詩集どうでしょう?
詩を書いて出版しました。
車は透明なセダンだった。シートだけが透明ではなく目に見えた。シートはどれもこれも白かった。噛み砕けそうなほど大粒の雨が降っているのにどのシートも濡れていない。透明なルーフが雨を遮っているからだ。
真っ二つに割れた雨粒を透明な車の透明なタイヤが轢き潰す。その上を誰も座っていない「シート」が通り過ぎる。
僕は縁石に腰掛け道行く人々や車をずっと眺めていたことを覚えていない。でもそうしていたのだ。
ここで影というのは物体が光を遮る影ではなく、音を遮るときにできる沈黙だった。僕はその沈黙=影の中に入った。強い光が当たったままだった。その光の来る方向に、僕は一歩一歩進んだ。沈黙がどんどん明るくなっていった。辿り着いた光源の中に、ピアノを弾く君がいた。
たった1人のピアニストに、ピアノが3台用意されていた。いや、1台はオルガンだった。ピアニストはその3台を往復しながら、1つの曲を演奏している。会場は満席だ。僕は最前列のシートのさらに前に立ち、ステージにかぶりつくようにして、演奏を聴いた。後ろからは苦情が来たが、無視した。
そのうちに彼らは、手にしたパンフレットを丸めて僕を叩き始めた。応戦しようと振り返った僕は、そこで初めてコンサートホールの全体を目にした。会場は大きな書店だった。(叩くためのパンフレットが書架に並んでいる。)
ステージに目をやると、様子が変わっていた。何かの拍子に、ピアニストは楽譜を落していた。それはステージ中に1枚1枚ばらけ、散らばっていた。僕は舞台に上がり、ピアニストと一緒に、楽譜を拾った。
床の上に直接、電子キーボードが置かれていた。僕は正座をして、何曲か弾いた。けれどピアニストは正座ができなかった。ハイヒールを脱げばいいのに、と思う。しかしそうはせず、四つん這いになって、弾いた。
タクシーでホテルまで行った。部屋に入りラジオをつけた。もちろん現地語であった。賑やかな言葉だ。出演者たちが何を喋っているのかさっぱりわからなかった。
ときどき音楽がかかった。レコードではなくスタジオでの生演奏のようだ。それを聴きながら誰かが僕を探しにくるのを待っている。
探しに‥‥?(僕は決して逃げ隠れているわけではない)
期待していたのとは別の人が僕を迎えにくるまで、僕はそのホテルの部屋でラジオを聴いていた。
「ここで何をしていたの?」とその人は訊いた。僕は読めない字で書かれたメモを手に持っている。タクシーの運転手に渡したメモだ。
「それ、ここの住所じゃないよ」とその人は教えてくれる。
その人の家はビニールハウスだった。家の中には入れてもらえなかった。なぜかはわからない。恥ずかしがっていたのかも。
外から家の中を見た。見るなとは言われなかったのでもっとジロジロ見た。
庭にテーブルと椅子が出してある。僕はそこに座った。その人は家の中からお茶とお菓子を持ってくる。お茶を淹れている様子が外から見えた。
女房が死んだ。子供が残された。僕の子供なのかはわからない。女房はずっと浮気をしていたから。
葬式のあと女房の、最後の浮気相手が家に来た。そして僕たち結婚しませんかと申し出た。同性婚。狂った世の中になった。僕にホモ気はない。
しかし彼は本気だった。女房に近づいたのも、僕が目当てだったとゲロった。彼は金持ちだったから、どうしようかと僕は悩んだ。
彼は金属の細長い切れ端を、ネックレスにつける飾りにしていた。これは電気を通さないんだ、と彼は言った。絶縁体って言うんだ。電気を通さないから何だ、と僕は思った。
彼はそれを僕にくれると言う。僕は受け取って、財布の中にしまった。それで僕たちは夫婦だった。離婚するときはその絶縁体だか何だかを返せばいい。
帯電してしまったらどうだとか、ホモのしきたりなど知らないさ。
証書が、ガラスの、鍵のかかったケースにおさまっていた。それを取り出すのに、「力」を使った。僕は手のひらをかざしただけで、ガラスを割ることができる。証書を手にした僕。ガラスの破片は、空中に浮いたままだ。
黒い犬が、その様子を見ていた。たった1人(1匹)の目撃者。
ラジオをつけると、男性の声が聞こえた。彼は国民的アイドルグループの一員だ。「どうして僕たちが楽器の演奏ができるかわかる?」彼は話していた。練習したからだろう、と僕は思った。
「いつ練習したのか、ってことさ」
時間があるときに、だろ。
「その時間をどうやってつくったのか、ってことなんだな」
そこで彼らが自分たちで作詞作曲したというヘンな歌が流れた。
僕は犯罪者である。罪を犯して逃げている。
車を運転しているのは共犯の友人だ。助手席にもう1人の友人、僕は後席に座っている。友人の家に着いた。ここで車を乗り換え、さらに遠くまで逃げる。
友人の車は外車だ。ジャガーだった。韓国では珍しい。しかも色はピンク色だ。こんな目立つ車で逃げるのか。懸念を表明した。
平気さ、と友人は言った。空を見てみろ。空がどうした。雨が降る、この車は濡れると、色が変わるのさ。
雨に濡れると何色になるって言うんだ、そうか、虹色か。
ははは、誰が上手いこと言えと?
