僕はいくつかの考えを持っている。考えというか願いで、全部普通の願いで、健康でいたいとか面白おかしく暮らしたいとか、そういうこと。誰もが願うような願いだ。それについての考えは持っていない。
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僕はいくつかの考えを持っている。考えというか願いで、全部普通の願いで、健康でいたいとか面白おかしく暮らしたいとか、そういうこと。誰もが願うような願いだ。それについての考えは持っていない。
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映画(海外)
「吠える犬は噛まない」 ジュノ監督 韓国
好きだったことを思い出していると、僕はちょっと変な気持ちになる。
好きだったことを実際に体験しているときより、あとになって思い出している方がもっといい気持ちになる。
今まででいちばん好きだったことを、今まで以上に僕は好きになっていくので、
明日の好きなことは、昨日の好きだったことを、永遠に超えられない。
映画(日本)
「スカイ・クロラ」 押井監督
手紙を無視するって残酷だと思う。話された言葉を無視するより書かれた言葉を無視する方が残酷だと思う。要するに現実ってそういうふうに残酷だと思う。
小説(海外)
「ナンバー9ドリーム」 ミッチェル
「いろんな人たちの間にある違いって、自分がなんで今ここにいるか、っていう問いにどう返答するかで決まるんじゃないの」
小説(日本)
「5」 佐藤正午
「愛の記憶と、愛は別のもの」
テレビドラマ
「恋愛時代」 韓国
ブログ
「新宿NHK」
幻のブログ。残念なことに今はもうありません。昔、ここに影響受けてノルウェイの森意訳、なんてことやりました。
ライブ
「ルーファス・ウェインライト」 大阪
アルバム
「イン・マイ・エレメント」 グラスパー

人
「ベッカム」
クルマ
「RX8」 マツダ
アート 写真
「本城直季」

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寝て起きた。目覚まし時計が鳴る。何時だ? もちろん5時。5時にセットしたのだから。当たり前の話。
僕は何をしている? 何をしていた? 何をする? もちろん仕事。僕は働いているのだ。
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11月29日に11月は終わるような気がして、それで30日には何が終わるのだろう、と思っている。理解した後で諦めてしまうような怒りを、僕は抱くことがないように。
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怒りを高めていくと、人は「思い出す」らしい。
さらに高まった怒りで、よりハッキリと思い出すと、次には「理解する」。
さらにさらに怒り、理解が深まると、「諦める」のだとか。
いわば「怒り」の三段活用、
思い出すことも理解することも諦めることも。
というわけである、
下手に怒りを鎮めてはならない。
怒りがおさまっていく過程で、人は忘れ、
わけわかんなくなり、
異常に執着するようになるのだ(わけもわからず)。
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オンリーワンよりもナンバーワンがいい、というまったく反対の歌詞に変えて、スマップの「世界にひとつだけの花」を、僕は歌った。本心ではないが、反対の意味にする、というところに意味があり、ひとりでこっそり歌った。僕はイチが欲しい。
オンリー1でもナンバー1でもない、ただのイチ。
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出ていくときには、僕はいつも、反対側のドアを使った。反対側という側があり、そこにドアがついていれば、の話ではあるが。入ってきたときと、同じドアから出ていくのは、僕の美学に反するわけだ。
このプログを読んで、僕にメールをくれた何人かに会った。そのときに僕は、この話をすればよかった。美学という言葉を使わずに。反対側という側と、ドアの話を。そしてそのドアを開けて、帰ればよかった。
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戦争があって、それに参加した、元々は勇敢だった若者が、臆病者になって帰ってきた。僕も戦っていて、それは終わった後で、僕を臆病にしてしまう戦いで、まだ帰ってこれずにいて、僕は知りたいと思う。臆病だった若者が、勇者になって、帰ってこれるような戦争が、どこにあるというのか。皮肉ではなくて。
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冬の朝は白くて、風景は昔家にあった、モノクロのテレビだ。朝、家を出るとき、外がまだ暗いのも悪くない、と思った。電車に乗っていると、テレビが点くみたいにして、夜が明けるのだ。
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美の女神というものがいるとして、もちろん美しいんだろうな、と思う。では金銭の神はどうだろう。やつは金を持っているのか。などと考えた。どっちでもいいけどな。まぁ意外と貧乏だろう。それで美の女神に借りてたりする。
