詩集どうでしょう?
詩を書いて出版しました。
就職の面接を受けた。しがない町工場だった。専務は明日からでも来てくれと言う。社長は迷っていた。
「窓のブラインドを外して、掃除してくれ」と社長は僕に言った。「それが最終試験だ」
「わかりました。それで判断しましょう」と専務。
面接中も応接室のテレビは点けっぱなしだ。テレビではメロドラマがやっている。いじめられるとわかっていながら、自分の子供を意地悪な叔母に預ける母親の話だ。
愚かな母親は愛人に会いに行く途中、飛行機事故に遭い、亡くなってしまう。そのつづきがどうなるのか、知りたかった。
彼女は注文していた宝石を受け取りに宝石店の中へ入っていった。そのまま何時間も出てこない。宝石は僕へのプレゼントだというが、僕は待ちくたびれてしまった。時間はまだかかりそうだ。
周辺を散策して、時間を潰すことにした。
しかし方向音痴の僕は道に迷ってしまった。
彷徨い歩いていると、木を見つけた。「そうだ、あの木だ、あの向こうに宝石店はある」
店などなかった。そこは死者とチェスをする老人が集まっている広場だった。
老人たちは考える力を半ば失った死者に容赦なかった。死者たちはチェスに負けると蒸発するように消えていく。すぐに広場は老人だけになった。その中から1人の死者が足を引きずりながらこちらに歩いてきた。
彼女はその死者に肩を貸しながら歩いている。黒い宝石を手に持っている。死者とは知り合いのようだ。「純ちゃん」と死者に呼びかけた。
「純ちゃん、紹介するね、この人が私の彼氏なの」
「よろしく」と僕は挨拶した。
「足を怪我してらっしゃるんですか?」
「何とか引き分けに持ち込んだよ‥‥」
死者のその言葉を聞いて、彼女は涙を流した。
友達が訪ねてくるのを部屋でずっと待っていたが来なかった。何度もメッセージで確認した。そのたびに「今向かってるところだよ」と返信が来る。僕はいいかげん待ちくたびれ寝てしまったのである。
だが真夜中に目を覚ましてみると、彼女は僕の隣で横になっていた。服を着たままだ。僕が起きたのに気づいて「ごめんね、遅れちゃった」と言う。
「明日は一日中手をつないでいようね」
「うん」僕はまだ寝ぼけている。
「手をつないでくれるよね?」
「明日? うん、もちろんだよ‥‥」
僕はトイレに行きたくなった。ついでにシャワーも浴びようと思って起き上がった。
バスルームの明かりを点けるとトイレがひどく汚れているのに気づいた。汚れた便器は1つではなかった。そこは公衆トイレのようにたくさんの便器が並ぶ部屋だった。そのすべてが汚れている。
清掃用具はなかった。僕はシャワーのノズルからお湯を勢いよく出し、その水流で何とかしようとする。様子を見に来た彼女が、「何をしているの」と訊いた。
トイレの入口のところにはたくさんの人がいて、その中には「あいつは拗ねているんだよ」と彼女に言う者もいた。
寂れた国道の脇を歩いて町に向かっていた。ときどき暴走族の車が「ヒャッホー」と叫びながら僕を追い越していく。
そのたびに僕はタイムスリップして我が家に戻っていた。夕食の時間だった。母がどこかで買ってきたお弁当があり、冷蔵庫の中にはケーキとチョコレートとジュースが入っていて、それらは食後のデザートだ。
妹と僕は先にチョコレートを食べようとする。そうすると夢は終わり、僕はまた1人で国道の脇を歩いているのである。夜中だった。
そうやって食事を逃すたびに空腹になる。
ついに歩けなくなった。道端にうずくまる。
また「ヒャッホー」がやってくる‥‥
‥‥
だが今度は違った。思い出していた。鍋の中にカレーがあり、炊飯器の中にはご飯が炊きあがっていることを。
妹を呼びに、2階に駆け上がった。妹はベッドに寝転び、ケーキを食べている。
「なによ、お兄ちゃん‥‥」 もう手遅れだ。
母親が帰宅した。僕よりも若い母だ。彼女が「お母さん、喉かわいちゃったな」と言いながら、冷蔵庫の中のジュースに手を出すのを、僕は泣きながら止める。「みんな、どうしちゃったんだよ。これは最後のチャンスなんだぞ」と言って。
完全試合まであと1人。最後の打者も2ストライクまで追い込んだ。
ここは1球遊ぼう。アウトコースに外して、打者の打ち気を逸らそう。
僕はキャッチャーミットを、外角に構えた。しかし投手が投げた球は、内角のキワドいところに来た。何とかキャッチしたが、危なかった。判定はボールだった。
ミットにおさまった球を見て、しかし驚いた、それはジャガイモだった。ジャガイモは野球のボールではない。
幸いなことに、打者も審判も気づかなかったようだが‥‥
パーフェクトゲームどころか、反則負けになるところだ‥‥
僕はタイムをとって、マウンドに向かった。「どういうことだ?」ピッチャーを問いつめた。
「俺にも、わかんないよ‥‥」
「バレたら、一貫の終わりだぞ」
空振り三振を狙っていくしかない。
渾身の力を込めて、投げられた最後の1球。しかしバッターは空振りはしてくれなかった。バットにあたったジャガイモは、鈍い音を立て砕けた。
キャッチャー前に転がった、そのいちばん大きなカケラを、僕は拾い上げ、ファーストに投げた。
係官は僕のパスポートを見て驚く。有効期限が80年後になっているからだ。「くそっ」と言った。「今月に入ってから7人目だ」
「そうですか」
「お前の年齢はいくつだ?」
僕はパスポートに記載されている生年月日を答える。
「俺が訊いているのはお前の年齢だよ。くそったれ。そのツラで60超えてるってか。あと何年生きるつもりなんだ?」
「それも質問ですか?」
「もういちど訊くぞ。いいか、質問しているのは俺だ。質問に質問で答えるようなマネをすると‥‥」
「?」
「お前、今、口で『はてな』って言ったか? 言っただろ」
結局係官はパスポートにスタンプを押してくれたのだが。結局何を怒っているのかわからなかった。
不意に「あと何年生きるつもりなんだ?」という彼の質問に真面目に答えてみたくなる。
僕が下着1枚で身体測定を受けているのは、家の玄関のすぐ外だった。近所の住人が集まってきて、その様子を見まもった。
身長をはかった後で、体重計にのった。体重計の数字を見ようと、何人かが近よってきた。
「プライバシーの侵害」と僕は言おうとした。
最後に、軍服を着た人が、僕の下着を下ろし、尻の穴に、指をつっこんだ。「これで終了です」と彼は言った。
僕は家の中に戻った。
その後を追いかけて「赤紙」が郵便受けに入れられた。「赤紙」と書かれた、チラシだ。
A国とB国の間で、戦争が始まった、とある。デマか、フィクションだろう。
僕がそのチラシを読んでいると、突然、家の壁が透明になった。
たくさんの野次馬が、尻から血を流し、「赤紙」を読む僕を、観察しているのが見えた。
何千人もの赤ん坊が寝ている、病院の、暗い一室だ。1人が目を覚まし、泣き始めた。全員が目を覚ました。
そして、全員が泣き始めた。大合唱。それは「ジオン、ジオン」と聞こえる。「ジーク、ジオン」と聞こえた。
洞窟の中にあるトイレの便座に腰掛けていると、両手にサイダーの瓶を持った人が外から入ってきた。瓶は2本とも空だった。僕はその瓶に自分の足を入れつま先立ちで立ち上がった。バレエを踊るための靴だ。
「ずいぶんと細い足だねぇ」とその人は驚いた。
「白々しい。あんたが持ってきた靴だろ」と僕は思った。
帰国してみると、空港には、1日先に帰ったはずの友人がいた。
「何で?」
空港から市内へ行くバスが、1日1便しかないからだ。「タッチの差で乗り遅れた」
「そうか‥‥」
「あははは‥‥」力なく笑う彼。
乗り込んだバスの中で僕は彼に写真を見せた。僕と彼がずっと応援してきた歌手の写真で、1日先に帰った彼が参加できなかったファンミーティングのとき撮ったものだ。
「見たこともないほど柔らかい顔をしている」と彼は言った。
「画面に触ってみろよ」
「えっ? 実際柔らかいな、この画面‥‥」
「だろ」と僕は笑う、手の中でスマホは溶けていく。
「体操服」みたいなジャージに、ジーンズ(後で聞いたのだが両方ともユニクロだとか)、ボロボロの革靴、ボサボサの長い髪に、あろうことか、サンバイザーをかぶっている。そんな格好をして、格好いいというのが不思議だ。
年齢は60代だと言っているが、嘘に決まっている。
パーティー会場に、セオリーどおりに、彼は遅れてあらわれた。酒のグラスを持ってサービスの僕が近づくと、飲まないと断られた。
「ミネラルウォーターは、何があるの?」
「ええっと‥‥」
「コントレックスはあるかな?」
「いえ、ございません‥‥」
「残念。じゃあ、浄水器のお水をください」
「えっ、あっ、かしこまりました」と僕は答えた。
「あの、よろしければ、レモンをスライスして添えましょうか‥‥」
「すごい、気が利いてるね」にこっ。
にこっ? 口で「にこっ」て言った?
