2009年7月 9日

本当に

 本当にあったから、「あった」と言う。でも「本当にあった」とは言わない。僕はそれだけ。


 本当になかったから、「なかった」と言う。でも「本当になかった」とは言わない。


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2009年7月 8日

ダビデ

 筋トレをした直後に上半身裸で鏡の前に立ち、ダビデ像のポーズでキメてから風呂に入って寝た。年齢や性別、職業を偽ってウェブで日記を書くことは、社会に出る前の若者にとって、教育的に優れた体験になるのではないか、という気がしてきて少し笑った。たぶん「ぼく」を装おうことはできない。


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ホームセンター

 近所のホームセンターで、外国のカブトムシが売られていた。びっくりしてしまった。30分ぐらいずっと眺めていた。昭和が遠くなった。忘れていたことを思い出し忘れた。


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7

 好きな人が好きで、嫌いな人のことは嫌いだけど、僕は人を嫌いになることは、それほど嫌いではない。人を嫌いになることを、嬉々としてやっている自分に気づいた。


 ・


 まず殴った。それから質問した。猪木と同じだ。7日は僕の誕生日だったけど、そのことは口にしなかった。ハッピーなんとか、なんて展開が、安直すぎた。ラッキーなんとか、僕は、その方が好きだった。


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2009年7月 7日

ムーンウォーク

 人生は登山に喩えられる。たぶん、下山にも喩えられると思う。下り坂で、僕はムーンウォークしている。


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疲れ

 長く走りつづけるには、疲れない速度で、楽しみながら走ると良い、などと言う。


 この「走る」には文字どおりの意味の他に、「働く」や「生きる」の意味があるんだろう。


 僕は疲れることが嫌いではない。


 好きとまでは言わないが、疲れない程度の速度で長く走りつづけて、何が楽しいのかな、とは思う。


 退屈じゃないのかなと思う。


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同じひとりの人間を

 自分の周りに、好きな人が何人かいて、そして嫌いな人がいて、という人間関係が、不自然だった。


 僕の周りには、それほど多くの人が、いるわけではない。


 だから同じひとりの人間を、時間帯によって好きになったり、嫌いになったり、


 そうする方が、自然だったのだ。


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2009年7月 5日

7·5の夢

猫は9つの命を持つというが


なぜだろう?


マイケルジャクソンにそっくりな女の人が


死んだふりをしている画像を


ネットで見た


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74の夢

生きている間に誰か1人


他人を殺さなければならない


そんな法律が施行された


近未来の日本


という夢を見た


殺人経験のない


大人は「童貞」って


呼ばれてた


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2009年7月 3日

Time is not Money

 時間を大事にしなさい。その昔、10代のころ、尊敬する年上の女性からこんなことを言われた。


 キミに持つことができるのは、思い出だけなんだよ。


 それは本当にそうだった。僕が持っていられたのは、過去だけだった。


 時間はお金ではない。時間を使うことはできない。


 時間を持つことはできる。キミは「持つ」ことしかできないの。ずっと大事に持っていなさい。


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2009年7月 2日

250

 生花という字を遠くから見た。「生活」に見えた。店では生活を束にして250円で売っていて、安いな、と僕は思った。その日のランチは、700円だった。


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2009年7月 1日

比喩子

 午前中、雨が強く降った。午後になると雨は、とても弱いとは言えない、そんな降り方をした。ふざけているのかと思った。


 比喩子にメールした。雨雲が雨雲のように見えた、と。少し違うものに見えるべきなんじゃないか。比喩子のやつ。


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防御は最大の攻撃か?