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ものすごく良いことについて、僕は間違わない。僕が「これはすごい」と思う物や人は、本当にすごい。100%素晴らしい。
しかし反対に、ひどく悪いことについてはどうかというと、僕が「これはひどい」と思う物や人の中の、本当にすべてが、ひどいわけじゃない。(中にはいい人もいた。)
良いことについて、ちょう良いことについて、僕は絶対に間違わない。しかしちょう悪いことについては、僕はときどき間違うのである。
こりゃひでーなー、と思う僕の判断は、100%ではない。それを覚えておこうと思う。
何かに感動したとき、ちょう感動したときの自分は、信じてもいい。でもむかついたとき、まじむかついたとき、最悪だ、ちょうありえねー、と思ったとき、そういうときの自分には、要注意だ。僕が間違うとすればそこなのだ。
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ところで僕の夢は、デパートと何かが合体した高層建築物が舞台となるケースが、非常に多い。デパートと合体した、その「何か」に、僕は勤務していたり、住みついていたりするのである。そこはホテルだったり、学校だったり、動物園だったり、神社だったり、ライブハウスだったりして、僕は何日もぶっとおしで座りつづけ、同じ大仏を見ているものだから、人々も勘違いして、僕を拝んでいく。
そう、慣れてしまえば、創造と呼ばれるものも、芸術ではなく、たんに、穴を埋めていく作業にすぎない。夢もそれと似ている。昼間の僕が掘った穴を、夜の僕が埋める。平らに均していく。
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移り気、という花言葉を持った花の香り。夢だった。デパートと虹と大学が合体した建物で働く知人を訪ねる。それも、また夢だった。知人は大学の方に勤務していた。知人の仕事が終わる夕方までの時間を潰す。虹が消えた。
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まぶたの右隅で夢を見ていた。画面が、ずっと正面にきてくれなかった。脳に障害が起きたのかと思った。もちろん違う。でもそんなことを思って見ていたせいで、夢は悪夢になった。逃げ切れず真夜中に目覚めた。
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中田英寿とジダンが、テレビで対談しているのを見て、こんな声だったっけ、と思った。ナカタって。録音して聞く自分の声みたいで、違和感があった。ジダンのコメントは字幕で、何を言っているのか、わからなかった。テレビは遠くにあった。
サッカーは個人でプレーするスポーツではなくなりつつある、のかも知れない。
食器を洗う、米を研ぐ、洗濯物を干す、顔を洗う、寝る、といった、行為と行為の間にも、行為はある。息を吸って吐く以上の何かを、僕はしている、と思う。夢を見ていない時間帯にも、暗いまぶたの裏で、瞳は何かを見ている。昼の空の、そのさらに上空には、ちゃんと夜があって、星も出ている。
11月の雨はどこに降るのかと言えば、11月の景色の上に、主に屋根に、そこから道に、川に、ほんの少しだけ眠い僕の上に。
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夜景が醜い町を、僕は知らない。そこに寂しさや、恐怖、哀しさがプラスされることはあるけど、基礎的に、夜景は美しい。
が、それで夜はどうなんだろう、と思った。夜は美しいだろうか。夜と夜の景色は、同じものだろうか。
僕は今、どこにいるのだろう、と思う。夜の中にいるのか。それともここは、夜の景色の中だろうか。
明くる朝はただの朝だろうか。それとも朝の景色か。知りたい、行ったり来たりは可能か。
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言葉を武器にして戦っている人と、言葉を武器にしないことを武器にして、戦っている人が、言葉で勝負したら、前者が勝つかも知れない。でも後者は、負けないだろう。逆かな。
負け惜しみは負けてから言うつもりだけど、勝つかも知れないやつと、負けないやつが戦ったら、どっちが勝つだろう、と思っている。
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行為と行為の間で、気がつくと僕は、辛酸なめ子に、おとといせい子というあだ名を、勝手につけて、パソコンに呼びかけている。深夜にタクシーで帰宅、朝は8時に起きて、風呂に入り、昼食後に出社する、といった、生活の中、出来事と出来事の間に、僕は自分を生かしている。
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他の誰のためでもない、自分のためだけに書いた文章、って意外と自分のためにはならないものだ。自分に向けた言葉、って自分には決して届かないものだ。自分を第一に考えるなら、自分を第一に考えちゃいけない、ってことで、これは矛盾でも何でもない。
