詩集どうでしょう?
詩を書いて出版しました。
いかがわしい店だった。ブラウスのボタンを3つも4つも外した胸の大きな女の人がいて、「何でも好きなプレイをしてあげる」と言った。僕は赤ちゃんになってみることにした。彼女はそのような催眠術を僕にかけた。しかし術は僕にはうまくかからなかった。かかりやすい人とかかりにくい人がいるのだと彼女は説明した。僕はたぶん彼女の催眠術もまだ未熟なのだろうと思った。(ちなみに術をかけられるだけで金は取られた。けっこうな額だった。)
店には他の女性もいた。眼鏡をかけた背の高い女性の前には、奴隷になりたいと願う客が列をなしていた。その女性は催眠術は使わなかった。それどころか、女性は一言も発しなかった。客は彼女の前に立つだけで奴隷だった。1回数分のプレイをした後でも、奴隷のままだった。僕と胸の大きな女性は、目を見張って、その様子を眺めた。女性の口から自然とため息が漏れるのを、僕は聞き逃さなかった。
地下の駐車場の明かりは、非常灯も含めすべて消えていた。真っ暗闇。奥の管理人がいるプレハブ小屋を除いて。
僕は管理人のおじいさんに照明をつけてもらおうと思って闇の中を歩いたが、どれだけ歩いてもそこには近づけなかった。距離的に近づけなかったということだ。他の意味では近づけたのだろう。おじいさんがドアを開け、僕を手招きするのが見えた。さらに歩けば歩くほど、僕の目には細かいところが見え始めた。いやちっとも近づけなかったのだが、僕のあまりよくない眼に、おじいさんの手に持っている文庫本の裏表紙の文字が見えてきた。
湖には幾つものボールが浮いていた。ワザと浮かべられたのか、そうでないのかはわからない。不思議な、ある意味フォトジェニックな光景ではあったが、それを意図したものなのか‥‥
ボールの大きさは、バレーボールぐらいだった。湖面に浮いているのと似たボールを持った、長身の女性がいた。バレーボールの選手なのだろう、と僕が安直に考えていると、彼女は話しかけてきた。言葉はフランス語。発音は明瞭だったが、それは意外な、突拍子もないと言っていい提案だったので、僕は何度か聞き返すことになってしまった。
2階にプール、1階の屋内にもプール、そして庭に出ると、プール。さて、どのプールを選べばいいのだろう。水着は着ていた。季節は夏。邸宅は湖畔にあり、湖でも泳ぐことはできたが、湖に行く者はなかった。けれど、僕は行ったのだ。とくに泳ぎたい気分でもなかったから。
久々の帰国。近所に住んでいた仲間は、僕のことを覚えていない。ほら、隣に住んでいた‥‥僕ですよ、と言っても無駄だった。僕は昔、みんなで撮った写真を見せた。鍋を囲んで、シメのアイスクリームを食べていたときの写真だ。1人がふざけて、アイスを鍋に入れようとしている。ほら、これが、僕ですよ。覚えていませんか?
集まっていた内の1人が、濡れた指で僕のスマホの画面に触れると、何かが起動し、狂ったように歌い出す。それは、聴いたことのない歌だった。あぁ、そうだ思い出したよ、懐かしいね、とみんなが言って、笑った。皮肉だと思った。いや嘘だと思った。わかっていたことだが、それは、僕だけが聴いたことのない歌だった。
郷ひろみや、五木ひろしのようなビッグネームが、この小さなライブハウスに来て、持ち歌を1曲だけ歌う。歌手は、何人も来た。演奏は、カラオケだった。観客は、あれは偽物だ、と文句を言った。「郷ひろみなんて、見てみろよ、あんな若いわけないだろう」
荒れそうだった。僕は外に出た。ライブハウスは湖畔にあり、ぶらぶら歩いていると、対岸から花火が上がった。遠く、湖面に幾つもの筏が浮かべられているのが見えた。筏の上ではアメリカから来た白人のロックバンドが演奏していて、聴衆は湖岸から歓声を送るのだった。
気づくと隣を、バレーボールを持った、長身の女性が歩いている。バレーボールの選手なのだろう、と思ってしまう、僕はこれまた安直に。どーん、と花火がまた上がったところで、彼女は僕を、プールに誘った。繰り返しておこう。彼女が僕を、だ。
「プール」
「プールサイドに有名な歌手が来てるのよ」
「あそこのライブハウスにも来てるよ、あっちこっちにいる‥‥さっきまで見てた」
学級委員長をしている背の高い痩せた女性は、僕らの班の班長でもあった。彼女は僕たちにアンケートを手渡し、記名して返答するように求めた。とくに答えづらい質問はなかったが、自分の名前を書くことには抵抗を覚えた。というのもこのクラスの男子は、僕を除いて全員が同姓同名だったからである。僕がその不公平を口にすると、彼女は「何よ男のくせに」と吐き捨て、それ以上答えようとはしなかった。以後無視。まぁたしかに、考えてみれば彼女も同じなのだ。女子全員が同じ名前のクラスで、1人だけ違った名前。
さてアンケートの中で、興味深かった質問が1つ。朝はどのようにして起きますかという問いで、僕は「目覚ましも使わず親に起こしてもらうでもなく、毎朝同じ時刻に自然に目が覚める」と、自慢気に回答したのである。(僕の答えは先生にも委員長にも感銘は与えられなかったのだが。)
タブロイド紙に大きく写真入りで紹介されていたのは、魚の代わりに人間が泳ぐ水族館のニュースだった。ホログラムなのかCGなのかわからないが、水槽の中を、鮮やかな色の水着を着た若い人間の女が群れになって泳いでいる。彼女らの非人間的な体の柔らかさと、悩まし気なプロポーションには興味をそそられた。天女が水着を着て、空ではなく水中を泳いでいるようなイメージなのだ。それもたくさんの天女!
