2012年5月18日

そういう季節

 何時なのかではなく、今は何の季節なのか訊ねると、人によって答えが違った。そういう季節を、僕は夏と考えることにして、雨に頼っていたテラスのローズマリーには、2日置きに水をやる。


 軽自動車が3台は置ける広さのバルコニー、高級車が並ぶ地下の駐車場、意地で住みつづけているが、家賃のことを考えると、月末には胃が痛くなってくる。


 最近は、バッハの『管弦楽組曲』をよく聴く。パイヤール指揮の、大好きな録音。短調の第2番を飛ばして、1、3、4と聴く。


 怒ってばかりいる僕は、誰かに怒られたいのかも知れない。どうしてこの曲を飛ばすの。


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2012年5月17日

シャボン玉

 21世紀の、消えないシャボン玉を見た。昨日の夜のシャボン玉が、翌朝まで消えずに残った。数十年ぶりに飛ばしたシャボン玉は、そういうものになっていて、びっくりした。


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2012年5月15日

2年

 雨のあと、濡れたローズマリーの枝に手をやり、モミモミすると、古い葉が大量に落ちた。去年の秋から咲いていた花が枯れ、古い葉も落ちて、これで1つのサイクルが終わったのかな、2年で1周期か、と思う。


 植物が言葉を喋れたら何を話すだろう、ということを2年に1回くらい考えるが、もし喋れたとしても2年かけて単語1つ、くらいのペースかも知れない。


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2012年5月12日

幸福

 一見無駄なように感じるが、実は大切なこと、というのはないと思える。僕に関する限り、最初に無駄だと感じることは、最後まで無駄で、あとから思い返してみても、やっぱり無駄なのだ‥‥。


 不幸中の幸いという言葉はあるが、僕はやっぱり、不幸の中には不幸しかないと思う。幸せは幸せの中にしかないと思うけど、自分がどうか、ということはあまり考えない。


 僕の中にあるのは、「わかっているけどどうにもできないこと」と、その反対だ。「よくわからないけれど何とかなってしまうもの」


 それは幸福でも不幸でもない。


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2012年5月11日

 花が終わった、ローズマリー、50㎝ある枝が丸々1本枯れてしまった。病気かも知れない。何が原因かわからない。枝は根元から切り落として捨てた。


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2012年5月10日

客観視

 あんなところに姿見が置いてあったおかげで、今日は自分を何度も何度も目にした。腕が細い。足が細い。腰が細い。顔が小さい。これで身長があと8メートルくらいあったら、エヴァンゲリオン初号機。


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2012年5月 9日

歌詞

 冷蔵庫の中で、凍りかけた愛を、温め直したいのに、という歌をよく歌う。歌詞はそこだけしか知らないので、そこだけ繰り返して歌う。


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2012年5月 8日

 ローズマリーを植えてある鉢に小さな蟻ふうの虫が大量にたかっていたので、3回に分けて潰した。真っ赤な蜘蛛は、怖すぎて殺せなかった。


 ローズマリーにもラベンダーにも、今年は水やりをしていない。雨だけが頼りである。雨はときどき降る。


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抹茶味のアルフォートを試したりとか

 まだ始まったばっかりだが今月は、本やCDを買い過ぎ。店で試聴したサン・ビービー(Soren Bebe)の『ソング・フォー・ユー』というアルバムが良かった。気持ちが落ち着くまで1週ほど置いてみて、それでまた聴いてみて、それでも良いと思えたら、買うことに、しようかどうするか。


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2012年5月 7日

神=夢

「神様」というのは、「夢」だった。マツキヨの10%の割引券は79円のアルフォートにも適用されるのか、と疑いの目を向けた瞬間、夢の中でよく起きるような、視点の移動があった。僕は僕を外側から見つめる、視線だった。「マツキヨ」「割引券」「アルフォート」‥‥僕は見られたくない僕を、常に夢に見られていたことを知り、それから目が覚めた。


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チュンチュン

 午前4時というのは不思議で、ものすごくつまらない話が、おもしろく聞こえる反面、おもしろい何かがつまらなくなったりもするので、それを大笑いしていた僕たちは、退屈な僕たちだった。


 連休最後の夜、突然家に来て、明け方まで喋りまくっていた女友達を、駐車場まで送ろうと、外に出たところ、頭上で燕のヒナが、チュンチュンと、雀の真似をして鳴くのを聞いて、驚く僕たちだった。


