詩集どうでしょう?
詩を書いて出版しました。
息子がボール遊びをしている。そのボールは惑星なのだそうだ、息子によると。これが火星、これは冥王星‥‥
冥王星はもう惑星じゃないんだよ、と指摘しようとして思い留まる。
冥王星と2人でお風呂に入ってもいいかな? と息子は訊く。
お母さんと一緒に入りなよ。
駄目だよ。お母さんは冥王星が大嫌いなんだ。
じゃあお父さんと一緒に入ろう。
お父さんも冥王星嫌いでしょ。
知ってるか、冥王星は惑星じゃないんだぞ。
僕は息子を泣かせてしまう。
そいつに近づいた。
踊りながら近づいた。そいつはまず踊ってない者を食べた。踊ってない者を全員食べてしまうと、次は踊りの下手な者を食べた。そいつの周りには、見事に踊る者だけが残った。そいつは次に、あまりにも見事に踊る者を1人食べた。僕たちダンサーの間で、激しい混乱が起きた。するとそいつは、混乱した踊り手を食べた。
ピアノの音に誘われて、大広間に入った。そこには1台のピアノがあり、女性が演奏をしていた。ピアノの周囲には、着飾った人形が何体も立っていた。人形たちは等身大より少し大きく、服はどれも小さかった。
君と僕は手を取って歩いた。足音を立てないように静かに。人形の森をかき分け、そっとピアノに近づく。ピアニストは何も書かれていない楽譜から顔を上げた。
野球をしていた。僕たちのチームの投手は車椅子に乗っていた。彼は5回まで投げた。その後で僕がマウンドに立った。チームは1点差で負けていた。
投げようとすると、つづきは明日にしよう、という声が上がった。みんなが同意した。マウンドを降りた車椅子の投手もその方がいいと言うので、仕方なくそうした。僕は家に帰った。
ぬかるみの中を歩いていた。僕も女房も泥まみれだ。僕たちの子供は僕たちより少し先を歩いていた。ときどき転んだりもした。しかし彼は綺麗なままだった。彼の靴も服もまったく汚れてなかった。同じ道を歩いているはずなのになぜだろうと思った。僕の女房は嬉しさのあまり泣いていた。
南へ旅行に行った。帰ってきてその話をすると、「私も行きたい」と君は言い出した。君を伴って僕はもういちど出かけた。僕は君を案内することができるだろう。
(到着した。)
町に出た。暑かったので水を買おうとした。しかし君のクレジットカードは使えなかった。僕のカードも使えなかった。どうしてなのかわからない。僕たちは現金をほとんど持ってなかった。
バスがやって来て僕たちの前で停まった。扉が開いた。大きなバスだったが将棋の桂馬のような動き。軽快な動きだ。運賃は無料だという。乗客は1人もいない。僕たちが乗り込むとバスは動き出した。バスは町をグルグルと巡回し始めた。バスに乗って見れば小さな町だった。
アイドルのコンサートを観ていた。僕の隣に、ステージで歌うアイドルとそっくりな女のコがいた。クローンなのだ。そのコと手を繋ごうとした。抱きよせようとする。抵抗はされなかった。彼女は本当は嫌がっていたのかも知れないがわからない。彼女に意志があるのかわからないという意味だ。僕はもうステージは観てなかった。
スキーの板を持った男の人が、すれ違いざま私に、「パパ活は楽しいかい」と言った。目が点になった。
「冗談も通じないのか‥‥」
「スキーは楽しいですか?」と私は訊いた。
「わからない。スキーはやったことがない。今からするところさ」
「私もパパ活はしたことがありません。今からするところでもありません」
「そうかい」
その背の高い女の人との待ち合わせ場所へ向う途中、別の背の高い女の人に出会ったのだが、その人は「自分こそがあなたを呼び出した女」なのだと言った。
僕はウソツキの女に話しかけた、「君が僕を呼び出したとして、何の用なの?」
女はウソを答えた。(ホントウだったのかも知れないが、僕はその話を信じない。)
女は1人で喋りつづけた。ピノキオの鼻がのびるように、女の背ものびた。
僕は黙ったまま歩いた。
僕たちが待ち合わせ場所に着いたときも、まだ女は喋っていた。声は遥か頭上から届いた。女の声を聞くために、僕も少しウソを言った。そうすると僕の背ものびた。
約束の人を待ちつづけている間に、僕は女と同じくらいの背丈になった。
野球をしていた。僕たちのチームの投手は車椅子に乗っていた。彼は5回まで投げた。その後で僕がマウンドに立った。チームは1点差で負けていた。
投げようとすると、つづきは明日にしよう、という声が上がった。みんなが同意した。マウンドを降りた車椅子の投手もその方がいいと言ったが、僕は投げたかった。無失点に抑える自信があった。やる気がみなぎっていた。なぜここで中断するのだろう。チームの裏の攻撃もクリーンナップからだ。
世界中の人間が、声を揃えて一斉に、お前のことが「好き」だと言うのと、
1人ずつ順番に、「好き」と言ってくれるのと、どっちがいい?
