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2005年11月16日

遥か。世にも奇妙な話

 Webでこんな不思議な話を読んだ。

  http://yacopper.air-nifty.com/tentsuba/2005/11/less_____d4c5.html

 話者の私は「いつまでも辿り着かない旅」の閉塞感と、不安について語っている。
 危篤の叔父の元へ向かうタクシーが、いつまで経っても病院に着かなかったというのだ。
 道が渋滞していたわけでもない。
 運転手が道を間違えたわけでもない。彼は何度もその病院へ行ったことがあるのだ、それなのに。


私と母はずっとタクシーに乗っていて、
私はいつまでたっても東京タワーを見ていました。

運転手さんは
「すみません、着くはずなのに、道も間違っているはずないのに
着かないのです。」と最後は謝っていました。
私はまだ小さくて、変なの〜 と ぼんやりと思っていた
だけでしたが。

似たような体験は漫画家の 山岸 凉子 さんが
「タイムスリップ」(ゆうれい談山岸 凉子著 メディア・ファクトリー刊に収録)
という漫画で描いています。
彼女は比叡山に出かけたときにいつまでたっても
山を降りることができなかったそうなのです。


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Fernand_Khnopff
「私を救ってくれるのは誰?」 フェルナン・クノップフ


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 この記事にコメントした通りではあるが、僕は反対に、着くはずのない場所に、非常な短時間で辿り着いてしまったという経験がある。


中学生のときの話で、ぼくは当時、夜中にランニングをしていたのですが。
距離にして2kmほど。
しかしその日は、あっという間に2kmのコースを辿って、自宅まで帰って来れちゃったんですよ。
ストップ・ウォッチを見ると、世界記録を上回るハイペース。絶対にありえないことなんで、これは無意識の内にコースをショートカットしてしまったのだな、と思い、もういちど走ることにしたんです。
でも次の一周2kmも、世界記録ペース。汗もかかないし息だって全然あがらない。
あれーっ? と思ってもう一周。
またまた世界記録更新。


              ☆


 冷静に考えてみればこういうことだと思う。ランナーズ・ハイという状態で、脳内に麻薬様の物質が大量に分泌された僕は、気が変になっていたのだと。ついでに記憶も飛んでいたのだろう。気がつくと僕は、いちども来たことのない遠くの町を全力疾走していた。家族が心配して自転車で探し回ったりしていて。


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 その夜は、何時間もかかって、とぼとぼ家に歩いて帰った。
 つまり結局、これは奇妙でも不可思議でもアメージング・ストーリーでも何でもなくて、そのときは帰れる距離だったと。だから良かったのだ。


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「私がいちばん好きな旅は、家に帰るという旅だ」


 ブログで何度も引用した、銀色夏生のこの言葉を思い出す。つまるところ、これなのだ僕の恐怖の源泉は。
 流行りの言い方でいえばこうだ。世の中には2種類の人間がいると。
 いつまでも辿り着かない旅を不安に思う人。
 辿り着いた先で帰還不能になることを怖れる人。


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 いつか正真正銘の不安を経験するだろう。
 ドーパミンだとかアドレナリンだとかの後付けの屁理屈を、100%拒否する、僕は本当の「遠く」まで行ってしまい、帰って来れなくなるだろう。
 家を出るときは必ずスリッパを揃える。だから高い家賃を払って、帰って来る旅が楽しくなるような部屋に住んでいる。それでもときどき思う。この家は本当に帰るべきホームなのかと。ここはどこで「ぼく」は誰なのか。既に帰還可能なボーダーラインを遥か通り過ぎ、僕は「遠く」まで来てしまっているのではないか。


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コメント

不安な状態って文字通り「こころ安らかなる」状態ではないのに、いつのまにか
それを求めていたりもします。

その自分のこころの動きが一番不思議で
一番不安なものな気がしたりします。

投稿: くるっぱー | 2005年11月17日 17:46

 それは「安定」のエントロピー的解決と言ってよいでしょうか。「ティフアニーで朝食を」の主人公じゃないけど、「旅行中」。これは心が動いたり、物理的に身体が動いたりってことですけど、人にとって不安とは、「移動している」ってこと、シークエンスの、連続そのものにあるでしょうか。
 人生はその美的応用だとして、‥‥だとして? 相応しいのはたぶん、こんな「醜い」女。それを求める「瞬間」の心に、ルネサンスの画家が描いた天使のような風貌を期待するのは、悲しいけれど間違っているのかも知れません。


 って相変わらず、カッコつけすぎ、ワケわからなすぎ‥‥聞き流してください。
 ところで今日まで気づかなかったんですけれど、ココログの使用可能なディスクが、いつの間にか大容量化してますね。このペースでいくと再来年くらいには、もうひとつブログを新設しないと、いっぱいになっちゃうな、と思っていたのですが。「ぼくのWeblog」もこれであと数百年は続けられそうです、生涯ココログ、一安心です。いつもコメントありがとうございます。老人になっても「『安定』のエントロピー的解決」とか馬鹿言ってそうですけどね、末永くよろしくです。


投稿: ぼく | 2005年11月17日 20:13

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