詩集どうでしょう?
詩を書いて出版しました。
男はドアをノックしたりチャイムを鳴らしたりする代わりに歌を歌った。バリトンの美声だった。その歌声をいつまでも聴いていたくて僕はドアを開けなかったのである‥‥
「僕のために歌ってくれているの?」違うのか。違う‥‥
1曲歌い終わると男は帰った。最後までチャイムは鳴らなかった。そのあとで僕はドアを開けた。そこにはまだ別の男の人が残っていた。彼は僕に割り箸を1本渡してから、去っていった。
窓に貼られた大きなポスターに向かって僕は話しかけている。ポスターはラジオのパーソナリティの声で返事をする。
「辞めちゃうって聞いたよ、どうして?」
「番組が終わるのよ‥‥」
ポスターは雪の中で行われるマラソン大会のものだ。いや、もう行われたのだ。ラジオのパーソナリティの女性も参加した。滑って転ぶ。だいぶ前のことだ。
そこはラブホテルだった。僕たち3人はホテルの廊下で歌った。自分たちで作詞作曲した歌だ。すると部屋の中から1人出てきた。制服を着た警官だったのでひびった。
「いい歌だね」と彼はしかし言った。
「そうですか? ありがとうございます」
「ところですごく困ったことが起きているんだよ」と警官は言った。
「女がクスリを飲んでしまってね」
「何のクスリですか?」
「わからない。ただメモがあった」
それは遺書のように見えたが、遺書じゃないようにも見える。
わたし 電話して 狂うと小さいから
「どういう意味ですか、狂うと小さいって?」
「わからない」
「普段はもっと大きいんですかね?」
「何が?」
「いや、その狂った女」
「ふざけないでくれ、私は勤務中なんだ」
急に雨が降り出した。傘を持ってきたのは僕も含めて3人だった。僕の傘は破れていたが、持っていたことには変わりない。持ってなかった3人は逃げ出した。「つかまえてこい」と先生は命じた。
「何で逃げたんだろう?」広げた傘をどうしようか迷う。雨を遮る役には立たない。
「どこへ逃げたのか知ってるぜ」と傘をさしている仲間の1人は言う。何で知ってるんだろう。とにかく彼について行った。逃げた3人はいなかった。
僕の体のところに、1本の腕が出勤してきた。ちょうどそのとき、電話が鳴った。「仕事だ」と僕は腕に言った。
腕は電話を取って、話を始めた。
もう1本の腕が、遅れて出勤してきた。「仕事だ」と僕は言った。腕は紙に、電話の内容をメモした。僕の今日の仕事は終わった。
大きな埃はなかなか吸い取れない。部屋の前の廊下に掃除機をかけていた。しかしよく見ると埃と思っていたのはブロッコリーだった。吸い取れなくて当たり前だ。ブロッコリーなんだから。自分ちに持ち帰って食べよう。汚くなんかない。軽く洗えば汚れは落ちるだろう。
念のため掃除機のゴミパックをチェックした。そこにもブロッコリーが入っていた。タダで手に入れることができてよかった。最近ブロッコリーは高いのだ。(ところでこの部屋は誰の部屋なんだろうか。僕の家の僕の部屋だ。最初からそうだ。廊下だけが違う。誰んちの廊下だ?)
たくさんの人。男も女もいたが、女の方が多かった。そこは僕の家だったが、彼女らはなんでいるんだろう、ダイニングに、居間に、寝室の僕のベッドで鼾をかいているやつもいる。風呂に入っているのもいる。
僕は海外旅行へ出かけるところだった。スーツケーツに、必要なものを詰めていく。バスルームに入っていいだろうか。「だめに決まってるでしょ」と声がした。「歯ブラシを取りたいんだけど?」
何とか荷造りは終えた。出発だ。すると玄関の扉の向こうから、歌が聴こえてきた。外を見た。タキシードの男の人がいて歌っている。
「僕のために歌ってくれているの?」違うのか。違う‥‥。
「あなたにこれを」と彼は僕に割り箸をくれた。
金持ちの家に招待され、夕食をごちそうになった。召使いが皿に盛りつけられた肉を運んできた。何の味つけもされてなかったが、おいしかった。僕が全部食べ終えたあとで、その金持ちの老人は言った。「それはうちで飼っていた猫の肉だよ」げろげーろ「でも猫ってこんなにおいしいんですね、また食べたいです」「いやいや、本当は豆腐だよ、猫じゃないよ」と金持ちは言った。「白かっただろ?」うーん「色は覚えてません」「もう忘れたのか」
美大の4年生の授業、午前は実技、午後は学科だったが、卒業の単位をすべて取得していた僕は、午後になってもアトリエにいた。バイトはする気になれなかった。そういう学生が何人かいて、みんなで絵を描いていた。卒業制作とは関係のない、作品ではない、テーマのない、ただの絵を。描くことに特化した、北側にしか窓のないアトリエでは、外が晴れているのか雨なのかもわからない。時間は何となく過ぎていき、突然隣のやつの爪が3センチも伸びていることに気づいて、僕は驚く。
タバコを吸いに外に出ていた1人が、カメを抱えて戻ってきた。甲羅にてんとう虫の模様が描いてある。てんとう虫なのかも知れない。「これ1匹じゃないぞ」とそいつは言う。(ははは。僕は何かおかしくて、何がおかしいのかわからなったが、ずっと自分の描きかけの絵を見ながら笑ってた。)
最初から変な話だった。西日本から北海道へ行く途中であなたの住んでいる東京に寄る。そのときにお会いしましょうと女は言った。北海道までは飛行機で行くんじゃなかったのだろうか。待ち合わせ場所は彼女が指定してきた。聞いたこともないホテルのプールだった。そこには若い女性しかいなかった。そのほとんどが白人で、モデルのようなスタイルをしていた。「やはり豊胸手術をしているんですか?」心の声が実際に口に出てしまいそうだった。(声は届いてしまったのかわからない。ひときわ美しい女が僕の前にやって来て‥‥)
男性の僕がこんなところに入っていいのかと思う。彼女は遅れてやってきて、泳がないんですか? と訊いた。言い終わらないうちに水色のエナメルのシューズを脱いでいる。それからワンピースを脱いだ。その下は淡い色のビキニだった。透けて見えそうなほどだった。水面が太陽の光を反射する。まるで幾万のフラッシュが焚かれたかのようだ。
時計はいつ何度見ても16:08だった。車が迎えに来た。「お迎えにあがりました」と運転手は言う。僕は頷くが、どこへ行くことになっているのかは知らない。
16:08のまま動かない時計は車の中にもあった。僕は目を閉じてゆっくりと60数えた。「着きました」僕がしかし数え終わる前に運転手は言うのだ。
隣家で奥さんと話しこんでいるとき、雷は頭上に来た。「雷がちょうど上にいる」奥さんは怯えたように言った。「あぁ‥‥」「バレたのよ」「何が?」「私たちの関係‥‥」
そうなのかも知れない。落雷が何度もあった。僕は自分ちに帰ることにした。玄関から玄関まで、5秒もかからないが、奥さんは僕に傘をさすように言った。