友人の家から1人誰か出てきた。その人も車に乗ると言い、僕は撃たれたような気がする。いや違う。僕は自らの意志でトランクに隠れて乗ることにしたのだ。毛布にくるまって、死体のように。友人たちは僕の決断を賞賛した。
何かから逃げるようにして、僕らは山に登っていた。追い立てられるように‥‥いろんな山に登ってきたが、そんなふうに登るのは初めてだ。
山道には丸い木のテーブルが設置されていた。どのテーブルの上にも料理が乗っていた。世界各国の料理が、みごとな盛りつけで。
料理は厨房から出てきたばかりのようにアツアツだ。
しかし誰も見向きもしない。
きっと何かの罠なのだ。巧妙で、恐ろしい仕掛けがそこにはあるのだ。
そう気づいた僕は、山道ではなく、テーブルの上を歩くことにした。靴で皿を踏みつけて割る。
それを見た年長者が、食べ物を祖末にしてはいかん、と僕を叱った。
初めてのデートだった。入念に下見をしておいたスポット。たくさんのお店があって、見ているだけでも楽しい。1人でも楽しい。最後にもういちど、下見に行くことにした。やはり最高に楽しかった。でもやがて飽きてくるのだろうか。
好きな女の子を、そうなってからデートに誘ってもいいのだ。
オートバイレース。疾走するマシンを追いかける。文字通り走って追いかけ、ゴールするライダーを捉えた。
大きく引き延ばしたプリントを、そのライダーに届けた。「すごいなコレ」と彼は言った。
「あんたはたいしたカメラマンだ」
「そうですね、あなたもすごいライダーマンですよ」
同業者は自分のことをカメラマンとは言わない。
「じゃなんて言うんだ?」
「フォトグラファー」
マジックミラーだ。今もその鏡の前で誰かが髪を梳かしている。彼らは鏡の裏側から見ている。ときどきシャッターを切る。
「でも、あんたは違うんだな?」
「違いますね」
一緒に遊ぼうと言ってくるのは人間の子供に変身した3匹のセミだ。「時間がない」と僕は答えた。
「僕らにはもっと時間がないよ」
「セミだし」
そう言われると弱い。僕は美術館で絵を見ていた。「そんなのいつでも見れるでしょ」と言われればそうなのだ。
展示室の前にあるカフェの入口には扇風機が3台設置してあった。3人の子供たちに僕は言った、「これを1台ずつ使えばいいよ」
「この前でミーンミーンミンミンミンって言ってごらんよ」
「ミーンミーンミンミンミン」
「宇宙人みたいだろ?」
エフェクトがかかってさ。セミたちは大喜びだ。
夢の中で
If you be in my life
If you be in stop
と僕は歌っていた。どういう意味だろう。起きてからグーグルに翻訳させた。be はいらないように思うけど。
もしあなたが私の人生の中にいるなら
もしあなたが立ち止まるなら
それをもういちど英語にしてもらった。
If you're in my life
If you stop
でも夢の中で僕が歌おうとしていたのはこういうことだ。
I were in my life, then you stopped.
私の中にいる私を見て、君の中にいる君は立ち止まったのだけど(意訳)
World stopped,
世界は止まり
Time has stopped.
時間も止まったのだけど
I didn't stop.
私は止まらなかった。
ゴミを出すのに、百円を払う。河原に、そのための処理施設が今日完成したばかり。高い煙突から有害そうな黒い煙を吐いている。自宅のすぐ前だ。
記念すべき最初のゴミを出すのに、住民が前日から並んでいた。僕も並びたかったが、肝心のゴミがなかった。
町じゅうゴミを探した。しかしもうゴミはどこにもなかった。
家の中を探した。心当たりがあった。僕は
絵を描いていた。建設中の処理場の絵だ。毎日描いていたのだが、ついに完成しなかった。
処理場の方が先に完成してしまった。この絵はゴミだろうか。わからない。今日のところはまだ違う。
しかし明日から完成した処理場の絵を僕が描き始めれば、そうなるだろう。
とても明るくて、狭い、誰もいない道を歩いていると、真っ暗で、開けた場所に出た。
そこには、黒っぽい服を着た人たちが、アリのように暮らしている。
僕は裸だった。明るい場所にいたときは気づかなかったが、僕の体は、弱く発光していた。人々が、その光にひきつけられ、僕の周りに群がってきた。
トイレに掛けてある絵は毎日替わった。誰が何時に替えているのか。おそらくは夜中であった(サンタクロースのような妖精がこっそりと‥‥)
僕は深夜の零時にトイレに入った。ふと見ると絵はなくなっていた。どこへ行ってしまったのだろう? 気にかかってその夜は何度も何度もトイレに起きた。トイレに絵はなかった。家中の明かりを点け、あちこち探した。しかしなかった。そこは僕の家ですらなかった。
未知の惑星の地表を探査しに出た。ついさっきも出たような気がするが、もう覚えてない。数時間前歩いたような気がする場所を、同じように歩いた。来たことあるよなぁ、と思いながら。
探査を終え、宇宙船に戻る。そうすると僕は、もういちど地上に降りるように命じられる。さっきの探査のことは、誰も覚えてない。
その前にトイレに行きたい、と僕は言う。
宇宙服を脱いで、ウンコをする。そのとき僕は自分が何かを抱えていることに気づいた。大事そうに、何かを。それが爆弾であると気づいて、ウンコと一緒に流した。幸いにも流れてくれた‥‥
リンゴの皮を剥くようにして、靴を剥いていた。靴はコンバースのスニーカーだ。コンバースは皮を剥くと食べられるという話である。
喫茶店でコーヒーを注文した。君は何か食べるものも欲しいと言ったが、僕らにはカネがなかったので、靴を片方だけ食べることにしたのだ。
「こんなに安いスニーカーなのに、食べられるって得だね」
そこに古い知り合いがやってきた。大学生の頃していたバイトの先輩だ。僕は皮を剥いた靴を持って挨拶にいった。一緒に食べませんか、と誘うつもりだった。しかし彼は僕の顔を見ても、僕が誰だかわからないようだった。
彼は昔とちっとも変わらなかった。少しも年を取っていないようだった。性格も変わってなかった。
「ここに靴を食ってる貧乏人がいるぞ」
店中に響く大声で言って笑う。だがその笑い声は、僕を悲しくはさせなかった。誰の心の中にもネガティブなものを呼び起こさせはしなかった。若かりし頃が懐かしくなっただけである。
小さかったころ、僕は妹を置き去りにしたことがある。隣町の公園まで手をつないで連れて行き、「さよなら」と言った。子犬を捨てるようにそこに捨てた。