「実は僕さ、いちおう招待されて来たんだけど、ここには誰も知り合いがいないんだ」
「さようでございますか‥‥」
「うん、今から頑張ってみんなの輪に入ろうとしてみるけど、無理かも知れない」にこにこ。
にこにこ?
「それで、ちょっと頑張ってみるけどね、だめだったら、君が話し相手になってよ」
「えっ、でもわたくし、男ですが‥‥」
「えっ? ははは。わかってるわかってる。僕も男」
にこにこ。
にこにこ。
「大丈夫、ゲイじゃないよ」と彼は言った。
亡くなったのは生徒たちだった。海岸で葬式をしていた。火葬だ。
火は何日も燃えつづけ、遺体はゆっくりと灰になる。
すぐあとで彼らの先生も亡くなり、追加で火葬になった。
先生はすぐに灰になった。生徒たちに追いつこうとして。
遺体と一緒に、花も焼かれた。しかしその花は、燃えなかった。
炎の中で、さらに大きく開花し、輝くように咲き誇っている。
あまりにも驚いたせいで、僕は自分で自分が何を感じているのかわからなくなった。
体育館の跳び箱の脇で友人が僕を待っていた。彼は僕のために体操服を新しくつくってくれたのだ。
彼のつくってくれた服を広げてみた。学校指定のデザインとはずいぶん違う。
緑色の地に、エスニックな柄がある‥‥
今着ている白無地のウェアを脱いで、着てみようとする、ためしに。彼は僕の着ていた服を指して「捨てちゃいなよ、それ」と言った。
「うん」と僕は答えたが、社交辞令だ。彼の緑色の体操服も、結局着ないだろう。
誰も僕のアレルギーを考慮してくれていない。用意されていたサバは食べることができない。そうするとおかずはカボチャの煮付け1つだけだった。諦めるしかないのかも知れない。ここは刑務所だから。
食事中に、僕はトイレに立った。裸足で行った。刑務官は僕に靴を履かせてくれなかった。トイレの床はよく掃除されていたが、それでも裸足で歩くのは厭だ。
戻ってくると、食事の時間は終わりだった。緊急集会だといって、囚人たちが整列させられている。誰かが、何かをやらかしたのだろう。
何人かが、処刑された。
僕は、着ていたシャツを脱げと言われた。(そういえば、何ヶ月も洗ってない。寝ている間も、ずっと着たままだ。)新しい、半袖のシャツを支給された。釈放だと言われた。
電車の中で僕が握っていた吊り革は異常に長くて掴まっていても体を支える役に立ちそうにない。「使い方を間違っているぞ」と親切な人が教えてくれた。これはミイラ男のように体に巻きつけるものだそうだ。その人は実演してくれた。
電車が駅に着いた。「ここで降りるね」と言って僕はミイラ男から離れた。「おいおいちょっと待ってくれよ」とミイラ男は言ったかも知れない。よくわからない。
階段を下りると6番ホームだ。線路を挟んで反対側の5番ホームにお目当ての電車は来ていた。
線路を歩いて渡ると「危ないですからね、線路の上を歩かないでください」監視員に咎められた。
朝刊を見ると、昨日の話題ばかりだった。
「何でオレは昨日の新聞を読んでるんだろう」と思った。
「今日の新聞はどこにあるんだ?」
しかしよくよく考えてみると、朝刊って昨日のニュースが載ってるものだった。
昨日、オレは死んだらしい。
朝刊にデカデカと載ってた。
路上でビラ配りをしていた人が僕に特別な1枚をくれた。
「このチラシを受け取った幸運なあなた。明日は学校に行かなくてもいいです」などと書いてある。
「チラシを読んだあなただけ、学校がお休みになります」
どういうことか?
どういうことか?
僕は歩きつづけた。
学校に行くのだ。
登校すると同級生はみんなそのチラシを持っている。「明日は臨時休校になった」と担任の先生が言った。先生もチラシをもらったのだ。
4人で会う約束だったが2人来れなくなり、その少女と僕のデートになった。2人きりで話すのは初めてだったが、会話は弾んだ。
髪が綺麗だと僕が褒めると、彼女はとても喜んだ。「髪に触れていい?」と訊くと、それは駄目だと言われた。それでも僕が(強引に)触ると、彼女は大袈裟に嫌がった。「愛し合っているんだから、いいじゃないか!」僕が冗談で言うと、本気で怒ったように見えた。
彼女は僕を殴るまねをした、しかしその後で、僕たちは本当に親密になった。
帰り際、彼女は占いをしてくれた。手にした映画のパンフレットに、まず数字を書いていった。それから目を閉じて、1枚選んだ。「どの数字が書いてある?」目を閉じたまま訊いてくる。
「あ、答えちゃだめだよ。心の中で、思ってて」
「うん」
「当ててみせる。その数字は、9だね」
「すごい、どうしてわかるの?」
タネあかしは、されなかった。だがその9の数字をめぐって、彼女は話した。僕は飽きっぽい、とか何とか。
7つの宝石を勇者たちは探していたのだが、その7つのうち本当に重要なのは1つで、実際にはその1つを見つければクエストは終了だった。
宝石には1〜7と番号が振ってあり、その順番どおりに見つかっていき、諸君らは最後に目当ての「ブラッド・ダイヤモンド」に辿り着くだろう。
だがその最強のブラッド・ダイヤモンドを僕は先に見つけてしまう。「どこにあったのだ?」と勇者の1人は訊いた。
「あの‥‥机の下に落ちてました」
「ずいぶんと小さな机だぞ」「思ってたより小さいな」「子供が使うようなちっぽけな机だ」「まさに子供騙し」などと勇者たちは口々に言った。
電車の隣の席にいるのはアメリカ大統領だった。もうすっかりボケていて、寝たきりだ。介護のスタッフが何人もついていた。
スタッフが僕に言った。
「彼はあなたの頭におしっこをひっかけたいと申しております」
「そうですか」
「今すぐにではありませんけど、彼が尿意をもよおしたときには‥‥」
「わかりました。協力します」と僕は言った。
長い時間が過ぎた。電車は僕の下車駅に近づいている。
業を煮やした僕が大統領の股の下に頭を差し入れて、「まだですか」と訊くと、スタッフも大統領の尻を叩き始めた。
すると生暖かい液体が、僕の髪の毛にかかる。
それは少量であり、すぐに終わった。
「おっぱいパブって何するんですか」
「おっぱいを揉むんです」
「どうやって」と僕は訊いた。
「おっぱいを揉んだことはありますよね」
「ええ‥‥」
「音楽に合わせて揉むんです」
「音楽に合わせて」
「リズムよく」
「はぁ‥‥」
「大丈夫ですよ、できますって」
「できますかね‥‥」
「簡単ですよ」
「どんな音楽がかかっているんですか」と念のため僕は訊いた。
僕を運んで来た誰かが、僕をそこに横たえた。うつらうつらしている間に、引っ越しは終わった。目を覚ますと、新居にいた。僕はタイルの床に寝転がっていた。バスルームにある洗濯機の横。
洗濯は洗いとすすぎが終わって、後は脱水するだけだったが、僕は、スイッチを入れなかった。
僕を運んで来た誰かが、僕をそこに横たえた。うつらうつらしている間に、引っ越しは終わった。目を覚ますと、新居にいた。僕はタイルの床に寝転がっていた。バスルームにある洗濯機の横。
洗濯は洗いとすすぎが終わって、後は脱水するだけだったが、僕はスイッチを入れなかった。
日はすっかり落ちていた。「あぁ、よく寝た」と独り言を言いながら、バスルームを出る。独り言はすごい大声になってしまった。(僕はよく寝たんだよ‥‥)自分の耳で聞くと怯えているような響きだった。