過ちから学んだことが1つだけある。そのような過ちからは何も学べない、ってこと以外に1つだけど、それで2つにはならない。
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赤い椅子の隣に青い椅子があって、僕は赤いやつに座ったのだけど、当たり外れではなかったようで、何も起こらなかった。それなら青に座れば良かった、と後から思う。
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パーフェクトレインボーを見た。今朝、まじ完璧なやつ。空の端から端まで、ほんとCGみたいなやつ。通行人が全員、立ち止まって見上げた。1人残らず。
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中年の男が、僕の顔を見て逃げ出す、途中で、何度も振り返り、恐怖とも嫌悪ともとれる表情を浮かべて、こちらを見た。そこは書店で、直前まで男が手にしていた、歴史小説が、床に落ちた。今月に入ってから、これで2回目だ。
男が、僕を見る。驚きのあまり、手にしている傘やら、コンビニ弁当やらを落とす。「何でお前がこんなところにいるんだ?」的な表情。それから逃げ出す。そういうことが2回だ。誰かさんにそっくりな僕は、中年の男たちを、怖がらせている。
人違いでトラブルに巻き込まれなければいいな、と思う。とにかく、気をつけよう。駅のホームで電車を待つときは1番前に立たない。夜道の1人歩きは避ける。というか外出そのものを控える。
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僕はいまだに、「これ」という格好いいマフラーの巻き方を見つけられないでいて、とりあえずで誤魔化している。今は仮の姿、自分にふさしい巻き方がきっとあるはずだと信じているが、そういうのって幻想だろうか。どこにもいない「本当の自分」のような。
ドンドンドン、ドンキ、ドンキー、ホォーテェー。歌も覚えた。下着や靴下は全部ドンキホーテで揃えることに。ユニクロは見切った。無印も早く歌をつくるべきだ、と思う。
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「いい日じゃないな、と思ったら、いい日にしちゃいましょ」
という残念賞みたいなビールのコマーシャルがあって、僕はわりと好きだった。
いい日があって、あまりよくない日がある。
でも僕にはもう、どれがいい日で、どれがよくない日なのか、わからない。
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1人でしなくちゃならないことを、1人でするためにすべきことを、インチキして僕は、2人で学んだ。
本当に1人で生きている、ハードボイルドな大人の男たちは、そのやり方を、自分1人で学ぶのだろうが、僕は違った。
読む本もなければ、見る映画もない、そんな雨の夜を、1人きりで過ごすやり方を、晴れた昼間に僕は、2人で学んだのだよ。
事実の前に「もしかしたら」を、後に「かも知れない」をくっつけて、それを本当の気持ちだと言って、つき合って別れた人と、2人で。
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家に向かう、深夜のタクシーでは、壊れかけのラジオが、つっかえつっかえ、ブルース·スプリングスティーンの、ザ·リバーを、鼻声で歌っていた。
誰が泣いているんだろう、と思ったのだった。
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暗い部屋に、夜帰宅して、窓の向こうの闇を見る瞬間が好きだ。出かけるとき、カーテンは必ず開けておく。自分で自分を騙すように、その時間になるとコンタクトレンズが曇って、ガラスの向こうで、積らない雪が降っているように見える。そういうのが好きだ。
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きっと、僕はそれができる。やらずにいることもできる。だからできると思う。
反対のことができるんだから、そのまた反対もできるだろう。そういう考えでいる。何でもできる。
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最近、読み間違いがひどい。キティをキモイと読んでしまった昨日の件で、それを痛感する。字を見ても、読まずにいようと思うのだが、上手くいかない。字は読んでしまう。
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目の前に仕事を広げて、仕事を見ている。日月と休んで、火曜の午後から出勤すると、事務所の雰囲気が変わっていた。水木と、様子を見ていた。誰かがまずいことになっている。
いなくなったので死んだと僕が思った人たちが、また目の前にあらわれて、ということが毎朝繰り返される、それが仕事だった。ときどき辞めたくなる。
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「僕」と「現実」の間にあるものなぁんだ?