 泉に鉄の斧を落とした。血相を変えて泉の精はあらわれた。


「どうしたんすか、そんなに慌てて?」


 と僕はトボけて訊いた。どうやらマズいことになった。


「泉に斧が落とされたのです‥‥」


 ここは私の大事な泉です。とても・大事な・泉です。


「そうすか、‥‥ところで落ちてきたのは金の斧すか?」


「いいえ違います」


「銀の斧っすか?」


「材質の問題ではないのです」


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2009年6月30日

僕たち

 僕はいつも、わからないことを考える。考えてもわからなかったことは沢山あるが、


 考えているうちにわからなくなってきた、なんて、ふざけたことは言わない。考えているうちに混乱してきた、なんて絶対に言わない。


 でも村上春樹の小説の主人公は言う。


 そして、その「考えているうちにわからなくなってしまった僕たち」を癒す。を肯定してくれる。


 彼の小説を読むと、僕は「肯定された僕たち」のような気持ちになってしまうが、


 本当は否定されたのかも知れない。


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聞き流して

目が覚めるみたいな雨降りの音を聞きながら聞き流して寝てしまえると思った。


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2009年6月28日

悲しみを買う

 プライスレスの悲しみを、僕は悲しめないように思う。


 僕の悲しみには、お金がかかっている。


 悲しいと感じる僕は、1つ損をしたわけではない。


 でも、そんな気持ちになってしまう。


 悲しいときには、お金を損したみたいな気分になる。


 金を出して、また悲しみを買ってしまったような(気分)。


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2009年6月27日

悔しくない

 僕の中で、「悲しい」という気持ちは、いつもたやすく「悔しい」という気持ちとすりかわってしまうのだけど、今回はとっておこうと思う。彼がいなくなってしまって悔しい、とそんなふうには思わないこと。「悲しい」という気持ちを「悲しい」という気持ちのままで、しばらくの間おいておこう。


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2009年6月26日

625の夢

 それはドアノブの形をしていて、電話の機能を持っていた。まわすと、僕の嫌いな人が出てきた。


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2009年6月25日

生き方

 生き方ってなんだろう。生きる方法、スタイル。でも生きるやり方は1つしかないような気がする。


 やり方は1つだと思いこんでいる人と、いくつかあると思いこんでいる人とでは、どっちがどうなんだろう。


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2009年6月24日

具体例

 ギブミ・ユアハンドか。ボウイ様。そういうのもいいけど、僕は僕で、右手にお箸、左手にお茶碗を持っているのも、悪くないと思う。手はまだつなげない。


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普通の人

 僕の考えでは、とくに正しくはないけど、別に間違ってもいない、そういうものごとは大抵の場合、残酷である。


 例えば、‥‥って具体例を挙げるまでもないとおもうけど。


 いい人ではないけど、わるい人でもない、そういう人はみんな、残酷な人だ。


 普通の人は、というか人間は普通、残酷だと思う。


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いわゆるさわら

 書店で村上春樹の新作を読んでいた。立ち読み。上巻の半分過ぎぐらいまで読んだ。これは村上版『高い城の男』だ、という第一印象にまだ変化はない。


 私は嘘つきだと言う嘘つきは、しかし本当のことを言っているわけではない。「正しい情報だろうか。それともニセの記憶(ディック)か。あるいは未来回想(ナボコフ)かと考えているうちに夏は過ぎていく」。


 登場人物にはほとんど感情移入ができない。昔のキャラクターは可愛かった。羊男とか羊博士とか特に。


 それから‥‥またフランフランでお買い物。家の中がどんどんカラフルになっていく。家では『スカイ・クロラ』のラストシーンだけをまた読む。


「いわゆる」と「さわら」を漢字で書いてから寝る。


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順不同

 平和の小道を歩いた。それから文化の小道を歩いた。順番はどっちでも良かったんだけど、たまたまそういう順番になった。


 赤いクッションを買った。それから青いシーツを買った。これもたまたまこういう順番になった。


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負け組

 ところで変わらない完璧な何かを求める気持ちは、負けている人間のものだと思う。


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2009年6月23日

スギ花粉

 僕は花粉症で、スギ花粉を吸い込むと、眠くなってしまう。そんなわけで春は寝てる。


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青いムギ

 あまりにも美しくないものを見ると、僕は悲しくなってくる。ないしは寂しくなってくる。


 あまりにも美しくないもの、例えば床屋の鏡、パチンコ屋、郊外の中古車展示場、オレンジレンジなど。


 そういう美しくないものを見て、寂しさではなく怒りを感じる人もいる。村上龍もそうかも知れない。


 美しくないものを見て怒りを感じる人々は、本当に美しいものを見ると、悲しくなったりするようだ。


「あなたはなんて美しいんだろう。私はなんで悲しいんだろう」


 ちなみに僕は、本当に美しいものを目の当たりにすると、焦りに似た感情をおぼえる。


 完璧な美を見て、「美しい」「楽しい」と思える人は、その人自身美しいのだろう。


 僕は今完全ではないものを手にして、それにハマって、けっこう楽しんでしまっている。


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確実性

 確実性、というのは守る側の人間が必要とする機能だと思う。僕はもう若くないけどまだ攻める側、奪う側にいる人間で、確実に全部奪えなくてもいいと思っている。それでも勝てる。


 何に?