どっちか選べ、と神様は僕に迫った。
1人ずつ順番がいいです、と僕は答えた。
というわけで、僕の人生は、そういうものになった。
僕の前に行列ができている。
歩いている高校生が、自転車に乗った高校生とすれ違った。さらに僕ともすれ違った。駄菓子屋の前だった。髪を金色に染めた高校生ともすれ違った。全員女子だった。1人の男子もいない‥‥
僕はやっと自分の家の玄関前に辿り着いた。家の周囲をぐるっと半周するのに半日かかった。とにかく大きな家だった。
ひどく蒸し暑い夜が、前の方から来た。それとすれ違った。すると朝だった。
どこへ行くの、雨の朝が訊いた。
買い物だよ、コンビニまで、すぐ戻るよ、僕は答えた。
コンビニでは接着剤を探した。それが欲しかったわけではない。けど探した。
僕は白い短パンをはいていた。ブリーフのように見えるデザインで恥ずかしかった。でもこれしかないのだ。長いジャケットを借りて着た。家にいた、知らない女のものだ。それから、膝まであるブーツをはいた。足には毛がなかった。まるで女のようだった。
異常な夕焼けの中を歩いた。赤い光源は2つあった。東の空にも、西と同じ夕日が沈み、僕は天動説を信じた。太陽が動いているのでなければ、このようなことはありえない。地球は丸くない。地球は平らなのだ。大地の端まで行こう、と決めた。このまま、徒歩で。
‥‥ひどく蒸し暑い夜が、前の方から来た。それとすれ違った。すると朝だった。
ダイアナ妃が書店に来て、店中の本に自分の名前を書いていた。僕たちは茫然と見守るだけだった。
ダイアナ妃はペンを落した。誰も拾ってやろうとはしなかった。彼女がそれを拾うために屈めば、下着が見えるだろうと期待してのことだ。実際に思っていたとおりになった。
帰りませんか、と従者の1人は言った。もう充分でしょう。
道を歩いていた。5円玉が落ちていた。ラッキーと思い拾った。
しばらく行くと、今度は50円玉が落ちていた。拾ってポケットに入れた。この先には500円玉が落ちているだろうと思ったら嬉しくなった。足取りは軽くなった。
清原の豪邸の脇を2度通り過ぎた。道に迷った僕らは同じところを堂々巡りしているのだろうか。そうじゃなくて清原は日本中に家を持っているのかも知れない。清原って誰、と君は訊いた。
交差点を左折した。そのときまで僕らが運転していたのは車だった。今乗っているのは自転車だ。坂道を滑り降りる。そうすると僕らは歩いていた。
高速道路を歩いて横断した。サービスエリアの売店に入った。店内ではヤンキーが1列に並んで、自分で自分に焼きを入れていた。ある者は煙草の火を腕に押し当て、またある者は自分で自分を殴っている。
地べたに座っていた見知らぬ人が、僕にそれを渡した。干物だろうか。それは臍の緒だという。誰の? えっ、まさか。そのまさかだよ、あんたのさ。
食べてごらん。食えるわけないだろ? いや、あんたは食べる。勝手に決めるなよ。
食べた者に、永遠の沈黙をもたらすのさ。は? それって死ぬってことだろ? わかってないな、これは言葉を必要としない世界へ行く鍵だよ。
喋れなくなるってことか? あんた、本当に馬鹿だな。
喋れなくなるんじゃない、喋る必要がなくなるんだ。
感情、意志、欲望、そんなものを口に出す必要がなくなる。
僕は理解される、誰もが僕を受け入れる。
みんなが僕の前では黙る。
みんなは「沈黙」になった。僕が「理解」になった。そうして世界を満たした。
レダという名前の女性が待ち合わせ場所に指定してきたのは、レダという店の中にあるレダという星だった。どういう種類の星なのかは知らない。店の中にあるぐらいだから本物の星ではないのだろう。僕は『星の王子さま』に出てきた小さな星を想像した。王子さまの故郷の、わがままなバラが咲いている星を。そして煤払いをしなければならない3つの火山を。
レダはまだ来ない。店には誰もいない。店にはたくさんの星があった。どれがレダなのかわからない。いくつかの星は燃えていた。ずっと燃えている。燃え尽きることのない火なのだ。またいくつかの星は氷だった。決して溶けない氷だ。星たちは霧の海に浮かんでいる。火と氷の間を船が行き来している。僕はいつのまにか船上にいた。
「この船はレダに行く?」僕は船員に訊いた。
「ダレ?」
「誰? 違う、レダ‥‥レダ」
「ダレ‥‥? 誰?」
彼女とは実際に会ったことはいちどもない。ネットの通信で知り合った。
妹は今家にいない。そのガイジンの女のコは妹の部屋に泊まった。妹が知ったら怒るだろう。ガイジンさんが出発した後で僕は部屋を見てみた。綺麗に使ってくれていればいいのだが。
ベッドの上には下着が脱ぎ捨ててあった。あのガイジンさんのものなのか、妹のものなのかわからない。たぶんガイジンさんが忘れていったものだろう。確認のために彼女に電話をかけた。下着は洗濯機にかけた。
やっと電話がつながった。