1人で家に帰った。妹を捨ててきたことを話すと、僕は怒られた。そこで少し記憶が飛んでいるが、脳挫傷を起こすくらい殴られたか何かしたのだろう。すぐに僕たちはその公園に向かった。両親は心配していた。人さらいにあったかも知れない。
しかし妹は無事だった。
妹のそばには妹にそっくりのもう1人の女の子がいて、2人は何かよくわからないことを話していた。
その日妹が1人増えたのだ。僕はこの話を双子の妹たちに何度話して聞かせただろう。
「三千年」のチケットが飲み会で配られる。三千年。中国三千年のなんたら、って触れ込みのあれだ。僕が受け取った1枚は鍼灸の無料券だった。宿泊していたホテルの部屋に鍼灸師がやってくる。「ギックリ腰にならない体にしてください」と僕はお願いした。
廊下で、隠れてお菓子を食べているところを、見つかりそうになった。
エレベーターで逃げようとしたが、人が乗っているようで、非常階段の方に回った。
上から、足音もなく、1人の女性が下りてきた。その人の体はなく、頭部だけが、空中に浮かんでいた。
「あなたは幽霊ではなく、妊婦なんですよね」と僕は言った。
相手が何か言う前に、早口で、「妊婦さんで、体が重いんで、そうしてるだけですよね」
さて、と‥‥
僕は念のため、女の体のある辺りを、まさぐってみた。
3階から階段を人が下りてきた。顔を見ると女の人だった。顔は宙に浮いているように見えた。首から下の体はなかった。あるいは透明だった。
その人は近づいてきた。
あまりにも不思議だった。それでその女性の体のある辺りをまさぐった。失礼だとは思ったが、そうせざるをえなかったのである。
するとわかったのは、その人は妊婦だった。お腹が膨らんでいた。きっと重いのだろう。軽くするために、体を消した。
そしたら化け物になってしまった。
卓球愛好会。部活ではなく、愛好会を、僕はつくった。活動場所がなかった。担任の先生と相談した。音楽の先生だった。「音楽室の、ピアノの前に、卓球台を置いてもいいわよ」
優しい先生だった。「メトロノーム代わりに、卓球を打ってもいい」と言う。
愛好会は卓球部より大きくなった。それでも顧問の先生はいなかったし、大会にも出なかった。卓球部の連中が練習をサボって、ときどき音楽室に来た。
女房が出産した子供は、タツノオトシゴのような姿をした超未熟児。水槽に入れられた赤ん坊を見ている。
プランクトンを餌として与えられ、赤ん坊はタツノオトシゴとして育つ。その晩の僕、布団をかぶって寝た僕。夢の中で、鮭と戦っている。鮭はタツノオトシゴの天敵である。
バスの停留所に着くまで、長く歩いた。ベンチに腰掛けると、汗が吹き出てきた。僕は上着を脱いで、脇に置いた。
友達と話していた。ここからバスに乗るより、この先の駅まで、もう少し歩いて、地下鉄で行った方が、早い。そして安い。駅は、地図によれば、すぐそこだ。
僕たちは立ち上がる。また歩き出す。すると上空の人工衛星から、警告があった。大きな声が、雷のように落ちた。「バス停に上着をお忘れです」というものだ。
会場は巨大なホールで、どこにステージがあるのか、遠すぎて見えないほどだ。
客席の通路を、獅子舞が練り歩いている。
そんな夢を見た。
ジャーナリストの友人と一緒に音大の学園祭の取材へ行く(註・実際にそういう予定があります)。
在校生とOBたちが、オリジナルの歌劇(オペラ)を演る。韓国・朝鮮に伝わる怪談を元にした話らしい。
未だに韓国語のよくわからない僕は、観客の奇抜なファッションがやたら気になる。
そう、キテレツなのだ。尻が丸出しだったりする。尻に漢字が刺青してある。
韓国人はいつも、どこでもコンサバなのに。
僕は尻の文字を読む。それは意味をなさない単語の羅列だ。
その人の服は、一見よくあるビジネス・スーツだったが、背中を見ると変わっていた。ジャケットとスカートが一体になったものだった。みんな、そうなのだ。集まった人たちの服装を見ると。前は普通。しかし後ろから見ると‥‥。尻が丸出しになった人もいた。そんな中僕だけである。後ろから見て普通の服を着ているのは。
スーツの女性の隣に座る。僕は毛布を渡された。これで体を覆えというのだろう。僕は何の変哲もない服を、隠さなければならなかった。毛布のせいで、椅子からずり落ちそうになった。
階段を上がって、女たちが僕に会いにくる。出発の挨拶にくる。
僕は「気をつけて」などと1人ひとりに声をかける。
「行ってきます」「気をつけて」「はい」「また今度」
着物を着た上品な女性がやってくる。彼女で最後だ。
が、彼女は泣いている。挨拶の言葉が声にならない。
代わりに彼女が腕に抱いた猫が、ニャーニャー言う。
「今日から部屋が1つ使えなくなる」と母は言った。
使えなくなるって、どういうことだろう。
2階にある、4部屋のうちの1室だ。どこの部屋が使えなくなってしまったのだろうと、僕は探した。
結局どれかわからなかった。でもおそらく、母が言っていたのは「秋」を表現した部屋だ。そこは冬のようになっていた。壁の掛け軸は破れていた。吹き荒れる冷たい強風。
そこに狂った誰かがホースで水を撒いている。
音を聞いているだけで耳が千切れそうだ。
営業中のスーパーの一角で、そのコンサートは開かれた。ピアノに合わせて、ボクらは歌った。
「東 西 南 ボク」
東を向いて「東」、西を向いて「西」、南を向いて「南」、北を向いて「ボク」
花束を買おうとする買い物客が、それを僕の前に持ってきた。「ハサミ持ってるかしら? この花を切り落としてほしいの」
「花を切るんですか? どうしてまた?」
「私は、花が嫌いなの」
僕が空手チョップをすると、花は落ちた‥‥
僕はその花を持って、ピアニストに会いに行く。
6人掛けのテーブルについたのは、僕と、プーチンに似た男の人だけでした。
豪華な食事が、6人分用意されていました。プーチンは醤油の瓶を手に取って言いました。「これは醤油ではない」と。「毒薬だ」そして自分の料理にそれをかけて食べ始めたのです。
「ええっ?」
「お前もかけて食え」
「やですよ」もちろん嫌です。嫌に決まってます。
すぐにプーチンは床に倒れました。毒がまわってきたのでしょう。しばらく苦しそうにしていたが、やがて動かなくなりました。
屋外での映画上映会。僕らは立ったまま観ている。公園とも空き地とも違う、繁華街の中商業ビルの谷間、唐突に何もない場所がありました。異界でありました。
とはいえ雨は降るのです。友人たちは濡れるのにも構わず観ていましたが、僕はその場を離れ、屋根の下に座れる場所を探しました。
映画のつづきは、友人がスマホに中継してくれてます。