しかし女生徒もいる大学の教室で、これ以上その写真を見つめ、そんなオッサン臭い妄想の翼を広げることは難しい。誰が置いていったのかわからないその新聞をゴミ箱に捨て、僕はみんなの話の輪に戻った。けれどそのあとも、ずっとゴミ箱の中が気になって仕方がなかった。
「緑色の屋敷」を出て、帰り道を歩く。そこで屋敷の方へ向かう、何人もの着飾った女とすれ違った。ほとんどが若い女性だった。これから何があるのだろう。コンサートかトークショーだろうか、ポスターも何もなかったはず。それともネットで告知されたのか。好奇心に駆られ、僕は戻ってみることにしたのだ。
大広間には椅子が並べられていたが、集まってきたはずの若い女性たちは、どこにもいなかった。執事のような格好をした年齢不詳の男性に事情を訊ねた。しかし彼も何も知らないという。座っていいかと訊く。いいとも悪いとも答えはなく、僕は座った。そして何かが始まるのを、待ちつづけた。
沈黙、そして静寂。それは、これから起こるはずのことのBGMだったのかわからない。緑はどんどん濃くなっていった。
沖に出て敵と戦う者と、海岸で昼寝する者、2つに分かれることになった。昼寝は一見楽そうに思える。しかし海岸といっても砂浜ではなく岩場だった。荒い波の押し寄せる、黒く尖った岩の上で、呑気に眠るのは難しかったが、僕はやり遂げたのだ。
神聖で、かつ英知に満ちた夢から目覚めると、戦闘で傷ついた戦士が沖から戻ってきていた。次のシフトをどうするか、僕たちは話し合うことにした。彼は当然昼寝を希望すると思ったし、僕も戦いには行きたくなかったので、激しい議論になると覚悟していた。けれど意外にも彼は、もういちど沖に出たいと言った。
「袋」を持って、その国を訪れた。袋の中に、その国のいろんなものを入れてよかった。詰め放題だ。対価は支払わずに、持ち帰ってよい。しかし、たいしていいものはなかった。僕は食べ物を中心に、持ち帰ることにした。チョコレートや、ケーキだ。
帰り、空港で、袋の中身の確認があった。職員が袋を開けようとしたところ、袋は破裂した。中に入っていたチョコレートなどのお菓子が、そこらじゅうに散乱した。
人が集まってきた。彼らは散らばったお菓子を拾った。1人1個ずつですよ、と空港の職員が声をかけた。僕は板チョコを手に取り、その場で全部食べてから、もう1つ拾った。
「進化の階段を上るというだろう。それは進化するってことだな」
「進化の階段を下りるのは? そう、退化だ」
そうだね、と僕は心の中で言った。口には出さなかった。用心していた。
「なら退化の階段を上るのは何だ? 退化か?」
「退化の階段を下りるのは何だ? 進化か?」
ひっかけ問題のようである。僕はまだ答えなかった。つづけてその人は言った。
「さて、ここに階段がある」
雪が凍っている部分と、まだ凍ってない部分が、まだらになっている道路を、バイクで走るのは、難しかった。何度も転びそうになって、やっと辿り着いた駐車場。
子供たちが段ボールでつくった橇を滑らせている。
子供たちは僕の前に来ると、1人ずつ、僕の名前を訊いた。「ねぇ、何て名前なの?」僕はその度に、違う名前を答えた。
最初の男の子が、もういちど僕の前に来て、同じ質問をする。
「さっき答えたよ。ところで君は何て名前なの?」
男の子はにっこり笑って、仲間のところに帰った。仲間たちに、何か報告している。彼らは、満足したようすで、橇遊びを再開する。
細長い部屋に、若者たちが住んでいた。男も女もいた。女の方が多かったと思う。家具は何もなかった。ただ細長いテーブルがあって、そこに彼らの持ち物が全部乗っていた。彼らはテーブルに顔を伏せ、眠っているようだった。
彼らの持ち物の中には、必ず1つ、近くにある日用品店のロゴが入った何かがあった。コカコーラのマークに似た赤いロゴが入った、石鹸や、生理用品だ。僕は、彼らを起こさないように、静かに歩き、テーブルの上に出された、各々の持ち物を見て回った。
それから、階段で1階に下り、置いてあったノートに、自分の名前を書いた。来週から、僕もここに住むのだ。名前を書く欄の隣には、赤いロゴマークが小さく印刷してあった。僕はそのロゴマークに、黒いペンで丸い印をつけた。
手があった。生きた人間の手とは思えなかった。マネキンか、SF映画のアンドロイドのような白い手だ。
それから、声があった。そこにあるよ、と繰り返す声。漢数字の「一」のような赤い横棒が見える。「手」がその赤い線を指差した。
車道の真ん中を歩いていた僕に、前から巨大なトラックが迫る。僕を轢き殺そうとしているのだが、不思議と怖くはなかった。逃げもせず、僕は穏やかな、諦めの心で空を見上げた。5月、人生最後の季節としては、悪くなかった。
空の高いところを、猛禽が滑空している。その鳥が、ゆっくりと僕の方に降下してきた。いや違った。僕の方へ向けてではなかった。
大学受験。三次の面接試験だった。僕は一次のマークシートではほぼ満点だったが、二次の筆記で失敗した。どうせ、落ちるだろうと思っていた。あまり来たくはなかった。
日本の最難関とされる大学だったが、面接を受けに来ていたのはほとんどが女子だった。そういえば、筆記のときも、男子の姿はあまり見なかった。今になって、疑問が沸いてきた。僕は間違って別の大学を受験してしまったのではないだろうか。
4階でエレベーターを降りると、廊下に行列ができていた。派手な化粧をして、露出の多い服を着た、とても受験生とは思えない大人の女性が、ずらっと並んでいる。手にパンや、お菓子を持っていた。僕が何も持ってないのを見ると、みんなは少しずつわけてくれた。俯いたままお礼を言った。(僕は、帰りづらくなった。)
そこは、客が立ったままで、髪を切ってもらう床屋だった。足が疲れるでしょう、とマッサージをする機械が置いてあった。そして、足に汗をかくといけないから、という理由で、扇風機が設置してあった。そんな配慮はいらないから、座らせてほしかった。その心を読んだのか、店の人は、2回目のご来店からはお座りいただけます、と言い、椅子を見せた。子供が座るような、小さな椅子だった。
トイレに入ると、爆弾を抱えた男が便座に座っていて、二重の意味で驚いたのだが、僕はまず爆発を避けるために、急いで退避した。壁の向こうに回り、頭を抱えて低い体勢をとる僕に、「無駄だよ」と男は声をかける。その直後、爆発が起こった。根拠はないが、何となく、男が死んでいないような気がした。
その予感は当たった。刃物を持って、居間を物色し始める男の姿が見えた。怪我ひとつしてない。男は金が欲しいのか。僕は引き出しを開け、その中にあった財布を手に取った。が、千円しか入ってないのを見て、戦う決意をした。台所の包丁を手に取り、男に切りかかったのだが、彼はまた「無駄だよ」と言う。男の声は、最初と同じように、優しかった。
気づくと足の裏がバイオリンになっていた。ビオラかも知れないが僕にはわからない。弓で弾いて音を奏でようとした。しかし変な音しか鳴らなかった。
