けた。
私は車の中で立ち上がって、歩きだした。ドアは遥か彼方にあって、そこに辿り着くために、また車に乗らなければならない。
テーブル上に窓が浮かんでいた。その窓の向こうに「景色」が見えた。
いや‥‥何が見えているんだろう。
僕たち4人は料亭にいた。隣に座った大作家が僕たちにビールを奢ってくれた。
しかし「僕は飲まないんですよ」そう言って断る者が2人。僕と、作家のマネージャーだ。
作家は彼のマネージャーを罵る。
「それに5分後に新幹線が‥‥」せっかくの料理も断る他ない。
「何のことだ?」
動き始めた「景色」を指差し、席を立つ僕。
野糞をしているところに犬を連れた男性が散歩に来たが期待どおり僕のウンコを持ち帰ってくれた。
彼はきっと空っぽの瞳をしている僕と目を合わせないように顔を伏せたまま足早に立ち去る。
シャツの裾をズボンに入れながら見送る僕のことを振り返って犬は何か言いたげである。
教室に消毒剤が撒かれたとき女生徒が2人まだ食事中だった。白い粉が空中を舞った。女生徒たちの髪とお弁当のおかずが白くなった。
彼女らは気にせず食べつづけた。髪の色はすぐに元に戻った。
廊下に待機していた僕たちは雑巾を持って教室に入った。ガラスの窓を吹き始める。
そんな中、女生徒たちは悠然と食事をしている。
冬眠前の最後の食事だ。
「その瞳の‥‥オレンジ色‥‥」
「うん?」
「生活指導の先生に何か言われない?」
「目を開けて眠るわけじゃないから」
「ははは」と僕。
彼女たちは僕の方にふっと顔を上げ
「‥‥何見てんのよ、男子」
それは僕の今年最後の記憶になる。
卵。カートにたくさん載っている。それを別のカートに移し替える。それが僕の仕事だった。今日はいつもの倍のカートが来た。新人が手伝いに来た。誰に言われて来たのだろう。正直足手まといである。
追い返した。(1人で充分である。卵の扱いは難しいのでR。)
僕は余裕を見せつけるために、服を積み替えてる人のところへ手伝いに行った。
そいつはオーストラリア旅行から帰ってきたばかりだった。古着マニアだ。オーストラリアにはリーバイスのお宝がたくさん眠っているとの話。
夢を買ってくれるという男の家につづく急な坂道にはまだ雪が残っていた。車はスリップして上がれないようだった。やはり徒歩で来て正解だった。高級SUVが停められた駐車場まで歩いた。そこから先はピラミッドのような石段を上がる。首に何台もカメラを下げた人が写真を撮っていて、「あなたも?」と僕に声をかけた。
「え‥‥?」
「あなたも写真を売りに来た?」
「いや‥‥僕はカメラを売りに来たんですよ」
僕が売りに来たのは夢だ、とは胸を張って言えなくて‥‥そう答えてしまった。夢を買い取ってくれるなんて話、そんな美味い話はあるかと、心のどこかで僕は疑っていたのだ。
入口は小さすぎて通り抜けることができない。僕は手だけを入れ向こう側がどうなっているのかを確かめようとした。そうすると扉につづく長い通路は上下に激しく動いた。通路の壁に設置されたスピーカーから人間の声が流れた。緊急放送ってやつか。しかし何を言っているのかはわからない。
入口から手を抜いたあとも声は何かを喋りつづけている。僕は「入口」を持ち上げて上下に振った。入口には重さはほとんどなかった。ふと気づくと僕の肩の上に人間の女が1人乗っていた。これもまったく重さのない女だ。「さっきから何をやっているの?」と女は訊いた。ふざけて喘ぎ声をあげてから笑った。からかっているのか。女はいつからいたんだろうと僕は思う。