(゜゜)
雨が上がり、僕はスクリーンの前に戻りました。観客は誰もいませんでした。映画が終わったわけではなくて。僕は平行する世界のどこか、違うスクリーンの前に来てしまったのです。
僕のスマホには、友人が撮った映像が送られつづけています。(そこでは、また雨が降りだしたようでした。)
ホテルの広い寝室だった。ダブルベッドが2台。その向こうにシングルのベッドがあって、僕はそこで寝ている。
その隣にもベッドがあって、そこには妹が寝ていた。
僕は横になっていただけで、ちっとも眠れないでいた。
朝の4時だった。もう起きてしまおう。起き上がった。そうすると妹も目を覚ましてしまった。
「どこに行くの?」と僕に訊いた‥‥
「トイレ」
僕は廊下に出た。そこは明るく、たくさんの人がいた。皆、肌が白く、ひどく痩せている。
僕が「すごく痩せた人たち」と意識すると、彼らはますます細くなり、糸のようになって消えてしまう。
サンタクロースが枕元に立って、「お前にプレゼントをもってきたぞ」と言った。僕は薄目を開けた。まだ10月だった。
「何をもってきてくれたんですか?」
「ユーノス・ロードスター2+2だ」
「すごい、4人乗りなんですか?」
「それにタイヤをオマケでつけておいた。1億円のタイヤじゃ」
「タイヤが1億円って、どういうことです?」
僕は完全に目を開け、起き上がった。しかしサンタクロースの爺さんは消えていた。
‥‥
玄関の扉を開ける。そこにクリーム色のオープンカーはあった。近所に住む友達が、既に何人か集まっていた。
「どうしたんだよ、これ?」
「ユーノスのホイールベースを伸ばして、4人乗りにしたのか。でもスポーツカーじゃなくなっちまったな」
「本当にすごいのは、そこじゃない」と僕は言った。「このタイヤを見てみろ」
僕は、両性具有の妻たちと暮らしている。妻たち‥‥一夫多妻なのだ。女であって女ではない彼女たちとの生活。
彼女たちの前で、僕は服を着ることを許されない。トイレにドアはない。
ときどき、彼女たちは僕をいじめる。男になって暴力的に、女になって精神的に。彼女たちはそれを「愛」だと言う。
先生が風邪を引いたので今日の授業は運動会になった。5つのチームに分かれて競い合えという。各チームのリーダーと副リーダーの名前が黒板に書いてあった。メンバーに誰を選ぶかはリーダーの自由。先生はもう家に帰って寝るという。
僕は第5チームのリーダーだった。
副リーダーは大谷くんという、スポーツ万能の少年だった。リトルリーグのエースで4番。このチームには下手にメンバーなど加えなくていいと思った。全種目大谷くんに出てもらえばいい。リレーも彼1人で走ればいい。彼がいれば優勝は間違いないだろう。
トイレに行った。となりのクラスのやつらがいた。「いいな、お前のとこ、今日運動会だって?」と彼らは言った。
午前3時にホテルをチェックアウトする。そのときベッドを抜き出してフロントへ持っていかなければならなかった。このホテルではそうなのだ。チェックインのときルームキーとベッドを1台受け取り、部屋まで運ぶ。そしてチェックアウトのときにフロントへ返す。なかなかの重労働だ。慣れない人は部屋に入るまで1時間以上かかってしまうだろう。
手の届かないくらい高いところにTシャツが干してある。もう夜中だった。取り込みたかった。Tシャツにはキムタクの顔がプリントしてある。ハウルだったかも知れないがわからない。まぁどちらでも同じだろう。
台に使おうと思って僕は段ボールの箱を持ってきた。その段ボール箱にもキムタクの顔はプリントしてあった。僕が乗ると箱は潰れた。部屋の中にはキムタク本人がいたので、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
箱の中に手を突っ込んでいる男が困り顔で僕を振り返った。困っている演技だとしてもそれは相当なものだった。実際困っているのだろう。まぁ手が抜けなくなったか何かだろう。「どうしたんですか?」と僕は声をかけた。
「お金が出て来ないんです」と言う彼の言葉は意外だった。
「は?」
「お金が出て来ないんですよ」
「えー、えー、なぜこの箱からお金が出てくると思うんでしょうか?」
「私がこの箱に手を入れたからです」
「‥‥」
困った。
「えー、じゃあですね、僕が代わりに箱に手を入れます。何が出てくるかみてみましょう」
なんと、1万円札が出てきた。
「私の1万円です」
「えっ‥‥ああぁ‥‥、そうなんすか」
写真の現像を頼んでいる。とりあえず全部のネガをプリントしてくれと言った。海辺の写真だった。
「でも水着の女性が写ってないじゃないですか!」と写真屋のオヤジは言った。
「いいんだよ。僕の写真はアートだ」ピンボケも、狙ってやってることだ。
「変な人ですねぇ。女に興味がないなんて」
「これもプリントしてください。岩が写ってるやつ」僕はネガを見ながら言った。
『未来』という灰色のノートに日誌を書いている。
ノートには漢字で「希望」とたくさん書かれている。
(希望的観測かよ。)
ヘタクソな字で。
僕はノートを盗み見したのだ。
それはよくないことだった。
NASAの職員が地球を観測している。
観測ノートに、僕は一言「永遠」という字を書き入れておいた。
彼はその言葉の意味がわからなくて辞書を引いている。
町の中心部で1時から3時、郊外で5時から7時。2つのコンサートを観劇する予定で、僕は電車に乗った。中央駅で乗り換え、さらに町の中へ入った。中へ進めば進むほど、熱気のような空気の圧力が強くなり、電車の進む速度は、ゆっくりゆっくりになった。
やはり、都会はすごいなぁ。空気の壁のようなものに阻まれ、駅でもないところで電車は止まった。コンサートホールまでは、歩けない距離でもない。僕はスマホの地図アプリを見ながら、圧に抗って、前に進もうとする。
すると前から、巨大な野犬が一匹、そして巨大な野良猫が一匹、二足歩行してきた。人間の言葉を喋る彼らの会話で、コンサートがもう終ったことを僕は知った。
時計を見る。もう3時半。あぁ、中心部では、時間の進み方も違うのだ。
慌てて戻る。自動販売機が使えなかったので、駅員から切符を買う。
「臭町キノコ駅から、外縁タケノコ駅まで、片道、1万800円です」
「臭町ですって?」
身長3mの駅員は、確かにそう言ったのだ。
医者の友達にボランティアへの参加を要請した。「何のボランティア?」と彼女は訊いた。
「えーと‥‥」
「うん、訊いて悪かった。アイムソーリー。何のボランティアであれ、私は断る」
