2018年4月22日

 サングラスをして空を見上げたら、白い真昼の月が見えた。月には僕の顔が映っていたので、月は意外と近くにあると知れた。目を背けて歩き始めると、月はもっと近くまで降りてきて、僕の後をついてきた。糸を繋いで、繁華街を抜ける間は、半透明の風船のようだった。




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2018年4月21日

景気が先か、株価が先か

 バルコニーの椅子に座って星空を眺める夢を見た。満天の星。雨なのに。夜の夢は珍しいので記録してしまう。上の階のカップルが何かをくれた。隣の人がやってきて僕の部屋から何かを持っていった。

 ☆  
鶏が先か卵が先か。景気が良くなったから株価が上がるのではなく、株価が上がったから景気が良くなる、ということも考えられる。無理矢理に株価を上昇させることで、景気拡大を狙ったのがアベノミクスだったが、それもここまで。財政は悪化しているので、次に株価が下がったときに、打てる有効な手段はあまりないだろう。そして景気が良いから株価は上がると考えている専門家たちの多くは、予想もしていないことだが、株価はちょうど今、下がろうとしている。
 僕は最近は株取引で生計を立てている。絶対とは言い切れないが、これから株価は下落し、そして景気減速が始まるだろうと読んでいる(世間の予想とは正反対に賭けているので、この予想が外れた場合、僕はホームレスになるかも知れない)。村上龍に遅れること数十年、経済で世界を読んでいく面白さに目覚めたところだ(やっと目覚めたところなのに)。

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2018年4月16日

銀色の

 流線型の超特急が四角い通勤電車に追突する夢を見た。超特急の運転士と先頭車両の何人かが亡くなった。駅に遺体が安置されている。運転士の遺体だけがなかった。駅から出ていく代替のバスは満員だった。




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2018年4月15日

野球部

 ピッチングマシーンが木製のハンガーを投げてくる。それを打ち返す夢を見た。問題の多い野球部の夢だ。甲子園出場は辞退となった。

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2018年4月12日

朗読する

 オーディションを受けに行く夢を見た。応募したつもりのない映画のオーディションの一次選考に通ったという知らせが届いた。二次を受けに学校の講堂のようなところへ行った。僕が到着すると選考はもう始まっていた。僕は他のみんなとは違う紙を1枚渡され、そこに書いてある文章を朗読するように言われる。それは台本ではなく、小説の冒頭部分のようだった。久しぶりにはっきりとしたストーリーのある夢だった。

 講堂には選考委員だけでなく、一般のお客さんも大勢入っていた。その中に古い友人がいて、僕に話しかけてきた。がんばってね、とか何とか。がんばるも何も、元々応募したつもりもないわけだし、しかもこれ、セリフじゃなくてただの文章だよ、今から朗読するんだ。大丈夫よ、と友人は笑って、甘いお菓子を半分わけてくれる。僕の順番がまわってきた。もうその文章をただ読み上げる気はない。その友人のことをみんなの前で話そう、と決めていた。




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2018年3月24日

空港

 夢の中の空港は何度か利用したことのあるチューリッヒ空港に似ていた。小さくて便利で、たぶん安全な空港。貧乏人が乗り継ぎ便を待って夜を明かすようなところではない。行き交う男女はみんなお洒落な格好をしている。その空港を裸で歩く夢を見た。パスポートもお金も持たず、僕は裸で飛行機に乗ろうとしていたのだ。




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2018年3月22日

 始まりも終わりもない、結婚式の夢を見た。和服を着た花嫁だった。花嫁衣装は、奇妙なまでに赤いのだった。新郎はどこにもいなかったが、気にする人はいない。大勢の人に囲まれて、僕は1人だった。誰もが何かを、待ちつづけていた。




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2018年3月 8日

トリケラトプス

 昨日見た夢を思い出して何かを感じることが、ここまで不可能なのはなぜか。それは僕が夢を言葉で思い出してしまうからだ。言葉なんてちっぽけなものを使って、誰かの心に何かを付け加えることができるわけがない。でも、いや、だからこそ、僕は喋り過ぎてしまう。子供の頃好きだった恐竜の話までを君にしてしまうのだ。