靴も靴下ももう履いてなかった。ゴツゴツした岩だらけの荒野にいた。靴も履かずにこんなところを歩いたら弦が切れてしまいそうである。僕はあぐらをかいてそのまま動かなかった。
乗り込もうとした電車の車両の中に死んだはずの男がいた。僕の足は止まった。彼は僕に呼びかけた、「来いよ、こっちにきて俺を殴れ」
僕が後ずさりすると彼は電車から降りてきた。
「お前が殴らないならこっちから行くぞ」
走って逃げる僕を、彼は追わなかった。その代わり「メール」が来た。死んだ男からの「メール」だ。僕は読まずに削除した。男たちはみんな笑った。
ペットの平均寿命が40年を超えました。それで50歳以上の人はペットを飼ってはいけないという法律ができたのです。ペットより先に死ぬのは犯罪になりました。ペットが生きている間に飼い主が死ぬと飼い主の家族や親戚、友人たちが厳しく罰せられます。
人々はもう、イヌやネコを飼わなくなりました。イヌ、ネコは確実に60年以上生きます。小鳥に人気が集まりました。しかし医学の進歩で、インコや文鳥も40年近く生きるようになってしまい、庶民は手が出せなくなりました。
さて、ここで、嫁いびりの一環として、あなたの姑がカメを飼い始めました。「アタシが死んだら、オマエは刑務所行きだよ、懲役1万年さ、むひっひっひっ」カメが寿命で死ぬまで塀の外には出れないのです。あなたはカメを殺そうとします。
あなたは地下レジスタンス組織に加わりました。文字通り地下で革命運動を始めます。新人のあなたの指導係になったのは優しい女の先輩です。しかし彼女は、仲間から密告され、処刑されてしまいます。先輩を密告した女が新しくあなたの指導係になります。
突然、あなたたちは最前線の危険地域に送られることが決まりました。生きては帰ってこれないでしょう。優しい先輩を密告した女は、今度はあなたを陥れて、自分は最前線行きを免れようとします。
あなたはNHKの恋愛ドラマをベッドに寝転びながら見ています。あまりにも面白すぎて起き上がれません。番組はなかなか終りませんが、ちっとも飽きません。お腹がすいてきました。いつの間にか夕方です。あなたは夕食をベッドに運んでもらいます。
レストランへ行く道は水没していた。みんなは構わずに腰まで水に浸かって歩いた。僕は躊躇した挙げ句踵を返した。他にもっといい道があるだろうと思ったのだ。
だが引き返す道にも水が来ていた。自転車に乗っていた僕はいちばん浅いところを走った。「泳げばいいのに」と隣を歩いていた女のコは言った。彼女は赤い水着を着ていた。水着の胸の下に名札が縫い付けてあった。僕はその名前を読もうとした。
「泳げないんだ」
女のコが遠くに行ってしまってから僕は答えた。そのときにはまた別の女性が隣にいた。年配の女性だった。「私も泳げないのよ」と彼女は言う。だから何だよと僕は思った。
歩行者天国になった大通りの真ん中で、僕は電車を押していた。1人で動かすには重すぎる。手伝ってくれる人があらわれた。彼は前から電車を引っ張った。
電車祭りがある。その祭りでこの車両が使われるのだ。
「たくさんの人が、この電車の周りで踊るんだ」
「そうか」と彼は言った。まるで興味なさそうに。
古い手紙を持った旅人が僕の前にあらわれた。日本語で書かれた手紙だった。「これを読めるのは世界広しとは言え今やお前だけだ」だから手紙は僕のものだと言うのだ。
手紙にはこんなことが書かれていた。
君のお母さんに、こんな話をしたんだ。僕の高校の同級生に、貧乏なやつがいる。彼は勉強して東京の大学に受かった。しかし家業を手伝うために、進学は諦めるという‥‥
お母さんはいつものように、ニコニコ頷きながら僕の話を聞いていたよ。
僕が語り終えると、お母さんは封筒を4つ渡した。「何ですかこれ?」僕が訊くと、お母さんは開けてみろという身振りをする。中を見てびっくりした。50万円が入っていた。それが4つ。200万円だ。
唖然とする僕をよそに、お母さんは車を運転してどこかに行ってしまった。うん、わかってる、君のお母さんは運転などしたことがない。免許も持ってない。でも本当なんだ。お母さんは車を運転にしてどこかに行ってしまった。
どこに行ったのかはわからない。
慌てて君の家に行ったよ。「お母さんはいる?」と僕は訊ねた。君は電話機と電話帳を持ってきて、無言で僕に手渡したね。目についた番号に僕はかけた。すると君の怖いお父さんが出た。
「もしもし、あの‥‥」
「誰だキサマ‥‥あぁ、娘につきまとってるへなちょこか。いい度胸だな。何でここにかけてきた? 殺してほしいのか」
「あの、今日は、奥様にお話がありまして‥‥」
「話? あいつはここにはおらんぞ」
「奥様にお金を貸していただいたんです。そのお礼を‥‥」
「あぁぁぁ?」
「ひっ‥‥、決してあの、貸してほしいとこちらから頼んだわけではなくて、全然関係ない別の話をしていたら、突然お金が‥‥、ひぃっっっ」
「キサマ、いったいいくら貸りたんだ?」
手紙はここで終っていた。
君と君のマネージャーと僕の3人で公園の泉を見ている。僕がここに金の斧を落したのだ。泉の精が拾ってくれるだろう。まだかな。まだかな。(誰も口をきかないでいると時間がどんどん跳ぶ。)
もう夜になった。僕たちはマネージャーの部屋に招かれている。君は何度も来たことがある。僕は初めてだ。
君がシャワーを浴びている間、僕はマネージャーの女性と英語で話をする。今日初めての会話だ。話は弾む。ソファに座っている。
君がバスルームから出てくる。僕たちの会話は止む。
君はマネージャーを押しのけるようにして僕の隣に座る。あたたかい手で僕の左の頬に触れる。僕はその手を優しく握る。しばらくそのままでいる。
マネージャーがタブレットを見せてくれる。「彼女のこれからのスケジュールよ」
言葉が皿に盛られて出てきた。とても美味しそうだったが先生は言った。「意味のわからない言葉を食べてはいけませんよ」と。「きちんと調べてから食べないとお腹をこわします」
僕は辞書を引いたが、そこに書いてあることを読んでも皿の上の言葉の意味はわからなかった。一方同級生たちは何も調べずにガツガツ食べている。「おまえさ、こんな簡単な言葉の意味もわからないの?」と彼らは言う。
「結婚してどんないいことがあった?」と訊かれた。質問者は独身なのだろうと思う。僕は答えた。
「独身のとき、自分に起こりうる最悪の事態というのは、自分の死だった」
「結婚して、想定しうる最悪は、『配偶者の死』になった」
「そして今、考えられる最悪の事態というのは、『子供の死』だ」
「へぇ」と質問者は言った。
「自分が死ぬことが、最悪だとは思えなくなったってことだよ。世の中には、自分の死より悪いことがたくさんある」
「なるほどね、うん。でさ、それのどこがいいことなの?」
帰る時間になった。しかし誰も帰らない。そこで僕は口に出して言った。「そろそろ帰ろうかな」「タクシーで帰ろうかな」
