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2006年5月 9日

僕は空気ではない

 それは夜で、暗かったり、あるいは冬で寒くて、張りつめていたり、外国で空気が日本ではありえないほど乾いていたりと、そういうときなんだけど、そういうときになってハッキリとわかることが僕にあるというか。


 ‥‥何といおうか。


 曖昧で暖かくて、過不足なく潤おっていて、適度に明るいこの場所では、当たり前のことが当たり前であることに違和感が持てなくなってしまう。食べて、飲んで、セックスして、寝て。言葉が通じて、僕があなたであるようなコミュニケーションに癒されて、気持ちの良いことばかり。でそこに違和感を持つことは本当に必要なのかな。


「いや必要だ」という確信が揺らいでしまう。


 空気は僕ではない。それは当たり前のことで、僕はそこにこそ違和感を持つべきなのだ。外気に触れてそれを快適だと思ってしまうのはなぜか。異質な、自分ではないものに接しているのに、それに同化して、何も感じないなんてどうかしている。僕は空気ではないのに。


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