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2018年2月15日

真夜中の五分前

『真夜中の五分前』を初めて日本語の字幕で観た。何度観てもいい映画。「奪われるたびに、私は私でなくなっていく」と嘆いていたヒロインが、それでも与えようとする話。大切なものを。一緒に事故に合い、体は生き残ったものの、心を亡くしてしまった妹は、双子の姉からそれを与えられ再生する。結末がはっきりと示されていないため、生き残ったのは実は姉だった、と解釈してもストーリーは破綻しないが、素直にあれは妹だったする方が今の僕の気分には合う。

「美には何の価値もない」という詩を引用しておきながら、美しさには徹底してこだわった作品。主人公の男もハンサム過ぎて、日々のルーティンをこなしながら異国で孤独に生きる日本人、という部分だけに、かろうじて自分を重ね合わすことができる程度。でもそれでよかった。姉、妹、姉の恋人、妹の夫、という主要登場人物の全員に、少しずつ少しだけ自分を重ねて、僕は全員から何かを与えられた。言葉にすると、気恥ずかしくなってしまうほど大切な何かを。




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2049

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去年の秋、仏語の字幕で観た『2049』、観る前に上映日と時間をメモしようとして撮った写真。

家の前の溝に身を横たえて休んでいたら、家から人が出てきて頭から暖かい布団をかけてくれる夢を見た。目隠し状態でも、その人が誰なのかはわかった。



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2018年2月14日

 と思う

 と思って書きつづけている。現実に起きたことを、起きたとおりに記憶したくない。もっと夢みたいに。現実を夢として覚えておきたい、




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2018年2月13日

しりとり

 双子が「にわ」と「わに」で永遠にしりとりをつづけていく。「わに!」「にわ!」‥‥。どちらも一歩も引こうとしない。




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2018年2月 1日

じゆう

 最近ときどき僕は、自分では思っていないことを思ったり、感じていないことを感じたりするようになった。幸福感を感じているわけではないのに幸福だったりするのだ。どうにも説明しようがないが、感じないものを感じる。思わないことを思う。自由に。自由な感じを感じるわけではないのだが、自由に。




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何か

 夢でフランス語が出てくるようになればすごいと思っていたが、気づけば夢の中で僕はフランス語版のルー大柴みたいな喋りをしている。

 たぶん僕の中には僕が自分で思っている以上の何かがある。以上か以下か以外の何かが。

 他の誰でもない自分自身でありつづけることができる、と僕が感じるとき、僕はそう感じたままで、取り巻く世界と融合している。純粋に自分自身であることによって、僕は自分以外のものにもなるのだ。

 たぶん僕の中には僕が自分で思っている以外の何かがある。思ってはいないことを思い、感じてはいないことを感じるときさえある。それは幸福の感覚だ。




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2018年1月31日

滅亡する

 やれば破滅、でも何もしなくても滅亡、というゲームをしている。というかしていない。というわけで滅亡。



 ☆



 こういう夢。誰かの部屋に、大勢の人が集っている。やる気のないパーティーみたいな。僕はソファに寝そべり、寒いから窓を閉めてくれとフランス語で言おうとしている。でも言えない。寒い(フォワ)はわかる。窓(フネット)はわかる。でももう1つのF、閉める(フェルミ)が出て来ない。




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とりよせる

 こういう夢。誰と誰と誰なのかはよくわからないみんなの中には、直接の知り合いではない人も混じっていたようだが、その「みんな」と一緒に町中を移動している最中に、僕は書店に立ち寄った。僕は店員の1人と仲がよくて、眼鏡をかけて髪の長いその店員さんが、僕のために、雑誌のバックナンバーを何冊か取り寄せておいてくれたのだ。

 ☆

 心の中の、あまり大切ではなかった、小さな何かが、ものすごく少しずつ大切になっていくような気がする。




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2018年1月28日

負ける

 やれば負ける、けどやらなくても負ける、というゲームがあるとする。というか実際に「今ここ」にあるんだけど、僕はどっちを選べばいいのだろう。やって負けることを選ぶか。うーん、何もしないという選択肢もある。しかし何もしなかったとしても負けるのだ。



 負けるのは嫌だけれど、人生って結局そういうもの、と思って生きてきた。ただ変わったことが1つあって、それは負けるのがそんなに嫌ではなくなったこと。より投げやりな気持ちになってきたともいえるが。ただ負けるにしても、「負け方」というのがあるかも知れない。