またなぞなぞを考えた。
それは「僕」と「世界」の間にあるものでもある。
壁ではない。
溝でもない。
そこにある隔たり、
僕とあなたの間にあるその隔たりを、僕は「記憶」と呼ぶ。
あなたの記憶が、僕をあなたから遠ざけ
ている。
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本当に忍耐力の問題か。良い気分のままではいられない。悪い気分のままでもいられない。良くも悪くもない、という状態なら、長時間耐えられる。僕は耐えているのか。だとしたらそれはなぜか。
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テレビを見過ぎて馬鹿になった人を、少なくとも1人、僕は知っているような気がする。僕は、もっと時間のかかる別の方法を選んだ。馬鹿になるのにも、僕は時間をかけた。それで良かったのかどうか。
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「寒さ」から僕がイメージするのは「スリル」で、だから夜はスリリングだ、冬はスリリングだ。もっと寒くなってほしいと思う。昼間でも凍えるくらいに。
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一生分の出来事が、一生の間に起きるとは限らない。むしろそうならないことが多いだろう、と思う。悪いことではない。
一生分の出来事が人の一生を超えて起きるからこそ、無意味に思えるすべてのことを、僕は信じてつづけられるのだ。
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答えも思いつかないままに、広げるとB5、畳むとB全になる紙なぁ~んだ? というなぞなぞを考えてみたわけだが、つまり僕の気持ちは、そんな紙に記された、矛盾する言葉の繋がりなのだ。
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違う2つの物語を、1つのやり方で捉え、同じ教訓を得る、別々の僕と、同じ1つの物語を、2つ以上の角度から眺めて、違う教訓を得る、1人の僕に、僕は分裂していく。
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万引きして逮捕される、という遠い過去の経験からも、同情から始まる恋愛からも、ネットの向こうにいるバックギャモン·プレイヤーからも、雨宿りしたカフェで貸してもらった傘からも、教会と聖書と賛美歌からも、僕は同じことを学べると思うが、逆に言えばそれが僕なのだ。同じことを学んでしまうのが、僕なんだと思っている。
僕の人生がお話になるか、それとも生き抜けないか、どちらかという状況の下で、ギリギリの僕が語り出すストーリーは、それが何についての物語なのか考える、というお話になるだろう。
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オレンジ色の麦藁帽をかぶった黒人の信者12人の夢を見た。白人の太った警官は見張りだった。みんなが待っている教祖はたぶん僕だったけど、夢の中に入れなかった。
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雲の向こうに、まるで夕日のような朝日。コケシに似た乗務員から、チケットを買うころにはまた眠い。普段無意識の内にしていることを、意識してやろうとすると案外できなかったりすることに気づくまで、僕はそれをしていた。
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待っている間に、ホトトギスは死んでしまうかも知れない。誰かが鳴かせるかも知れないし、勝手に鳴くかも知れない。とにかく、待っていれば、何かが起きる。僕は今、そんなポスト家康的心境である。秋にホーホケキョが聞きたいわけじゃないけど。
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僕は子供ではない。子供は僕ではない。見ていると不安になってくる。そのうちに吐き気がしてきた。最初は仕事だった。ウェブで「子供」の画像を検索してみた。たくさんの画像が出てきた。子供のような子供がいて、大人のような子供もいた。人間のではない子供も数多くいた。どの子供も僕とは似ていなくて、それぞれとても可愛かったが、不安は消えない。僕は子供ではない。子供は僕ではない。と呪文のように繰り返すのだった。