それでも誰も反応しない。まぁいい。僕は配車アプリでタクシーを呼んだ。すぐにやってきた。運転手が部屋の中に入ってきた。彼は手にポスターを持っている。
「ここにこの方はおられますか?」
ポスターに写っているのは僕だ。僕はしばらく知らんぷりをしていた。運転は部屋にいる男女にポスターを見せ、この方を知りませんかと訊いている。誰もが知らないと答えた。
最後にその運転手は僕のところへやってくる‥‥「この方を知りませんか?」「僕です」と僕は答えた。
「でもこの写真はちょっと間違ってますね。僕はまだ士官じゃありません。候補生の1人です」
何がびっくりしたといって、横断歩道が道を渡っているのを見たときはびっくりした。
信号が青から赤へ変わろうと点滅している。横断歩道は走り出した。
そのとき「いいよ」と誰かが言った。たしなめるような女の声であった。
「走らなくていいんだよ」
「そこにいていいんだよ」
横断歩道は道の真ん中で立ち止まった。
車が次々と彼(彼女?)を轢き、平らにしていく。
ところで声はどこのスピーカーから聞こえてきたのだろう。
そこらじゅうスピーカーだらけであった。
家に帰り、帽子を脱いだ。つばの広い、女物のハット。それを見た女房は、首に巻いていたスカーフを外した。青いシルクのスカーフで、それを帽子に巻いて、飾りにすると言った。
僕はそのスカーフを巻いた帽子を、もういちどかぶってみた。似合うかどうか、試しに。するとなぜかはわからないが、帽子は大きくなっていた。
「帽子が大きくなったんだけど」と僕は言った。
女房は「そんなことあるわけないじゃない。あなたの頭が小さくなったのよ」
僕はスカーフを外して、もういちど帽子をかぶり直した。(元に戻ったみたいだ。)
スカーフは女房に返した。「それは誰のスカーフなの?」と女房は訊いた。
CDを売っている店に行き、欲しかったアルバムを探した。見つけられなかったので、店員に訊ねた。しかし店員は、ここはCDを売る店ではないと答えた。では、何を売っている店だというのだろう。このプラスチックのケースに入っているのは、CDではないのか。
中に何が入っているかはわからない、と店員は答えた。
僕は適当にケースを1つ手に取り、いくらかと訊ねた。店員は値段を知らなかった。
「お客さんはさ、何でこれを欲しがるの?」
CDのジャケットには気の強そうな若い女の写真。バラバラに分解されたピアノの小さな部品の1つを手に取ってこちらを見つめる。
「それ」が何かを当てるゲームに、盲目の人が参加した。触ってはいけないというルールがあるのは知っている‥‥
でも特別に触らせてもらえないだろうか、と頼んできたのである。
「触るのは禁止です」と僕は断った。
「わかってます。けれど直に触るのでなければどうですか?『それ』をバッグの中に入れてもらって‥‥そのバッグを触るのだったら?」盲人は食い下がった。
そこまで言われては仕方がない。正直バッグを触って何になるんだとも思った。僕は「それ」を入れたバッグを、盲人の1m前に置いた。
態度が冷たいと思われるかもわかならかったけど、手渡すことはしなかった。
それは可能なのか。彼らは練習した。クロールや背泳ぎの腕の回転を逆にして、足の方に進む泳ぎ方を。
僕にはできた。練習などいらなかった。ムーンウォークの泳ぎ版のようなワザを、ライバルたちの前で披露した。合宿の最終日、平泳ぎとバタフライでもそれをやってみせた。
ショパンの家の屋根裏に忍びこんで、ずっとそこに住んだ。ショパンの生演奏を聴き、サインをもらって帰るつもりだったが、勇気がなかった。ふいに現れても、不審者扱いされるのがオチだ。忍者のように、天井の穴から下を伺っている。
それにショパンは病気をしていて、ピアノを弾ける状態ではない。ベッドから起き上がれないまま、死ぬのだ。このまま。もうすぐ。彼がなくなったら、あのベッドで一晩ゆっくり寝て、それから帰ろう、そう考える。
いや、何も持たずに帰るのに、そこまで待つ必要はない。望むのは、眠ることだけだ。それはショパンもそうなのだろうと気づいた。
私たちは3人のみかんで、一緒にランチに行く約束をした、もう1人のみかんを待っていた。しかし来なかった。「みかん狩りにあったのよ」と巨乳のみかんは言った。「最近増えているのよ」
「こわいね、気をつけないとね」と私は言った。「あんたは平気よ」と巨乳は言った。そしてこれ見よがしに巨乳を揺らした。「やつらはコレを狩りにくるのよ」
みかん狩りにあった仲間の車で行く予定だった。巨乳は歩きづらそうな靴を履いている。仮にここでみかん狩りにあっても、走って逃げられないだろう。馬鹿だ。
ただその靴をじろじろ見るのも失礼な気がして、レストランに着くまで、私は目線を上に維持し、巨乳を凝視することにしたのだ。巨乳がその視線を誤解して、またいらんことを言ってくるのはわかっていた。
電車に乗り込んできたインテリっぽいおばちゃんが話しかけてきたので子供たちには黙っているようにと合図し僕も馬鹿のふりをした。
これから海外旅行に出かけるところだとは悟られないようにした。
おばちゃん「見るからに貧しそうな一家ザマスね」
僕「ワシが馬鹿で貧乏じゃけガキどもにも苦労させとるんですわ」
息子「ピカッチュー、ピカッチュー!」
僕「この子はこれしか喋れないんです」
おばちゃん「ホホホホホ。可哀想ザマス。10円恵んであげるザマス」
娘「C'est qui ? Cette bitch...」
僕「(小声で)黙っとけ‥‥セキ、席? あはは」
息子「ピカッチュー、ピカッチュー! のび太ぁ」
おばちゃん「オーッホホホホホ」
チャリーン、チャリーン(10円x2)
車は透明なセダンだった。シートだけが透明ではなく目に見えた。シートはどれもこれも白かった。噛み砕けそうなほど大粒の雨が降っているのにどのシートも濡れていない。透明なルーフが雨を遮っているからだ。
真っ二つに割れた雨粒を透明な車の透明なタイヤが轢き潰す。その上を誰も座っていない「シート」が通り過ぎる。
僕は縁石に腰掛け道行く人々や車をずっと眺めていたことを覚えていない。でもそうしていたのだ。
ここで影というのは物体が光を遮る影ではなく、音を遮るときにできる沈黙だった。僕はその沈黙=影の中に入った。強い光が当たったままだった。その光の来る方向に、僕は一歩一歩進んだ。沈黙がどんどん明るくなっていった。辿り着いた光源の中に、ピアノを弾く君がいた。
たった1人のピアニストに、ピアノが3台用意されていた。いや、1台はオルガンだった。ピアニストはその3台を往復しながら、1つの曲を演奏している。会場は満席だ。僕は最前列のシートのさらに前に立ち、ステージにかぶりつくようにして、演奏を聴いた。後ろからは苦情が来たが、無視した。
そのうちに彼らは、手にしたパンフレットを丸めて僕を叩き始めた。応戦しようと振り返った僕は、そこで初めてコンサートホールの全体を目にした。会場は大きな書店だった。(叩くためのパンフレットが書架に並んでいる。)