 より見事(manifique)な負け方というのは、あるかも知れなくて、今更ながらではあるけれど、それを追求してみてもいいのではなかろうか。なんちて。

 ☆

 アパルトマンの一室であるとか、広場、通り、湖岸などに、大勢の人がいる、というのが最近の夢の傾向。それまでにはなかったこと。僕の夢では、何をするかではなくて、どこにいるか、場所が重要になっているらしいので、実生活でも何か変化が起きるかも知れない。というか起きている最中だけど、激変と呼べるような、もっと大きな変化が。




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2018年1月24日

たくさんになる

 あまりにもたくさんの人々のざわめきと、たくさんのキラキラする光と、たくさんの上り下りする道のせいで、1つしかない夏と、1つしかない湖までが、たくさんになってしまったような気がする、という夢の中では、いちど見ただけの夢でさえ、たくさん見たことになってしまう。




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2018年1月21日

ヒマ

 結局のところ、僕には時間がない。その代わりに暇がある。




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2018年1月13日

今年の初夢など

 フランス人たちとスルメイカを食べる夢が初夢だった。フランス人もこんなの食べるんだねぇ、イカってフランス語で何て言うの? なんて話しながら。正夢になったら面白い。

 まず左手の親指、次に右手の親指、次に左手の人差し指、次に右手の人差し指、と交互に爪を切っていたら、変わってると言われた。マニキュアでもそうだけど、普通は左(右)の指を全部やってから、逆の手にいく。そういう人が多いらしい。確かにそうかも知れない。

 フランス語は思考を加速するエンジン付きの乗り物。で、日本語はゆっくり歩いているみたいな言葉。フランス語から降りて、日本語で辺りを見回す、自分がどこにいるのかわからなくなる。

 昨日は19時間パソコンの前で仕事して、それで稼ぎはやっと3500円。




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2017年12月28日

余所者

 夢の中の飛行機は、伝説の鳥のように、足のないあの鳥のように、いつまでも飛びつづけた末に、異国に落ちた。僕はよそ者としてここに来て、よそ者として生活し、よそ者として去って行くのだろう。そしてまたどこかに、よそ者として辿り着く。




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2017年12月27日

鳩 天使 札束

 鳩が僕の顔を掠めて飛んでいくとき、羽が頬を叩いた。直後には天使だと思い込むことにして、2日後には札束で頬を叩かれたと思い込むことにしたが、4日後にはやはり鳩だ。なら初めから鳩で良かった。




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箪笥

 桐箪笥サイズのスーツケースを転がしながら、駅で時間を潰す夢を見た。そう話すと、知り合ったばかりの女性の、見覚えのない顔に、見覚えのある表情が浮かんだ。それでその女性が、古くからの知り合いであるように感じられた。




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2017年12月23日

安い

「ええっと、いい朝」 (Voilà…, bon matin.)

「安い? 」(Quoi?  bon marché?)

 僕は人を笑わせるのが苦手だけど、

「いい朝、グッドモーニングのつもりなんだけどフランス語で」

「・・・・」

 人に笑われるのは結構得意だ。




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2017年12月21日

夢で正座する

 アパルトマンは足らないものだらけ。英語とかフランス語でなら「この部屋は不足で満たされていた」なんて格好よく表現できるのだろうが。まずベッドの不足があった。つまりベッドがなかった。それとマットレスと布団が。そんなものあるわけがなかった。住むところがない僕が女友達の部屋に転がりこんだわけだから。とりあえずソファで寝ていい、と言ってくれた君。長旅で疲れていた僕はあっという間に眠りに落ちた。外国の映画の主人公たちのように服を着て靴を履いたままで。

 靴を履いたまま窮屈な姿勢で眠ったからだろうか、その夜は正座の夢を見た。大学の講座で正座について学ぶ夢だ。朝は君の方が先に目覚めていた。君の弾くピアノで目を覚ましたと言いたいところだが、実際に僕を目覚めさせたのは、キッチンのミキサーがガガーッと鳴る音。不吉な音。なぜ不吉なのかは後述する。僕はむくんだ足の匂いが気になった。「おはよう」