「あのね、これ挨拶の決まり文句なんだよ。ファインサンキューって返すのがマナーなんだよ」
「知らなかった。じゃやり直し。ファインサンキュー。で、あんたもボランティアに参加するでしょ?」
そう。昼休み僕たちはランチに行く。
僕たちはソファの中に潜んでいる。巨大なソファだ。(僕たちが小さくなったのかも知れない。)
ソファで僕たちはヤッていた。途中で君が男だと気づいた。
するとソファが大きくなって、僕たちの過ちを隠そうとしたのだ。たぶん。
壁時計の針はモヤシだった。ある時ぐにゃりと曲がって、そのままだった。そのうちに腐って、いよいよ時間がわからなくなる。君は新しい、シャキッとしたモヤシを取りつける。
「秒針にモヤシを使うのはさすがにどうかなぁ」と僕は言う。君は聞く耳を持たない。いや僕は本当に口に出したのだろうか。その声は頭の中で響いている。
日本は大西洋上にあった。いつの間に場所を移したのだろう。ここならヨーロッパに行くにもアメリカに行くにも便利だ。
僕はNYに行き、パリを経由して、日本に戻って来る。
そのうちに日本の近くに、小さな島ができた。パリからの帰りに寄ってみると、そこには韓国の友達が住んでいた。元恋人。「こっちに越してきたんだね」と僕は嬉しそうに言った。
「ここでまた一緒に暮らそう」
それからは僕は、その島で暮らした。もう欧米には行かなくなった。
ある日白髪の老人が島にやって来た。
老人は僕に歳を訊いた。僕がかなりサバ読んで答えると、老人は僕の息子だと言った。
また彼は僕の元恋人の夫でもある。そう主張した。「元夫よ」と彼女は言った。
僕は妊娠した。知り合いの女が臨月のお腹を、タツノオトシゴ的に僕に移植した。
それで僕は妊娠した。もう60歳を過ぎている。
「NYに行ってくれない?」と彼女は言った。「子供にアメリカ国籍を取らせたいのよ」
病院ではなかった。彼女が用意してくれていたのは高層アパートの一室だった。すべて開け放たれた窓。爽やかな初夏の日差し。出産は簡単に終った。
2人の白人の産婆さんが手際良く取り上げてくれた。
「女の子ですよ」
見ればわかる。その子は生まれてきたときにはすでに中学生だった。
「さてお母さんに会いに行こうか‥‥」「‥‥」しかしまだ喋れないようだ。
女の子の母親から動画を預かっていた。「生まれたらすぐに子供に見せて」刷り込みを期待してのことだ。
女の子が喋れないことを母親に伝えると、あの動画はちゃんと見せたのかと、僕を問いつめる。
「あの子、服を着て生まれてきたよ」僕の返答にも、
「当たり前でしょ。私が着せたのよ」
電車が右方向から来て、右方向に折り返しバックして行った。僕は右方向に行きたかったのだが、バックして行くのは厭だ。僕のこだわりであった。左方向からやって来て、バックせずそのまま、右方向へ進む電車を待っている。
左方向から来る電車は、数時間に1本しかない。それで今日も遅刻だった。僕は会社に電話をかけ、遅れることを伝えた。電話をするときだけ右を向いて、あとはずっと顔を左に向け、電車を待っている。僕は出版社に勤めている。
(こんにちは! 僕の地下鉄よ。私の駅よ。)
電車で、隣に座った女子高生が、僕に頬を寄せてくる。こう言った、
「次、駅短いよ」
「なんで‥‥」
電車より、駅のホームが短いのだ。だがそれと、僕たちが頬を寄せ合っていることと、どんな関係があるのだろう。
スナイパーが、スコープの中に標的を捉えた。彼が狙っているのは、巨大な目だ。彼は撃つ。
弾は、目の中に吸い込まれる‥‥カスピ海に小石を投げ込んだくらいの手応えしかなかった。
カスピ海は、ゆっくり瞬きをした。もう1回、瞬きをする。
するとスナイパーは、目に閉じ込められていた。そこは自分自身の目の中だった。わけがわからない‥‥
遠くで自分に狙いをつけている、もう1人の自分が見える。
女たちの胸がやたらと大きくなっていた。全員、アニメのキャラクターのようにはちきれそうだ。どうにも落ち着かなく、劣情がもよおされる。僕は知り合いの女医に相談した。
「それは困りましたね」と彼女は言って、眼鏡を僕に渡した。「これをかけるといいですよ」
「かけるとどうなるんです?」
「服が透けて見えるようになります」
僕がそのジョークを理解するにはしばらくかかった。
ハムスターが2匹、僕にとびかかってくる。「ニンゲン、ニンゲン」と叫びながら。
彼らに案内されて行った先に、クルマが停まっていた。彼らの家だ。「ニンゲン、ニンゲン」。中をのぞきこんでみる。そこにはニンゲンの赤ん坊がいた。
「ニンゲン、ニンゲン」
赤ん坊の肌は黒かった。排泄物で汚れているのか、元からそういう色なのかわからない。不思議といい匂いがする。
僕が抱き上げると、赤ん坊の首はありえない角度に曲がる。ホラー映画のように。(怖くはなかった、不思議と。)
赤ん坊は笑顔になり、しかしそれを見たハムスターたちは、「ニンゲン、ニンゲン」と言うのをやめたのだ。
中で子供を呼ぶ声がした。僕は子供に注意した。「中に行っちゃいけないよ」「中ってどこ?」中は中である。子供は知らなくていいことだ。
中で呼ぶ声がさらに大きくなった。呼ばれているのももう子供だけじゃない。耳を塞ぐ。
10万円がなくなった。あるいは元からなかったのか。会社の経理の人から電話かかってくる。電話には妹が出た。子機を持って、僕の部屋に来た。僕はまだ寝ていた。
「10万円がありません、って書いたメモ紙が、そこら中にあったでしょう。ですから僕も追加で書きましたよ、退勤時に」
「最初に書いた人が犯人でしょうかねぇ」
「犯人? 知らんですよ」と僕は答える。電話機はやたらと重い電話機。子機の方が重いんじゃないか。
彼女たちは幼なじみで、幼稚園のころからのつき合いだという。2人の交換日記を僕は見せてもらっている。どのような流れでそうなったのかわからない。
「この日付‥‥、この日記、未来のことが?」
「そうなんです。最初は間違えて、‥‥でも今はわざと、少し先のことを書いて、それを2人で、どう実現するかっていう、‥‥遊び」
「センパイの夢日記と同じですよ。夢を書いて、現実で再現していらっしゃるんでしょう?」
正夢ごっこ。
もう閉店の時刻だ。
「海を見に行った」と、僕は今日の記述を読み上げる。
「行ってませんよ。実際はこうしてバイトです」
僕は店にあったポストカードを何枚か持ってくる。外国の海の写真。
「綺麗ですね」と彼女たち。
機械から1010と書かれた千円札が1枚出た。それを受け取り、しばらく待つ。するとまた1010と書かれたお札が出てきた。
(10はきっと税金だ‥‥!)