「あのさ、今パンツはいてる?」
「は?」ガイジンさんは日本語ができる。
「パンツ何色?」
「日本のマンガでそういうの見たことあるよ。ヘンタイ」
妹が帰ってきた。いきなり。
洗濯機の横に小銭を入れておくビンがある。妹はその中に1円玉と5円玉を入れ、10円玉を取り出し、僕に投げて寄越す。
その家にはトイレがなかった。用を足すには少し離れたところにある別の建物に行かなければならない。
その建物のエントランスホールには、『重力の虹』が置いてあった。いつも誰かがそれを読んでいた。
挿絵入りである(文章がほとんどない)。
絵ですべてが説明されている(とてもわかりやすく)。
「僕も読んだよ、その本」と言ってみる。
「どこで? トイレの中で?」
違うけどそうだと答えた。
昼間、僕は歌を歌っていた。音楽としてではなく、運動として。運動をするための、準備運動として。すると、たくさんの人が集まって、中には僕と一緒に歌い出す者もあらわれた。困った、と内心僕は思った。僕は歌なんか知らない。
最初に踊った人たちの顔には、数字や記号が大きく書かれていた。そういうお面をつけているようにも見えた。どっちにしろ表情はよくわからなかった。その踊りも何を表現したものなのか知れなかった。
その踊りが終ると美しい人が舞台にあらわれた。その人は踊らなかった。ただゆっくりと歩いていた。男なのか女なのかわからない。髪は長かったが男なのか‥‥
その人は去った。するとその後に、帽子をかぶった男たちが出てきた。いや違う。雲だ。黒雲を帽子のように頭に乗せているのだ。
彼らもまた踊った。顔を伏せて踊った。どう解釈したらいいのか。どう受け取ったらいいのか。理解できない踊りを。激しい踊りだった。その踊りは長くつづいた。
道路脇に無人のブース。ピンク色の傘が捨てられている。
雨の中を歩いた。濡れた手に巻き尺を持っている。家から斎場までの距離を測ろうというのだ。
道路を渡る。その向こうが斎場だ。同行者と共に信号が変わるのを待っている。
この道の幅は測らなくていい、と同行者は言う。
どうして?
雨が強くなった。訊きたいことがたくさんあるのに。
同行者は手に鞭を持っている。それを振るう。
同行者は傘をさしている。それは父の傘だと気づく。柄に彫られた名前を見た。間違いない。
冥王星は寒いが、冥王星人は寒さを人に感じさせない。ここに震えはない。つねに薄着である。それがマナーだと考えられている。
冥王星人の肌は雪のように白かった。そこに1人茶色い肌の男がやってきた。冥王星人たちは男の肌に暖かい太陽を感じた。男は。
僕は朝の頭に口をつけ、その長い髪の毛を少し食べた。
全部ではない。少しである。乱暴に抱き寄せても朝は拒絶しなかった。それはそうだろう。
アサは僕の指導する学生だった。懸賞論文に応募するのを手伝った。論文は実質的に僕が全部書いたと言っていい。
論文は見事入賞し、賞金の100万円を彼女はゲットしたのだから‥‥
後日副賞の赤ワインが大学の研究室に送られてきた。
「僕はお酒は飲まないんだ」と女に言った。
「持って帰りなよ、君が飲めばいい」
「帰りに落して割ったらどうしよう、心配だな」と女は言った。
「タクシーに乗って帰りなよ」
それはウン万円以上する超高級ワインだ。
僕は口の中にまだ残っていた朝の髪をぺッぺと吐き出した。
トーク番組の司会者の質問に、僕の知らない外国語で答えている君。隣で僕は深く頷き、笑いが起きたタイミングで腹を抱えるゼスチャー。そんな僕を見て、君がにっこりと笑うから。僕はさらに調子に乗って、「ビアンシュー」などと相槌を打った。
僕は殺された。僕はパトカーの中にいた。パトカーはサイレンを鳴らして、道路を逆走していた。後部座席で、僕は横たわっていた。寝ていた。そのときから既に犠牲者だった。
走行中のパトカーのドアが開いた。誰かが入ってきた。犯人だ。そいつは僕に手を触れずに、僕の首を締めた。
白い蝶が階段を上がっている。歩いて上がっていた。
「何で歩いているの? 飛ばないの?」僕は訊く。
「思い出そうとしているんだ」
「何を?」と僕は訊いた。
長い階段を上りきったところにはレモン色のフェラーリが停まっていた。
近づくと助手席の扉が開いた。僕は乗り込んだ。
運転席には誰も乗ってなかった。
「待ってれば来ると思うんだ」
誰に言うとでもなく、僕は呟く。
高校生くらいの男のコが僕に訊いた。
「よじひきは使える?」
「よじひきって何?」と僕。
僕たちの後ろには修道服を着たシスターたちが並んでいる。
閉店後のスーパーだ。
レジ前に行列ができている。会計をしてくれる人はいないが、買い物カゴを持ったシスターたちは、静かに待ちつづけている。
出入り口は閉まっている。店員もいない。
客はまだ買い物をつづけている。
人形が履くような小さな靴下。どうしてそんなものを持っているのかわからない。
それは僕が履く靴下だ?