「朝食をつくったわ」と君が言う。

「僕のために?」

「そうあなたのために、手料理」

 ちなみにその「手料理」は昨夜も食べた。ウェルカムディナーとか言って君が出してくれた「愛情たっぷりの手料理」は野菜ジュースだった。それを料理と呼べるのか、それとも僕は本当は嫌われていて、それは1日でも早くここから出て行けというサインなのか、まぁ本命の彼氏に手料理だと言って野菜ジュースを出す女が世界のどこにいるかとは思うが、判断はまだ保留中‥‥




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昨日大学

 昨日のことを学ぶ「昨日大学」の講座で昨日正座について学んだ。そういう夢で説明が難しい。

 一昨日だったか、今冬初めてのオリオン座を見た。今年はオリオン座に気づくのが随分遅くなってしまった。オリオン座には悪いことをした。




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2017年12月19日

240時

 10年の時を11年かけて進むような、超低速のタイムマシンに乗って、ゆっくりゆっくりと、僕は2017年にやってきた。その年もやっと終る。ものすごくいろんなことが、ものすごくゆっくりと起きた1年だった。幾つかのものごとは、未だに進行中で、終る気配もないが、終る必要がないからつづいているわけで、それはたぶん、いいことなのだ。

 1日が240時間もあって、1日はまだ終らない、「終らない日常」っていうのではなく、そんな気分だ。




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夢と同じ

 現実の暮らしも僕個人のレベルでは夢と同じで、原因がガチで結果とリンクするちゃんとした物語など消えてしまって、脈絡もなくたまたま起きたことが、全然別の何かを引き起こしたり、孤立して何ともつながらず終ったり、そういうのも全部普通で、全部夢みたいだ、と思える。

 だけれど実際に見る夢はもっと支離滅裂で、ストーリーなんかないも同然なのだけど、それをできるだけまともな日本語の物語に翻訳してみる、そうすると次の夜には、もっと面白くて、もっと滅茶苦茶な夢が見られるのが嬉しいのだが、それと呼応して、現実の生活も変わってきて、以前ではありえなかったことが、普通になってきたわけだ。




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ラッキー

 僕が今お金を持っていないのは、今の僕にお金が必要ないからだ、と思う。必要のないものを求めても、それが与えられることはない。安っぽい金言に聞こえるけど、それが本当に必要なものなら、意識して探し求めなくても、そちらから勝手に、僕のところへやってくる。

 僕は自分の欲しかったもの、やりたかったこと、行きたかった場所、会いたかった人を、全部偶然見つけてきた。自分の欲しいものが自分でわかってない人は、それを手に入れることができない(@村上龍)っていうのは、論理的に考えれば真実なんだけど、僕の実感では違って、偶然何かを見つけて、それを手にした瞬間に、無意識の内に自分がそれを探し求めていたことに気づく、そんな偶然を奇跡と呼ぶなら、僕の人生は、奇跡の連続なのだ。

 何かを手にし、誰かと出会うことは、自分の内面を知ることにつながった。長い間生きていて、僕はようやく、自分がどんなことが好きで、どんな場所で、誰と一緒にいたいのか、つまりは自分がどんな人間なのか、そんな基本中の基本を知りつつある。

 自分を知るということは、自分のやりたいことを知ることだと思うが、自分のやりたいことを事前に知ることは、僕には絶対に不可能で、やれるようになってから初めて、あぁ、これがやりたかったんだぁ、などと間の抜けた感想を持つようになる。

「んだんだ、そう言えばオレっち、フランス語が喋りたかったんだよにゃー」僕はそういう、ある意味恵まれた、ラッキーな男で、つまり、僕が幸運なのは、僕に幸運が必要だから、なのだ。運なんか良くなくても充分以上にやっていける世間一般の人が羨むことはない。




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2017年12月18日

驚く

 町の至る所に「おどろき方」という看板が立っていて、どうやらどこかで、あっと驚く「おどろき方」を教えてくれるらしい。探してみることにした。




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人魚

 夢で、考えた。こんな夢を見た。ホントかウソか、眠っている人魚が近くにいると、人間は眠ることができないのだという。捕獲した人魚が目を覚まさないおかげで、僕たち人間は眠ることができない。そしてまた、蒼い肌をした人魚が網にかかる。男の人魚だ。彼も眠っているようだった。