寝室の様子を見てみた。暗かった。明かりを点けようと思ったが、スイッチが見当たらない。
(さっきの洗濯機にも、スイッチやボタンはなかった‥‥)
通路に面した窓は開いたままで、制服を着た女子高校生が2人、外で立ち話をしている。彼女らと目を合わさないようにして、窓とカーテンを閉めた。が、カーテンは短くて、窓の半分しか隠してくれない。
僕は、今日から、いや今から、マンションのこの部屋に住むのか。何階の、何号室なのだろう。
前に住んでいた部屋から、寝室用の遮光カーテンを取ってこなければならない。しかし、どの階のどの部屋に住んでいたのか、もう思い出せないのだ。
いったいどういう経緯で‥‥僕はこの部屋に。
リビングに移動してみた。ここは最初から明かりが点いている。コタツを囲むように、木の椅子が四脚置いてある。椅子の背にはバスタオルがかけてある。椅子は食卓のテーブルに使うものだ。
まずベースラインを思いついた。ベベンベンベンベン。
作曲をしている。そのベースラインにドラムを加えた。
そこにギターでアルペジオを弾いて、歌は歌詞を思いつかなかったので、鼻歌で入れた。
いい曲だ。
君に聴かせたかった。
「高利貸し」というのがエリートの職業になった。
弁護士も、医師も、外交官も、かつて花形だったが、今はAIにとってかわられ、落ちぶれた。
彼らがみんな高利貸しになったのだ。「元外交官」などという肩書きが有利に働いた。
AIは高利貸しだけにはなろうとしなかった。なぜかはわからない。
「大人になったら高利貸しになりたい」と子供は言う。
僕が何も答えないでいると、
「だったら勉強していい大学に入らないとね?」
東大法学部卒の高利貸し。
そうです。
木の葉が枯れた。枯れた葉は落ちなかった。茶色くなった葉っぱが、いつまでも枝についている。
違った。茶色が葉の元々の色だった。葉は緑色になって枯れ、落ちるのだった。
緑は、(死だった。)生命を感じさせる色ではなかった。
僕はふと、自分の手や足を見た。僕の体は緑色ではなかった。安心させるような茶色だった、日光を浴びて。
その茶色はどんどん濃くなっていった。
日焼け? いや。
これが光合成というやつだ。
大行列ができている。店のレジなのか、駅の改札なのか。
人々が手にした買い物カゴを見ると、やはりスーパーなのだろうか。
僕は並ばない。
列を抜かして、前の方にどんどん行く、僕を呼び止める若いお母さん、小さな男の子に向かって「サァ、このお兄ちゃんに、ピッしてもらいなさい」
「ピッ?」 え何のことですか‥‥?
「お願いします」
そして子供に向かって「ほらっ」と。
僕はその子の頭の上に手のひらをかざし、「ピッ」と口で言うのだが‥‥
いや、先頭まで来てわかった、列に並ぶ人々は、会計を待っているのではなかった。
あらわれたり、消えたりしながら、移動する黒い雲を追っている。
飛行船の女船長は、あれを「ラピュタ」だと思っているが、アニメの見過ぎだろう。
飛行機の影が雲に落ちているだけ‥‥と僕は思う。
速度の遅い飛行船で飛行機に追いつけるわけがない。
が、とにかく僕たちは飛んだ。追いかけた。
半島の上空を飛んでいる。
「黒い雲」は突然消えた。
そのとき‥‥眼下の大地が揺れた。地震速報が流れた。
「震度7だって?」と女船長は言い‥‥おそらく恐怖の裏返しで、ヒステリックに笑う。
「ええ、なんか、空まで揺れましたよね」
「そりゃあ‥‥感じ過ぎだよ」
「ラピュタはどうしますか?」と僕は船長に訊く。
帰宅中の君に向けて、衛星軌道上から、「正解」のビラが降ってきました。
それはたくさんの種類の「正解」でした。
直感的に「これ」と思うものを拾い上げ、持ち帰ります。
君の家の庭に地上絵があるのです。ナスカの地上絵のような‥‥あまりにも巨大すぎて、何が書かれているのか、今までわかりませんでした。しかし
これだ。これなのだ。
君は拾った「ビラ」を見て、絶対にそうだと思い込んだようです。
強い日差しだった。空気は危険なほど乾燥していた。肌を露出しないように、と言われて、長袖のシャツを着る。
しかし帽子がなかった。髪の黒が太陽の熱を集め、炎を上げ、燃えるようだが、燃えはしない。
髪の毛は、なぜか伸び始めた。なぜ? 熱で膨張しているのだ。ならばまた縮むだろう。オアシスに辿り着けば。木陰に入れば。
バス停に傘をさしている女のコと、さしていない女のコがいた。雨は降ってなかった。
傘を持っていないコの腕やお腹には、刺青が入っていた。その刺青と同じ柄の傘を、もう1人のコはさしている。
やがてバスが来た。女のコたちは刺青の柄を運転手に見せて乗り込んだ。
「バスの中では傘は畳んでくださいね」と運転手は女のコに言った。
彼女たちの後につづいて、僕も乗り込んだ。何も言わない運転手に向かって、「○○は持ってるよ」と僕は言った。わざと「○○」の発音を不明瞭にして言った。
いなくなった犬を探しに畑に来た。畑には何人かの人がいた。彼らも犬を探しているのだった。「ラブ」や「アイ」などという名前を呼んでいた。可愛らしい名前であった。
僕は急に自分の犬の名前が恥ずかしくなって、彼らが彼らの「ラブ」を見つけてから自分の犬の名前を叫ぼうと思った。
畑の地面には小さな穴が開いている。犬たちはそこから地下世界に行ってしまったのだろう。飼い主の1人は長い竹竿を持っていて、穴に入れた。引っ張り出してみると彼の犬がその竹竿に食いついている。「ラブ、ラブ」と飼い主は犬に呼びかけた。
その人はこう言った。髪を梳かすと真実が見える。僕は髪を梳かした。何も見えるようにはならなかったけどよかった。真実にではなくその人に興味があった。
何も見えないだと? お前の髪は短すぎるのだ。その人は言った。
僕は髪を伸ばした。髪を結べ、とその人は言った。結べないよ、僕は答えた。結ぶにはまだ短すぎる。
誰も僕のアレルギーを考慮してくれていない。用意されていたサバは食べることができない。そうするとおかずはカボチャの煮付け1つだけだった。諦めるしかないのかも知れない。ここは刑務所だから。
食事中に、僕はトイレに立った。裸足で行った。刑務官は僕に靴を履かせてくれなかった。トイレの床はよく掃除されていたが、それでも裸足で歩くのは厭だ。
戻ってくると、食事の時間は終わりだった。緊急集会といって、囚人たちが整列させられている。誰かが、何かをやらかしたのだろう。
僕は、着ていたシャツを脱がされた。(そういえば、何ヶ月も洗ってない。寝ている間も、ずっと着たままだ。)新しい、半袖のシャツを支給された。
「大人ゴミ」の袋をその子供は買いに来た。「売れないよ」と僕は断った。
「大人ゴミは大人になってからだよ」
「なんだよ、いいじゃねーか」
「だめなんだよ。子供は子供ゴミの袋を使いなよ」
「へっ。オレ、もう知ってるぜ。大人ゴミの袋に大人は子供を入れて捨てるんだよな?」
「へぇ、そうかい?」
「ごまかすなよ。母ちゃんがこの前大人ゴミの袋に子供を入れて捨ててるの、見たんだ」
「それは法律違反だぞ」
「父ちゃんも愛人の家に大人ゴミの袋を山ほどストックしてる」