着ていたTシャツを脱いだ。シャツは縮んで人形が着られる大きさになった。
家のあちこちに裸の人形が置いてある。
人形たちは手に持ったスマホを見ている。
空は雲っている。降ってはいなかったが降り出しそうだ。
着信がありました。携帯から曲が流れてきました。チャイコフスキーの交響曲の悲劇的な部分だけを切り取ったような曲です。弦楽器が、わざとらしいくらいに悲痛な叫び声を上げています。
今の状況にふさわしい曲ではありません。しかしその曲がどう展開するのか知りたくて、僕はずっと電話に出ないでいたのです。耐えられないほどに心はかき乱されていきました。
「私は集合時間に遅れました。みんなから非難されました」。彼女の手紙の最後にそう書いてあった。
その手紙を肌身離さず持っていた。僕のお守りだった。
僕もよく遅刻をした。そのたびに手紙を読み返した。
すると僕よりもさらに遅れて彼女はあらわれるのだ。
起きるとベッドの上に洗うべき衣類が置いてあった。僕はそれを抱えて1階に下りた。風呂場で誰かが手で洗濯をしていた。その横で洗濯機が静かに回っていた。やっとなぞなぞの答えがわかった。僕は着ていたシャツを脱いだ。空は曇っていた。
料亭、ユーミンの曲が流れている。相変わらず、何を歌っているのかわからない。歌っているのは、男のようだ?
料亭の廊下は、坂になっていた。坂を上がっていく。屋根の上に出た。黄色い花が一輪、置いてあった。
花びらから、湯気が出ていた。
体育館には、畳が敷いてあった。今日の体育は柔道だ。真っ先に体育館に行った。午後の最初の授業。先生もまだ来てなかった。
僕は柔道着を忘れてきた。
畳のマットが動かないように、テープで止めている人がいる。よく見るとクラスの女子だ。
体育館の中は冷房が効きすぎていて寒い。温度計を見た。40℃だった。僕はエアコンをいじって‥‥
温度を上げようとする。
虹は降りしきる雨を気にする様子もない。虹はゆっくりペダルを漕いでいる。虹は滲んでいる。
雨がやむと虹は自転車をおりる。履いていた虹色の長靴を脱ぎ捨て。虹はさらにゆっくり進む。ほとんど立ち止まっている虹に、いま僕は追いつく。
戦闘機のパイロットは、1機撃墜すると、アイスクリームを1つもらえる。
僕も欲しい。
撃墜できなかったら、自分で買うのだ。
アイスクリームが嫌いな人には、何をくれるの?
アイスが嫌いな人にも、アイスだ。というか、
お前、パイロットじゃないだろう?
隣国の人間です。
お前の国でも、褒美はアイスなのか?
座席の横には靴箱があった。その舞台を僕は靴を脱いで鑑賞した‥‥。そしてそのままだった。
何日間か、裸足で過ごしたあと、突然僕は、靴を履いてないことに気づいた。
あのコンサートホールに、1人戻った。靴は靴箱に、一足だけ残っていた。
真夜中だった。僕の他にも何人かの人はいて、何かを探しているようだった。
地元のアマチュア演奏家たちが、1列に並んだ。国境までつづく、長い長い列だ。
楽器が用意されていて、歌と演奏が始まった。僕はいちばん右端の、電子ピアノを弾く男性の前にいた。
遠い向こうから、女の人の歌が聞こえてきた。
ピアノはそれとは、全然違う伴奏を始めた。男性は目の前の僕に、歌えと促した。
キワドいコスプレをした女の人のペッタンコの胸を必要以上に長く見ないようにしながら平面的に描かれなかった服はするりと落ちたが僕は意地になって立体を描きつづける。
上の方に描いたんだけど全部落ちてしまったよ‥‥画面の下の方が立体的な女の下着や何かの残骸でいっぱいになった。
激しい雨の音がした。ガラスが割れ、天井や壁が崩れる音もした。顔を上げると、女はハングル文字の形に似てきていた。男だったのかも知れない。もう思い出せない。
すぐに雨は止んだ。夢のように一瞬だった。日が射した。それなのにハングル文字が再び人間に戻ることはなかった。僕は本を閉じた。
22時にスーパーは閉店した。店内にはまだ多くの客が残っていた。誰も焦る様子はない。
のんびり買い物をしている。大音量で鳴らされる「蛍の光」を聞いても。
そのうちに「蛍の光」の放送も終った。出入り口は施錠された。もう何の音楽も聞こえない。店員もいない。消灯した。
どこからともなく、黒いスーツを着た大男があらわれた。「この店は午前3時に開店します」店内に残った客に、そう告げた。
現実を鏡に映した。何もかもがはっきりと見えた。メガネをかけたみたいに。
鏡の外側では、世界はぼやけて見えた。曖昧で、重さがなかった。僕も宙に漂い、印象派の絵画のような世界の中を、流れていく、流されていく。
みんなが流されていくのとは、反対の方向に。
辿り着いた先に、大きな鏡があった。自分の姿が、その鏡に映った。すると、顔だけが、その鏡の中に吸い込まれた。
頭部を失った僕の体は、さらに軽くなって、またどこかに流されていった。
その質問票には愛国者かどうかを問う項目があり僕は戸惑ってしまった。
他の質問は税関でよくあるすべて「いいえ」で答えておけばいいものだ。
愛国者か? 僕は「いいえ」にチェックを入れ、署名して提出した。
するとまた新たに質問票を渡された。
そちらには「愛国者か?」という質問だけしかなかった。
誰が? 僕が?