 いやわからないけど、わからなくても。


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それ以上

 経験から僕が学んだ中で、いちばん重要だと思えることを書く。それはすべては変わるということだ。


 変わるだろうと思っていたことが変わるのはもちろん。変わらないと思っていたことも変わる。


 間違ったことは変わる。悪いことは変わる。もっと悪くなる。もっと間違ったものになったりもする。


 そして正しいことも変わる。良いことも変わる。その「正しさ」や「良さ」が失われてしまったりする。


 いちばんの肝はそこだと思っている。正しいことが、それ以上正しくなるように変わらないのは、実はとても正しいことなのだ。


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2009年6月22日

名前

 映画の中で僕の名前が、女の声で、繰り返し呼ばれた。僕は主人公と同じ名前だった。「僕が僕でなくなってしまうことを願うと、また誰か、違う人が泣いた」。


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2009年6月21日

吐け

 酔っ払いの口喧嘩。お互いに


「ファック・ユー」「ファック・ユー」


 と怒鳴っているのが、どうしても僕には、


「吐けよ」「吐けよ」


「お前吐けよ」にしか聞こえない。


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2009年6月20日

 天気予報ではよく、雲ひとつない、気持ちの良い青空、などという表現をするが、青い空に白い雲は、多少あった方が、僕の気持ちは良い。


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2009年6月19日

From Across The Kitchen Table

「夜遅くに、友達が車で、家に遊びに来た。ダイニングのテーブルで、彼女と僕、いつものように、バックギャモンを何ゲームか。守れる約束を、いくつかして、全部破った」。


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2009年6月18日

モナ

 少し離れたところに、言葉はあった。そこは、「内側」なんかじゃなかった。声は、そこから聞こえてきた。


 モナリザになったつもりで、鏡の前に立った。あのポーズと、微笑みでキメた。それから寝た。


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2009年6月17日

6

 僕は車を持っていた。家にはクーラーと、カラーテレビも2台ずつ。ここはいつも6月だった。永遠みたいなかんじ。


 あと5千年ぐらいぐらいすれば、すべてが変わるとか、でもそういうのは希望じゃない。「目標」みたいなかんじ。実際変わるだろうし。イヤってほど変わるし。


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順同

 自分は幸せだと思っている人間が、本当に全員幸せということはない。けれど自分は不幸だと思っている人間は、本当に不幸だと思う。全員不幸。そう思うことで良くなることなど、まったく何もないから。それは断言できる。


 良い知らせと悪い知らせがある。どちらもある。どちらが重要ということはない。重要なのは順番だと思う。「どういう順番で直面するか」「さて?」


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チェリー・ピンク

 僕と誰かと、2人の人間がいて、そこに穴があった。穴は何で埋めても良かった。真実で埋めても、作り話で埋めても良かった。でも僕は埋めなかった。「誰の手伝いもしなかった」。


 サクランボのピンク、リンゴの木の白。音楽を聞きながら小説を読んでいた。飽きてくると寝た。わりとすぐ飽きたので、たくさん寝た。


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降りようとして頭を打つ

 エアロスミスのギタリストのこと。愛車のフェラーリから降りようとして頭を打ち、病院に運ばれたギタリストのこと。


「この世にあるクルマのすべては、僕の馬鹿さ加減を計測するためにあるんじゃないか、と思うときがある。クルマには関わらないようにしている」。


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順番は重要

『朗読者』が映画化された。好きな小説で、ケイトの裸も見たいけど、映画を見に行くかどうかは、まだわからない。順番は重要で、僕は逆のパターンが好きなのだ。映画を見て、原作を発見するのが好きなのだ。