ステージに目をやると、様子が変わっていた。何かの拍子に、ピアニストは楽譜を落していた。それはステージ中に1枚1枚ばらけ、散らばっていた。僕は舞台に上がり、ピアニストと一緒に、楽譜を拾った。
床の上に直接、電子キーボードが置かれていた。僕は正座をして、何曲か弾いた。けれどピアニストは正座ができなかった。ハイヒールを脱げばいいのに、と思う。しかしそうはせず、四つん這いになって、弾いた。
タクシーでホテルまで行った。部屋に入りラジオをつけた。もちろん現地語であった。賑やかな言葉だ。出演者たちが何を喋っているのかさっぱりわからなかった。
ときどき音楽がかかった。レコードではなくスタジオでの生演奏のようだ。それを聴きながら誰かが僕を探しにくるのを待っている。
探しに‥‥?(僕は決して逃げ隠れているわけではない)
期待していたのとは別の人が僕を迎えにくるまで、僕はそのホテルの部屋でラジオを聴いていた。
「ここで何をしていたの?」とその人は訊いた。僕は読めない字で書かれたメモを手に持っている。タクシーの運転手に渡したメモだ。
「それ、ここの住所じゃないよ」とその人は教えてくれる。
その人の家はビニールハウスだった。家の中には入れてもらえなかった。なぜかはわからない。恥ずかしがっていたのかも。
外から家の中を見た。見るなとは言われなかったのでもっとジロジロ見た。
庭にテーブルと椅子が出してある。僕はそこに座った。その人は家の中からお茶とお菓子を持ってくる。お茶を淹れている様子が外から見えた。
女房が死んだ。子供が残された。僕の子供なのかはわからない。女房はずっと浮気をしていたから。
葬式のあと女房の、最後の浮気相手が家に来た。そして僕たち結婚しませんかと申し出た。同性婚。狂った世の中になった。僕にホモ気はない。
しかし彼は本気だった。女房に近づいたのも、僕が目当てだったとゲロった。彼は金持ちだったから、どうしようかと僕は悩んだ。
彼は金属の細長い切れ端を、ネックレスにつける飾りにしていた。これは電気を通さないんだ、と彼は言った。絶縁体って言うんだ。電気を通さないから何だ、と僕は思った。
彼はそれを僕にくれると言う。僕は受け取って、財布の中にしまった。それで僕たちは夫婦だった。離婚するときはその絶縁体だか何だかを返せばいい。
帯電してしまったらどうだとか、ホモのしきたりなど知らないさ。
証書が、ガラスの、鍵のかかったケースにおさまっていた。それを取り出すのに、「力」を使った。僕は手のひらをかざしただけで、ガラスを割ることができる。証書を手にした僕。ガラスの破片は、空中に浮いたままだ。
黒い犬が、その様子を見ていた。たった1人(1匹)の目撃者。
ラジオをつけると、男性の声が聞こえた。彼は国民的アイドルグループの一員だ。「どうして僕たちが楽器の演奏ができるかわかる?」彼は話していた。練習したからだろう、と僕は思った。
「いつ練習したのか、ってことさ」
時間があるときに、だろ。
「その時間をどうやってつくったのか、ってことなんだな」
そこで彼らが自分たちで作詞作曲したというヘンな歌が流れた。
僕は犯罪者である。罪を犯して逃げている。
車を運転しているのは共犯の友人だ。助手席にもう1人の友人、僕は後席に座っている。友人の家に着いた。ここで車を乗り換え、さらに遠くまで逃げる。
友人の車は外車だ。ジャガーだった。韓国では珍しい。しかも色はピンク色だ。こんな目立つ車で逃げるのか。懸念を表明した。
平気さ、と友人は言った。空を見てみろ。空がどうした。雨が降る、この車は濡れると、色が変わるのさ。
雨に濡れると何色になるって言うんだ、そうか、虹色か。
ははは、誰が上手いこと言えと?
友人の家から1人誰か出てきた。その人も車に乗ると言い、僕は撃たれたような気がする。いや違う。僕は自らの意志でトランクに隠れて乗ることにしたのだ。毛布にくるまって、死体のように。友人たちは僕の決断を賞賛した。
何かから逃げるようにして、僕らは山に登っていた。追い立てられるように‥‥いろんな山に登ってきたが、そんなふうに登るのは初めてだ。
山道には丸い木のテーブルが設置されていた。どのテーブルの上にも料理が乗っていた。世界各国の料理が、みごとな盛りつけで。
料理は厨房から出てきたばかりのようにアツアツだ。
しかし誰も見向きもしない。
きっと何かの罠なのだ。巧妙で、恐ろしい仕掛けがそこにはあるのだ。
そう気づいた僕は、山道ではなく、テーブルの上を歩くことにした。靴で皿を踏みつけて割る。
それを見た年長者が、食べ物を祖末にしてはいかん、と僕を叱った。
初めてのデートだった。入念に下見をしておいたスポット。たくさんのお店があって、見ているだけでも楽しい。1人でも楽しい。最後にもういちど、下見に行くことにした。やはり最高に楽しかった。でもやがて飽きてくるのだろうか。
好きな女の子を、そうなってからデートに誘ってもいいのだ。
オートバイレース。疾走するマシンを追いかける。文字通り走って追いかけ、ゴールするライダーを捉えた。
大きく引き延ばしたプリントを、そのライダーに届けた。「すごいなコレ」と彼は言った。
「あんたはたいしたカメラマンだ」
「そうですね、あなたもすごいライダーマンですよ」
同業者は自分のことをカメラマンとは言わない。
「じゃなんて言うんだ?」
「フォトグラファー」
マジックミラーだ。今もその鏡の前で誰かが髪を梳かしている。彼らは鏡の裏側から見ている。ときどきシャッターを切る。
「でも、あんたは違うんだな?」
「違いますね」
一緒に遊ぼうと言ってくるのは人間の子供に変身した3匹のセミだ。「時間がない」と僕は答えた。
「僕らにはもっと時間がないよ」
「セミだし」
そう言われると弱い。僕は美術館で絵を見ていた。「そんなのいつでも見れるでしょ」と言われればそうなのだ。
展示室の前にあるカフェの入口には扇風機が3台設置してあった。3人の子供たちに僕は言った、「これを1台ずつ使えばいいよ」
「この前でミーンミーンミンミンミンって言ってごらんよ」
「ミーンミーンミンミンミン」
「宇宙人みたいだろ?」
エフェクトがかかってさ。セミたちは大喜びだ。
夢の中で
If you be in my life
If you be in stop
と僕は歌っていた。どういう意味だろう。起きてからグーグルに翻訳させた。be はいらないように思うけど。
もしあなたが私の人生の中にいるなら
もしあなたが立ち止まるなら
それをもういちど英語にしてもらった。
If you're in my life
If you stop
でも夢の中で僕が歌おうとしていたのはこういうことだ。
I were in my life, then you stopped.
私の中にいる私を見て、君の中にいる君は立ち止まったのだけど(意訳)
World stopped,
世界は止まり
Time has stopped.
時間も止まったのだけど
I didn't stop.