主語が抜けている。
その若くて綺麗な女性は僕の友達だ。彼女は上半身裸だった。恥ずかしがる様子もなく、町を歩いている。周囲の人々の反応も普通だった。それは最新のファッションなのだろう。僕も彼女の胸をじろじろ見るような恥ずかしいマネはできなかった。けっして胸を視界に入れないよう、触れんばかりの至近距離に位置し、彼女の目だけを見て話をした。
少しでも離れると、胸が目に入ってしまう‥‥見たくてたまらなかった。他にも上半身裸で歩いている女性がいないか、キョロキョロ探した。これはそういう、ありふれたファッションなのだろう? そうなんだろ? しかし女の裸はどこにも見えなかった。そんな夢を見た。
下半身を露出した男性が、エレベーターを待っています。彼の同僚と思われる、スーツを着た男性と一緒に。エレベーターが来ました。僕はフルチンの後から乗り込みました。同僚は手を振って去って行きます。何の罰ゲームでしょうか。エレベーターの中で、僕はフルチンと2人きりになってしまったのです。
「部屋をもう少し片づけてもらえる? 私も手伝うから」
住み込みのお手伝いさんが僕の部屋に来てそう言った。
「えっ?」
けれど確かに部屋は中身のわからない大小の箱でいっぱいだ。
「いつの間にこんな‥‥何が入ってるんだろう?」
中を見てみた。
「これ妹のだよ。あ、待って、本棚の本もそうだし‥‥クローゼットの服も‥‥」
「全部返そう」と言って僕はお手伝いさんと一緒に妹の部屋をノックしたが返事はない。
ドアには鍵がかかっていて開かない。
お手伝いさんは若くて非人間的なくらい背の高い美女だ。
妹も大人になったらこうなるんだろうかという横顔を僕は見上げている。
司会者の男性が、君にしたのと同じ質問を、僕にもする。「お互いをどう思っているのか? 彼女は(彼は)あなたにとってどういう存在なのか?」
ラジオ番組に出演した。前回で懲りた僕は、通訳をつけてもらっている。
君は僕のことを「おもちゃ」だと答える。楽しく遊ぶために必要な道具。
(本当に正確な訳語なんだろうか‥‥?)
「僕はおもちゃなんてなくても遊べるよ」と僕は答える。
「そうね」君は笑う。
「もっと言ってしまうと、遊んでなくても楽しめる人なのよ、彼は」
人混みの中、しかし誰にも触れないようにして歩くのは簡単だった。時間が止まっていたからだ。2階から階段を下りた。1階でも人々は停止していた。クラシックのコンサートが終ったところだ。ロビーに出てきた演奏者が、ファンに囲まれている。記念写真とサインに応じている。
カーテンを開けようとしたら、レールから外れてしまった。勢いよくヤリ過ぎた。血のように赤い光が寝室に射し込んできた。液体の光だった。光は同じく液体だったシーツや女と混じり合い、部屋の床にこぼれた。
キワドいコスプレをした女の人の胸を必要以上に長く見ないようにしながら立体的に描かれなかったロケットは落ちたが僕は意地になって平面的なロケットを描きつづける。
紙のいちばん上の方に描いたんだけど全部落ちてしまったよ‥‥画面の下の方が平面的な女の下着とロケットの残骸でいっぱいになった。
僕の心残りのある誠が中途半端に僕を責めた、と君に聞こえるようにそう呟くべきだったのです。
だが僕はそうはしませんでした。
外国語学習用に盗んだ小説。いま読んでいる本。ページの1枚1枚に透かしが入っています。よく見るとそれは誠という字を象った家紋のような模様でした。
1階で出た料理の残りを誰かが2階の僕らのところに持ってきてくれた。1階ではパーティーをしている。
2階では誰も何もしていない。
食事を取ろうとすると、何人かがテーブルの下に潜り込み、お祈りを始めた。
白いテーブル、白いイス、白い床、白い壁。
さらに白い何か。
窓はなかった。天井は高かった。
この上に3階はあるのだろうか?