意見を書く紙が4種類ある。入学式について、卒業式について、あとの2つは男の僕は答えなくていいように思えた。明らかに女に向けた質問だ。僕は入学式について短く意見を書いた。それを女に提出した。1つしかないことに、あるいはそれが短すぎることに、女は不満を抱いたかに見えた。また僕を冷笑しているようにも見えたが、よくわからない。穏やかな平日の午後だった。
穏やかな平日の午後だった。ランチタイムにはぎりぎり間に合った。メニューを眺めていると、後ろから目隠しされ「だぁーれだ」をやられた。僕は「学生定食1つ」と注文を出した。「その声は」と目隠しをしたお姉さんは言った。「その鼻から脳天に抜けるような声は、ヒロポンだね」「そうだよ」と僕は答えた。何というあだ名だ。注文は学生定食。「ところであんた誰?」
僕はもっと遠くまで行きたかったが、翼のない飛行機は高く飛べない。翼のない飛行機を撃墜するために追跡している。僕はそんなゲームの中にいるようだ。地表すれすれを飛んでいる。機銃を撃った。
デジタルの永劫の中で、そんな場面が何度も繰り返された。翼のない飛行機は左に旋回して、ふわっと浮く。人間のパイロットが操縦しているのだとわかった。こちらと同じだ。知らんけど本当は、(翼なんかなくったって)高く飛べるんじゃないのか。
自転車に乗って逃げると、ヤクザは追ってきた。逃げるのをやめると、もう追ってこなかった。そうなのか、そういうことなのか。書店の前を通りかかった。中に入った。入口のところに店主がいて、「うちにエロ本はないよ」と言った。
「今日から置くのやめたんだ」
たしかに雑誌のコーナーにはNHKのラジオ講座のテキストしかなかった。これはエロくない。ヨーロッパの風景を撮った写真集が目に留まった。その隣に自動車の写真集があった。村上春樹が表紙だった。僕と同じ青いウインドブレーカーを着て、自転車にまたがっている。背景はスイスの山々だ。
春樹はマニュアル車の魅力について寄稿していた。
「9段トランスミッション、9回のギアチェンジ」というタイトル。いや、まったくのフィクションにしても何のことなのかわからない。
遅れて先ほどのヤクザが店に入ってきたが、店主は「うちにエロ本はないよ」とは言わなかった。
「背泳ぎ奏法」という、ピアノの裏技的な演奏テクニックがあるらしい。ショパンが極めた奥義なのだとか。少女はその「背泳ぎ」の使い手だった。彼女がバラードの4番を弾くのを聴いた。
ピアノからは、楽譜の上を甲虫が歩くときのような、不快で、かつエロチックな、カサカサという音がした。虫が、耳の穴に入った。音楽は、ピアノ以外のところから聴こえてきて、僕の頭の中だけに響いた。
帰宅すると猫の機嫌が悪かった。「私の日記を読まなかったでしょ」と言うのだ。
「うん、そうだよ、日記なんか読まないよ」
「それだからあなたには猫の心がわからないのよ」
「ごめん、じゃ今から読む」
「人の日記を勝手に読むなんて!」
「あうあう‥‥どうしたらいいだろう」
猫は本当に日記なんかつけているんだろうか。
「自分の頭で考えなさい。そのために猿から進化したんでしょ」
「えっと、熱があるのかな? やっぱり‥‥熱いね」
そう言いながら僕は猫の背中を撫でた。火傷しそうだった。背中には取っ手がついている。
仕事を終え、従業員用の出口から外に出ると、そこは山の中腹だった。歩いて下山するか、(それとも頂上まで登って、ロープウェーで下りる手もある。)僕はそのまま下山することにした。山道脇に、50円玉や、10円玉などの硬貨がたくさん落ちているのを見たからだ。
あとから退勤してきて、それに気づいた社員が、僕を追い越し、硬貨を独り占めしようとする。まぁ、1人で全部は拾えないだろう、それはいい。許せなかったのは、彼が500円硬貨にまで手を出そうとしたからだ。