そして真夜中トラックの荷台に大人ゴミが積み込まれていく。
最近ではこういうデマが流行っている。
彼女が訪ねてきたとき、僕は畳の上で寝ていた。
「こいつは目覚ましが鳴るまで起きねーよ」先に来ていた別の女は言った。その声だけは耳に入ってきた。が、まだ目覚めるところまではいかない。
「『目覚まし』って、卵じゃないの」
「おう、そうだよ。時間になるとこの卵が割れる」
「どういう仕掛けなのかしら」
「知らねー。とにかく割れた卵に驚いてこいつは目覚める」
「先に健康診断を受けてきなよ、それまで見張っててやる」
僕が寝ている横は女子の健康診断の会場になっていた。
「私が下着1枚になっているときにこの人目を覚まさないかな?」
「ありえる。こいつスケベだからな」
言い返そうと思ったが、できなかった。
「ちゃんと見張っててね」
「はいよ」とその女は答えた。
学校の教室。生徒は社会人だった。僕は自分の席を離れスーツを着た年配の男性と話をしている。
「クラスでいちばんの美女が今から登校してくる」と彼は予言した。
僕の隣の席が1つ空いている。美女はその席に座ることになるだろう。楽しみだ。
先生はまだ来ないが、始業時間はもう過ぎていて、みんな席についている。
僕も年配の男性のもとを離れ、自分の席に戻る。
男性は席で煙草を吸っている。教室は禁煙のはずだが‥‥
教室の扉が開いた。
入ってきたのはマリリン・モンローのような美女だった。遅刻してきた生徒だろうか。それとも彼女が先生なのだろうか。
僕はマリリンの美しさにみとれている。(こんな美人なのに、)クラスメートはしかし彼女を無視している。
「この席、空いてる?」マリリンは僕の隣の席を指して訊いた。
「あなたの席です!」と僕は答える。
だが彼女はその席には座らず、教室をぐるぐると何周もし始める。
煙草を吸っているあの男性の脇を通るとき、マリリンは顔をしかめた。
何かの図案、書かれた字。それは旗だったと思う。掲げられたそれの元に人々は集い、書かれた文字を声に出して読んでいる。僕には理解できない外国の言葉だった。
書かれていることとはまったく違う詩の一節を、僕が日本語で読み上げ始めると、周囲の空気は一変し、危害を加えられるのではないかと怖れたが、何も起こらなかった。
僕の近くでは「アイス」というあだ名の男がぬるい水を飲んでいる。
「よお、アイス」と彼の仲間が声をかける。
「今日はアイスを食わないのか?」
「おととい来やがれ」とアイス。
「僕のあだ名は『ほうれん草』ではないけど‥‥」と僕は口を挟んだ。
「僕はほうれん草が好きさ」
僕はカップ麺に野菜が足りないと思ってほうれん草を入れる。
そうするとアイスと彼の仲間たちは、床に唾を吐きかけ、僕に掃除を命じた。
「身元を特定するものはすべて置いていけ」との命令だった。僕はそこへ行く。そして死体となって帰ってくるだろう。
「証明書の類は帰ってきたときに返してやる」と上官は言った。
ボール紙でできた切手を台紙から切り離しながら僕は訊いた、「この切手をおでこに貼っておけば‥‥、つまり‥‥」
「そうだ。その切手を貼っておけば、貴様の体はここに返送されてくる」
「気がかりなのは‥‥、私の魂はどこへ行くのでしょう」
「魂に貼る切手は‥‥?」
上官は表情を変えなかった。僕の言葉を聞いても。
電話に出ると「痴漢だ」と女の声が言った。電車の中である。犯人は高校の同級生らしいのだが、その男のコの髪は真っ白だ。気の弱そうな男子だ。
「訴えてやる」と言われ、恐怖で白髪になってしまったのだ。
それで彼女は男のコの方に同情してしまった。ドアが開いて、男のコは逃げるように去った、と女の声は言った。
一言も喋らないまま、僕は電話を切った。
夜になると僕は死神になった。終バスに乗る疲れた様子のサラリーマンから寿命を数時間分奪った。
彼らは車内で眠りこけていて、奪われた時間が過ぎるまで決して目覚めることはない。乗り過ごして終点まで行ってしまう。
すると僕は運転手で、心は死神のままだった。目覚めることのない彼らを道端に放り出す。雪が降りそうだ。
朝になると僕は天使になった。眠そうな顔をして始発に乗る乗客たちのスマホに、昨夜サラリーマンから奪った「寿命」を送信した。
空港から電車に乗った。兄と一緒だった。ホテルのある駅の1つ先まで行って、美術館を見学してから、ホテルに向かう。チェックインにはまだ早かった。
しかし兄はホテルのある駅で降りてしまった。「おいおい」と僕は兄のシャツを後ろから掴んで、引き戻そうとした。
そんなわけで、僕は美術館には1人で行った。兄がいないと言葉がわからなくて不安だった。駅前で携帯のマップを見た。地図の通りに行ったのだが、迷ってしまった。
同じ店の前を、何度も何度も行ったり来たりした。
その店の前では、刺青の入った大柄な男たちが、プラスチックのケースに入った紙幣を数えていた。紙幣はすべて赤い色で、途轍もなく大きな数字が書かれている。
「すごいですね」と僕は英語で声をかけた。1人には通じたようだ。「道に迷ってしまったのですが‥‥」と僕は言った。
「どこまで行くんだい?」
「美術館です」
ミュージアム。その答えを聞いて、男たちは鼻で笑った。
「ここがそうだよ」と男は言った。
「つまり、そのお金は美術作品ということでしょうか」
「ははは」
「見せてもらっていいですか?」
「見るだけならな」
だが僕は手に取った。
紙幣には日本のマンガのキャラクターが描かれている。
鳥籠ではなかった。水槽の中で、鳥が飼われていた。水辺に棲む鳥なのだろうか。
水槽の中には、一脚の椅子が置いてある。鳥が僕を手招きした。「あなたにふさわしい椅子を用意したわ」と人間の言葉で言う。たぶん通りかかる人間全員に同じことを言っているのだ。
辿り着いた場所には雨が降っていた。雨粒はバスケットボールほどの大きさだった。風船のように、ふわふわと天から落ちてくる。
雨粒と雨粒の間隔は広く、落下速度も遅いので、傘をささなくても、その間を縫うように歩けば、濡れずに行くことができそうだ。
僕たちは用意された宇宙服を着た。正しく着用できたのかどうかわからない。メンバーはみんな普通の人だった。特殊な経歴を持っているわけではない。その上で何の訓練もなかった。いきなりだった。
いきなりであった。僕は体が軽くなり、宙に浮き上がったのを感じた。手足をばたばたさせると、どんどん上昇し始める。そうして、大気圏外に出た。宇宙空間には本職の宇宙飛行士たちが浮かんでいた。
彼らの宇宙服の背中には、天使の羽根がついている。(彼らはさまざまな国の言葉で僕に話しかけてきたが、その中に僕の知っている言語はなかった。)彼らの後を追いかけて、さらに高く飛んだ。
床で寝るようにと言われた。ベッドはあった。フカフカのそのベッドは、しかし他の人が使うという。
僕の部屋だった。けれど僕は着る服もなく、かける毛布の1つもなく、床に横になるのだ。
それでも眠ってしまった。寒くて、ときどき目を覚ましたが、最後には深い眠りに落ち、朝まで目覚めなかった。
僕のベッドで寝たのは、どんなやつだろう。顔を見てやろうと思って、起き上がる。
ベッドには、誰もいなかった。使われた形跡もない。