純金のたらいを用意して、子供が生まれてくるのを待っていた。このたらいで産湯だ、僕は縁起を担ぐ。けれど生まれてきた子供は、超未熟児だった。小魚のような姿をしている。いや、魚ですらない。精子のようだ。「たらいはもう少し小さくてもよかったな」と僕は思う。そこにいた誰もがそう思ったに違いない。
自分も騙せないような嘘は他人を傷つけることがあると君は言った。その言葉に私は傷ついた。その言葉が嘘だったからではない。(君は自分は嘘つきだという嘘をつく正直者なのだ。私は知っている。)
そのせいで私が騙されていないことには気づけないようだったが、君は最後まで自分のことだけは上手く騙せていて。あぁ、私の君への愛は、誤解に始まり、このような理解で終わったのだ。
長い列車が、トンネルを抜けると1両だけになっていた。その後ろの車両は、トルネルの中から出てこなかった。今も出てこない。そんなニュースがあった。
トンネルの中の様子は? わからない。
現場からの中継は、終わった。
テレビは消えた。テレビそれ自体が、消えてなくなった。僕は座っている。ここも列車の中。そのうちトンネルを抜けた。いや、朝になったのだ。
それは「サンパティック」とかいうパン屋で、僕がパンを買おうとすると、親切な店員が代わりに金を払ってくれた。なんといういい店だ。まるで夢のようだ。
パンは3個。ずしりと重い、緑色のブリオッシュを2個、君の尻と同じ色をしたのを1個。緑色は抹茶だろう、と恋人に言った。そんなことはいいのよ、と君は答えた。怒ることはないのに。
パンを買うのに、店の中で並んだ。並ぶとき、「立っていてはいけない」という決まりがあった。僕と彼女は、しゃがんで、膝を抱えた。そのまま、じりじりと、カウンターの方へ進んだ。やっと順番が来ると、サーチライトのような強い光を、目が溶けてしまいそうなほどの光線を、店員は僕たちに浴びせた。
「えっと、左のパンと、あっ、その横のを‥‥3つください」目が眩んだまま、注文を出した。
僕と彼女は、これから、僕の母の家に行く。泊まりになることは、伝えてあった。パンは、朝食にするつもりで買った。僕のとても若い恋人は、10代だが、僕と結婚するつもりでいる。(彼女は不思議な生き物だ。)まだ早すぎる、と母が諫めてくれることを、僕は期待していた。
彼は白人で、僕は名誉白人だった。バスの中だった。白人の座る席と、黒人の座る席が分かれている。その黒人の少女は、白と黒のギリギリ境に座った。境目とは言え、そこも黒人の席だった。白人の彼は、少女の隣に座った。そうして、黒人のモノマネを始めた。白人の乗客はみんな笑った。少女は悲しそうな顔をしていた。この国に来たばかりだった。僕にはまだ英語がよく聞き取れず、何がおもしろいのかも理解できなかったが、ワケもわからないまま、白人たちと一緒になって笑った。
突然女房は、結婚すると言った。若い、ハンサムな男と。そいつを、家に連れてきた。すると、亡くなっていたはずの、女房の両親が、生き返った。家の中が、賑やかになった。
「あいつとは、もうヤったのか?」女房を問いつめた。女房は、何も答えなかった。女房の鼻が白くなり、少しだけ長く伸びた。おそらく、ヤったのだろう。
天ぷらの中に安全ピンが混入していた。仲間の1人がクレームの電話を入れたが、それはおおげさだと感じた。僕はいっさい気にしてなかった。天ぷらはおいしかった。
芝生の上で、僕たちはガムを噛み、プーっと、風船のように膨らませるのに夢中。水道の蛇口をひねると、光る緑色の水が出てきた。その横で、天ぷらを揚げた料理人のおじいさんが、小言を言われている。僕は、おじいさんをかばった。
長い列車が、トンネルを抜けると1両だけになっていた。その後ろの車両は、トルネルの中から出てこなかった。今も出てこない。そんなニュースがあった。トンネルの中の様子は、わからない。現場からの中継は終った。
さて朝になった。全人類が眠りから目覚めた。かわりに僕が眠らなければ。これから何年間も、全人類のかわりに。
空のショッピングバッグが散乱した部屋に足の踏み場はなかった。中身はどこにあるんだろうと別の部屋を探した。廊下の先に、廊下がつづいていた。入ったことのない部屋がいくつもあった。いつも鍵がかかっていたドアは、今は開けることができた。
座席上の網棚に僕の衣装ケースがある。ちょうどこの車両には誰も乗っていない。着替えようと思ったところで、中国人観光客の団体が乗ってきた。
慌てて席に座った。窓の外を見た。駅のホーム。高校の演劇部がシェークスピアをやるらしい。顧問の先生が列車の乗客に主演の女優を紹介している。おもしろそうだ。遅れて主演の男優も挨拶にあらわれた。車内は混んできた。僕はその駅で下車し、劇を観に行くことに決めた。
英語を話す仲間たちと映画を観た。映画が終った。いい映画だった。僕たちが感想を語り合っているところに、インディ・ジョーンズのコスプレをした白人が2人やってきた。彼らにも感想を訊ねた。
しかし彼らは、インディー・ジョーンズの話しかしなかった。隣のスクリーンで、これからインディー・ジョーンズが始まる。パート2のリバイバル上映だった。テーマ音楽が奥から聴こえてくると、彼らは叫び声をあげ突入した。
その男性と僕はエレベーターに乗った。地階まで下りるつもりだったが下りなかった。僕たちは途中の10階で下りた。
エレベーター前のロビーにソファがあった。僕たちは離れて腰掛けた。ロビーに肌の黒い男性がいた。僕の連れは英語で話しかけた。「ここに、日本人向けに味をマイルドにしたインド料理店はないだろうか?」
肌の黒い男性は、僕の連れではなく、離れたところにいる僕を見つめた。そして「ない」と日本語で答えた。
そんなはずはない。
冷蔵庫に大量に買い置きしてたヨーグルトの期限が切れていた。すべて4年前のものだった。4年ということはありえない。4年も気づかなかったわけがない。日付の印刷ミスだろう。僕は構わず食べた。そのあとですぐに出かけた。駅で君と待ち合わせだった。君はカードで切符を買った。僕は販売機に小銭を入れた。しかし機械はその硬貨を受け取ろうとしなかった。
「コインは全部紐で縛って、投入するときバラけないようにしなきゃだめなのよ」君が教えてくれたとおりにしたが、僕は失敗しつづけた。
荒野を1人で歩いていると、後ろから車がやって来た。どこまで行くんだ? 乗せてやるよ、と声をかけられた。僕は断った。
「どうしてだい? 親切に言ってるのに」 相手は少し気分を害したようだった。
「人間は1日千マイル以上走ったら死ぬんだ」と僕は説明した。
僕はこの日もう950マイル以上走ってしまった。仕方なく車は捨てて歩いている。
その車、どこで拾ったんだ? 今あんたが乗っている車。
「こいつは俺様の愛車だよ」とその人は答えた。
そうかい?