「500円は、だめだ、虫の魂に捧げられたものだ」
「ここに虫の墓があるのが、わからないのか」と僕は言った。「この、バチあたりの異教徒め」
僕たちは後ろ向きに歩いた。すると、そこに着いた。音楽がかかっていて、人々がダンスしている。僕たちも、しばらく踊った。それから、また歩き始めた。(後ろ向きに。)すると、着いた。崩れかけた壁があって、エイズの予防接種のポスターが貼ってあった。音楽はなかったが、カメラが回っていた。ついに辿り着いたのだ。
左の手のひらにスマホが埋め込まれていた。(もう手は洗えないのか。)僕は地図アプリを起動して、オリンピック会場までの道を調べた。歩いていく。
町は浸水していた。水は膝の上まで。「温かい」と言う誰かの声が、僕の耳に届く。そう、温水だ。どこから涌き出ているのか。
途中、ホラー映画のポスターを見た。手のひらをかざすと、あらすじが知れた。ロケ地になったのが、ここだということもわかった。
病院の待合室にいた。健康診断を受ける。裸足だった。スボンも脱がされていた。
白いカーテンの向こうで、名前が呼ばれた。戸惑っていると、カーテンが開き、ナースがもういちど僕を呼んだ。
「バナナがあるの、大好物でしょ」
問診をする医者の横で、ナースがバナナを持っている。
「焼いたバナナもあるのよ」、その声に僕は立ち上がった。
ホテルの従業員は先生、宿泊客は生徒だった。彼らは生徒を呼び捨てにした。「工藤、工藤!」と必ず2回呼んだ。(僕の名前ではない。)
客室は学校の教室に似せてあった。
従業員たちが窓から部屋に入ってきた。客室は7階だったので驚いた。僕には目もくれずドアを蹴破り出て行く。廊下の先に1人うずくまっている若い男が、工藤と呼ばれてこちらを見た。
便器と思っていたのは、ただの椅子だった。しかし、もう間に合わなかった。座面に置いてあるクッションに放尿した。(染み込ませるようにした。)
僕の小便は緑色をしていて、クッションもその色に染まった。
用を足し終え、勉強部屋に戻った僕は、椅子のクッションがなくなっているのに気づいた。あれは、そうだったのだ。さきほどのクッション‥‥すっかり色が変わってしまった。
椅子は、もともとなかった。ステージにかぶりつくようにして、僕たちは立っていた。青い帽子に、背中の大きく開いたドレス。ピアニストはあらわれた。
僕が声をかける前に、こちらに気づいた。「ハワユー?」向こうから挨拶してきた。
近づいてきた。
それからは、ずっと日本語だった。いつの間に覚えたのだろう。「勉強してたんだね」
「勉強してたのよ」
ステージ上にピアノはなかった。
「今日は演奏しないの?」と僕は訊いた。「しないよ」とピアニストは答え、後ろを向いた。背中に3本の太い毛が生えているのが見えた。
男はドアをノックしたりチャイムを鳴らしたりする代わりに歌を歌った。バリトンの美声だった。その歌声をいつまでも聴いていたくて僕はドアを開けなかったのである‥‥
「僕のために歌ってくれているの?」違うのか。違う‥‥
1曲歌い終わると男は帰った。最後までチャイムは鳴らなかった。そのあとで僕はドアを開けた。そこにはまだ別の男の人が残っていた。彼は僕に割り箸を1本渡してから、去っていった。
窓に貼られた大きなポスターに向かって僕は話しかけている。ポスターはラジオのパーソナリティの声で返事をする。
「辞めちゃうって聞いたよ、どうして?」
「番組が終わるのよ‥‥」
ポスターは雪の中で行われるマラソン大会のものだ。いや、もう行われたのだ。ラジオのパーソナリティの女性も参加した。滑って転んだ僕。それはだいぶ前のことだ。