私は止まらなかった。
ゴミを出すのに、百円を払う。河原に、そのための処理施設が今日完成したばかり。高い煙突から有害そうな黒い煙を吐いている。自宅のすぐ前だ。
記念すべき最初のゴミを出すのに、住民が前日から並んでいた。僕も並びたかったが、肝心のゴミがなかった。
町じゅうゴミを探した。しかしもうゴミはどこにもなかった。
家の中を探した。心当たりがあった。僕は
絵を描いていた。建設中の処理場の絵だ。毎日描いていたのだが、ついに完成しなかった。
処理場の方が先に完成してしまった。この絵はゴミだろうか。わからない。今日のところはまだ違う。
しかし明日から完成した処理場の絵を僕が描き始めれば、そうなるだろう。
とても明るくて、狭い、誰もいない道を歩いていると、真っ暗で、開けた場所に出た。
そこには、黒っぽい服を着た人たちが、アリのように暮らしている。
僕は裸だった。明るい場所にいたときは気づかなかったが、僕の体は、弱く発光していた。人々が、その光にひきつけられ、僕の周りに群がってきた。
トイレに掛けてある絵は毎日替わった。誰が何時に替えているのか。おそらくは夜中であった(サンタクロースのような妖精がこっそりと‥‥)
僕は深夜の零時にトイレに入った。ふと見ると絵はなくなっていた。どこへ行ってしまったのだろう? 気にかかってその夜は何度も何度もトイレに起きた。トイレに絵はなかった。家中の明かりを点け、あちこち探した。しかしなかった。そこは僕の家ですらなかった。
未知の惑星の地表を探査しに出た。ついさっきも出たような気がするが、もう覚えてない。数時間前歩いたような気がする場所を、同じように歩いた。来たことあるよなぁ、と思いながら。
探査を終え、宇宙船に戻る。そうすると僕は、もういちど地上に降りるように命じられる。さっきの探査のことは、誰も覚えてない。
その前にトイレに行きたい、と僕は言う。
宇宙服を脱いで、ウンコをする。そのとき僕は自分が何かを抱えていることに気づいた。大事そうに、何かを。それが爆弾であると気づいて、ウンコと一緒に流した。幸いにも流れてくれた‥‥
リンゴの皮を剥くようにして、靴を剥いていた。靴はコンバースのスニーカーだ。コンバースは皮を剥くと食べられるという話である。
喫茶店でコーヒーを注文した。君は何か食べるものも欲しいと言ったが、僕らにはカネがなかったので、靴を片方だけ食べることにしたのだ。
「こんなに安いスニーカーなのに、食べられるって得だね」
そこに古い知り合いがやってきた。大学生の頃していたバイトの先輩だ。僕は皮を剥いた靴を持って挨拶にいった。一緒に食べませんか、と誘うつもりだった。しかし彼は僕の顔を見ても、僕が誰だかわからないようだった。
彼は昔とちっとも変わらなかった。少しも年を取っていないようだった。性格も変わってなかった。
「ここに靴を食ってる貧乏人がいるぞ」
店中に響く大声で言って笑う。だがその笑い声は、僕を悲しくはさせなかった。誰の心の中にもネガティブなものを呼び起こさせはしなかった。若かりし頃が懐かしくなっただけである。
小さかったころ、僕は妹を置き去りにしたことがある。隣町の公園まで手をつないで連れて行き、「さよなら」と言った。子犬を捨てるようにそこに捨てた。
1人で家に帰った。妹を捨ててきたことを話すと、僕は怒られた。そこで少し記憶が飛んでいるが、脳挫傷を起こすくらい殴られたか何かしたのだろう。すぐに僕たちはその公園に向かった。両親は心配していた。人さらいにあったかも知れない。
しかし妹は無事だった。
妹のそばには妹にそっくりのもう1人の女の子がいて、2人は何かよくわからないことを話していた。
その日妹が1人増えたのだ。僕はこの話を双子の妹たちに何度話して聞かせただろう。
「三千年」のチケットが飲み会で配られる。三千年。中国三千年のなんたら、って触れ込みのあれだ。僕が受け取った1枚は鍼灸の無料券だった。宿泊していたホテルの部屋に鍼灸師がやってくる。「ギックリ腰にならない体にしてください」と僕はお願いした。
廊下で、隠れてお菓子を食べているところを、見つかりそうになった。
エレベーターで逃げようとしたが、人が乗っているようで、非常階段の方に回った。
上から、足音もなく、1人の女性が下りてきた。その人の体はなく、頭部だけが、空中に浮かんでいた。
「あなたは幽霊ではなく、妊婦なんですよね」と僕は言った。
相手が何か言う前に、早口で、「妊婦さんで、体が重いんで、そうしてるだけですよね」
さて、と‥‥
僕は念のため、女の体のある辺りを、まさぐってみた。
3階から階段を人が下りてきた。顔を見ると女の人だった。顔は宙に浮いているように見えた。首から下の体はなかった。あるいは透明だった。
その人は近づいてきた。
あまりにも不思議だった。それでその女性の体のある辺りをまさぐった。失礼だとは思ったが、そうせざるをえなかったのである。
するとわかったのは、その人は妊婦だった。お腹が膨らんでいた。きっと重いのだろう。軽くするために、体を消した。
そしたら化け物になってしまった。
卓球愛好会。部活ではなく、愛好会を、僕はつくった。活動場所がなかった。担任の先生と相談した。音楽の先生だった。「音楽室の、ピアノの前に、卓球台を置いてもいいわよ」
優しい先生だった。「メトロノーム代わりに、卓球を打ってもいい」と言う。
愛好会は卓球部より大きくなった。それでも顧問の先生はいなかったし、大会にも出なかった。卓球部の連中が練習をサボって、ときどき音楽室に来た。
女房が出産した子供は、タツノオトシゴのような姿をした超未熟児。水槽に入れられた赤ん坊を見ている。
プランクトンを餌として与えられ、赤ん坊はタツノオトシゴとして育つ。その晩の僕、布団をかぶって寝た僕。夢の中で、鮭と戦っている。鮭はタツノオトシゴの天敵である。
バスの停留所に着くまで、長く歩いた。ベンチに腰掛けると、汗が吹き出てきた。僕は上着を脱いで、脇に置いた。
友達と話していた。ここからバスに乗るより、この先の駅まで、もう少し歩いて、地下鉄で行った方が、早い。そして安い。駅は、地図によれば、すぐそこだ。
僕たちは立ち上がる。また歩き出す。すると上空の人工衛星から、警告があった。大きな声が、雷のように落ちた。「バス停に上着をお忘れです」というものだ。
会場は巨大なホールで、どこにステージがあるのか、遠すぎて見えないほどだ。
客席の通路を、獅子舞が練り歩いている。
そんな夢を見た。
ジャーナリストの友人と一緒に音大の学園祭の取材へ行く(註・実際にそういう予定があります)。
在校生とOBたちが、オリジナルの歌劇(オペラ)を演る。韓国・朝鮮に伝わる怪談を元にした話らしい。
未だに韓国語のよくわからない僕は、観客の奇抜なファッションがやたら気になる。
そう、キテレツなのだ。尻が丸出しだったりする。尻に漢字が刺青してある。
韓国人はいつも、どこでもコンサバなのに。
僕は尻の文字を読む。それは意味をなさない単語の羅列だ。
その人の服は、一見よくあるビジネス・スーツだったが、背中を見ると変わっていた。ジャケットとスカートが一体になったものだった。みんな、そうなのだ。集まった人たちの服装を見ると。前は普通。しかし後ろから見ると‥‥。尻が丸出しになった人もいた。そんな中僕だけである。後ろから見て普通の服を着ているのは。
スーツの女性の隣に座る。僕は毛布を渡された。これで体を覆えというのだろう。僕は何の変哲もない服を、隠さなければならなかった。毛布のせいで、椅子からずり落ちそうになった。
階段を上がって、女たちが僕に会いにくる。出発の挨拶にくる。