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2017年12月14日

存在

 僕の知らない言葉を使い、ステージで何か話していた君が、突然英語に切り替えて、客席の僕の名前を呼んだあのとき。あれ以来。

 僕は、いる。

 あるいはそのかなり前、僕の知らない言葉を使い、ステージで何か話していた君が、最前列に座る僕に気づき、固まって言葉を失った、あの30秒間。それ以来。



 世界は存在することを止め、君と僕が存在になった。




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完全変態

 福岡からドゴール空港まで飛んだ。隣に座った若い女は確かに日本人だったが、フランスに近づくにつれ肌の色が白くなり、降りるときには完全な白人になっていた。よい旅をとフランス語で僕に挨拶し去っていく。たいしたものだなと思った。




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ベース・ソロ

 エルヴィス・コステロのライブに行く夢を見た。小さなライブハウスに。コステロだけ1人、なぜかベースを持って現れ、歌わなかった。

 クラシックのコンサートの夢だった。ここにもなぜか、コントラバスとチェロのオーケストラをバックに、低音だけを鳴らすピアニストが。これぞ夢。正に夢。低い音が大好きな僕は、発狂状態で、踊った。




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2017年12月13日

Il y a le diable au corps.

 僕にとって、嬉しいということは、驚くということだ。この2つはだいたい同じ意味だ。嬉しいことがあっても、そこに驚きがなければ、本当はあんまり嬉しくない。反対に嬉しくないことがあっても、そこに驚きがあるなら、少しぐらいの嬉しさも探せば絶対にある。

 イオンに買い物に行けば、食パンのことをパンドミーとわざわざ仏語で表記してある。漱石の『三四郎』を読めば、その中にフランス語が出てくる。肉体の中に悪魔がいる、という意味の文だ。嬉しいことがなかった日、イコールつまらなかった日、にはならない。驚きなら同じ場所にあったのだから。




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面白がる

 僕は面白くもないことを面白がるのは大得意だけど、面白そうに面白がるのは少し苦手なのかも知れないと思った。明らかに面白いことを面白がっているときにそれは特に顕著だ。面白がっているようには見えないのかも知れない。




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2017年12月 9日

5分ポーズ、5分休憩

 夢で、僕は画家だった。プロのモデルではなく素人を雇って絵を描き始めた。髪が短くて、痩せて、背が高い。



 アトリエはなかった。庭にイーゼルを立てて、モデルにポーズさせた。




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2017年12月 8日

移動する

 それは靄のようなものだった。「移動」はぼんやりとした形をとって、いつも僕のすぐ目の前を漂っていた。病めるときも、健やかなるときも。富めるときも、貧しきときも。ある日、気が向いたとき、それを手に取ってみたくなったときに、僕はそれにはっきりとした形を与えて、外へ連れ出してみる。行こうよ、と言ってみるのだ。さぁ。その一言で靄が晴れたときみたいに、遠くまで見渡せた。




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旅行者階級

 僕は旅行者階級の王子。僕は「移動」をつくり出す機械のようなものだと考えてみれば、移動が今の僕をつくり出したとも言えると気づいた。「誰かがどこかに遅れてやってくる」。その夢が正夢ならその前に移り動きつづけることだ。

「僕がその誰かをそのどこかで待っていたのかどうかは覚えていない」

 けど、そうだった。僕が移動してしまった後、遅れてそこにやってきたのは、「移動」そのものだった。「移動」が移動できなくなり、僕がそんな移動を置いて移動して‥‥。



 そこに残してきたプリンセス「移動」のことを思い出すとき、僕が思い出したのは結婚の誓いの文句だった。病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、って。




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遅れてやってくる

 誰かがどこかに遅れてやってくる、という恐らく何の意味もない夢を見た。Désolé du retard. 僕がその誰かをそのどこかで待っていたのかどうかも覚えていない。




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小さな声で言う

 夢を見た。広い部屋。僕は大声で、あらゆる方向に向かって、世界のいろんな国の言葉で、アイラブユーを言った。最後に、日本語で、「大好き」と言う。その言葉だけが、伝わらなかったようなので、僕は何度も、何度も繰り返して、小さな声で、好きだと言った。