「そうさ。まぁ、せいぜい長生きしなよ」と吐き捨てて、その人は去った。
切符を手の甲に乗せ、女の駅員さんに差し出す。切符を受け取った駅員さんは鋏を入れ、僕の手の甲にそっと返した。「落さないようにね」と言った。
僕は中指の爪先に怪我をしていて、手の甲には絆創膏も乗っていた。「これが見える?」と駅員さんに僕は訊いた。
「絆創膏を貼ってもらいたかった?」
「うん」
「私がタイムマシンに乗って、君が怪我をする前に時を遡り‥‥
‥‥怪我をする前の指に予め絆創膏を貼っておいてあげるのはどうかしら?」
「いいね。すごくいい考えだと思う!」と僕は答えた。
最高だ。
「怪我をしたのはいつ?」と駅員さんは訊いた。笑うところだと気づいたが、もう遅かった。
今日、韓国に来た。誰もいなかった。空港鉄道の駅に行った。列車は動いていたが、人はいなかった。誰も乗ってないバスが、自動で動いている、リムジンバスの乗り場に戻った。どうすればいいのか、わからなくなった。
タクシーがやって来た。運転手のいるタクシーだ。乗り込んで行き先を告げると「途中で寄り道しますけど、いいですかね?」
この際かまわない。
タクシーは途中で、何人かの無口な客を拾ったが、どこでどう寄り道したのかはわからない。市内の僕のアパートの近くの公園で、全員が降ろされた。料金は請求されなかったので、おかしいと思っていると、そこはまだ空港のタクシー乗り場だった。
地下鉄のホームに下りる階段はパチンコ屋の中にあった。店内にほとんど客はいなかった。音もなく、たばこの煙もない、清潔な店だった。チカチカと何かが光った。誰かの台で、当たりが出たのだろう。
電車は音もなく到着して、音もなく去った。停車時間はたったの5秒だったが、乗る人も、降りる人もいない。22秒後に、また次の電車は来た。その22秒間、僕は息を止めていた。
扉が音もなく開いた瞬間、僕は空気を大きく吸い込んで、27秒目だった。息を吐こうとすると、5秒ではなく、5年が過ぎていたのだ。
究極の選択だった。怪物に変身させられるか、殺されるか。僕は天を見上げた。そこには怪物の姿になった「英国」があった。英国は空から落ちてきて、バラバラになった。そのジクソーパズルのピースのようなかけらの1つひとつを、僕は拾い集め、正しい英国のかたちに組み直した。
港で、船が待っていた。遅れて新幹線もやって来た。緑色の車体に、オレンジのラインが入った新幹線だ。ちょっと違うんじゃないかな、と思って、僕は乗らなかった。
結局、バイクで送ってもらうことになった。ハンドルより前に、乗る場所が設けられている。僕がそこに座ったら、ライダーの視界の妨げになると思った。
ふと見ると、足元に猫がいた。僕が屈んで背中を撫でている間に、バイクは去った。「お前のせいだぞ」と猫は猫の言葉で言った。
遅刻だ。船も、新幹線も、もうない。
その女の人の服には穴が開いていてそこから乳首が見えた。わざと見せているかどうかわからなかった。彼女は何か話をしていたが、まったく耳に入ってこなかった。僕は目が悪いのだ、仕方ない。そう言い訳して顔を乳首に近づけた。近くで見るだけ見ると、吸いたくなってきた。しかしそこで彼女の話は終った。
彼女は席を立ち、ゴルフのパターを持って帰ってきた。まだ乳首は出したままだった。彼女は僕をゴルフ場に連れていき、そこで僕たちはかわりばんこにボールを叩いた。
その裁判は3年間中断していて、僕が久しぶりに出廷すると何もかも変わっていた。まず裁判所のある場所がデパートになっていた。僕は買い物客にじろじろ見られながら判決を受けた。どんな判決だったかはわからない。裁判官の言葉は難しすぎて理解できなかったから。
とにかくこれで終ったのだ。僕は何人かの囚人たちと一緒に連れて行かれた。がらんとした広い部屋だった。部屋の隅っこに空になった僕の衣装ケースがあった。部屋の反対側には僕の服が畳んであり、さぁ、始めようと囚人たちは言った。
芸術を専門に教える小学校に僕たち10人は赴任してきた。教室に全員がいる。美術と音楽の教師だった。給食を食べ終えた生徒たちが集まり始めた。
「今日の給食はなんだったの?」新任教師の1人が訊いた。「納豆だよ」とある生徒は答えた。「納豆ではなかったよ」後から来た別の生徒は答えた。
生徒の数は教師より少なかった。彼らの前で自己紹介をすることになって、同僚たちは絵画作品のスライドを見せたり、歌を歌ったりした。その横で僕はスマホに保存してある写真を生徒たちに見せた。作品と呼べるものはそれしかなかった。
スタジオでライブがあった。水着を着た若い女が、若い男2人と一緒に歌っていた。水着は黒いビキニだった。歌っている途中で、女の体に変化が起きた。女は男になってしまった。これは何のライブなのだろう、と思った。僕は帰ることにした。
だが途中で帰る者は、紙に名前を書いていかなければならない。性別、生年月日、住所も、電話番号も、勤務先も。僕は自分の住所しか思い出せない、と話した。「帰るところはあんだね」と相手は言った。
ロープウェーに乗せられた女性の囚人に、僕は刀を渡した。
「向こうからもロープウェーが来る。そこにも刀を持った囚人がいるから、2人でチャンバラをやるんだよ」と命じた。
「私たちは2人とも死刑なんですか?」
「そうだよ。台本のとおりに、相打ちになってね」
だが2人はお互いに手加減したため、死ぬほどの怪我は負わなかった。腕を切られた囚人は、痛い痛いと泣いた。僕は医者を呼んだ。すぐに来てくれと言ったのだが、医者はタクシーではなく、バスに乗って、のんびりのんびりやってきた。
十字架に磔にされているその男は、中世の鎧を身にまとっていた。その上から槍で突かれる。死刑だった。心臓を貫かれたあとでも、男はまだ生きていた。頼みをきいてくれ、最後に電話をかけたいという。日本にいる妻と話したいというのだ。男のいう番号を僕はプッシュして、電話機を渡した。彼らの日本語の会話が聞こえてきたが、電波の状態が悪くなったとかで、通話は途中で切れた。
高校のとき同じクラスだった何人かと数十年ぶりに集まることになった。検索してみると会場の飲食店は自転車で約1時間のところにある。「自転車で来るの?」幹事役の女性からメッセージがあった。メッセージはびっくり顔の絵文字と一緒に送られてきたが、何を驚いているのだろう。僕は「行くよ」と簡潔に返信した‥‥
飲食店のある繁華街に着いた。そのときになって携帯を忘れてきたことに気づき焦った。携帯のメッセージを見ないと待ち合わせの飲食店の名前が出てこないのだ。まだ約束の1時間前だった。繁華街をうろつき何という店だったか思い出そうとした。けど駄目だった。(今から1時間かけて携帯を家に取りに戻るしかない。)