 あるいは、雀が燕の真似をしていたのか。いちばん仲のいい彼女と、僕との関係も、これでぐるっと1周したな、と思う。


 今朝の、チュンチュン鳴く燕のところで、1周。誰かが誰かの真似をして、誰かに真似される誰かのまわりを、またもう1周、2人でまわろうと、言葉にはしなかったけれど、そういう話をしたのだ。


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2012年5月 6日

ふだん草

「ふだん草」という野菜を買った。小さな冒険。初めてで、どう調理していいのかわからなかった。軽く茹でて、トップバリューのポン酢をかけて食べてみた。もっとおいしい食べ方があるのかも知れない。でもとりあえず、それで良かったみたいだ。


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2012年4月28日

アーモンド

 アーモンドを齧る夢を見た。本物のアーモンドとは違う味がして目が覚めた。午前4時。固いものを食べる夢はたぶん歯に良くない。


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2012年4月27日

金曜日

 仕事帰りに歯医者に寄った。そのあとぶらぶら。町はGW直前のウキウキ・ワクワクな楽しい空気でいっぱいで、関係ない僕も楽しくなった。昔は毎週毎週、「金曜日」がこんな感じだったな、と思い出した。ただの週末を、GWみたいにみんな楽しんだ。僕が若くて、そう思い込んでいただけだろうか。それもあるかも知れないけど、「バブル」や何かからは、ほとんど疎外されていた僕も、きっとその恩恵にあずかっていたのだと思う。


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2012年4月26日

貯蔵アリ

 何とかいう砂漠に住む、何とかいうアリの、30分くらいの映像を見た。7匹の女王でつくりあげた新興のアリ王国が、「水辺の王国」に滅ぼされるまでの、数年間の記録。栄養価の高い食物を与えられ、太らされて天井に吊されている、働きもせず引きこもったニートみたいな「貯蔵アリ」は、食い物のない時期のみんなのエサとなる。『百年の孤独』と『マトリックス』を足したみたいな、と思って、結局それ以上言葉もなかった。


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2012年4月24日

『嘔吐』

 30年前(中学生のとき)に読んだサルトルの『嘔吐』を鈴木道彦の新しい訳でもういちど読んだ。


 内容は最後まで思い出せなかったけど、30年前の自分がこの小説を読んでどういう気持ちになったかのは、はっきりと思い出すことができた。


 それは現在の自分が抱いた感想とは完全に別のもので、‥‥僕の中には2つの心を持った2人の人間が同時に存在するようだった。


 僕の中に生まれたもう1人の人間のもう1つの心は、本を閉じても消えず、それ以来僕は何を見ても、別の意見、2つの違う感想を同時に持つようになった。


 紅茶に浸したマドレーヌで失われた過去が蘇ってくるという、それは、プルースト的体験、と言って言えなくもない。


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番号

 問い合わせた。かかってくるはずの電話を待っていた。2時間、3時間ぐらい。今は間違った番号を教えてしまったのではないかと思う。


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2012年4月22日

裸足

 この時期、目を閉じて、裸足で外を歩くのは楽しい。1人でやるのは危ないので、友達に手を引いてもらうといい。公園でやるといい。


 晴れた日に、靴下を履いて、靴を履いて、目を開けて生きているだけで、公園の95%をいとも簡単に無駄にできる。


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2012年4月21日

手相

 僕は手相を見て占う占い師で、手のない人には足の裏を見せるように言った。


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 電車で僕の隣に座った。今日は死にそうな人を何人も見た。死にそうな人たちは、僕を見なかったと思うが、死ぬ前に見ておくべきなのだ。


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2012年4月19日

ワイン

 夢から抜け出すのと、目が醒めるのが、同時だったためしがない。目が醒めたあと、夢からの脱出に、いつも苦労する。朝からワインを飲むことがある。


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満足感

 何かが足りない、何かが欠けているという感覚が、僕をいちばん満足させると気づいた。満たされていない、と感じるとき、僕は最高に満たされている。


 早く頁をめくろう。次の本を読もう。


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 女の脚に薬を塗っている夢を見た。僕が女の脚をしていた。薬を塗っていたのは違う誰かだったような気がする。


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2012年4月18日

一般的

 眠くなった。ちなみに僕にとって、「眠くなる」ことは、「少し頭が痛くなる」ことだが、わかってる、世の中には頭痛と無関係の、純粋な眠気があって、どうせそっちの方が、一般的なんだろう。