トラックの荷台に食料を積んで、僕たちは出発した。寺へ。テラへ。
寺では何も見なかったことにしければならない。僕たちはそう言われていたのだが、寺では本当に何も見なかった。
荷台の食料の様子を見ようとすると、食料は消えた。
驚いてトラックを運転してきた相棒の顔を見ようとした。見れなかった。突然彼の顔が消えたからだ。
娘が「お化け屋敷に行きたい」と言い出した。
女房と息子は遠くのベンチに腰掛けている。
セピア色の陽光が2人を照らしている。
「これは中国のお化け屋敷だよ」と僕は言った。
「大人向けのお化け屋敷だよ、中国のお化けはものすごく怖いんだよ」
それでも娘は入りたいと言う。
怖いのが苦手な僕は娘を1人で行かせることにした。
‥‥なんて父親なの、という目で女房は僕を見る。
息子は皮肉な笑みを浮かべる。
娘はすぐに入口から出てきた。
「怖かったろ?」と僕。
「怖くないよ、ばか」
お化け屋敷から出てきた娘のブレスレットはなくなっていた。
「お化けにとられた」と言う。
「パパ、とりかえしてきて」
「わかった‥‥わかったよ、いっしょに行こう」
天国の女房と息子は大笑い。娘に拍手する。
陽光がレーザーポイントのように娘の手首を差す。
電線に雪が積もっていた。ちょうど僕の頭上だった。つららのように雪は伸びてきた。その先端にピンク色の花が咲いた。花は僕に語りかける。「私の写真を撮って」
僕はスマホのカメラを向ける。そのとき巨大なカラスがやってきた。ホバリングで空中に停止した。僕は色々な角度からカラスを撮影した。
赤ん坊をおぶって400cc のバイクに乗っていたら、危険だと指摘を受けた。
僕は、同じように赤子をおぶってバレーボールをやっている女子選手の動画を見せて反論した。
これが今のトレンドなんだ。
地下鉄の駅は、気取ったバーの中にありました。1時間に1本しかない電車を、酒を飲みながら待っている人たち。バーは満席でした。
空いた席が、1つだけあります。ベトナム人たちが、その席を囲んで、ベトナム語で何か議論をしています。
席を指差し、奇妙な歓声を上げ、拍手をしています。
僕は何も注文せず、その席に座りました。
その瞬間、ベトナム人たちの議論(?)は、終ったようです。電車が、やって来ました。
そのスーパーに入ると、まだ何も買ってないのに、料金を請求された。それは、未来予知である。渡されたレシートは、運命なのだった。僕はレシートを見ながら、予知されたとおり、全能の神に定められた買い物をする。
「それ」が僕の視界に入ろうとして、僕の眼球の動きを追いかけています。
眼球は逃げ回り、ついには眼窩を飛び出しました。
そうすると「それ」は僕の眼球の代わりに眼窩に収まります。やっと僕は安心して瞼を閉じました。
息子が唐突に、ふだんとは違う大人びた声で、「すべての欲望を肯定するのだ」と言い、地獄の底に落ちていきました。
彼の後を追い、慌てて僕もダイブしたのです。
地獄の底には、影のように平べったくなった息子が倒れていました。
僕が「エイ、エイ、エイ」とその体を満遍なく足で踏んづけると、息子の口や鼻からゼリー状の魂が出てきました。
その魂をコンビニのロゴが入った白いビニール袋に入れ、地上に持ち帰りました。
ピアノを弾いているうちに、(なぜだかわかりませんが)なんだか可笑しくなってきて、笑いました。ゲラゲラと。
弾いている間中、笑いが止まりませんでした。
大笑いしながら弾くと、ふだんは弾くのが難しい、リストやラフマニノフの練習曲でも弾けたのです。それが可笑しくて、さらに笑いました。
吊り橋の向こう側はデパートだった。橋にもたくさんの出店が出ている。
橋を渡ってデパートに向う人々は皆ローリング・ストーンズのTシャツを着ている。デパートではローリング・ストーンズのTシャツしか売ってなかった。ローリング・ストーンズのTシャツ専門店なのだ。
「弾きながら笑ってた」
「えっ、笑ってないよ」
「終盤、ラフマニノフ弾きながら、ゲラゲラ笑ってた。笑い声、後ろの席まで聞こえたよ」
「そうだったかな‥‥あまりにも難しい曲だったんで、弾いてて逆に笑けてきたんだ。でも実際に声に出して笑ったりはしなかったはずだけど」
「それ見て、会場の僕らも笑けてきたんだ。最初はクスクス、そのうち腹を抱えて。みんな、大声で笑ってた」
「笑い声なんて聴こえなかった」
「そうかも知れない」
☆
批評家が私に言ったの、お前はラフマニノフをスクイーズして、デストロイした、って。
で、君は何て返したの? あぁ‥‥いい、答えなくていい(笑)
何を見てるの、と金髪の美少女は訊く。落ちていたものを拾ったが、それじゃなかったんだ。手にした途端、違うものになってしまった。
それをまじまじと見つめている。自分が何を拾ったのか思い出せないんだ。
(泉はどこ? 見つけられない。泉の精はどこ?)