ガッツリ落ち込んでいる僕に花束を持った見知らぬおばさんが馴れ馴れしく話しかけてきた。元気だしなさいよ、とか何とか。この女性、僕の昔の同級生なのだろうか? 花束を持っているということはもしかして? 僕は自分の名前を名乗った。そして携帯を家に忘れてきたと言った。しかし彼女はそれには何も応えず、独り言のように、自分で自分を鼓舞しつづけたのである。
路上で開かれた絵画教室に参加しようとやって来ると、ネットの知り合いのAさんがいて、もう絵を仕上げたところだった。自画像である。「スカートのプリーツのところが変になっちゃった」と言うが、そんなことはない。うまく描けている。「違うのよ、ずっと座って描いていたから、こっちがね」と聞いて、絵の話ではないのだとわかった。ずっとスカートのお尻の部分をさわっているのを、「見ないで」と可愛らしくむくれた。
鏡の前に座り、僕も描き始めた。そこに講師がやってきて「だめじゃないか」と指摘する。「男性にはヌードになってもらうよ、それが決まりだ」「えっ、脱ぐんですか?」そう、自分で自分の裸を描かなければならない。僕も長いこと絵をやってきたが、自分の裸だけは描いたことがなかった。
その男の子が鞄の中に本を何冊も何冊も放り込んでいくのを、図書館の職員も利用者も見てるだけで何も言わない。「盗むのさ!」男の子は大きな声で叫んだ。「僕は泥棒をしてるところなんだ!」
そこでやっと職員は動き出した。「盗んだ本をどうするの?」優しそうな女の人が訊く。「アマゾンで売る!」と男の子が答えたところで、男性の職員がやってきた。少年は何発か殴られ、「取調室」へ連行される。女性職員も同行した。取り調べの様子は外から見ることができた。彼女は「この子の罪をお許しください」と神に祈っている。
そろそろ行こうか、と友人が僕を誘った。映画の時間だ。懐かしの『ET』がリバイバル上映される。僕たちは図書館を出て、映画館へ向かう。
ガラス張りの売り場に、紙ゴミと再生可能なプラスチックゴミの袋が、山積みになっている。それは、僕が仕入れた。綺麗で、匂いもない。通行人が、ウィンドー越しに眺めている。入り口はどこなのか、探しているようだが、僕が照明を落すと、諦めて帰った。
映画に出た。演技経験はなかったが、主演の女優の相手役に抜擢された。マラソン選手の話だ。とくに演技というものはなく、ひたすら走る。走っているうちに、若返る。若返った僕を見て、女優もマラソンを走り始める。しかし彼女は、急速に年老いてしまう。昭和54年、20歳だった。
まだ新しい、黒い革靴、誰かが脱いで、そのままになっている。ためしに履いてみると、ぴったりだ。
10メートルほど歩いて、戻った。そこで脱いだはずの、僕の古い靴はなかった。消えていた。代わりに、別の黒い革靴が、何足かあった。
家は散らかっていた。丸められた紙屑が、そこら中に落ちている。ただ隅っこの方に蹴飛ばし、拾うことはしない。
誕生日の24時を過ぎても、妻は帰ってこなかった。クラッカーを手に、一晩中待った。結局彼女が帰ってきたのは、朝だ。車の音がして、外に出た。
僕はクラッカーを鳴らした。エンジンが切れたところでパーン、ドアが開いたところでパーン。
僕は圧をかけられて、その、仕事一筋といった感じの、生真面目そうな若い女性と、結婚することになった。
新居は、雑居ビルの、空きテナントだった。風呂はなく、トイレはビルのトイレを使う。家具といえるものは、木の、大きなテーブル1つ。
僕たちは立ったまま食事をした、服を着たまま、そのテーブルの上で寝る。
彼女の体は、横たわると、詰め物を抜かれたぬいぐるみのようだ。
彼女がカフェから出てくる。僕は入ろうとしている。ドアのところで声をかけた。しかし彼女は無視して行ってしまった。(仕事があるのだ。)
そこは、彼女の母親が経営しているカフェだ。コーヒーと、コロッケ(のような揚げ物)を1つ注文した。コロッケは2つ出てきた。デザートのアイスクリームも無料で。彼女の母親は、何人かいた客を、閉店だと言って追い出した。
駅から、こちらに向けて、黒いLPレコードが投げられた。円盤投げのように
「なんですか?」
「ラインを送信した。手投げで送信した」
投げたのは駅員だ。
「ラインだよ、届かなかったけど」
道に落ちたレコードを拾って、駅員に返した。駅員は、それをまた投げた。
スーツを着てネクタイを締めたサラリーマン風の男が、スキーを履いてゲレンデを登っていくのを、僕は神の視点で眺めている。奇跡を起こしてやるぞ。僕は男を手のひらに乗せ、山のてっぺんまで運びあげる。そのあとで、彼のすべての記憶を消した。
男は、スキーを楽しむ。雪が、激しく降る。スキー場には、誰もいない。
竜巻が発生した。空が急に暗くなって、雲が紫色に光り出す。僕は家の庭に出て、大きく口を開けた。舌を出し、近づいてくる竜巻に向けた。蛇のような長い舌、まだ何百メートルも向こうにある竜巻に届き、それが砂埃の味であることを知る。
椅子に座ったままの父は、鼻を象のように長くこちらに伸ばし、僕の口の匂いを嗅いで‥‥「臭いぞ」とは言わなかったけど、口臭防止効果のあるガムを勧めた。そして、やはり椅子に座ったまま、ぴょこぴょこ跳ねて、家を飛び出す。外は、強風が吹き荒れている。母は「予言のとおりになったわ」と言った。いったい、何が気に入らなかったのだろう。
迷っている間に、扉は閉まり、列車は動き出しました。それを見て僕はその列車に本当に乗りたいという気持ちが沸いてきたのです。
飛び乗った! 幸いなことに扉は手で開けることができました。デッキに立つ年老いた乗客たちが驚いた顔で僕を見ます。
客車に入って、見まわすと席はいくらでも空いていました。老人たちはなぜ座らないのでしょう。身なりを見ると裕福そうです。(切符が買えなかったわけでもあるまいに‥‥)
車内にはグランドピアノがあって、女性がラフマニノフを弾いていました。見事な演奏。
しかし演奏が終っても、拍手をする者は誰もいない‥‥「何で拍手をしないんだ?」と僕は言いました。何人かが拍手しました。それでも全員ではありません。僕は‥‥怒っている。
するとピアニストがこちらを振り返りました。
そして「リクエストはある?」と訊きました。僕は鞄の中から、楽譜を取り出しました。書き溜めた自作曲です。
その中から「鍋に触ったら熱かった」というタイトルの曲を彼女は選んで演奏しました。楽しい曲ね、と笑って。笑って。
2分後に12時になる。だがその2分間は、非常にのろのろと過ぎた。2時間待っても、12時にはならなかった。結局、僕は待つのをやめた。寝てしまった。2人の女と一緒に。1つのベッドで。
だが起きると、女は1人だった。それは女房だった。ベッドは2台になっていて、僕たちは別々に寝ていた。町は寝静まっていた。彼女を起こさなかった。まだ12時になってなかった。