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2012年4月17日

貧乏人のひがみ

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にせしめじ

 僕は今まで、誰かに騙されていたのかも知れない、と思った。


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ずっと夕方

 午前中に干しておいた布団は、その少し前に取り込んであってラッキーだったけど、2時前に、5分間だけ雨が降り、それから先の午後の日差しは、ずっと夕方のようだった。


 奇抜なエレガンスについての、長過ぎるひとり言を呟いている途中で、これは少し長過ぎると気づいて、馬鹿みたいな気分になった。


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2012年4月16日

約束

 女友達の1人と、飲みに行く約束をした。ところがこの友達と僕とは、会う約束をするだけでお互いに満足してしまい、実際には会わなかった、ということが何回もあるので、今回も実現するかどうか、非常に怪しい。毎年誕生日には、プレゼントを交換する約束をして、それだけで終わってしまう。映画、お花見、プチ登山、日帰りのバスツアー、結局行ってない。気は合うのだが、ほとんどバーチャルな関係と言っていい。


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風呂

 友達が新幹線の中から電話してきてくれたとき、僕が風呂に入っていたのは、ちょっとおもしろいなと思った。こうして文字にすると、おもしろくも何ともないけど、僕たちはおもしろがって、腹を抱えて笑った。家にいるときの僕は、しずかちゃん並みの高確率で、風呂に入っている。


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2012年4月14日

白い

 いつものことながら、具体的に書くつもりはない。僕が忘れてしまうものは、僕以外の誰かが覚えているだろう、だから大丈夫という気がした。ランチのあとにも歯磨き。たくさん笑って、真新しい歯、真新しい歯並びを見せつけた。


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2012年4月13日

現実の異常さ

 ただ僕について言えば、僕も精神に異常がある子供だった。異常を抱えたまま大人になった。ときどきおかしくなる。だから大丈夫だとは言えない。けどそれでも、やっぱり大丈夫なのだ。たぶんみんなそうだと思う。


 自分の外側にあるものすべて、それが現実だと思っていた。反抗したり、順応したりしなければならないもの。でも違った。僕が折り合いをつけなければならならものは、僕の中だけにある。たぶん誰でもそうだし、つまりそれこそが「現実」だった。


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ファイン

 昼間の電車に乗ったら、1つの車両の乗客の、全員が知的障害者だった。慌てて目を逸らし、本を読もうとするが、遅かった。どうしていつも、こういうことになってしまうのだろう。「ハワユー、ハワユー」おまえはどうなのと、何百回も繰り返している男がいる。別の1人は壁に向かって、「ファイン、ファイン」、最高さ。外は雨だった。


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コミュニケーション

 サボってばかりいる中年の従業員を、かなり強い言葉で注意したら、殺意のこもった目を向けられた。あの手の男たちから殺意を向けられるのは日常茶飯事だが、これは何度経験しても慣れないものだ。殺意を向けられることには慣れてしまうのだが、殺意そのものには、慣れることがない。自分の言いたいことの10%も言葉にできない彼らが、残酷な僕にぶつける、記憶とないまぜになった、あの殺意には。


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2012年4月11日

おはなし

 女友達にメールで、近況を報告した。直後に電話して、同じ話をした。今度、会う約束をした。そのときにまた、同じ話をするのだろう。しかし彼女でないと、彼女がいないと、僕は「ハナシ」をしないのだ。数カ月間、誰とも話をしなかったことに気づいた。


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ピンク

 雨上がり、桜が散るのを見て、去年のことを思い出した。去年は強い風が、バルコニーに、大量の桜の花びらを運んできた。帰宅して窓を開けると、足元がピンク色になった。


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ササミ

 プロテインのサプリメントのつもりで、鶏のササミを食べた。肉を食べるのは、実に1年半ぶりだが、体が受けつけなかった。下痢して、3日ほど異常に臭い屁が出た。


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2012年4月10日

ハイドンのピアノソナタ

 ハイドンのピアノソナタ第27〜32番(旧番号第42〜47番)が入った中古のCDが300円で売っていた。気に入らなかったら捨てるつもりで買ってみた。


 モーツァルトほど感覚的ではなく、かと言ってバッハのピアノ曲ほど幾何学的・構築的でもなく、良かった。とても気に入った。


 でもどうして感覚的ではなく、その反対でもなく、その中間でもない曲を僕は気に入るのかと、不思議に思った。


 悲しくはなく、悲しいの反対でもなく、そしてその中間のどこか、でもない。


 演奏はイェネ・ヤンドーという、ハンガリーのピアニストで、僕は初めて聴く。英文のライナーには、元の所有者の落書きが多数あり、それでこの値段になったのだろう。


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2012年4月 7日

少量

 プレーンのヨーグルトを買ったら、袋に入った砂糖がついてきた。その砂糖をローズマリーの土にまいてみた。いい影響も、悪い影響も、たいしてないだろうけど。ただそういうものを与えられすぎなんだろうと思う。もしプレーンの僕を買って、砂糖がついてくるのなら。僕も、僕のローズマリーも。