きれいに畳まれたパジャマが置いてある。
テレビを観ているときテレビが光った。画面ではなく黒い本体部分が「ぼわっ」と発光した。テレビを消すとその光も消えた。
テレビをもう1回つける。本体はもう発光しなかったが、おかしなことはあった。さっきまでやっていたテレビの番組がなくなっていた。そのチャンネルごと消えてしまったのだ。
昨日のことを思い出した。僕がその郵便ポストに手紙を投函すると、ポストは光ったのだ。
どういう仕掛けなのかと思った。捨てるつもりで持っていた何かのチラシを僕はポストの中に入れてみた。
僕はキムタクの家の鍵を持っている。キムタクは鍵を持ってない。
なので家に帰るとき、彼は僕に連絡をしてくる。
僕は鍵を持って家まで行き、ドアを開けてやる。「1人で住んでいるのかい?」と僕は訊く。
キムタクは言葉を濁す。
Kの家には死体がある、という噂が広まる。死んだのは同居していた彼のお兄さんか。真相を確かめるため、家に入った。
キムタクの留守中だ。
家の中には、喪服を着た中年の男性が2人いた。「お悔やみ申し上げます」と言うと「帰ってくれ」と言われた。
「亡くなったのは‥‥」
「あんたらハイエナに話すことは何もないね」
キムタクと僕は友達だ。食い下がっていると最後には男性は折れた。電話番号を書いた紙をくれた。
「後で話そう」と男性は言った。
僕の足は車輪になっていた。砂漠に敷かれた線路の上だった。線路はところどころ砂に埋もれている。
足音は砂時計の砂が落ちるときの音だった。砂が全部落ちてしまうと‥‥もうひっくり返す気力もない。
そうすると足は普通の足に戻り、僕は城のような建物の中を歩いている。階段の上から食器が触れ合う音が聞こえた。白い砂を落しながら上がっていくと
給仕頭が待っていた。
「ここでの注文の仕方は変わっているのです」とこっそり教えてくれた。
「まず『仮注文』を出してください」
「仮注文ですって?」
「しばらくすると別のウェイターがまた注文を取りにくるでしょう。そのときに‥‥」
「はい」
「今度は絶対に食べたくない料理を言ってください」
カラオケバーで女のコが、あなたに会いたいという歌を歌っていた。「あれ、本人だよ」と誰かが言った。
「アイドルの○○○○だよ、本人だよ。自分の持ち歌を歌ってる」
歌い終わると、アイドルは僕のテーブルに来て、マイクを渡し、「次はあなた」と言う。
「あなた、歌手の‥‥さんでしょ」「『青い光』を歌って。あの曲、大好きなの」
曲のイントロが流れ出し、店じゅうの照明が青くなった。
天井から青いレーザー光線がいくつも、やけにゆっくりと伸びてきて僕の体を貫く。
母親を誘拐した男を指して娘が言った。「この人悪人でしょ」
「まだ裁判で有罪が確定したわけじゃないから‥‥」と父親は言葉を濁した。
「どうして? あの男が誘拐したことは間違いないじゃないの」
「悪いとも悪くないとも言ってはいけないんだよ」
娘は父親のところを離れ僕の方へやって来て、「あなたは悪人?」
「君のお母さんを誘拐したのは僕じゃないよ」
「知ってるよそんなことは。訊いたのはあなたは悪人なのかってこと」
「うーん」
「ママはどこにいるか知ってる?」
女の子のお父さんと一緒にいる女の人は「ママ」ではないのだろうか。
ファッション・デザイナーの男性が講師として教壇に立った。
ホワイトボードに掛けられたハンガーには彼のブランドのTシャツが吊るされていた。何の変哲もない白無地のTシャツだがそれは人間の内臓の配置を考えてデザインされたものだという。
「あなたが病気になると、服も病気になります」
「このTシャツの脇腹部分に注目してほしい」と講師。
「このTシャツは病気に罹っています」
講師はTシャツを「手術」し始めた。
悪くなっていた部分を切り取った。用意していた別の白い布でツギハギして、「治った」と受講生の1人に言った。
「布施明という作家の誕生に私の力を貸しているところだ」と電話の相手は僕に言った。
「私も60になった」「私は認められたい」
「布施明?」
「布施明に‥‥」
布施明って作家だったっけと僕は思いながらも話のつづきを待った。しかしつづきはなかった。電話は切れてしまった。
男の声だった。女が低い声で喋っていたのかも知れない。そこで目が覚めた。夢だった。
しかし妙な予感がして僕は本棚をチェックした後、ネットで検索もかけてみたのである。
深夜の1時だった。ソファに寝そべってテレビの深夜番組を見ていた僕に父から電話がかかってきた。父は会社にいてまだ仕事が終わらないと言った。そこで切れてしまった。
「仕事は終わってないけど帰る」という電話なのか、「仕事が終わってないから今日は帰らない」という電話なのかわからない。
僕は歯を磨いて寝ることにした。鏡を見て気づいた。僕が手に持っているのは歯ブラシではなかった。電話機でもなかった。(僕が手に持っているのは何だろう。)
僕の着ている服が彼女には見えないという。なら裸に見えるのかと訊くとそうではないという。服が見えないというだけでその下の体が見えるわけではないのだ。
「だから平気よ」と彼女。
「何が?」と僕。
「寒くはないの?」
言われてみれば少し肌寒かったので僕は上着を羽織った。
それも彼女には見えないらしい。
「ダサい上着ね」
「やっぱり見えてるの?」
「見えてない」と彼女。
「赤ちゃん色のスーツケース」とその子が指したスーツケースの色はピンク色だ。「そう言われるとそうだ」と僕。
「そう言えば」
「ピンク?」
「中を開けると何が入っているんだろう?」と僕。
「開かないのよ」
その声は遠くから聞こえた‥‥
スーツケースの持ち主は飛行機に乗るところだ。持ち主の服はどこかの民族衣装のようだ。制服のようにも見える。
地下街で外国人に道を訊かれた。駅に行きたいのだが、と言う。それならA階段を上って地上に出た方がいい、と僕は指を組み合わせてAの字をつくった。うまく伝わったようだ。
僕は別の階段を上って宿泊していたホテルに帰った。階段はホテルの中までつづいていた。雛壇のようになったロビーでコンシェルジュの女性がお雛様のコスプレをしている。
「カロリーメイトのスティックはどこで買えるでしょうか?」と僕は彼女に訊ねた。
「コンビニを探したんですが置いてないのです」
「あれには有害なアレルギー物質が含まれているという話で」とコンシェルジュは答えた。初耳だ。
「ええ、この間ニュースでやってましたよね」
「店頭からは既に回収されてしまったでしょう」 マジか。
「えええ、ええ、‥‥そうなんですよね」と僕は知ったかぶりで答える。
「でもそうなってしまうと、無性に食べたくなるんです」
芋虫がヘルメットをかぶって震えていた。寒くて震えているわけではない。
「怖いんだ」と芋虫は訴える。
「何が怖いの?」
「食べられてしまう」「頭を守らなきゃ」
「僕は芋虫は食べないよ」と言った。
「ところでそのヘルメットは僕のだよ」
返してくれないかなと思う。バイクに乗るのに必要だ。
「やっぱり寒くなってきた」と芋虫は言った。
ちびた鉛筆が1本左斜め後ろから飛んできて前方の壁にぶちあたった。壁に穴が開いた。