その人は有名な画家だったが、僕は知らなかった。その作品に、僕は加筆した。画家の目の前で「ほら、こうすればよくなりますよ」
画家は怒らなかった。むしろおもしろがって、何枚かの作品に、加筆してくれるよう、僕に依頼した。
「ひどい絵ですねぇ」と僕は言った。
さっそく仕事を始めた。だがさっきまでの魔法は消えた。ビギナーズ・ラックだったのかも知れない。僕が筆を加えれば加えるほど、絵はひどくなっていく。
画家がアトリエに途中経過を見に来た。絵に対しては、「ひどい出来だな」と吐き捨てた。「しかし君の度胸は賞賛に値する」
「作業はまだ完了してませんよ」と僕は応じた。
「いつ終わるのかね?」と画家は訊いた。「夏が終わるのとどっちが先かな?」
「一夏、いいセンいってますよ」
「ふ‥‥」
「ちなみにあなた有名な画家なんですってね」
ベッド脇の小テーブルに、1冊の本がある。作者の名前は、僕と同じ。ありえそうにないことだが、同姓同名の別人なのだろう。裏表紙に、作者の写真があった。
しかし顔は全然似てないので、安心した。
写真の中の彼は、車椅子に乗っている。手に、漫画本を持って。「紹介してやろうか」と話しかけてきた。「‥‥!」言葉も出ないほど、驚いた。
「紹介‥‥?」
「この漫画家。好きなんだろ?」
「ベッドの下、覗いてみろよ」彼は言う。そこに、漫画家がいる。
毎日真珠湾攻撃があるみたいな気がして、「アメリカ」は怒っていた。怖がるんじゃなくて怒るんだな。でも僕は「日本」だ。スーパーで買い物をしている。昼の12時だ。
僕が服を全部脱いだところで今日の攻撃が。サイレンが鳴った。店員はもう閉店しますと言った。僕は裏に連れていかれた。
「犯人」を捕えるためのタックルの練習を始めた。壁とぶつかり稽古だ。
車道を挟んで向こう側で、こちらを指差し、嘲笑っているおばさんが何人もいるが、すぐ脇を歩く通行人たちは僕を無視している。
「犯人」はビルの前にいるという報告を受けて僕は出てきたのだ。しかし誰が「犯人」なのかわからない。しばらく様子を見よう。
朝10時に終ったリサイタルの後で、僕たちはコンサートホールの駐車場に出てきました。次の会場へ移動するのです。次は17時からでした。
‥‥演奏を終えたピアニストも合流し、一緒にランチに行くことになりました。
ホールの周辺は田園。「その前に少し散歩をしよう」と誰かが提案したのは、当然の流れとも言えました。気持ちよく晴れていましたし。
歩いている途中で、1円玉を見つけた僕‥‥次々と5枚。そして10円玉も見つけました。小川の水でそれらを洗い、綺麗にしてポケットに入れました。
駐車場まで戻ったところ‥‥ホールに最後まで残っていた仲間の1人が出てきました。腕に赤ん坊を抱きかかえて。(これには驚きました。)けど「誰の子だい?」と訊く者はなく。それで僕も知らんぷりをしたのです。
‥‥ふと思いついて、さっき拾った硬貨を出し、光を反射させて見せると、赤ん坊は反応して、きゃっきゃっと笑いました。
結局、赤ん坊は連れて行けない、ということになりました。まぁ、仕方ない。僕は赤ん坊の手に硬貨を握らせて、さよならを言いました。赤ん坊を抱きかかえてきた当の本人は、それで安心したようでした。僕たちは出発しました。
ピアニストはアップライトのピアノを弾く。あたたかみのある音がした。‥‥グランドピアノは客席にあり、僕はその上に寝かされていた。
演奏が終わるとピアニストは客席に来た。ずっと、このグランドピアノが気になっていたようだ。ピアノの上に寝かされている僕を、何とも言えない表情で見つめる。非難なのか、なんなのか‥‥その大きな手を、僕の顔の上に置く。
手はあたたかかい。さっきピアノを弾いたばかりの手で、頬を包み込むようにした。
仲間たちはそれを排水口に隠せと言います。そこなら見つからない。なら僕は排水口の上に隠れよう。それはいい隠れ場所だと仲間たちも褒めてくれました。
そしてやつらはやってきたのです。(排水口の上にうずくまっているだけの僕は見つからなかった。)
もっと上手く隠れた仲間たちは全員つかまってしまいました。
「もう1人いるだろう」やつらが仲間たちを拷問しています。
「排水口の上にいる」1人が簡単に口を割りました。僕を指差します。けどなぜかわかりませんが、やつらには目の前にいる僕が見えないのです。
「ウソをつくな」とやつらは言い、さらにひどい拷問を仲間たちに加えます。あれでは死んでしまうでしょう。
誰もいなかった。僕の家ではなかった。おそらく金持ちの家だ。家中のあちこちに電話があった。電話の脇には日めくりのカレンダー。1つの日に、1つの電話番号が書いてある。僕の誕生日の日付に書かれた番号に、僕はかけた。女が出た。今から来いよ、と僕は誘った。
女を待つ間、フロに入った。鏡を見ると、僕の体には狼男のような剛毛が生えていた。女が嫌がるかも知れない。僕は全身の毛を剃った。首のまわりに、マフラーのように生えている毛だけは残した。
起き出すともう昼過ぎだった。寝室を出たところで女房と鉢合わせした。「あんた、400年、40足ってずっと寝言言ってたよ」その言葉で完全に目が覚めた。女房だと思ったのは見知らぬ太った女だった。狭い廊下だった。何かが変わってしまった。
女はあるはずのない階段を上っていく。光に包まれて見えなくなった。僕は下に下りた。トイレに行くと、便器の周りに41足のスリッパがあった。どれを履くか選ばなければならないが、僕の片足は義足だった。木でできた義足だった。間違ったスリッパを選ぶと、どうなるんだったっけ。僕は考える。
結局何があったのかはわからない。ただ多くの者が犠牲になった。僕のように、かすり傷1つ負わなかった者もいる。安置された遺体の脇を、幽霊のように歩き回る。そこに、僕の友人たちはいなかった。
「帰っていいか?」と医者に訊いた。答えはなかったが、外に出た。友人たちが、車で待っていた。みんな、無事だったのだ。その車に乗り込んだ瞬間、カーラジオで、ホール&オーツがかかった。僕は、なぜか、涙が止まらなくなった。
敵陣に手榴弾を投げた。それは不発だったのだが、ルール違反だと苦情が来た。「我々はまだ発砲していなかったではないか」
勝ち目はない、こんなルールでは。僕たちは敗走した。文字通り走っている最中、小さな子供が、転んで倒れた。僕は泣く子の靴を脱がし、足の裏をくすぐった。彼は、ひどく嫌がった。
カウンターで料理が出てくるのを待っていた。ずっと待っていたのだが何も出てこなかった。それでもう帰ろうと思った。「お帰りですか?」と店の人が訊いた。「いや」と僕は答えた。心の中でそう思っただけだよ。
「僕の心の中が見えるの?」不思議に思って訊いた。
「不思議ですか?」とまた店の人は訊いた。
「心の中でそう思っただけだよ」と僕は答えた。まだ不思議じゃない。
同僚の内2人は小学生だった。僕たちのチームは仕事で小学校に来ていた。(何の仕事なのかは言えない。)