国民1人に1台支給された機械の前に1日中いる。
バスに乗り込むと、乗客の靴が気になった。男も女も、全員、よく磨かれた黒い革靴を履いている。服装はカジュアルだ。違和感が半端ない。
1人だけ、スリッパを履いた人物がいた。黒っぽいスーツにネクタイを締めて、ビジネスマンのようだ。スリッパのつま先から、白いソックスが見える。
バスは混んできた。座席はまだ空いているが、僕以外に、座ろうとする者はない。それでも僕は座った。目を伏せて、自分の靴を眺める。
そのまま視線を固定し、顔を上げない。
大学の教育学部の付属の幼稚園で、絵本の読み聞かせをしているところに、僕たちは乱入して、教育方針にクレームをつける。
先生から本を取り上げ、悪い王様が懲らしめられている場面を、僕は悲しそうに読む。間違ったことだ、こんなふうに吊るし上げるのは。
スーパーのレジ係の女のコは裸だった。どうしたの? と僕は驚いて訊いた。何の罰ゲームだよ?(怒って)替わってあげるから、早く奥で服を着て(優しく)
そうして僕はレジに立った。何年ぶりだろう、昔バイトでやったことがある。
しかし待っても、さっきの女のコは戻って来なかった。帰ったのかも知れないが、僕もそんなに長くやるつもりはなく。
知り合いが買い物にやって来た、驚いて「何やってるの?」と訊く。「ちょっとした罰ゲームだよ」「ふーん、何か悪いことしたの?」「服脱いでもいい?」
「何で? 馬鹿なの?」
「じゃ全部脱ごうかな」「死んで」
ホテルに到着したのは、朝だった。誰もまだチェックアウトしておらず、僕の休む部屋はなかった。清掃の人たちと一緒に、廊下で待っていると、客室のドアのランプが、赤くなった。「清掃なんか、要らないよ」と僕は言った。すぐに部屋に入って、休みたい。
なら、どこでも好きな部屋を選んでいい。ホテルの人たちがそう言うので、僕はあちこちドアを開けて、なるべく綺麗に使っている部屋を探した。
1つ、ほとんど使ってないように見える部屋があった。「あぁ、ここは、鳥が泊まった部屋だよ」ホテルの人は言った。
「窓から飛んで出て行く。知らぬ間に来て、知らぬ間にいなくなってる。鳥はベッドでは寝ないから、綺麗なんだよ」
帰宅すると、たくさんの人が、風呂に入る順番を待っていたが、僕はこの家の主人なので、好きなとき、割り込む権利がある
と、お手伝いさんの1人は、言っていたはずだったので、まず、テレビドラマを見ることにした(これもまた、どの番組を見るか、チャンネルの絶対的優先権は僕にある)
番組の終了時間に合わせて、ゆっくり、1枚ずつ服を脱ぎ、お手伝いさんに渡して、洗濯してくれるよう頼んだが、「テレビが終ってから、一気に脱げばいいじゃないですか」と、漏らしてしまうくらい、もっともなことを言われた。
僕たちは囚人だが、逃げていいことになった。塀の外に出され、どこでも好きなところへ行けと言う。僕はのんびりと歩いた。同じ檻の中にいた男と一緒に。みんなが逃げたのと、反対の方向に。
「こっちに何かアテはあるのか」と彼は訊いた。「ない」と僕。
「とりあえず歩けるところまで歩いて‥‥途中で自転車が盗めればいいな」
人気がどんどんなくなる。暗い林の中に分け入る。突然あたりが開けた。なぜか駐車場であった。車中で寝よう。どのドアもロックされてない。見ろよこの車。ランボルギーニじゃないか。キーがつけっぱなしだ‥‥
僕たちはそのスーパーカーを盗んだ。ガソリンは少ないが行けるところまで行く。
キーホルダーにはよく見ると名前が彫ってあった。「お前の女房の名前じゃないのか?」と彼が訊く。
大学の教室のようなところでコンサートはもう始まっていた。日本人のピアニストは黒板の前で話をしながら演奏している。彼女は喋るときにマスクをし、演奏するときに外すのだが、そうすると何を喋っているのかよく聞こえない。
客席は傾斜になっていたが段はなく、床は非常に滑りやすかった。後ろの方に座っていた人が持っていたペンを落すと、それはピアニストの足元までスーっと転がって行った。
道の真ん中にトラックが停められている。整備のようなことが行われている。それは「車検」だという。僕らは立ち往生。
後ろからワーゲンがやってくる。ピカピカのビートルだ。僕はボンネットに顔を映す。
書店で雑誌を見ている。本棚の上の方が駐車場になっている。そこに停めてある車は売り物だ。雑誌に取り上げられている車から売れていく。
販売員はルイ・ヴィトンの服を着ている。靴もルイ・ヴィトン、しかし泥だらけだ。僕の頭上で、彼らは顧客と契約を交わす。広げたページの上に泥が落ちて来た。
蛇の丸焼きのバゲットサンド。
モノについた名前を剥がすのが僕の仕事。
この場合は蛇の鱗を剥がせばいい。
そうすりゃ誰も蛇とは気づかない。
このカフェでは車も売っている。
カフェから車を剥がして捨てる。
車と鱗を捨てる場所を探して、表の駐車場をうろついた。
ルイ・ヴィトンの服を着た人の前に捨てた。彼が拾えばいいと思って。
靴もルイ・ヴィトンだが、
泥だらけだ。
「すみません警察です」
「はい?」
「お伺いしますが、この辺りには『蜂蜜』という名前の人が多いですよね」
「蜂蜜?」
「表札がすべて『蜂蜜』なのです。そのわけをご存知ですか?」
「ご存知ないです」
「ちなみにあなたのお名前は?」
「蜂蜜ではありません」
「では何というのでしょう? 身分証を拝見してもよろしいですか?」
‥‥これが警官による「職質」ってやつか、初めて受けた。しかし今ドキはずいぶん丁寧だなと思った。
寝ているとき掛け布団を奪われた。犯人はすぐにわかった。僕はナイフで彼を刺した。彼の妻と子供たちも刺した。しかし布団は取り戻さなかった。
興奮してすっかり目が冴えてしまった。
キッチンに行き水を飲んだ。女があらわれた。豊満な胸を半分以上露出している。
「暑いですね」と胸から目を逸らさずに僕は言った。「暑くて眠れないです」と彼女は答えた。
旅行から帰ると右腕右足に蕁麻疹ができていた。僕は早く寝ることにした。おそらくはただ悪いだけの夢なのだ。
しかし蕁麻疹は消えなかった。気づくと左腕にも何かができていた。それは白い文字のように見えた。何て書いてあるのだろう。
一緒に暮らしていた女にその文字を見せた。彼女は口に出して読んだ。外国語のようである。「何て言ったの?」僕が訊ねると、同じ音が彼女の顔に開いた穴から流れ出た。僕がいつも入れている穴からは、赤ん坊が出てきた。赤ん坊も同じ言葉を喋って、僕の左足を蹴った。
それは、チャンスだった。
お会計をしてもらっているとき、太陽の角度がうまい具合に変わって、レジのお姉さんの目を眩ませた。
僕は、金を払わずに、その品物を持って店を出た。