僕は「気をつけて」などと1人ひとりに声をかける。
「行ってきます」「気をつけて」「はい」「また今度」
着物を着た上品な女性がやってくる。彼女で最後だ。
が、彼女は泣いている。挨拶の言葉が声にならない。
代わりに彼女が腕に抱いた猫が、ニャーニャー言う。
「今日から部屋が1つ使えなくなる」と母は言った。
使えなくなるって、どういうことだろう。
2階にある、4部屋のうちの1室だ。どこの部屋が使えなくなってしまったのだろうと、僕は探した。
結局どれかわからなかった。でもおそらく、母が言っていたのは「秋」を表現した部屋だ。そこは冬のようになっていた。壁の掛け軸は破れていた。吹き荒れる冷たい強風。
そこに狂った誰かがホースで水を撒いている。
音を聞いているだけで耳が千切れそうだ。
営業中のスーパーの一角で、そのコンサートは開かれた。ピアノに合わせて、ボクらは歌った。
「東 西 南 ボク」
東を向いて「東」、西を向いて「西」、南を向いて「南」、北を向いて「ボク」
花束を買おうとする買い物客が、それを僕の前に持ってきた。「ハサミ持ってるかしら? この花を切り落としてほしいの」
「花を切るんですか? どうしてまた?」
「私は、花が嫌いなの」
僕が空手チョップをすると、花は落ちた‥‥
僕はその花を持って、ピアニストに会いに行く。
6人掛けのテーブルについたのは、僕と、プーチンに似た男の人だけでした。
豪華な食事が、6人分用意されていました。プーチンは醤油の瓶を手に取って言いました。「これは醤油ではない」と。「毒薬だ」そして自分の料理にそれをかけて食べ始めたのです。
「ええっ?」
「お前もかけて食え」
「やですよ」もちろん嫌です。嫌に決まってます。
すぐにプーチンは床に倒れました。毒がまわってきたのでしょう。しばらく苦しそうにしていたが、やがて動かなくなりました。
屋外での映画上映会。僕らは立ったまま観ている。公園とも空き地とも違う、繁華街の中商業ビルの谷間、唐突に何もない場所がありました。異界でありました。
とはいえ雨は降るのです。友人たちは濡れるのにも構わず観ていましたが、僕はその場を離れ、屋根の下に座れる場所を探しました。
映画のつづきは、友人がスマホに中継してくれてます。
(゜゜)
雨が上がり、僕はスクリーンの前に戻りました。観客は誰もいませんでした。映画が終わったわけではなくて。僕は平行する世界のどこか、違うスクリーンの前に来てしまったのです。
僕のスマホには、友人が撮った映像が送られつづけています。(そこでは、また雨が降りだしたようでした。)
ホテルの広い寝室だった。ダブルベッドが2台。その向こうにシングルのベッドがあって、僕はそこで寝ている。
その隣にもベッドがあって、そこには妹が寝ていた。
僕は横になっていただけで、ちっとも眠れないでいた。
朝の4時だった。もう起きてしまおう。起き上がった。そうすると妹も目を覚ましてしまった。
「どこに行くの?」と僕に訊いた‥‥
「トイレ」
僕は廊下に出た。そこは明るく、たくさんの人がいた。皆、肌が白く、ひどく痩せている。
僕が「すごく痩せた人たち」と意識すると、彼らはますます細くなり、糸のようになって消えてしまう。
サンタクロースが枕元に立って、「お前にプレゼントをもってきたぞ」と言った。僕は薄目を開けた。まだ10月だった。
「何をもってきてくれたんですか?」
「ユーノス・ロードスター2+2だ」
「すごい、4人乗りなんですか?」
「それにタイヤをオマケでつけておいた。1億円のタイヤじゃ」
「タイヤが1億円って、どういうことです?」
僕は完全に目を開け、起き上がった。しかしサンタクロースの爺さんは消えていた。
‥‥
玄関の扉を開ける。そこにクリーム色のオープンカーはあった。近所に住む友達が、既に何人か集まっていた。
「どうしたんだよ、これ?」
「ユーノスのホイールベースを伸ばして、4人乗りにしたのか。でもスポーツカーじゃなくなっちまったな」
「本当にすごいのは、そこじゃない」と僕は言った。「このタイヤを見てみろ」
僕は、両性具有の妻たちと暮らしている。妻たち‥‥一夫多妻なのだ。女であって女ではない彼女たちとの生活。
彼女たちの前で、僕は服を着ることを許されない。トイレにドアはない。
ときどき、彼女たちは僕をいじめる。男になって暴力的に、女になって精神的に。彼女たちはそれを「愛」だと言う。
先生が風邪を引いたので今日の授業は運動会になった。5つのチームに分かれて競い合えという。各チームのリーダーと副リーダーの名前が黒板に書いてあった。メンバーに誰を選ぶかはリーダーの自由。先生はもう家に帰って寝るという。
僕は第5チームのリーダーだった。
副リーダーは大谷くんという、スポーツ万能の少年だった。リトルリーグのエースで4番。このチームには下手にメンバーなど加えなくていいと思った。全種目大谷くんに出てもらえばいい。リレーも彼1人で走ればいい。彼がいれば優勝は間違いないだろう。
トイレに行った。となりのクラスのやつらがいた。「いいな、お前のとこ、今日運動会だって?」と彼らは言った。
午前3時にホテルをチェックアウトする。そのときベッドを抜き出してフロントへ持っていかなければならなかった。このホテルではそうなのだ。チェックインのときルームキーとベッドを1台受け取り、部屋まで運ぶ。そしてチェックアウトのときにフロントへ返す。なかなかの重労働だ。慣れない人は部屋に入るまで1時間以上かかってしまうだろう。
手の届かないくらい高いところにTシャツが干してある。もう夜中だった。取り込みたかった。Tシャツにはキムタクの顔がプリントしてある。ハウルだったかも知れないがわからない。まぁどちらでも同じだろう。
台に使おうと思って僕は段ボールの箱を持ってきた。その段ボール箱にもキムタクの顔はプリントしてあった。僕が乗ると箱は潰れた。部屋の中にはキムタク本人がいたので、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
箱の中に手を突っ込んでいる男が困り顔で僕を振り返った。困っている演技だとしてもそれは相当なものだった。実際困っているのだろう。まぁ手が抜けなくなったか何かだろう。「どうしたんですか?」と僕は声をかけた。
「お金が出て来ないんです」と言う彼の言葉は意外だった。
「は?」
「お金が出て来ないんですよ」
「えー、えー、なぜこの箱からお金が出てくると思うんでしょうか?」
「私がこの箱に手を入れたからです」
「‥‥」
困った。
「えー、じゃあですね、僕が代わりに箱に手を入れます。何が出てくるかみてみましょう」
なんと、1万円札が出てきた。
「私の1万円です」
「えっ‥‥ああぁ‥‥、そうなんすか」
写真の現像を頼んでいる。とりあえず全部のネガをプリントしてくれと言った。海辺の写真だった。
「でも水着の女性が写ってないじゃないですか!」と写真屋のオヤジは言った。
「いいんだよ。僕の写真はアートだ」ピンボケも、狙ってやってることだ。
「変な人ですねぇ。女に興味がないなんて」
「これもプリントしてください。岩が写ってるやつ」僕はネガを見ながら言った。
『未来』という灰色のノートに日誌を書いている。
ノートには漢字で「希望」とたくさん書かれている。
(希望的観測かよ。)
ヘタクソな字で。
僕はノートを盗み見したのだ。
それはよくないことだった。
NASAの職員が地球を観測している。
観測ノートに、僕は一言「永遠」という字を書き入れておいた。
彼はその言葉の意味がわからなくて辞書を引いている。