壁の向こうは宇宙空間だった。宇宙戦艦が浮かんでいて戦闘中。そのうちの一隻が僕たちの宇宙船に近づいてきた。
壁の穴から宇宙服を着た兵士が乗り込んでくる。
指揮官らしき男が「お前らは皆殺しだ」と言った。
「皆殺しだ」と兵士たちは復唱した。
「皆殺しだ」
「皆殺しだ」
「はやくやれ」と指揮官は命じた。
博士は僕と彼女に手袋を渡して言った。「これは空飛ぶ手袋だ」と。
「手袋をはめた手のひらを上に向けると上昇する」「降りるときは下に向ける」
「充分上昇してから手のひらを前に向けるんだ、そうすると前進する」
僕たちは橋の上にいた。博士は手袋をはめ手のひらを上にしたまま川に飛び込んだ。ドブン。
「えっ!?」
「‥‥」
かなり経ってから博士は上昇し始めた。「ワシにつづけ」と博士は言った。
(あれは嫌だなぁ)と僕たちは思う。
蟹とデートをした。蟹は大阪に行きたいと言った。あの有名な蟹料理店の前に、僕たちは手をつないで立った。そうすると蟹は人間の女の子になった。
「悪い魔法使いにかけられていた呪いが解けたのです」と蟹は言った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
僕たちはしばらく無言で見つめ合った。
「蟹、食べる?」と僕は訊いた。
「もちろん食べません‥‥」
「僕は食べたことあるよ」と僕は正直に告白した。
「私、スカートがはきたいです」と蟹は言った。
「私は女の子なのにスカートをはいたことがないのです」
「今はいてるのは何?」と僕は訊いた。気まずい空気は消えない。
それはスカートに見える。
何とかさんを殺してしまった。何という愚かなことをしてしまったのだろう。この世で何とかさんに恨みを持っている人間は僕しかいない。僕がやったのだとバレバレではないか。
僕は仕方なく、何とかさんが勤めている会社の人を全員殺した。犯人は何とかさん個人にではなく、その会社に恨みを持っているのだと、擬装するために。
そして僕はサングラスをかけた。ヒゲを生やして、ふだん着ない派手な色の服を着た。白やグレーの服を着た真面目そうな人たちの間で、僕は目立った。
警官は地味な服を着た人たちを1つずつどこかに連れて行った。最後に僕1人が残った。僕が連れて行かれることはなかった。連れて行かれた人たちは、帰ってこなかった。誰もいない場所で、僕は待った。
帰宅してみるとランチタイムだった。天井裏につづく梯子は格納されている。僕はその食堂の天井裏に住んでいる。部屋に上がりたかった。客のテーブルの上にあがって、天井から梯子を引っ張りだした。
それを見て食事中の客は文句は言わなかった。ただコンプレックスを感じると言った。
「コンプレックス? 劣等感?」と僕は聞き返す。
「どういうことですか?」
「私は何にでもコンプレックスを感じてしまうんだよ」「例えばトンカツの衣にね」「この皿の白さにもね」
「そして今私は梯子に強烈な‥‥劣等感を感じた」
「梯子に劣等感を感じるとどうなるんですか?」僕は梯子を上るのを一時中断した。
「梯子を上れなくなる」
雨は上がったが、道はまだ濡れている。立って歩くことができない僕は困った。蛇のように這って駅まで行く。お気に入りのシャツが水を吸い込んで重い。横断歩道の真ん中でついに動けなくなった。信号が変わる。
「立て、立てよ!」と道の向こう側で誰かが叫んでいた。ベビーカーに乗った赤ん坊だ。「お前に言われたくないし」という気持ちが立ち上がる原動力になった。
僕はまっすぐその赤ん坊のところへ向かった。
「ずいぶん濡れてるな」とその赤ん坊は僕の傘を指差して言った。
「傘が濡れているのは雨が降ったからだよ」と僕は答えた。
「電車の中では畳んだ方がよろしいのではないですか?」
急に言葉遣いが変わったと思ってみると喋っているのは若いお母さんである。
「私が畳んでさしあげましょうか?」
言葉は丁寧だが表情は険しい。
カレーの味を訊かれた。カレーはまずかった。相手がそう言ってほしくないのはわかってた。なので僕は冗談を答えようとしたが、うまい冗談を思いつかなかった。それで正直に「まずかった」と答えた。「うんこみたいな味がした」
「うんこ食べたことあんの?」
ここでも僕は迷った。僕は冗談で答えようと思った。僕はいつも冗談で答えようとする。しかし何も思いつかないのである。
正直に「あるよ」と答えた。
すると意外にも相手は笑ってくれた。
「お掃除」は終わったけれど、「そこ」が綺麗になったようには思えない。むしろ僕のせいで前より散らかってしまったのではないか。
とにかく僕は「呼ばれた」のだ。「もう終わったよ」とその人は言う。
「帰ろう」
エレベーターの前だった。上に向かう2台のエレベーター。扉は同時に開いた。
左のエレベーターに乗り込んだ「その人」は、右のエレベーターに乗ろうとする僕に「こっちに乗らないの?」と訊いた。
「いや、僕んちはこっちだからさ‥‥」と断った。
「本当にこっちに乗らなくていいの?」
僕が乗り込んだエレベーターの中にはガラスの窓があった。開けることのできない窓だ。窓の向こうに緑生い茂る庭が見えた。庭の物干しには洗濯物が干されている。
今日こそ取り込まなくてはならない。あれは僕のシャツだ。ずっと何日も干しっぱなしなのだ。
それは何でもくっくつ磁石でした。金属以外のものもひっつく。僕はバナナを磁石にくっつけました。するとバナナは金属のように固く、重くなってしまいました。
そして磁石がバナナのようになったのです。
磁石を食べられるわけではないのですから、ちょっと損したと思います。
プーチンがステージで歌っている。そっくりさんではなく本人かも知れない。ヘタクソな歌だ。プーチン本人である可能性を考えてみると、笑ってはいけない。絶対に・笑っては・いけない。観客はみんなそう思ったようで、盛大な拍手が送られた。
1曲歌い終わると、プーチンは客席におりてきた。客席にある熊の檻の中に入って、服を脱ぎ始めたのである。裸になったプーチンは、またステージに戻った。
いや、靴下だけは履いていた。あとは全裸だった。プーチンは眩く光り始めた。自身が発光しているのだ。僕たち観客は、どういう反応を示せばいいのかわからない。檻の中の熊を見てみた。熊はプーチンが着ていた赤いスーツを着ている。それは伸縮性のある素材でつくられていた。
ユニットバスのシャワーカーテンは、赤い色をしていた。それは外れなのか、当たりなのか。ホテルの僕の部屋のトイレを、業者の人も利用する。赤いシャワーカーテンが目印だと、ホテルの人は言っていた。
蛇口をひねってもお湯はでてこない。その代わりに排水口から溢れでてくる液体がある。下水ではないようだがわからない。結果的にバスタブにお湯(のようなもの)が溜まりつつある。
いったいどういうことだろう、白人の指揮者の顔に黒いマジックで「中国の隠謀だ」と書かれているのは。
曲はラフマニノフの交響曲だった。聴いたこともない斬新なアレンジが施されていてまるで別の曲のようだ。
観客席はステージの正面ではなく左右にあった。向かって左の客席からステージ上に大根が投げ入れられる。
それに対抗して右からは小松菜の束が投げられた。左の大根に対しては「違法栽培されたものだ」「恥を知れ」などと罵声が飛ぶ。