「大きく変わるものは、少しずつ変わるのかな。もしかしたら


 人は人を、愛さなきゃいけないのか。僕は何となく


 そうは思えなくなってきた。とりあえず憎んでなきゃ


 まぁ、それぐらいで、いいじゃないかって。」


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2009年6月16日

愚考

 愚考とは、「愚かな私の考え」であって、「愚かな考え」ではない。少し違う。僕は愚かではない。考えていることが少し愚かなだけだ。


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考え

 僕は考えを持つという考え方が好きで、そういう考えを持っていた。


 今に見てろよ、と僕は思った。そして自分で自分を見ていた。


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真っ赤

 マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『ラヴレス』というアルバムを大音量で聞きながら、昼間はずっと小説を読んでいた。飽きてくるとダイニングの真っ赤なテーブルに、片足をのせた。ゴーヤの入ったカレーを食べて、友達にメールした。


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左2

 僕は、ひとり暮らしで、女とも動物とも結婚していないが、食器はペアで持っている。箸、マグカップ、茶碗、あらゆる種類の皿。どうしてだろう。食卓の椅子は2つある。僕が座る椅子は、いつも決まっている。座らない方の椅子には、洋服がかけてある。「ダブルベッドには、枕が2つある。僕はいつも、左側で眠る」。


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サクセス

 ハゲが減ったなぁ、と思う。最近はあまり見かけない。


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2009年6月15日

普通の時間 普段の場所

 あるところへ行けば、僕は非常に幸運な男だ、そのはずだ。でもその「あるところ」が、どこにあるのかわからない。僕は僕の幸運を、どこで掴み取ればいいんだろう。


 宝くじ売り場は、僕が幸運を掴むのに、相応しい場所ではないと思う。競輪場とか、そういうところは絶対に違う。


 ある時間が来れば、僕は幸運な男になると思う。またある時間が来れば、僕は不運な男になる。


 普段はすごく普通だ。


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2009年6月14日

慣れること

 慣れることに関して、僕は選り好みしなかった。


 嬉しいことにも、辛いことにも、最後には慣れてしまう。


 それで辛くなくなるわけではないが、そういうことは繰り返しやってきて、


 僕はなんだか、何かの訓練をしているような気分になる。


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2009年6月12日

ズボン

 全員が知的障害者、という軍隊を想像して、変な気分になった。戦いはしない。彼らは働いている。ズボンを穿いている。


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2009年6月11日

昔の曲

 ギターを抱えた年齢不詳の男が、道端でRCサクセションの昔の曲を歌っていた。


 スローな曲はよりスローに、テンポの速い曲はオリジナルよりもっと速く。


 へぇ、と思って聴いていた。


 悲しい曲はより悲しく、楽しい曲はより楽しく?


 でもそれは、そいつには無理みたいだった。


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不惑

 20代から、30代になったときとは違った。「変わった」というのではなくて「終わった」。40代は、30代の延長ではなかった。ポジティブに考えれば、「第2の人生」といったところだ。そして僕はもう、ポジティブに考えるしかなかった。


 選択肢はそれしかない、という事実を、どうポジティブ·シンキングすればいいのか、まだよくわからないけど、それ以外になかった。


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2009年6月 9日

ウォーキング

 新幹線の中でウォーキングしてるおじさんを見た。見てたら足がつってしまった。東京までずっと、天気曇り。


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2009年6月 8日

3

 今日は曇り。鳥が人になる話を考えていたら、腕が3本ある人を見た。3番目の腕は、骨折しているみたいで、白い包帯を巻かれ、くの字に固定されていた。胸を隠していた。


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2009年6月 6日

嫌だけど

 そう言えば僕のまわりに、死を怖れている人はいない。死に怯えながら生きている人を、僕は見たことがない。生きることを怖れている人はいると思う。僕も死ぬことは怖くない。