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2012年4月 6日

サルトルの『嘔吐』

 サルトルの『嘔吐』を読んでいる。30年前にもいちど読んだことがある。でもそのときには面白さが理解できなかった。


 それは僕が未熟だったわけではなく、時代が未熟だったのだと思う。


 歴史の教科書にも載っている古典、ではなく、とても現代的な印象の小説だ。その現代的な小説に、時代がやっと追いついたのだと思いたい。


 実存主義文学? 何のことかさっぱりだが、サルトルの名前を出さずに、フランスの引きこもりの青年が、ネットの片隅に綴った日記を編集したもの、と言えば、信じる人もいるだろう。


 むしろ、そういう印象なのだった。


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2012年4月 5日

大器晩成

「大きく育つものはゆっくり育つ」、大器晩成という意味だが、僕にわかるのは、大きく育つものは大きく育てるのがいい、ということと、ゆっくり育つものはゆっくり育てるのがいい、ということだけだ。


 人間ではなく、あくまでガーデニングの話だけど、単純に、大きく育つものは大きく育てれば、それでいい。大きく育つものを、変にゆっくり育ててはいけないような気がする。


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うえかえる

 今年も10号の深鉢に植え換えるのに、挿し木で増やしたローズマリーの中から、特に大きく育ちそうなものをいくつか選んだ。現時点で花や蕾をつけているような、即戦力のローズマリーはあえて選ばず、将来性重視とした。「大きく育つものはゆっくり育つ」、でも実際はどうなのだろう。


 ローズマリーは根が弱いと言われる。確かに細い糸屑のような根だ。その根が密集している土は、しかし、ちゃちなプラスチックのスコップでは歯が立たないほど、固くなっていた。


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中華風カレー

 タイ風グリーン・カレーをつくった。人参としめじの他に、もやしと小松菜を入れてみたのだけど、しゃきしゃき、新鮮な食感。とてもおいしかった。中華風カレーといった趣きである。


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2012年4月 3日

春の話

 ニュースでやっていたような雨は降らなかったけれど、確かに風は、少しは吹いた。春の嵐だというが、どこの国の春の話だろうと思った。たまに見るニュースには、いつも現実味がなかった。テレビも雑誌も、新聞もネットも大袈裟だった。「激動の時代」や「衝撃の新事実」をセンセーショナルに演出しているだけに思えた。


 部屋からテレビを撤去したのと、お肉を食べなくなったのと、便座に腰掛けて小便をするようになったのが、ほとんど同時期だったために、そのすべてを関連づけて考えてしまう。とにかく僕の国では、地震など起きなかった。夏に電力が不足することもなかった。台風も来なかった。雪の少ない冬だった。


 AKB48はメジャーデビューしなかった。


 ヒットチャートのトップを走っていたのは、クラシック音楽だった。


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本日の桶屋

 すぐ前を歩く女のコのミニスカートが、風でばんばんめくれ上がっていた。それでもそのコは、気にするそぶりもなくすたすた歩いていく。僕もまぁそんなもんだよな、という気分になって、ついていった。


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2012年3月30日

 悲しみに打ち勝とうと戦っている人がいると気づいた。僕はどうだろう。負けるが勝ち、という言葉が理解できるまで、どのぐらいかかっただろう。悲しみと戦って勝つより、悲しみには勝たせてやる、いっそ悲しみに身を委ねてしまった方が、ちょっとだけ悲しくなくなるのだ。


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2012年3月29日

不信

 煙草を吸うデブは信用できないという気持ちが今日は特に強い。仕事で信用できない人たちとかかわり合うのは辛い。彼らに対する強烈な怒りで自分が誰なのかを忘れてしまう前に、僕にはやっておかなければならないことがあったが、できたのは結局半分程度だった。


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2012年3月28日

途中で

 僕はへろしまに住んでいて、雨の日の午後、アストラムラインという高架の鉄道に乗っていると、自分が正しい時、正しい場所にいると感じられる。それは今で、この場所で、雨が降っていなけりゃならない、と。どうしてなのかは全然わからない。逃げてきたとか、逃げている途中だとか、そうかも知れないけど、そんなことはどうでもよくなる。