「もしかしてこの小学校に通ってる?」僕は2人に訊いた。
「違うよ」と彼らは答えた。「でもこの学校、ウチらの学校と似てる」
「うん、びっくりした、間違えそうになった」
「ここ、おれの席」
「違うし(笑)」
「へぇ、学校なんてどこも同じかと思った」と僕。
「わはは、ザコ」「普通は全然違うよ」と彼らは言う。
「何か尊敬しちゃうな‥‥」僕は独り言みたいに言った。
妊婦との食事会に招かれて僕は来た。ただ1人の参加者だった。僕が席についてしばらくするとホストである彼女はあらわれた。しかしとても大きなお腹がドアにつかえてなかなか入って来れない。双子を妊娠しているのだろう。妹たちが生まれたときのことを思い出した。
さて出された食事は? 皿の上にあったのは食べかけのクッキーが1枚だけ。僕はそれを食べた。「食事会」はそれで終わりである。無事に終ったようね。僕の倍の体重の妊婦は背中にまわった。そしておんぶしてくれと言う。いや実際にはもっと事務的な命令の言葉だった。
それは誰かが果たすべき義務なのだ。
僕は彼女をおんぶした。重かった。命の重みである。それは地球よりも重い。そのままの体勢で彼女は出産を始めた。永遠とも思える時間が過ぎた。そのようにして今日僕は父親になった。
飛行機は超低空を飛んでいた。機体はガタガタ揺れた。地面を走っているのではないかと思えるほどに。行く手に巨大な岩山が見え、機内放送が流れた。「あれが有名なグランドキャニオンです」と機長は言った。
その手前にある繁華街で飛行機は一時停止した。乗客たちは土産物を買いに降りた。1人機内で待っていると、たくさんの子供たちが乗り込んで来た。その子供たちが席につく。1人の男の子が僕の脇に立った。「ここは僕の席だよ」と彼は言う。うるさいガキだ。
部屋の中に×××が落ちていた。拾い上げてトイレに持っていった。トイレットペーパーと交換するのだ。
僕は無料のトイレットペーパーを手に、部屋に戻った。トイレットペーパーが、ずいぶんたくさん貯まった。
しかしもっと欲しかった。僕は部屋を探した。広い部屋だ。まだどこかに落ちているかも知れない。なかった。
僕はトイレットペーパーを、ピラミッドのかたちに組み上げて遊んだ。背丈より高いピラミッド。
「火曜日にデートをしよう」とその子は言った。「ランチを奢って」
「学校は休みなの?」
「その日は早朝から仕事があるの」
仕事というのは撮影か何かだろうと僕は思った。その子はまだ中学生だったが売れっ子のタレントなのだ。僕はスマホのカレンダーでその日の予定をチェックした。もちろん予定なんてない。
あなたは四角いバスケットボールを使って、シュート(フリースロー)の練習をしていたのですが、ボールはやたらと重くて、高く投げることができません。
同じ部員の1人は、その四角いボールを、上手くドリブルしています。祈るような気持ちで、あなたは見ていました。彼がそのまま、ゴール下に、鋭く切れ込んで、シュートに持ち込むのを。
彼はシュートに成功し、あなたのボールにかけられていた魔法は解けました。ボールが元に戻った、ということです。
友達が「ごちそうするよ」と言うのでついていくと、そこはレストランでも彼の家でもない。地下の広場だ。どこからか丸いテーブルと椅子を彼は持ってきた。そこに僕は座った。彼は消えた。
しばらくすると携帯に着信があった。「今日はごちそうさま」と言う声。それは誰なのかわからない。僕はわからないまま「どういたしまして」と答えた。
「エレベーターに乗って最上階に来て」と声。と楽しそうな笑い声。
最上階は図書館だった。ここで待てばいいのだろうか。雑誌を眺めながら待った。しかし何も起こらなかった。時は平穏に過ぎていった。
携帯にワンギリの着信があった。誰からなのかわからない。
僕は地下の広場に戻った。テーブルと椅子は片づけられている。彼はいなかった。
トンネルの中を歩いてそこまで行ったのだが、「そこ」は思っていたような場所ではなかったので、すぐに帰ることにした。
しかしトンネルは一方通行、帰りは地上を歩くしかなかった。たくさんの人混みをかきわけて、信じられないほど長い橋を渡るのだ。
車に乗りたかったが、どこにも見かけなかった。僕と同じように歩くのが厭になった人たちが、ときどき橋から身を投げていた。それはあくまで少数派だったけど、橋の端の方を歩いていると、どうしてもそういうのが目に入ってしまう。
なので僕は、橋の中央部を歩くことにした。人混みはさらにひどくなり、歩きづらかったが、人々の楽しそうな顔を見ていられるのはいい。
カジュアルな服を着た人たちの中で、時代遅れのロック歌手のような格好をした僕は、自分の進むべき方向を見失ったようだ。
ケース下部に穴を開けておいたのは漏らしたときのためだ。戦いの最中にオムツを交換している余裕はないだろうと思った。戦国武将たちに頼まれ赤ん坊を入れておくためのプラスチックのケースを製作した。赤ん坊を背負って戦うそうだ。敵の刃から保護するためにケースの中に入れておきたいという。
だがよく知ってみるとその「赤ん坊」は体温のない人形のようだった。(生きているわけではなかったのだ。)
客たちはその店の中をぐるぐる何周もしている。年格好は様々だが歩くスピードはみな同じで‥‥
その奇妙な「レース」を眺めている。
1人の男が僕の前に立ち止まる。綺麗な日本語を話していたので日本人だと思う。「刑事が」と言った。
「刑事?」
「おれは刑事に追われている」
「犯罪者なのか、あんた?」
「刑事だ」
それだけ言うと彼はレースに戻った。もう1周して、また僕の前で
「刑事が」
「うん、あんたも刑事なんだろ?」
「そうだ。おまえは?」
「刑事ではないよ」
僕がそう答えると彼は目を輝かせ、「一緒に来い」と言った。「来い」
真夜中に起き出して、冷蔵庫の中を見てみると、買った覚えのないケーキが入っていた。はて? 一口食べようと、手を伸ばす僕の背中に、視線を感じた。
振り返ってみると、和服を着た、若い女がいた。美人だったが、魚のような顔をしていた。なのに、綺麗すぎた。しかも、2人いた。化け物の姉妹だろう。僕の家には、こんなのが棲みついていたのか。
ケーキについて、言い訳がましい言葉を口にしようとしたときには、すでに彼女たちの姿は消えていた。
いなくなったわけではなく、透明になって、見えなくなっただけだということは、すぐにわかった。冷蔵庫の扉が、勝手に開き、ケーキが取り出された。
ケーキは3等分され、その2/3はすぐに消えた。
僕は残り1/3になってしまったケーキの上に、ふと思いついて、射精した。興奮もしてなかったが、思いついただけで、そんなことができるのは不思議だった。
あとは、彼女たちが、ここに産卵すればいい、と思う。(えっ?)