落ちていたのは、きっと錆びた鉄の斧。でも今、手にしているのは、金の斧じゃない。
気の狂うような暑さの中、浜辺で、若い女性たちが、毒々しい、水玉模様の、極太のパスタを茹でていた。
茹でれば水玉は消えてしまうだろう、と僕は思っていたが。消えてしまったのはパスタの方だった。水玉模様だけが残った大鍋の中を見て、彼女たちの1人は、「かわいい」と声を上げた。
僕は路線図を見ている。
何年前だろう、東北新幹線が上野まで開通していなかった時代のものである。
駅で乗りこんだ。
ものすごく長い車両だ。いったい何両編成なのか。車両は盛岡から大宮までの長さがある。
大宮から乗り込んだ僕は、車内を盛岡の方へ歩いて行く。
ほとんどの乗客は、動きもしない列車の中で、座ったままだ。
途中、テーマパークを見つけた。
そこで下車した。
僕は手に、半分に切った日本の国旗と、同じく半分に切った韓国の国旗を持っていた。
ビルの屋上にいた。地上にはたくさんの人がいて、僕を見上げている。
僕はポールに、半分に切った日本の国旗を掲げた。
すると警官がやってきて、僕を逮捕した。
「所持品を見せろ」と警官は言った。半分に切った韓国の国旗を僕は見せた。
「これがいけなかったんですか?」
「もう半分はどこにあるんだ?」
そこはどこなのでしょうか。深夜なのに明るい。太陽が出ているからです。太陽は白い。正気を取り戻したゴッホは何を描いたらいいのかわからなくて、しばらくの間僕と一緒に悩みます。
僕の家があって、いつもよく行くスーパーがあります。この間ショパンと行った食堂があります。食堂のおばちゃんとは顔見知りです。しかし今日はいません。
この時間には必ずいるはずの常連客の姿もありません。マスコット的な存在である黒猫もいません。代わりに子犬が寝ています。ずいぶんと太った黒い子犬です。僕が頭を撫でると、目を覚まし、あぁ、あんたか、という目をしました。
「ただいま、帰ってきたよ」と僕は言いました。
ホール&オーツの曲でどれがベストかという話題になった。誰かの狭い部屋だった。座るところがなくて、僕は壁にもたれたままみんなの議論を聞いていた。
ラジオからは、ノンストップで昔の懐かしい音楽が流れた。なのにどうしてだろう、ホール&オーツの曲は1曲も流れなかった。「CDを聴こう」と僕は言った。ホール&オーツのベストアルバムがあるだろう。でも探したけどなかった。
下半身を露出したホームレスの男が僕に箒を差し出した。早口の英語で何か言った。まったく聞き取れなかった。
オーケーだよ。僕はその箒で道を掃除した。
そうしろと言ったんだろ?
僕が掃き集めたゴミの中に、銀色に光る紙切れがあった。ホームレスの男はそれを宝くじだと言う。
「QRコードを読み取ってアクセスしてみろ、当たりくじかも知れんぞ」
そのとおりだった。当選金84億ドル。
史上最高額‥‥
男は表情を変えなかった。
ホームレスの着ていた上着は、汚れてはいたが高価そうだった。
突然高価そうに見えてきたのだ。
「旦那、いいお召し物ですね」と僕は下半身は見ないようにしておべっかを使った。
明達(明達と書いてアキラと読ませる)は僕たちの前で不正に入手した茶を飲んだ。「味は変わらないんだろ?」と僕たちは言う。「そうだね」と明達は答える。「何も変わらないよ」
「でもまぁ、決まりは決まりだから」。そう言って僕たちは、明達を通報した。
「早く逃げなよ。逃げないと‥‥」
だが、いつまでたっても警官はやってこない。
ジャケットを脱いだけどまだ暑くて、結局僕は上半身裸になった。地下鉄の駅に電車が来た。ドアが開いた。ドアじゃないところも開いて、僕はそっちから乗り込んだ。
車内も暑かったが、女性の目が気になって、僕は上着を来た。手に持っていたはずのシャツはどこかでなくしてしまった。素肌に直接着たウールのジャケットは、汗でだめになってしまうだろう。
切符を3枚、地下鉄の路線図と一緒に持っていた。1枚、なくしてしまった。改札で駅員に呼び止められた。駅員は日本語が話せた。
僕は手に何でも持っていた。手のひらの上に、それらは乗っていた。僕が手のひらを下向きにすると、いろんなものが落ちてきた。その中には切符を買ったときのレシートもあった。しかし切符はなかった。
日本は2回戦で負けたが、決勝まで行くと思って買っていたチケットで次の試合も見た。知らない国同士の対戦だった。応援している観客はみんな外国人だった。観客席で悪目立ちしている自分を感じた。
何でこんなところにいるんだ? 観客の1人が僕に言った。みんなが待ってます。場内のアナウンスも僕を呼んだ。僕は選手なのだ。ゴールキーパーなのだ。チームは1点差で負けていて、これ以上の失点は許されなかった。
クレジットカードは紙製で、ポケットに入れておいたらすぐに折れ曲がってしまった。失敗したなと思った。でも僕のカードじゃない。店で拾ったものだ。不正に使ってやろうと思っていたものだ。