外は、灼熱の地獄だった。お金をきちんと払った人たちも、僕と一緒に業火に焼かれたのは、かわいそうだった。
双子の妹の1人にだけキスをして、もう1人には絶対にしなかった。
妹たちは僕に何でもいろんなことを訊いてきたけど、そのことだけは訊こうとしなかった。
訊かれたら答えようと思っていた話がある。それは最初は一言だった。キスを繰り返すたびに長い説明になった。そのうちにそれは「物語」になって、何かの理由ではなくなった。
10代のころの僕たち3人は、その物語の中を生きていたのだ。
お互いに絶対に明かすことのない秘密を1つだけ抱えている、という物語を僕たちは共有していた。
大人になれば、僕たちはバラバラになって生きるだろう。
バラバラになってしまえば、僕たちは平凡な人間だろう。
しかしその語られることのなかった物語が誰かの口から語られるとき、僕たちは再び特別な人間になって、結びつき輝くだろう。
そう固く信じていた。
彼女が高級ブランド服を買うのは、いったい何の研究のためだったか。
「幼稚園児になった気分の研究」
泥んこの地べたに座っている。
僕にも隣に座るように言い、汚れた手で僕の顔やシャツに触れる。
「高かったんだぞ、このシャツ」だが彼女の着てるスーツと比べれば大したことはない。
僕は歌っていた。ふと思いついたにしては、長い旋律を。
最初から君は、五線譜に採譜していた。僕が歌い終わると、1つだけ短く質問をした。
「コードは?」
僕が考えていた進行は、ハ長調からイ短調へ、最後にまたハ長調に戻ってくるという、単純なものだった。
僕の答えを聞いて、君は笑った。「ふん、まぁいいわ」というような笑い。君が音楽的な質問をして、僕が答えると、君はよくそんなふうに笑うのだ。
それから君は、ピアノに向かった。右手でハ長調のアルペジオを弾いて、左手で先程のメロディを奏でた。ペダルは、ほぼ踏みっぱなし。途中で、テンポが変わる。
そうすると、鏡の世界に入ったように、ピアノの鍵盤が逆転した。左側から高音、右側から低音が聴こえ出した。
ピアノだけではない。僕の心臓の鼓動も、右側に移った。
鼓動があまりにも速くなった。
耳が、聴こえなくなった。すると目が、耳の役目を果たし始めた。時間が、逆転し始めた。僕は、どんどんと過去に遡り、君と初めて出会ったフランスの、あの日に還った。
「とてもいい曲だね、あなたが書いたの?」僕が持ち込んだ楽譜を見て、君はそう言ったのだ。
君は、笑っている。僕は、かけていた眼鏡を外した。演奏が、すごく近くに寄ってきた。
窓の外に女の背中が見えた。窓を開けると頭部も足もなかった。ただ背中だけが僕の目の前にあった。
背中からは何かの匂いが漂ってきた。僕は顔を近づけ、その匂いを胸一杯に吸い込んだ。洗ってない髪の毛や、足の裏の匂いがするのではないかと期待して。
僕が書いた曲に歌詞はついてなかった。書き上がった直後にはついていたのだが。時間が経つにつれそれは消えた。
思い出してみせると僕は言った。忘れたわけでもないものを。あれは確かにすばらしい歌詞だった。けれど今はもう存在しない。
「大いなる者」と連絡を取った。彼女なら死者を蘇らせることさえできる。「大いなる者」とコンタクトできるのは僕だけだった。
バンドの仲間たちは彼女の存在自体を知らなかった。扉の向こうに彼女の背中が見えているときも。
「やるぞ」と彼女は言った。「よっしゃ」と僕は雄叫びを上げた。僕はステージに立った。それがすべての始まりだった。
「大いなる者」は、あの日特別に僕だけに話しかけてきた。僕らは相互にフォローし合ったのだ。
社長が話をしている‥‥
賭けに負けた方がこの地を立ち去る。
話終った。「さぁキミも何か話したまえ」と僕に言う。そしてどこかに去ってしまった。
社長は負けたのだろうか?
僕には話なんてなかった。
新たに人がやって来るのを待った。
そいつに社長の話を聞かせてやろう。
ピクニックに行くと、「大いなる者」が、僕の脳内に直接通信を送ってきた。
一緒にいる仲間たちが、「彼」と接触できた様子はない。
「大いなる者」は、特別に僕だけに話しかけてきたのだ。
自慢したいが。
黙ってサンドイッチをパクつく。
スーパーで魚を買った。家に帰った。誰の家なのかわからない。
「帰ったよ」と言った。「おかえり」という声がした。女の声だ。僕はその声の方へ向かって歩いた。一歩ごとに眠くなった。女の顔を見る前に床に倒れこんで寝ていた。
そのときに見たのは、高級デパートの食品売り場で魚を買う夢だ。目を覚ました。
女が魚を料理していた。魚が家にあるのは知っていた。だからさ、僕はカニを買ってきたんだよ‥‥
車に首輪をつけ、散歩に出かけた。犬の散歩をするように‥‥しかし車は道路しか走れない。
デパート内に入って、僕は車を抱きかかえた。エスカレーターに乗った。
前にいた男女が、僕を振り返った。車をちらと見て、それからまた前を向いた。
「欲求不満があるの」と女が言った。「オレにはない」と男は応じた。それからもう1回僕を振り返って、車を見た。
子供は検査された。その結果知能に問題はなかった。問題があったのは教師の教え方だ。
「この子は従来型の小学校ではなく、スーパー小学校にいくべき」コンピューターが診断した。診断書をもらった。子供の転校に必要だ。
スーパー小学校には教師はいない。生徒は自分で学ぶ。
大人が何か演説している。教育関係者だ。そのマイクが子供に奪われる。
あの奪い方を見て、と女房が言う。やっぱり教育に不満があるのよ。奪い方を見ればわかるわ。
午後から東京タワーに行く。タワーは長い橋の向こうにある。そこは東京。ここも東京。歩きつづけて少し疲れた。
午前中はずっと歩いていた。道端に椅子があっても座らなかった。椅子はちょうど日陰にあったのに。そろそろ休んでもいいんじゃないか。
すると声をかけてくる人があった‥‥「あなたはヤンキーなのに、なぜ?」と。なぜヤンキー座りをしないのかと、言いたいわけだ。そこに本物のヤンキーがやってくる。
最近はリモートワークが定着したという。しかし電車に乗っているのは若い人だけだった。彼らは通勤中に最先端の科学や医学の議論を楽しんでいた。台風で警報が出ても会社に行くのが新しいのだと言った。「痛勤」はクールだと語った。自分たちはリモートワークには興味がないと述べた。
僕は次の駅までどのくらいかかるかと訊ねた。次の駅が終点だという答えだった。だからそこまであとどれくらいかと訊いた。僕は少し苛立っていたかも知れない。それまでには長い時間がかかると彼らは言った。誰にも時間がないことを若者たちは理解していなかった。
目を覚ますとベッドの上で僕は腰痛になっていた。ぎっくり腰の一歩手前である。原因はわからないがたぶん暑さのせいだろう。