左は僕たちの小松菜を評して「6点だ」「百点満点の6だぞ!」などと叫んだ。
船に人間の乗客はいない。全員が鳥だった。「早く出せ」と鳥たちは人間の言葉で要求する。その後にやかましい鳥の言葉がつづいた。何を言っているのかわからない。
「まだだ」と僕は一蹴した。「鳥籠を持った人がお見えになる」
「なんだと?」
「鳥籠を持った人が、もうすぐお見えになる」
「それは人間なのか?」「鳥籠だと?」
大騒ぎだ。
「差別主義者め」
「鳥籠は1つだ」と僕。
「1つだと? この船にいったい何羽の鳥が乗っていると思っているんだ!」
僕は返事をしない‥‥それ以降ずっと。
髪の毛は白髪、というよりアニメでよく見る銀髪だ。長さは1センチくらい。非常に薄くて地肌が透けて見えるが、ハゲているわけではない。僕は手に持った櫛でその柔らかい毛髪を梳いた。
髪は伸びた。1回櫛を入れるたびに何センチか伸びるようだ。そして黒く、豊かになっていく。アゴの下まで伸びたところで僕は櫛を入れるのをやめ、「出来上がりました」と言った。
「鏡をご覧になりますか?」
返事はない。
カレーは不味かったので正直に不味いと言った。眠った。
すると枕元に村上龍が立って、話しかけてきた。「本棚を見たぞ、俺の本が何冊かあった」
僕は金縛りにあって、動くことも話すこともできなかった。怖かった。
「感想を言ってみろ」と村上龍は迫った。
あのカレーをつくったのは村上龍だったのか‥‥
僕が答えられずにいると、新たに、別の何人かが枕元に立った。
彼ら(全員男だ)は『限りなく透明に近いブルー』を絶賛し始め‥‥
何者なんだ、彼らは‥‥
龍の苛々した様子が伝わってきた。
龍は彼らに訊いているのではない。
船上で葬式があったとき、僕は「船上結婚式」なんてものを思い浮かべて、また回想、海草、海葬という連想でひとり笑っていたのだけれど、僕だけが不謹慎というワケでもなかった。
遺体の収められた棺桶は海に流される。しばらくの間は浮いているのだがそれを見て苦笑している参列者もいた。
しかるべき時がくると、棺桶は沈む。海中にはダイバーが待ち構えていると聞いた。海に遺体を遺棄するのは犯罪なので、ダイバーに回収させるのだ、棺桶ごと。
遺体は最終的には火葬にまわされるらしい。何でそんな面倒なことをするかな、と思う。
眠っている女の胸に耳を押し当てると、意外なほど速い心音が聞こえた。目を覚ましていたのだ。
「私、動物になる」そう言って彼女は身を起こした。
「何の動物になるの?」と僕は訊いた。
彼女は何も答えずに、服を脱いで、バスルームへ向かった。
すると入れ替わりに、バスルームから、背の高い、痩せた少年が出てきた。ここはホテルの一室だ。少年は財布や時計、メガネやメガネケースがたくさん入った引き出しを開けて、中を見ている。
「どれが俺のだっけ‥‥? 何でこんなたくさんあるの?」
「まず服を着ろよ、フルチン」と僕は声をかけた。
「あんたの服、貸してくれる?」
「いいよ」
僕は自分の服を脱いで、下着まで全部彼に渡した。それからシャワーを浴びようと、バスルームに入った。
さっきまで一緒にいた女はいなくなっていた。
バスルームは扉の向こうで隣の部屋と繋がっていて、別の女がソファで雑誌を読んでいるのだ。彼女は僕の裸をジロジロ見てから、「入ってくるなら言ってよ」と笑った。
すべての内壁が取り払われていた。その校舎には机も椅子も、ロッカーも何もない。僕たちは、廊下ではないところをまっすぐ歩いて、また元の場所に引き返す。
階段はあった。けれど2階や、3階といった階層はなくなっていた。天井はある。ほとんど空と同じ高さに天井は見えた。階段はそこまでつづいていたから、屋上に出ることができれば、そこは天国に感じられるだろう。
弁護士はたいへんな美青年だった。そのせいで僕はからかわれているような気持ちになった。どうしてこんなハンサムが、ハタチそこそこで弁護士になれるというのだろう。ドッキリか何かに決まってる。
僕は隠しカメラを探した。どこで撮影しているのか。だが彼はハタチではなかった。50を越えていた。二枚目ふうの前髪をかきあげながら「見た目で誤解されてしまうことが多いのですが‥‥」と言う。
「卑怯者?」
「えっ?」
「えっ? あぁ聞き間違えました。言い間違えたのかな‥‥」
「弁護士を雇った覚えはありませんが」と僕。
「弁護士ですって?」
「えっ?」
「えっ? それにしても本当ですか‥‥?」
法学部の学生たちが司法試験に落ちた。試験問題と回答は事前に教えてやった。それでも全員が落ちたのである。
死んだ蝶がヒラヒラと舞っていた。それは蝶のゾンビだった。蝶は花にとまり蜜を吸った。そうするとその花もゾンビになった。
蜂がゾンビ花の蜜を集めにやってきた。花に触れた途端蜂はゾンビになったが、自分がゾンビ蜂になったことには気づかない。
ゾンビ花の花びらが風に吹かれて舞っている。僕はそれをキャッチしようとしたが逃げられた。ゾンビのくせに逃げるのか。ゾンビはゾンビではない者を追いかけてくるのではなかったのか。
ヨーロッパによくある、安いホテルだった。シャワーを浴びようとすると、ベッドルームまで水浸しになってしまう。水(お湯)をあまり使わせないよう、わざとそういう設計にしてあるとしか思えない。
僕はその国を訪れたのは、友達に会うためだったが、インスタを見てみると、彼は日本を旅行中であった。何なんだよ、と少し腹が立った。嫌味のつもりで、彼の投稿にいいねしてから、ホテルを周辺をうろついた。
1時間の内に、何度か日が上り、日が落ちた。日が落ちたあとも、暗くはならなかったが、町にはあやしい雰囲気が漂い始めるので、夜なのだとわかる。その「夜」も、あっという間に昼にかわる。
腹が減って、何か食べたかった。インド料理の店があって、うまそうだったけど、ディナーは高い。ランチがお得なのだろう。夜が終わるのを、店の前で10分ほど待った。
僕の初恋の人と、僕の女房と、僕と、3人で船に乗っていた。
初恋の人が昔僕に書いた手紙を、なぜか女房が持っていて、声に出して読み始めた。それは彼女が結局出せなかった手紙で、「あなたのことは、本当は好きではないの」という内容であった。
僕の初恋の人も、手紙を持っていた。僕が結婚前、女房に出そうとして、出さなかった別れの手紙だが、それを今から読むと言う。
彼はずいぶんと太った、足の短い体操選手だ。「若い人には負けない」と言っているところをみると、若くはないのだろう。僕は彼の演技を見た。いや見事なものである。それが彼自身の容姿の醜さをいっそう引き立てているのだ。僕はその残酷さに目を奪われた。むしろ失敗してくれればよかったのに、と思った。
彼の名前は落合といった。その名前を聞いて、なぜか観客たちは笑った。腹を抱えて大笑いしている者もいる。僕は笑えはしなかったが、そこに不思議と「安心した」のだった。
明日、テストを受ける必要がある。テストの内容をこっそり教えてもらった。鏡文字を書かされるらしい。
左右に反転した文字だけではなく、上下にひっくり返った文字も書かされるとか。
そこに、深層心理のようなものが‥‥出る(?)