外に出て、道を歩いていたら小さなブタ箱があった。フタは開いていて、ブタはいなかった。それで僕がその中に入れると思った。ブタの代わりに。でも入らなかった。明日入ろうと思った。明日でいいだろう。
友達が「合格」した。僕はそれを讃える歌を歌った。パーティーだった。讃歌をみんなで歌い合った。天使の羽根を象ったケーキが出された。友達は一口だけ食べて言った。「本物じゃないか! 本物の天使の羽根だ!」そして僕に残りを食べていいと言った。
君がバッハの「平均律」の最初のプレリュードを弾くのにかかった時間は、20秒に満たない。1音も抜かさず、どうやって弾いたんだろう。僕は席を立って、ピアノの側まで行った。
そこで見た、君が長い木の板を手に持っているのを。君は板で鍵盤を押しつけた。そして鍵盤から離した。その間10秒。フーガの演奏は終っていた。また新しい板が用意される。
バスに乗ろうとして停留所まで歩く。すると停留所は蜃気楼のように遠ざかっていく。歩いても歩いても辿り着けない。結局僕たちは駅まできてしまう。(電車に乗ればよかったのさ。)
駅には大勢の人がいる。全員が同じ列車に乗る。全員がかなり太っている。僕たちは乗れるだろうかと思う。乗れなかったら抗議しよう、と君は言う。僕を相手に抗議の予行演習をする。すでに抗議する気でいるのだ。
あてがわれたホテルの部屋には浴室しかなかった。バスタブにはすでに湯が張ってあった。そうやってフロに浸かったまま過ごしていると時間の感覚が失われた。記憶も溶けてしまったようだ。「そろそろ出発です、支度して下さい」、と言われても服をどこに脱いだのかわからなくなってしまった。
バスタブから出て大きな鏡の前に立った。いつの間にか体中に白い毛が生えているのを見た。まるでシロクマの着ぐるみを着ているようだ。これなら服を着なくてもいいかも知れない。ボサボサだった髪の毛は韓流スターのように切りそろえられている。僕は緑色の石鹸で手を洗ってから外に出た。
モーツァルトの巨大な像がある広場に人だかりができていた。コマーシャルの撮影らしい。メガホンを手に女性が群衆に説明している。スーツを着て、サングラスをかけて、英語で。
「ここに車がやってくる。車はダンスする」
(モーツァルトの像はよく見るとロボットだ。目は赤い。)
石の段の上に乗って、そのダンスを眺めることに。前にいた金髪の少女が、こちらを振り返った。僕の顔を見上げて、はっとする。僕の目を見たまま、誰かに電話をかける。
「そう‥‥アンタの彼氏にそっくりなの」
車はまだ来ない。遠くから、車の歌が聞こえてきた。踊る前に、車は歌う。少女たちの目が、輝きを増す。
バスの停留所は僕が昔通っていた幼稚園のそばにあった。「あの辺はよく知ってるんだ」と僕は思った。
いちおう地図で確認した。幼稚園の北側は未開発地区、地図は見たことのない記号で埋め尽くされている。
南は都市の中心部だ。
南からやってきたバス。北へ向う、と見せかけてUターンする。北には行けないのだ。
僕はかまわずバスに乗り北にカメラを向ける。
すると窓にさっきの記号が浮かび上がり、どこからか不快な警告音が流れた。
私は黒いシーツをかぶる。
「シーツ?」
演技をするときには、ブラック・シーツを頭からかぶる。そうすることで、本当の演技力は鍛えられるのだ。
そう語る演技王が何を演じているのか、僕にはさっぱりわからない。
王の黒いシーツがスポットライトの輝きをすべて吸収して燃えた。
ライトは次の標的を探してステージの上を端から端までさまよう。
コンビニで女性のファッション誌を見てみると、モデルは僕たちだった。僕たちは女の顔をして、女物の服を着て、男と腕を組み、大きく口を開けて笑っていた。僕たちはその雑誌を買った。
コンサートに行くと、ステージで歌っていたのは僕たちだった。僕たちは動物の着ぐるみを着ていた。どうしてそんなものを着て歌っているの、と訊いた。
これはリハーサルなんです、と僕たちは答えた。
本番では何を着るの?
本番はもう終りました。
僕たちは帰っていった。
メイク動画の生配信をしている最中に唇のある鸚鵡は逃げ出した。すぐに追いかけたが遅かった。唇のある鸚鵡は僕が本当は男であることを見抜いていて、それを日本中に暴露した。
僕の顔はまだ唇がノーメイクだった。その唇を僕が女のように震わせると、それが最後の配信になった。僕のアカウントは大炎上して閉鎖された。
動物園に行くとサイの檻の前に立て看板があった。「サイに質問をしないでください」と書かれている。
「サイが質問に答えられなかった場合、危険です。わからないことがあると、サイは体当たりしてきます」
角で突かれた人間のイラストが添えてある。
蝶がゴルフクラブを持って飛んでいた。ゴルフをやっているのだ。地面には小さなボールがあった。蝶はひらひらとその上に飛来して、何度かスイングを試みるのだが、風に煽られてうまくいかない。ギャラリーが「あぁ」というため息をもらす。