 死ぬのは絶対に嫌だけれど、でも怖くはない。生きていく方が、ずっと怖いと思う。もちろん生きていたいけど、でも怖いか怖くないかで言えば怖い。


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脱カラス

 脱糞したカラスが嘴の端で笑った。カラスも笑う。天気晴れ。


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意味

 今日はいい意味でいい日だった。悪い意味では悪い日だった。たぶん。

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2009年6月 5日

まぁ普通は

 思い出すということは、何かを確認することであって、何かを感じることではなかった。まぁ普通は。


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2009年6月 4日

あらすじ予想

小説『空気さなぎ』を世に送りだしたことにより


天悟は出版業界を追放になる


『空気さなぎ』も発禁になるが


アンダーグラウンドで人々の話題になる


ところで『空気さなぎ』には


明らかに青豆をモデルにした


としか思えない


登場人物がいた


青豆は天悟を探し出し


2人は『空気さなぎ』の作者に会いに


「高い城」へ行く


作者は


『空気さなぎ』は自分で考えた物語ではなく


とある占い・易・予言の結果を


そのまま書き写したにすぎない


と告げる。その「予言」によれば


『空気さなぎ』こそが現実であり


青豆や天悟が生きているこの世界は


現実ではない


いずれ覚める夢のようなもの


だが青豆と天悟は


違和感だけを残して


消えていく自分たち


の過去に殉じて


生きていく(死ぬ?)決意をする



おれたちはイモ虫だ


葉を食い荒らす害虫だ


『さなぎ』のラストシーンは


ウォンチュー


書き直してくれ



以上あらすじ予想


外れますように‥‥


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『空気さなぎ』と『イナゴ身』

『高い城の男』は、第二次世界対戦で、ナチスドイツや日本が連合国側に勝利した、もしもの世界の話だ。


 その物語の中で、人々は、「もしもアメリカが日本に勝っていたら?」という設定で書かれた奇妙な小説に、心惹かれていく。


 だがそれは、真実の物語なのだ、それを僕たちは知っている、世界は‥‥?


 まだ冒頭の二章を読んだだけなのだが、村上春樹の『1Q84』と重なる。


『空気さなぎ』ってのが『イナゴ身』の役割を果たすのだろう、と僕は予想しているけど、


 それだとある程度先が読めてしまう、まだ始まったばかりなのに!


 この予想は外れて欲しい。


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プリウス

 どこでもドアが現実のものになって、自動車が要らなくなった世界で、それでも自動車に乗る人がいたとして、その人はプリウスに乗るだろうか。インサイトに乗るだろうか。


 みんなが超能力者になって、テレパシーが普通に使えて、他人の心が読める、言葉なんか要らない、そんな未来が来たとして、それでも手紙を書く人は、何を伝えるだろう。


 真実を書くだろうか。


 書かないと思う。嘘を書くと思う。


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2009年6月 3日

Tシャツを1枚

 丸井の通販のカタログが送られてきた。僕はTシャツを1枚買おうと思って、いろいろ見ていたんだけど、決められなくて、そのうち寝てしまった。


 僕にとって「決める」ことは、結局いつも「眠くなる」ことなのだ。何も決まらないうちに、寝てしまうことなのだ。


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悟りは眠り

 悟りを開くこと、僕にできる中でいちばん頭を使わずに済むことが、それだった。悟りを開くときには、頭が僕を使った。僕は時間をつくって、毎日、頭に自分を使わせてやる。頭は変な宗教の儀式のように、「何も欲しがらない自分」を、僕にイメージさせようとする。そうすると瞑想状態になって、「僕たち」は眠くなるのだった。


 僕にとって悟りとは、目覚めることではなかった。天国への上昇ではなかった。逆だった。それは深い眠りに落ち、決して目覚めないことだった。


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趣味の心

 僕は自分の感情を表現する必要はないと思う。感情表現を必要とする人生、そういう人生はあると思うけど、それは僕の人生ではない。


 ときに怒ったり笑ったりして、感情を表現することもあるけど、それは必要に迫られてやっていることではない。言ってみれば趣味だ。僕が悲しんだり喜んだりするのは、僕の趣味だ。


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与えられたもの

 僕は自分で望んで生まれてきたわけではない。とりあえず命、人生というものを与えられ、与えられてみて後からその面白さに気づいたわけだけど、本当に面白いもの、大切なものって、「そういうもの」なんじゃないか。


 僕はすでに、それを与えられている。望んで手にしたわけではないけど、持っている。すごい。そういうふうに考えてみると、面白い。気づくのは、もう少し後でもいいんだ。


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