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2012年3月27日

 今を楽しむという、楽しみを後回しにしない生き方も格好いいけど、僕は後回しにするのが楽しいので、「今」そうするのだ。自分がこの次、そして次の次、何を楽しむのか知っている、という感覚を楽しんでいる。


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Next

 次に読む本のことを考えながら、リョサの『密林の語り部』を読んでいた。この小説はとても面白いので、終盤になって「この次」のことを考えてしまう自分を、不謹慎とまではいかないが、ちょっと勿体無く感じる。


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人前でジャケットは脱げるが、パンツは脱げない

 嘘かホントか、「人前でジャケットは脱げるが、パンツは脱げない」という諺がイタリアにはあるらしい。だからパンツ(ズボン)は上着よりも重要だ、と言いたいんだろう。まぁそうだが、深い意味はわからない。深い意味などないのかも知れない。


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2012年3月24日

ウメボシ

 世界が広く、大きく、長くなる夢を見た。長くなった世界の中で、僕も長くなっていた。手や足の指先を、何キロも遠くに感じていた。でもそれは、世界や僕の大きさが変化したわけではなく、それを感じる自分の、心というか魂のようなものが縮んだだけなのだと、目が覚めてから気づいた。


 頭蓋骨の中の、縮んで萎びたウメボシ大の脳みそ、のようなものを想像した‥‥。


 僕の魂は、ふわふわしてないのかも知れない。ナンのような形をしていないかも知れない。心はハート型をしていないだろう。それは乾燥したウメボシに似た何かだろう。


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買える物

 新しい靴や、新しいシャツやジーンズを買うのって、新しく女のコとつき合うことと等しい行為だと思っていて、僕はプレイボーイじゃないから、靴を2足いっぺんに買うとか、年に何足も買うなんて、とてもできなかった。この先もできないと思う。


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2012年3月23日

靴紐

 ランニングシューズを新調した。
 アディダスの「フェザー」。
 紐の色が気に食わないかも知れない。
 靴紐は靴本体と同色か、白が無難と思う。


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 靴を新しくすると、装い全体が新しくなるような気がする。
 走るときだけじゃなくて、普段もずっと履いているので、またすぐにだめになってしまうだろう。


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2012年3月19日

名前

 夕食をつくっているときに、森永さんという名前の女の人から電話がかかってくる夢を見た。名字ではなく、名前が森永で、たぶん未来の話だと思った。山田ニューバランス。佐藤アディダス。小林メンソレータム。そういう名前をつけるのが流行るのだ。


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2012年3月18日

自分の腕

 アロマテラピーで、いろんな精油をクンクンしすぎて鼻がわけわかんなくなったとき、リセットするために僕は自分の腕の匂いを嗅ぐのだが、そういうふうにして今は、水準器としての自分を生活しているようだ。


 自分の腕を信じて生きていく、って他の人が言うのとはかなり違う感じだけど‥‥


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2012年3月16日

感考

「考えるな、感じろ」というブルース・リーの言葉には、ちょっと違和感があった。考えることと感じることは、よく似ていたから。


 よく考えるとき、むしろ僕は耳を澄ますようにしていた。むしろ息を吸い込んで、嗅ぎわけるようにしている僕にとって、深く考えることと、感じることには、何の違いもなかった。


 僕は考えたことを感じてきた。感じたことを考えて、言葉にしてきた。自分だけに通じる言葉。


 言葉にならない何かがあるときには、大きく息を吸い込んで、目を閉じ耳を澄ましてみる、そうするとわかることがあった。


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2012年3月 3日

パセラー

 僕はパセリが好きで、今日もご飯に、ふりかけのように散らして食べたのだけど、それは少しおかしいと思っていた。そうしたら料理の番組で、速水もこみちが同じことをしていたので、同レベルということで、安心した。


 小松菜が128円、地産のほうれん草が158円で、少し迷ったけど、小松菜を買って、豆腐と一緒に茹でて、ポン酢をかけて食べた。


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 苛々しているときも、3日つづけて、そうでないときも、僕は充分に満たされていて、充足にはまた別の定義もあると知っていた。


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2012年3月 2日

 2月の電気代を、1500円以下に抑えることに成功したのが、とても嬉しかった。意味もなく数値目標を設定して、それをクリアする喜びには、麻薬的なものがあった。


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 一日中食べ物のことを考えていようと思ったが、一日中というのは難しかった。スモークサーモン、サーモンの刺身、サーモンの塩焼き‥‥。


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2012年3月 1日

 生食用のサーモンを買ってきたのだが、怪しかったので塩してカリカリに焼いて食べた。白ワインをワイングラスで飲んだ。すべて正解だったと思う。


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