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2017年12月 7日

チキン

 日本にいたときは、タンパク源として豆腐をよく食べていた。400gの豆腐を、椎茸や小松菜と一緒に茹でて、そのまま食べる。本当にそのままでよかったけど、変化をつけるために、味つけにキムチを使うこともあった。それでタンパク質が20g摂れるわけだ。

 カルシウム源としては、プレーンヨーグルトを食べた。これも本当にブレーンでいいのだが、トッピングに蒸したカボチャと、ブロッコリーと人参、それで400g、カルシウム400mgを、ペロリと完食できる。

 食後には濃い紅茶に、シナモンを入れて飲んだ。デザートはバナナやオレンジ、リンゴ。ミニトマト。アーモンド、クルミ。原則として肉は食べないことにしていた。お米やパンも、口にしない。

 パスタを茹でるのも、週に2回までにしていた。そのときだけは肉を食べないという原則を曲げ、鶏のもも肉を食べた。チキンはフランス語で何て言うんだっけ、と思いながら、でも調べることをしなかった。

 フランスにいるのにいつもそこだけ英語で、「チキン」をください、「チキン」を買いたいです、そうその「チキン」のサンドイッチです、と言うことになっても。




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青いバスタオルの精

 青いバスタオルの精がやってきて、私で体を拭けと言った。青い枕カバーの精もやってきて、私の上に頭を載せろと言った。そんな夢を見てしまうなんて、僕はついに気が狂ったのかと思った。

 遅れてやってきた緑のバスタオルの精も何か言ったけど、聞きたくなかったので聞き取れなくてよかった。




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キセル

 家まで帰る金がないときには、いちばん安い、140円の切符を買った。それで電車に乗って、沿線に1つだけある無人駅で降りる。改札はない。降りる人もない。吹く風が冷たい。周囲に人家なんてないんだから当たり前だけど、なら何でそんなところに駅をつくったのだろうか。とにかく、そこから頑張って30分も歩けば我が家なのだった。




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2017年11月30日

別人

 よく知っている人によく似た全然別の人が、映画に出ているのを見た。映画の中の別人は、僕のよく知っている人と同じようなことを言って、同じようなことをしていた。別人は主人公ではなく、映画もお粗末なものだったが、僕は目を離すことができずに、その別人が笑う場面で笑い、涙を流す場面では一緒に泣いていた。

 映画の終わりに、お約束の雪が降り出した。別人の登場シーンはもうなかったので、僕は主人公たちではなく、降る雪を眺めながら、全然別の場所で、別の日に起きた、別のことを思い出していた。




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動物のレム睡眠画像を検索して眺めている夢を見た。

 眠くなった。

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囁く

 外国で記者会見をする夢を繰り返し見る。外国語が苦手な僕には通訳がついている。もう1人の僕がどこか別の場所にいて、テレビに映る自分の姿を眺めている。そんな夢だ。僕はテレビの中の自分が発している言葉がまるで理解できない。隣にいる通訳の女性が僕の耳に囁き、テレビに映る僕に向かってまた別の言葉を投げかける。繰り返して見ているうちに物語は洗練されていく。




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言うことなし

 ゴミ捨て場で拾ったプラスチックの匂いがする真新しいスーツケースをわざと少し汚して、ドールとかスミフルなんかのバナナのシールでマーキングもして、準備はすべて完璧に整った。友達の1人はラテン語で何か書いて寄越すし、毎日届くフランス語の迷惑メールも気持ちを盛り上げてくれるしで、「もう何も言うことなし!」みたいな感じだ。




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血を流す

 坂道を上ったところにある病院で心臓の手術を受ける夢を見た。手術は1時間で終わり僕は鞄を持ってすぐ家に帰った。スーツを着て自転車に乗った若い男がそんな僕を見て驚き何か怒鳴った。「ありえない」とかなんとか、僕はその男に胸のL字型の傷から流れる赤い血を見せた。

 自分の足で移動するんじゃなかったら、それはずっと同じところにいるのとおんなじ、と僕は誰かに思わされている。建物の非常階段を2階から1階へ下りて、そのあとで貨物用のエレベーターで20階まで上がる夢を見て。




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2017年11月29日

経済損失する

 