その場面を想像して、興奮している自分に、混乱を覚えた。動悸が異常に激しくなり、息切れもしている。そうか、これで死ぬんだなと気づいた。
自動販売機で「それ」を現金で購入しようとしたところ、「それ」は出てこなかったのだが、投入した金額よりも多くのお釣りが返ってきた。チャンスかも知れなかった。
僕は再度買い物に挑戦する。前よりも多くの現金を投入して「それ」購入のボタンを押す。「それ」は買えない。しかし投入した倍の金額のお釣りが返ってくる。
もういちどトライしようとする僕を店員が止めた。もう止めとけ、充分だろ。
いや、これは一生にいちどのチャンスなのだ。僕はたった百円の「それ」を購入するために持っていた現金をすべてつぎ込む。後ろに並んでいた人たちからも借りたため、莫大な金額になった。
どこもひどい人混みだった。いつも僕の代わりに予約の電話をかけたり、チケットを買ってくれたりする女性がその日もいた。僕はこの国ではガイジンなので、チケットを購入するための列に並ぶことすら許されなかったのである。
国民的人気歌手のコンサートだった。チケットは何回かに分けて発売される。その第1回目だった。「人目につかないところで待っててね」とその女性が言って列に並んでからすでに数時間が過ぎていた。
結局彼女は僕の分のチケットを買うことができなかったのだけど、僕には驚きも失望もなかった。着ていた冬のコートが、より重くなったように感じただけである。「家に帰ろう」と彼女は言った。チケットを販売しているのと同じブースで、地下鉄の乗車券を買うことができる。今度は、僕も一緒に並んだ。
ガイジンがアイドルのコンサートに行くことはできなくても、地下鉄に乗ることはできるだろう。
コートのポケットには、小銭が何百枚も入っていて重かった。そうなのだ、肩が凝るのはこのせいなのだ。僕は全部使ってやろうと思った。それだけあっても足りるかどうか‥‥わからなかったけど。
雨がこの光景に降り注いでいる。光景の中で雨が降っているわけではなくて。そうだこの光景自体は晴れている。雲1つない。
白い布のバッグに何が入っていたのかわからない。僕はそれを肩にかけて君のところへ行った。「持ってきてくれたのね」と君は言った。
「うん、持ってきたよ」
「今日はいい天気だね」
突っ立ったまま君は言った。笑顔だった。その微笑みに違和感。
本当にそうなんだろうか。僕はバッグを持ったまま外に出てみた。いやとてもいい天気だった。よかった。
それから「このバッグにはいったい何が入っているのかなぁ?」
外から大きな声で君に訊いた。
駅に向かうとき乗った自転車のペダルは大きかった。ペダルの上に家が建てられそうなくらい広くて大きい。というか実際建っていた。
僕が漕ぎ始めると家から人が出てきて「どこへ行くんだい?」と訊いた。僕が答えずに漕ぎつづけていると、家の中からもう1人出てきて、その人に出鱈目なことを答えた。
CDをラジカセにセットして聴いた。若い女のコに聴かせた。「そう、この曲だよ!」と彼女は言った。「ずっと探してたんだ」
「このボタンを押してみな‥‥ほら、絵が出るよ」 長押ししている。
するとホログラムが実体化した。そいつらは部屋の中で踊り出した。
「えぇっ、すごい仕掛け」
「ダビングしてあげようか?」
「ダビングって何?」と彼女。
「う〜ん、つまりプレゼントするってことだよ」
「ありがとう。やったぜ」
彼女がホログラムの美男美女たちと一緒に踊りだしたのを機に僕は部屋を出た。
楽の音が漏れてくるアパートの部屋の脇の長い階段を下りていった。いちばん下の段に財布が落ちていた。
財布には小銭がたくさん入っていた。僕は小銭を全部抜き取って財布は捨てた。
駅まで歩いた。切符を現金で買おうとしたとき、その小銭は手から滑って地面に落ちた。
それをもういちど拾うのはルール違反だ。
旅行に行こう。初めてのデートで、彼女はそう言った。今から行こう。僕たちは洒落たレストランで食事をしていた。その時間のただ一組のカップルだった。
店に入ると、突然彼女の動きはゆっくりになった。テーブルにつくまで、何十分もかかった。僕は先に席について、注文を終えた。彼女がテーブルに到着するのと同時に、料理が来た。
そして彼女は言ったのだ。旅行に行こう。食べながら僕は答えた。いいね。重ねて彼女は言った。今から行こう。僕は出てきた料理を、急いで食べた。
気づくと彼女の目は、動かなくなっていた。目が、黒目だけになっていた。それで、動かせないのだ。死んでいるわけではないのだ。
僕は顔を近づけ、その目に映った自分の姿を眺めようとした。しかし、そこには何も映ってなかった。まだ、スイッチが入ってなかった。
僕は、彼女に僕を殴らせた。最初は彼女の手を取って、軽くだ。そうすると、彼女のスイッチは入った。彼女は、美しい、美しい、と言いながら、本気で、僕を殴り始めた。僕も、殴られる度に、心から、美しい、と言った。
間違った駅で降りてしまった。それで迷ってしまった。スマホの地図アプリを開いた。現在位置を確認した。しかし自分の今いる場所は、海の中だと表示された。アイコンがすべて、魚や船や港になっている。ディズニーアニメを連想させた。
駅に戻り、電車を待つ。やってきた電車に乗り込む。それは、小さな船のように大きく揺れた。
明かりは何もなかったので、君の顔を見るためには、朝が来るのを待つしかなかった。しかし君は朝が来る前に帰ってしまう。陽の光の下で、僕は腑抜けのようになった。
また暗くなるのを待てなかった。部屋を真っ暗にすれば彼女は来てくれるかも知れない。けどどんなに完全な闇をつくっても、昼の間は、彼女はあらわれなかった。
「私の顔を見たいの?」
「そうじゃない。ずっと一緒にいたいだけだ」
「どうしてずっと一緒にいたいの?」
「目で確かめられないものを信じるために」
「それは『愛』っていうこと?」
愛。そんな会話をしたその次の夜彼女は来なかった。僕は却って安心して眠くなってしまった。夜に眠くなるなんて何ヶ月ぶりだろう。眠ると君の夢を見た。そこで初めて君の顔を見たのだ。君がおそらく望んでいたとおりに。
愛してる。はっきりとそう伝えた次の日の夢の中にも、君はあらわれた。前の日とは違う顔をしてあらわれた。それから毎晩、眠りに落ちるたびに、違う顔の女を見るようになって、結局それはあまりにも綺麗すぎる嘘なのだとわかった。
僕は「オブリガード人生」というカフェにいた。彼がどうしても行きたいというので連れてきた。1人で行く勇気はないという。無料のカフェだ。政府が運営している。
彼は出てきた飲み物を飲んだ。眠くなったといい寝てしまった。おいおい、その前に「オブリガード人生」っていわなきゃならないんだろ? 僕はそう思ったが彼はもう亡くなっていた。ここは安楽死のカフェだ。
客席は、ガラガラ。前の方に、有名人が、何人かいた。有名人たちは、ステージの上の歌手よりも、有名だ。
その内の、もっとも有名な男のコの隣に、僕は座っていた。
歌手が、歌の合間に、その男のコに訊いた、
「アンタの恋人は、今日は一緒じゃないの?」
「後ろの席に座ってる。あいつは、一般人だからな」
「なら、アンタの隣にいる男は何?」
「知らないのか? 俺の友達だよ」
「有名なの?」
歌手がそう言うと、前の方にいる有名人たちも、隣の男のコも、後ろに座ってる無名の人たちも、みんな笑った。
いたたまれなくなり、僕は席を立った。