何度も寝返りを打って最終的には絞った雑巾のような体勢で寝ていた。これ以上きつく絞っても汗はもう一滴も出ない。
そのときには曲を書く夢を見ていた(メロディはだいたいできていて後は歌詩をつけるだけ)。
「ざるぼっと、あるぼっと」という言葉が頭に浮かんだ。意味はわからないけどサビの部分はそれでいいんじゃないかと思った。
「これは『常磐新線に乗って筑波にゴーヤを買いに行こう』という意味?」
僕の恋人らしき女性が言った。彼女はピアノで伴奏をつけた。僕は歌った、「ざるぼっと、あるぼっと」
「急にゴーヤが恋しくなってね。筑波山はゴーヤの産地として有名なんだ」
「ざるぼっと!」
「あるぼっと!」
さぁ早くでかけよう。ゴーヤの里へ。曲は完成した。僕は腰痛になった。
ニュース速報が流れた。僕は走りたくなった。僕が走りたくなるような知らせが走ったのである。(あなたが走りたくならなかったからといって、それはニュースのせいではない。)
僕は服を脱いだ。服を脱ぎたくなるようなニュースではなかった。ただ走るのに、僕は着替えを持ってなかった。走れば汗をかくだろう。(それで僕は走る前に服を脱いだのである。)
海外旅行へ行こうとしていた。上着の内ポケットにパスポートはあったが、鞄も何も持ってないことに気づいた。
飛行機の出発時刻まではまだ余裕があった。家に引き返して、せめて着替えくらいとってこようと思った。(現地で調達してもいいが、海外で服を買うのは、サイズの面で不安がある。)
ところが家には、人がいた。いや姿は見えないが、さっきまで人がいたようだ。ベランダには布団が干されていた。洗濯機の中で白い洗濯物が回っている。キッチンの電子レンジの中でも白いものが回っている。
それらを見ていると白い光が僕の周りを回っているような錯覚にとらわれた‥‥
誰かがシャワーを使っている。音が聞こえる。風呂場を見てみた。しかし誰もいなかった。お湯が出しっぱなしになっていたわけでもない。ただシャワーの音が流れているだけだ。
テレビがひとりでに点いた。昼の連続ドラマの時間だ。こちらからは何の音もしない。ボリュームを最大にした。
暑くて、裸で眠っているところに、いきなり女性が訪ねてきた。
僕はベッドではなく、床に敷いたポスターの上で寝ていた。
「うわぁ、仕上がったんですね。彼女さんのボスターですよね。やっぱりセンスあるなぁ」
フルチンの僕は何と答えたか覚えていない。
「センパイは、すごく頼りにされているんですよ」
そう言われて逆に僕のチンチンは少し縮んだ。
「私、向こうの部屋で待ってますから、早く服を着てください」
女性の着ていたシャツの生地は薄く、黒いキャミソールが透けて見えた。
黒なら見えてもいいんだろう。そう思い込むことにしている女性は多い。
僕も黒いブリーフいっちょうで、出かけることにした。
「お財布をプレゼントします」とその女性は言った。「好きなのを選んでください」
僕たちは大きな机のある店にいた。引き出しを開けると財布があった。
「これなんかどうですか?」
彼女はグレーの二つ折りの財布を手に取った。
「あっ、これ見てください。私も使っているやつです」
別の引き出しを開けて言う。そこには箱が入っていた。
「何に使うものなの?」
「やだなぁ、貯金箱じゃないですか」
そうだろうか、貯金箱には見えない。
「早いけど食事にしましょうか? ここ、レストランなんですよ」
「えっ‥‥」
彼女はまた別の引き出しを開けた。そこにはナイフとフォークとスプーンと皿が入っている。皿の上には料理がのっている。
「箸はどの引き出しに入っているのか」
僕がそう訊くと、彼女はとてもセンスのいいジョークだというふうに頷いてから、笑った。
小さなおにぎりが3個ある。お昼のお弁当。1人分にも足らないくらい。
おにぎりの1つは空気よりも軽く、ぷかぷかと浮いている。浮かびながら、僕たちの後をついてくる。
「かわいいね」と僕。
「食べるのかわいそうだね」と君は言った。
僕は空に浮いていた。僕の隣には焼き鳥の串が浮いていた。
そして鳥たちが僕の周りに集まってきて、賭けを始めた。僕と焼き鳥、どっちが美味いかという賭けだ。
焼き鳥に決まってるだろう、と僕は思う。
焼き鳥を食べる。腹はへってなかったが。
空にはもう何も浮いてない。
鳥たちがギャーギャー騒いだ。
あまりにもうるさい。
ガンダムが蜘蛛の巣にかかった。もう終わりだ。逃げ出すことができない。
巨大な黒い蜘蛛が、ゆっくりとガンダムに近づく。久々のごちそうだ。
蜘蛛が触手のように伸ばした「言葉」が、ガンダムを味わう。「言葉」はガンダムを気味悪く描写し始める。僕はガンダムにその「言葉」を読み聞かせた。ガンダムは嘔吐する。ガンダムはもう終わりだ。
病気の女と結婚することになった。みんな反対した。幸せにはなれないだろうと言って。
「ずっと入院してるのよ」彼女のお母さんもそう言った。
「そのうち治りますよ」と僕。
新居で僕は1人で暮らした。
ときどき彼女の携帯にメッセージを送った。忘れたころに返信がある。
「私はもう治っているのよ」彼女はそう書いてくる。
川で水遊びをする女はストッキングをはいたままだ。キューピットが持つような非実用的な弓矢を持ち、魚を狙っている。また外した。
魚は上流から、1匹ずつ流れてくる。
「今晩のおかずなのよ」と女は上流に向かって叫んだ。「お金はもう払っているのよ」
地には水のない川が流れている。鏡のように空を映している。あえてその鏡の上を歩く。そこには僕の足が映っていない。
僕の左足はどんぶらこ、どんぶらこと下流へ流れていく。右足はサケのように川を遡る。「行かないで」と僕は言う。
左足がいつの間にか舟に乗っている。
「どこにも行かないで」と僕は言う。
辿り着いた場所で僕の右足は産卵している。
不思議だった。僕はいつもの百倍のスピードで階段を下りる。しかし前の人を追い越すことができない。
僕はいつもの百倍遅く階段を上がる。しかし誰も僕を追い越さない‥‥
僕は後ろを振り向く。階段を上がっていた人たちが全員固まる。そこで「逃げろ」という男の声。だが僕らを追いかけてくるのはそいつだ。
男にキスを迫った。拒まれたので、女に迫った。キスできるなら、誰でもよかった。そう言うと、女は僕の舌を切った。先っちょを、1cmくらい。そして
「今言ったこと、もういちど繰り返してみな」
僕は「キフできうはら、なれれも‥‥」
「ホントに繰り返す馬鹿がいるかい」
女はペンチで僕の舌をひっぱり出し、全部切り取った。
男が、自動販売機の前で寝ていた。浮浪者が寝るのに、ふさわしい場所ではなかった。僕は同僚と2人で、自動販売機を動かすことにした。浮浪者を起こさないように、そっとだ。その様子は、ビデオに撮られているので、僕たちは慎重にやった。