事する以外にやることがない暇人が、朝から晩まで仕事して、休みも取らないので、たまにしか仕事をしない、本当の暇人である僕は、仕事場に行きづらい。

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奇跡が起きる

 たとえどんな小さなことでも、それが起きる前に起きるとわかるなら、それは奇跡だ。というか想像もしなかったことが実現するより、想像していたことがそのまま実現してしまう方が、驚きは大きい。そうなるだろう、そうなるような気がする、という予感は、いつも大抵外れてしまうのだから。そんなわけで僕は驚いている。それが実現してしまったことに驚いているし、それを何度もなんども思い描いていた自分にも驚いている。奇跡は起こるより前に、僕のところにやって来たのだ。見てて、今から小さな奇跡が起きるよ、と予告しに。




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2017年11月24日

ケーキ

 結婚式場のバックヤードには、客が食べ残したケーキが大量に放置されていた。まったく手をつけられていないものもあった。ある程度の量になったら、まとめて捨てるのだろうか、どこに?




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2017年11月23日

映画のオールタイムベスト10

 ずっと読んでいるブログに倣って僕も映画のオールタイムベストを10作品考えてみました。タイトルと、選考理由を一言。『汚れた血』と『ボーイ・ミーツ・ガール』は僕の中では同じ1つの作品という位置づけです。映画そのものも素敵だけど、これは日本語の翻訳が本当に素晴らしい。


『ブレードランナー』はディレクターズカット最終版とかじゃない、最初の劇場公開版を想定。続編の『2049』も良かったけど、あれは普通の「主人公が人を助けようと思って助けてそしたら自分が代わりに死んでしまった」話。「殺そうとした相手をやっぱり気が変わって助けてしまった」前作には遠く及ばないのです。



『風と共に去りぬ』(アメリカ・大昔)

「タラに帰って考えましょう」


『エデンの東』(アメリカ・1950年代?)

 ジェームス・ディーンの野生動物的な演技


『ディーバ』(フランス・1980年頃)

 主人公が娼婦を買うシーン



『汚れた血』(フランス・1980年代)

『ボーイ・ミーツ・ガール』(フランス・1980年代)

 若さと蒸し暑さの感覚


『機動戦士ガンダムI、 II、 III』(日本・1980年頃)

 ラストシーン


『ブレードランナー』(アメリカ・1980年代)

 殺すつもりだったけど土壇場で気が変わって助けてしまった


『吠える犬は噛まない』(韓国・2000年頃)

 女房にキレてトイレットペーパー転がすシーン


『恋する惑星』香港・1990年代

 好きな人から告白されたけど気が変わった


『真夜中の五分前』(中国・日本2010年代)

 原作とかけ離れた設定、まったく同じ世界観


『ベルリン 天使の詩』(ドイツ?1980年代)

 コロンボ刑事が天使だった件

 映画が面白いのは、駄作、イコール観る価値のない作品、にはならないところです。例えば僕の場合だと、まぁ二度と観る気にはならないけれど、『稲村ジェーン』はやっぱり観て良かったと思っています。反対にタルコフスキーの映画なんて、傑作なのかも知れないけど、別に観ても観なくてもどっちでも良かったと思うし。




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オレンジ

 フランスで、日本で、捨てられていたオレンジを拾って食べた。僕が待っていると、またオレンジが捨てられて、僕は拾って食べた。僕は再度待つだろう。




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2017年11月22日

動機

 答えなら初めから知っているのに、僕は自分になんでそんな質問をしたのだろう。なぜそうしたいのか、という自分の動機を、自分にさえ説明できないことが多い。僕はフランス語がもっと話せるようになりたい。なぜ? と訊かれても説明できないのがもどかしい。自分にさえ説明できないのがもどかしい。恐らくはその動機を知るために、僕はフランス語の学習をつづけている。質問を知るために、答えつづけているような節がある。

 行動は、動機の遥か前にある。行動しつづけることで、やっとその動機が見えてくる。やりたいことを説明することが、僕にはできない。だって僕には、自分がなぜそれをやりたいのか、わからないから。ただ僕は知っている。やりつづけることで、自分がなぜ、どうしてそれをやりたかったのかがわかると。今やっていることを、やりつづけること。心の中の時間は、現実の時間とは逆の方向に流れて、僕にいつかその秘密を教えてくれるから。




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2049

 帰国して、しばらく経って、ネタバレ解説的なサイトをいくつも見てみて、やっとあの映画のストーリーが理解できたところ。で、どうなの? とあのときの自分が、問いかけてくる。