そして後ろに歩いて、男のコの恋人のところまで行った。
彼女の手を取って、席を立たせ、さらに後方に下がった。そこは、ステージよりも、強い光の当たる場所だった。
巨大なモニターが設置してある。
どこから撮っているのかはわからなかったけど、そのモニターには、手をつないで見つめ合う、僕たち2人が映っている。
「あなたは、臆病者なんだね‥‥」僕が怖がっていると、少年は言った。
お前は違う、良かったじゃないか。
枕元に少年時代の僕が立った。相談があるというのである。「将来はファッション・デザイナーになりたい。自分に素質があるかどうか、このデザイン画を見て判断してほしい」
大きな紙に、虫眼鏡で見なければならないほど小さく絵が描かれていた。あまりにも小さすぎて、デザインの良し悪しはわからない。図鑑に細密画を描く画家になればいいんじゃないか、と僕は心の中で思った。
「実際、未来のぼくはそうなったの?」少年は訊いた。
ならなかった。デザイナーにもならなかった。
僕はボクサーで、世界タイトルマッチのリングに上がる直前だった。控え室で待っていると、会場に集まった観客が足を踏みならす音が聞こえてきた。なんと勇ましい。だが戦うのは僕だ。相手は世界チャンピオンで、史上最強と言われていた。
「あなたは負けるわ」とマネージャーの女性は言った。冷たかった。「試合は見ていかないのかい?」ピンク色のスーツを着た彼女に僕はすがった。「応援してくれないのか?」
リングは、柔らかく茹でられたスパゲティで満たされていた。大量のスパゲティ。チャンピオンはイタリア人。白いスパゲティ風呂の中で、僕たちは殴り合った。チャンピンのハード・パンチの威力も、スパゲティに吸収されて弱まった。勝てるかも知れなかった。
「雪を貸してあげる」とその人は言った。
「使わなければ、ただの雪よ。返してくれなくてもいい」
「ただっていうのは、無料って意味?」
「そう。でも使ってしまったら、返さないとね。雪で返すことは、あなたにはできないでしょう?」
「それは、何で返せばいいんだ?」
「ふふふ。使わなければいいのよ。そうすれば、雪はただの雪‥‥」
「やめてくれ。やめてくれ。そんなもの必要ない。貸してくれなくていい」
「大好きなあなたに、貸してあげる。返さなくていいのよ。ね?」
「いらないって言ってるだろ‥‥」
「うふふふ」
僕は野球選手だった。剛速球を投げる投手だ。その日は小学生相手に投げていた。ボールはテニスボールを使った。時速170km の速球。万が一ぶつけたら危険なので。
小学生相手だが、全力で投げた。三振の山を築いた。当然だが、バットにかすりもしない。だが小学生たちは、「すごい変化球ですね」と言うばかり。誰1人として、スピードのことは言わないのである。
老人が持っている杖は僕のものだった。昨日盗まれたのだ。この老人が盗んだのだろうか。わからないがたぶん違うと思う。そんな悪い人には見えない。
石段に腰掛けていた老人に僕は話しかけた。当たり障りのない天気の話などをした。それから思い切って、杖を盗まれた話をした。鞄の中から折りたたみ式の杖を取り出し、今は仕方なくこれを使っているのだと言った。すると意外にも老人は、その杖を羨ましがった。とても便利そうだと言った。そうしている内に僕の耳は聞こえなくなり、目も見えなくなったようだ。よくあることだ。
降り出した。入り口の傘立てに置いてきた傘が気になって見に行った。盗まれてしまったかも知れない。案の定だった。僕の赤い傘はなかった。
そこらじゅうに赤い傘が散乱していた。どれも新しい傘だった。カメラと一体になった、最新の高級傘もあった。なのに僕の汚い旧式の傘だけが盗まれていたのだ。
ナントカの精が出てくるかも知れない。そう思って僕はしばらく待った。あなたが盗まれたのは、このカメラ付きの赤い傘ですか? それともこちらの、買ってからまだ一回しか使ってない赤い傘ですか?
いえ、僕が盗まれたのは、普通の赤い傘です、そんな高級品じゃありません。
おぉ、正直者よ。
‥‥馬鹿らしくなってきた。
雨が上がるのを待とう。建物の、元いた階に戻ろうとした。しかし下りてきたときに使ったエスカレーターはなくなっていた。非常用の階段だけがあった。「非常二階」にのみ通じている階段である。僕は仕方なく上がった。
非常二階に来るのは初めてだったが、なぜか懐かしかった。寺があって、照明は自然の夕暮れ時を思われる明るさに設定されていた。和服を着た欧米人がたくさんいて、おそらく彼らはここのスタッフだ。
僕は彼らの1人に、傘を盗まれた話をした。言葉が通じたのかわからない。彼(老人)は頷いただけだった。
予報によると雨。だが空を見てもそんな気配なし。持ってきた傘が無駄になる。
僕はスマホを見ていた。東京の知り合いがソーシャルメディアに、カブトガニの形をした雲の動画を上げていて‥‥
「何あれ」
女性の悲鳴のような声がした。みな窓の外を見ている。この町の上空にも、カブトガニが来ていた。
一瞬の出来事だった。強い風が吹いた。その風が目に突き刺さり、涙が出た。涙は頬に流れる前に、風に吹き飛ばされた。窓が閉められた。
そうして、黒い雨が降り出した。
実は宇宙船「緑のたぬき」号から出された遭難信号を最初に受け取ったのは「赤いきつね」号だった。「赤いきつね」は遭難地点のすぐ近くにいたのだが救助には向かわなかった。
遠く離れた地球からたくさんの船が「緑のたぬき」救助に向かった。到着には長い時間がかかるだろう。地球への帰路についた「赤いきつね」は、途中でそれらの船とすれ違った。(お互い、何の挨拶もしなかった。)
ボディーガードをしていた女性が今日で退職したと言った。彼女にガードしてもらっていたのは僕ではないが彼女は僕のところに挨拶に来た。ふだんとはまったく違うヒラヒラした露出の多い服を着て。髪が突然長くなっていたのはウイッグだろう。胸が大きくなっていたのはまた別の仕掛けがあるのかも知れない。「もしかしてムラムラしてません?」と元ボディガードは言った。
そのとおりだったが僕は「デートに誘いたくなった」と答えるに留めた。
「デートプランは?」
「ランチはどう?」
「この辺にいいお店ありましたっけ?」
「ないんだけどね。何の考えもなしに誘ってしまった。まる」
「ははは。まだムラムラしてます?」
椅子もテーブルもないがらんとしたオフィスで、僕たちは立ったまま話をつづけた。「戦争はいつ終ると思いますか?」「実はもう終ってるんじゃないかな?」
何もない部屋だが、なぜかクリスマスツリーだけはあった。去年の12月から置きっぱなしなのだ。ツリーの下には開けられてないプレゼントの箱もあった。
日本から都道府が消えていた。県も全部はなかった。僕は地図を上から見ていった。東北は秋田と福島しかなかった。関東からは栃木と群馬と埼玉がなくなっていて、横浜という大きな県があった。
静岡と愛知のどちらかはあった。どっちなのかはわからない。奈良はあった。海外でも有名な県だ。鳥取があった。砂丘がある。その先の九州は消えていた。四国もなかった。沖縄はあった。
ネットのインフルエンサーの投稿が「酢豚」と言われるようになってしばらく経つ。主に若い人たちの間の流行言葉だが、おじさんも使うようになった。「あの酢豚にはパイナップルが入っている」「あっちでは‥‥リンゴを入れるようになった」
若者が嘆いている。もう終わりだ。本当にそうなんだろう。