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もっと大人になれば敬語など使わなくてもいいのか、そして最終的には礼を言わなくてもいいようになるのかは知らないけど、いつの間にか僕も大人になって、「ありがとうございます」と「ありがとうございました」を自然に使い分けられるようになっていた。
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今は知らないことを、かつては知っていた。かつて知らなかったことを、今は知っている。というわけで人生が、5勝5敗になるなら、苦労はないけど。「何を考えているのかわからない人」が何を考えているのか、僕は知っていたのである。今では、見当もつかないことを。
ギブミー5。僕に5をくれ。10の内の5なんかじゃない、ただの5、本物の5を。
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枕に鼻血がついていたので、カバーを外して、シーツと一緒に洗う間、ラフマニノフの、ドラマチックな、ピアノ協奏曲をかけておく。ロバート・グラスパーの、新しいアルバムが出ているのは知っている。でも、あまりにも期待が大きすぎて、聴けないでいる。佐藤正午の新作を、未だ読めないでいるのと、同じ理由だが、音楽に関して、新しい何かを期待できるのは、もう、グラスパーだけなのだ。
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車道の真ん中辺りに、小さな赤い風船が、1つ漂っていて、黒いワゴンRが、華麗に避けて行った。なんだか、まるでワゴンRのコマーシャル! と思って、ワゴンRが欲しくなった。でも今考えてみれば、ポイントは風船にあったのだろう。風船の大きさや、色や形が、ほんの少しでも違っていたら、あの場面は、車のコマーシャルのようには見えなくて、僕は何を欲しがればいいのか、わからなくなっていた、と思うし、そのことを、すぐに忘れようとしたはずで、別の日に、もっと小さくて、重い球体が複数、道端に捨てられているのを見ても、何も思い出さなかっただろう。
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人から許されて自由になる僕がいる。人から許されて心豊かになる僕がいる。けど、そういう僕は、自分がどれだけ自由なのか、自分がどこまで許されているのかを気にして、本当はちっとも自由じゃない。
そもそも自由とは何か、なんて考えてしまったりする、全然自由じゃない。
そういうのって自分で自分に許すものだ。僕は自由であることを自分に許している。自分が実際に自由であるかどうか、また自由の定義みたいなものは、あまり気にしない。
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ひとりのときほど、僕は行動で示す、ひとりごとを言わない、僕のひとりでする仕事が終わると、夜で、家に帰って、眠って、目が覚めると夜で、僕はまばらな夜の中に、閉じ込められてしまったよう。
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深夜、閉店時間を過ぎた安食堂、馴染みのウェイトレス、待ちきれずに、床掃除を始める、外国人の店員の横で、コートも脱がず、テーブルに肘をついて、フォークとナイフを使っている、僕は、多田由美の昔のマンガの、主人公になったつもりでいる。
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紫色のタクシーが止まった。紫色の女が降りた。ところで10月ってのは、10月何日から何日までのことを、言うんだ? 僕の感覚では10月は10月1日に始まって、10月10日で終わる。10月はとても短い。今は何月なんだろう、って思う。
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今の僕がどう思うかではなく、未来の僕が今を振り返ってどう思うか、そのことの方が今の僕にとっては、重要だと思ってしまう。
その先の僕が、僕と違うことを感じているのに、そのさらに先で、僕たちは同一人物だと言い張る。
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昨日、ドリームを見た。彼女のハートが、ハート型をしていた。僕のスペードは、勝てなかったけどエースで、キングだけが王様だった。ひとりで踊った。
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