 僕はフランスの映画館でブレードランナー2049を観た。仏語の字幕で観たんだぜ、とあのときの自分が、今の自分に自慢してくる。

 2049(ドゥ・ミル・カホント・ナフ)、ちゃんと通じたよ。アジア人の客は僕1人という劇場で、キップ売り場のお姉さんから、頑張って3Dの眼鏡を買ってさ。

 終わったのは深夜。真夜中の5分前か後か。古いヨーロッパの暗い町並みが、劇中の風景にだぶって見え、5分ほど歩いて部屋に戻る間も、映画の夢が覚めることはなかった。

 アパルトマンのエントランスの、ロックを解除する4桁のコード、まだ覚えている。捨てられていたオレンジを拾って食べた。1か月前の自分が羨ましい。




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感情

 心の目で見ただけの夢を覚えているのは難しい。

 僕は体の外へ外へ出て行こうとするイメージを追いかけている。最初僕は、僕の体の外側にも、僕の感情はあると信じていた。行き着いたその場所で、僕は何を思うだろうと、暢気に考えている。ところが、そのイメージが僕を導いたその場所に、感情はないのだ。「唖然とするような」などという感情すら存在しない場所に僕はやってきて、どうしようもなくなって、元いたところへ戻ろうとする。しかしその、僕が元々いたところに置いてきた、僕の感情は、変化している。そもそも、僕が本当に覚えていた、僕の感情って、どんなものだったろう? 君の音楽を聴くときに、僕が感じているのは、そういうことだ。




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盗塁する

 一塁から二塁へ盗塁する夢を見た。僕の左足は伸縮自在、最大10mまで伸ばすことができるので、リードする必要がない。盗塁するのに便利だ。

 時間はたくさんあるようでない。夜明けまで1時間、赤や青の、点滅する信号機以外、すべての明かりが消えた町を歩いた。

 町の写真を撮る夢を見た。町のカフェで画像を見返していると、撮ったはずの写真が消えていた。行った覚えのない町に僕は行き、撮った覚えのない写真を僕は撮っていた。見た覚えのない夢を僕は見た。




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2017年11月18日

BJ気取りのヤブ医者に

 女友達のまだ幼い子供が病気で入院した。実は僕も赤ん坊の頃、同じ病気に罹ったことがある。それをその友達も知っていて、真っ先に僕に連絡をくれた。後に『ブラック・ジャック』にも登場することになる原因不明の奇病で、根治は不可能、僕は死ぬと言われたものだ。



「とりあえず寝かせておきましょう。運が良ければそれで治ります。運が悪ければ死にます」と言う医者に、両親が「この糞ヤブ医者、お前が死ねよ」とキレたのかどうかは知らない。しかし当時は寝かせておくしかなかったのだ。その病気の原因は50年経った現在でも未だわからず、従って根本的な治療法もないのだが、今はその病気で死ぬということはほとんどないらしい。症状を軽くする薬もできた。



 医学の進歩とはそんな対症療法の進歩なのだと思う。病気を治すのに魔女に頼っていた時代と、何が違うのかわからない。



 確かに、たしかに人の死は遠くなった。僕は強くなり、君は滅多なことでは死ななくなった。それでも、この21世紀では矢鱈にはないことだが、僕たちは死ぬ。そう明日にでも、簡単に。寝てる間に。医者の言うとおりに、僕たちは超ものすごく運が悪ければ死ぬのだ。




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デパート

 閉店後のデパートに勝手に入り込んでパーティーをする人たちの夢を見た。催事場で劇が始まった。仮面をつけた若者と、マネキンが会話する。

 夜、ぼぉっと光る湖の夢を見た。短い夢。目覚める直前に見た。手摺にもたれてその不思議な光を見ていた。

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2017年11月16日

真理教

 気づいてしまった。毎晩見る夢はきっと、どこまで行っても、僕は僕であることから逃げられない、ということを暗示している。アンにシメしている。それは、真理なのかも知れない。が僕はそのことに、異議申し立てをするつもりだ。知ったことか、ふざけるなと言い捨てて、行けるところまで、どこまでも逃げて行く。いろんなものを残したまま、ものすごく遠いところまで行って、二度と戻りたくないのだ。




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