僕の何をテストしたいのだろう。
テストの内容を教えてくれた女性は、僕の名字の鏡文字を書いた。
彼女はなぜか僕の住所を知っていて、それも鏡文字にしてみせた。
朝食を食べてから家を出るまで余裕を持って30分。その30分のほとんどをネクタイを締めるのに費やした。ブレザーの上着を着て、その上にハーフコートを羽織るか悩んだが、それはもう少し寒くなってからにしようと思う。
歩いて5分のところにあるバス停には長蛇の列ができていた。このへんでは見慣れない外国人たちだったが観光客とも思えない。サラリーマンのようだ。どこに勤めているのだろう。
僕は最後尾に並んだ。すると「バス停が前方に動き出して」、僕との距離を取った。空いた隙間にあとから来た外国人が割り込んでいく。そのようにして列はどんどん長くなった。
『何でも鑑定団』という番組があったはずだ。我が家の家宝を鑑定してもらうため、テレビ局の中を歩いていた。家宝というのは木刀である。それを持って受付を訪ねた。
受付嬢は「社長」と呼ばれている人物と話をしていたので、僕は少し待った。
さて僕の順番が来た。「この木刀なんですが‥‥」と僕が始めると
「鑑定のご依頼ですね」さすが話が早い。
「この専用の袋に入れて○○番にお持ちください」
「袋は、有料ですか?」
「いえ、もちろん無料です。私がお入れしますね」
その袋の中には、本榧の囲碁盤と碁石が一緒に入っていて、非常に重かった。片手で持てるようなものではない。
僕は突然、「そこ」に出現した。半屋内・半野外といった感じの商業スペースで、人々が2つのグループに分かれて、何か議論をしていた。「こいつに訊いてみよう」と誰かが言う。誰だろう。「こいつ」というのはもちろん、突然あらわれた僕のことだ。
ワケがわからぬまま、僕は片方のグループの主張を支持した。本当によくわからないのだが、それが決定打になったらしい。もう一方のグループは、負けをみとめて、すごすごと退散した。マンホールの蓋を開け、地下におりていく。
僕は「勝った」グループのあとをついて、上りのエスカレーターに乗った。すると上の方から、さっきのグループの一員と思われる(ファッションや髪型でそれと知れるのだ)、金属バットを持った若者たちが、すごい勢いで逆走してきた。
僕たちは熊を追うハンターだった。猟犬とともに山を駆け巡った。獲物は見つからなかった。さらに奥深くに分け入った。
すると雑草ではなく、刻んだネギが敷き詰められた斜面に出た。(食べられるのではないだろうか。)その斜面を滑り下りると、ブランコのある児童公園だった。
何かがおかしい。そう気づいたが遅かった。熊が・目の前に・あらわれた。そのとき2匹の猟犬は夢中でネギを食べていた。
大人の女性が2人倒れた。毒を盛られたようで1人は亡くなっていた。もう1人はまだ息があった。麓の病院まで運ぶのに車を貸してほしいとお願いした。僕はまだ中学生だったから「運転できるのか?」と大人たちは訊いた。
僕が免許を取ったのは遥か40年以上昔だ。
2人の女性を乗せて僕は走り出した。道には砂利の代わりに百円硬貨が敷き詰められていて、帰りに拾おうと考えた。このような経緯で僕は大金持ちになったのである。
電車の窓から水田が見えた。青緑色の宇宙服を着た人が1人で苗を植え付けていた。ヘルメットをかぶって月面を飛び跳ねるように歩く姿はまるで本当の宇宙飛行士のようだ。
気づいたのだが宇宙服は青緑色なのではなく鏡面で周囲の色を映しているのだった。水田の向こうには大きな山が見えた。高くも険しくもなくただただ「大きい」
僕は窓から身を乗りだし宇宙服の農作業員に手を振ってあいさつをした。(いや敬礼すべきだったのかも知れないとあとから思った。)
‥‥電車はゆるやかなカーブを曲がり水田から離れていく。
駅の自動券売機にお金を投入したら詰まった。
スケルトンの券売機だった。詰まっている箇所が見える。カバーを開け、自力で直した。
周囲の人たちが驚嘆の目をこちらに向ける。
いやいや、たいしたことじゃあないだろう。
名乗るほどの者ではございません。
人として当たり前のことをしただけですよ(棒)
あたらめてお金を入れ直した。
すると切符の代わりに五百円玉が大量に出てきた。
すべてポケットに入れた。
「仕事は何?」と訊かれて嘘を答えた。「職人」と。
あぁ職人という嘘を答えるのは初めてだ。
「職人? 何の職人?」
「鑑定士さ」
「カンテイ? 何を鑑定するの?」
「抽象的に言えば『技』を」
「どうやって?」
そこで、あぁ、僕の周囲に「鑑定会場」が‥‥つくりあげられた。
広い倉庫のような会場。
展示された品々を鑑定して回る。
真夜中にトイレに起き出してみると居間ではテレビがついていた。この音だったのか。なんかうるさいなぁと思っていた。
「ちょっと音量を下げてくれないかな」と僕は耳栓をしたままお願いしてみた。
ソファに寝転がっている女のコは返事をしたのかも知れないが聞こえなかった。
聞こえなかったとしたらそれは耳栓のせいだろう。
トイレから女性が出てきた。入れ替わりに僕が入ろうとするとタオルを渡してきた。濡れたタオルだ。「これ、まだ乾いてないよ」と僕は言った。彼女も返事をしなかった。
あるいはしたのかも知れないが、耳栓をしているせいで聞き取れなかった。
兄と、双子の姉と、私の3人で食事をした。6人掛けのテーブルに、出てきた料理も6人前。私たちは2人前ずつ食べる。
「イカの唐揚げ、2人前はきついね」と姉は言った。
「揚げたてはいけるんだけど、冷めてしまうと‥‥」
お茶で流し込もう、と姉は言って、ペットボトルを持ってきた。
「気づいたけどあんた、今日は一言も喋ってないじゃない」と姉。
「食べるのに忙しいんだ」
「てゆうかこれ、全部食べる必要あるのかしら」
姉は珍しく眼鏡をかけている。
「あんた、何観察してるのよ」
「観察‥‥?」
「見るひまがあるなら口を動かしなさいって」
「そうだね‥‥(もぐもぐ)」
兄は仕事の話をしている。東南アジアに出張したときのことだ。現地でペヤングソースヤキソバを食べた。
「よくヤキソバの話なんかしながら違うもの食べれるね」と姉。
「あたしは無理」
「ミミズ・フェルジナンドのコスプレをしてあげる」とその子は言って、僕の髪の毛をいじった。
ヘアメイクはすぐに終わった。僕は仕上がりを確認したくなって顔を映すものを探した。
反射するものであればなんでもよかったのだが‥‥
学校の授業だった。コスプレをして教室の窓から身を乗り出すという課題だ。
落ちないように二人一組でやる。僕は本当は身を乗り出した相方を支える役だった。
「やっぱり長髪は映えるわね」としかし、その子は褒めた。そう言われると悪い気はしない。
僕の好きな背の高い女の子は首に包帯を巻いて「ろくろ首」のコスプレをしている。
「寝違えたのがやっと治ったのよ」
首が長いとそういうとき苦労するのだろう。
「ミミズ・フェルジナンドのコスプレ素敵」とそのろくろ首の女の子も僕の髪型を褒めた。
電車に乗っているとき、雨が降ってきた。僕は傘を持っていた。傘を持っているのは、僕1人だった。
雨は、ますますひどくなった。
しかし途中の駅から乗ってきた乗客も、誰1人傘を持ってない。
それは、環状線だった。1時間ほど乗っていると、最初に乗った駅に着く。僕はその駅で降りた。
改札を出ようとすると、駅員に注意された。「その傘を持ち出すことはできませんよ」
「なぜですか? これは僕の傘ですよ。外はひどい雨なのに‥‥」
とにかくだめなのだ。傘は駅で預かるという。次に乗車するとき、返してもらえる。
「本当にどうしてなの? 乗車するときに返してもらったところで、電車の中で傘は必要ないでしょう」
「必要ないのなら、駅でずーっと預かっていることもできます」
その自転車に鍵がかけられてないのを見て、僕は盗んだ。目撃者は大勢いた。「借りるだけだ」と彼らの前で言った。
100メートルほど走って、また別の、鍵のかかっていない自転車を見つけた。それに乗り換え、また100メートル走る。すると、オートバイがあった。
キーはついてなかったが、跨がると、動き始めた。エンジンはかかっていない。なのに、すごいスピードだ。
夕日に向かって、僕は走った。しばらく走った。あまりにも眩しかったので、Uターンした。すると、僕の正面に、朝日があった。
今度はその朝日に向かって、走った。眩しさが我慢できなくなるまで、走りつづけた。
王様と話す機会が与えられたのに誰も話しかけようとしない。僕は床に落ちていた挽肉を拾い集め王様のところに持っていった。そしてカレーの話をした。王様もカレーが好きなんだそうだ。
付き人がやってきて僕の挽肉を下げた。それと同時に厨房から挽肉のカレーが運ばれてきた。僕の挽肉が使われたわけではないことはわかった。しかし王様と一緒に食べるカレーはおいしくて、僕は与えられた機会を最大限に活かすことができたとわかった。