町の中心部で1時から3時、郊外で5時から7時。2つのコンサートを観劇する予定で、僕は電車に乗った。中央駅で乗り換え、さらに町の中へ入った。中へ進めば進むほど、熱気のような空気の圧力が強くなり、電車の進む速度は、ゆっくりゆっくりになった。
やはり、都会はすごいなぁ。空気の壁のようなものに阻まれ、駅でもないところで電車は止まった。コンサートホールまでは、歩けない距離でもない。僕はスマホの地図アプリを見ながら、圧に抗って、前に進もうとする。
すると前から、巨大な野犬が一匹、そして巨大な野良猫が一匹、二足歩行してきた。人間の言葉を喋る彼らの会話で、コンサートがもう終ったことを僕は知った。
時計を見る。もう3時半。あぁ、中心部では、時間の進み方も違うのだ。
慌てて戻る。自動販売機が使えなかったので、駅員から切符を買う。
「臭町キノコ駅から、外縁タケノコ駅まで、片道、1万800円です」
「臭町ですって?」
身長3mの駅員は、確かにそう言ったのだ。
医者の友達にボランティアへの参加を要請した。「何のボランティア?」と彼女は訊いた。
「えーと‥‥」
「うん、訊いて悪かった。アイムソーリー。何のボランティアであれ、私は断る」
「あのね、これ挨拶の決まり文句なんだよ。ファインサンキューって返すのがマナーなんだよ」
「知らなかった。じゃやり直し。ファインサンキュー。で、あんたもボランティアに参加するでしょ?」
そう。昼休み僕たちはランチに行く。
僕たちはソファの中に潜んでいる。巨大なソファだ。(僕たちが小さくなったのかも知れない。)
ソファで僕たちはヤッていた。途中で君が男だと気づいた。
するとソファが大きくなって、僕たちの過ちを隠そうとしたのだ。たぶん。
壁時計の針はモヤシだった。ある時ぐにゃりと曲がって、そのままだった。そのうちに腐って、いよいよ時間がわからなくなる。君は新しい、シャキッとしたモヤシを取りつける。
「秒針にモヤシを使うのはさすがにどうかなぁ」と僕は言う。君は聞く耳を持たない。いや僕は本当に口に出したのだろうか。その声は頭の中で響いている。
日本は大西洋上にあった。いつの間に場所を移したのだろう。ここならヨーロッパに行くにもアメリカに行くにも便利だ。
僕はNYに行き、パリを経由して、日本に戻って来る。
そのうちに日本の近くに、小さな島ができた。パリからの帰りに寄ってみると、そこには韓国の友達が住んでいた。元恋人。「こっちに越してきたんだね」と僕は嬉しそうに言った。
「ここでまた一緒に暮らそう」
それからは僕は、その島で暮らした。もう欧米には行かなくなった。
ある日白髪の老人が島にやって来た。
老人は僕に歳を訊いた。僕がかなりサバ読んで答えると、老人は僕の息子だと言った。
また彼は僕の元恋人の夫でもある。そう主張した。「元夫よ」と彼女は言った。
僕は妊娠した。知り合いの女が臨月のお腹を、タツノオトシゴ的に僕に移植した。
それで僕は妊娠した。もう60歳を過ぎている。
「NYに行ってくれない?」と彼女は言った。「子供にアメリカ国籍を取らせたいのよ」
病院ではなかった。彼女が用意してくれていたのは高層アパートの一室だった。すべて開け放たれた窓。爽やかな初夏の日差し。出産は簡単に終った。
2人の白人の産婆さんが手際良く取り上げてくれた。
「女の子ですよ」
見ればわかる。その子は生まれてきたときにはすでに中学生だった。
「さてお母さんに会いに行こうか‥‥」「‥‥」しかしまだ喋れないようだ。
女の子の母親から動画を預かっていた。「生まれたらすぐに子供に見せて」刷り込みを期待してのことだ。
女の子が喋れないことを母親に伝えると、あの動画はちゃんと見せたのかと、僕を問いつめる。
「あの子、服を着て生まれてきたよ」僕の返答にも、
「当たり前でしょ。私が着せたのよ」
電車が右方向から来て、右方向に折り返しバックして行った。僕は右方向に行きたかったのだが、バックして行くのは厭だ。僕のこだわりであった。左方向からやって来て、バックせずそのまま、右方向へ進む電車を待っている。
左方向から来る電車は、数時間に1本しかない。それで今日も遅刻だった。僕は会社に電話をかけ、遅れることを伝えた。電話をするときだけ右を向いて、あとはずっと顔を左に向け、電車を待っている。僕は出版社に勤めている。
(こんにちは! 僕の地下鉄よ。私の駅よ。)
電車で、隣に座った女子高生が、僕に頬を寄せてくる。こう言った、
「次、駅短いよ」
「なんで‥‥」
電車より、駅のホームが短いのだ。だがそれと、僕たちが頬を寄せ合っていることと、どんな関係があるのだろう。
スナイパーが、スコープの中に標的を捉えた。彼が狙っているのは、巨大な目だ。彼は撃つ。
弾は、目の中に吸い込まれる‥‥カスピ海に小石を投げ込んだくらいの手応えしかなかった。
カスピ海は、ゆっくり瞬きをした。もう1回、瞬きをする。
するとスナイパーは、目に閉じ込められていた。そこは自分自身の目の中だった。わけがわからない‥‥
遠くで自分に狙いをつけている、もう1人の自分が見える。
女たちの胸がやたらと大きくなっていた。全員、アニメのキャラクターのようにはちきれそうだ。どうにも落ち着かなく、劣情がもよおされる。僕は知り合いの女医に相談した。
「それは困りましたね」と彼女は言って、眼鏡を僕に渡した。「これをかけるといいですよ」
「かけるとどうなるんです?」
「服が透けて見えるようになります」
僕がそのジョークを理解するにはしばらくかかった。
ハムスターが2匹、僕にとびかかってくる。「ニンゲン、ニンゲン」と叫びながら。
彼らに案内されて行った先に、クルマが停まっていた。彼らの家だ。「ニンゲン、ニンゲン」。中をのぞきこんでみる。そこにはニンゲンの赤ん坊がいた。
「ニンゲン、ニンゲン」
赤ん坊の肌は黒かった。排泄物で汚れているのか、元からそういう色なのかわからない。不思議といい匂いがする。
僕が抱き上げると、赤ん坊の首はありえない角度に曲がる。ホラー映画のように。(怖くはなかった、不思議と。)
赤ん坊は笑顔になり、しかしそれを見たハムスターたちは、「ニンゲン、ニンゲン」と言うのをやめたのだ。
中で子供を呼ぶ声がした。僕は子供に注意した。「中に行っちゃいけないよ」「中ってどこ?」中は中である。子供は知らなくていいことだ。
中で呼ぶ声がさらに大きくなった。呼ばれているのももう子供だけじゃない。耳を塞ぐ。
10万円がなくなった。あるいは元からなかったのか。会社の経理の人から電話かかってくる。電話には妹が出た。子機を持って、僕の部屋に来た。僕はまだ寝ていた。
「10万円がありません、って書いたメモ紙が、そこら中にあったでしょう。ですから僕も追加で書きましたよ、退勤時に」
「最初に書いた人が犯人でしょうかねぇ」
「犯人? 知らんですよ」と僕は答える。電話機はやたらと重い電話機。子機の方が重いんじゃないか。
彼女たちは幼なじみで、幼稚園のころからのつき合いだという。2人の交換日記を僕は見せてもらっている。どのような流れでそうなったのかわからない。
「この日付‥‥、この日記、未来のことが?」
「そうなんです。最初は間違えて、‥‥でも今はわざと、少し先のことを書いて、それを2人で、どう実現するかっていう、‥‥遊び」
「センパイの夢日記と同じですよ。夢を書いて、現実で再現していらっしゃるんでしょう?」
正夢ごっこ。
もう閉店の時刻だ。
「海を見に行った」と、僕は今日の記述を読み上げる。
「行ってませんよ。実際はこうしてバイトです」
僕は店にあったポストカードを何枚か持ってくる。外国の海の写真。
「綺麗ですね」と彼女たち。