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2006年7月 5日

僕の世界

 アメリカが世界なのか僕は知らない。フランスが世界なのか僕は知らない。

 ここが世界の中心なのか裏側なのか、だからよくわからない。僕は僕の今いる場所と、場所のルールと場所が押しつけてくる義務を激しく嫌悪しているが、ここがどこなのか、それは知らない。

 周囲の環境に満足している人間は、自覚的な知を放棄することによって周囲の環境、そのものからは隔てられている。場違いなところにいるような気になって、取り巻くものすべてを憎むようになった小学校6年生のころ、ようやく僕の中にも、ひとつの「世界」が形づくられるようになった。

 つまりそれを必要とするようになった、ということだ。


              ☆


 たとえば翻訳で読むアメリカやフランスの小説、それは「世界」であり、「今」だった。戦前に書かれたはずの小説が、現代に生きる僕の抱える苛立ちや何かを、そのまま描き出したものであることに僕は強く衝撃を受けた。時間的にも空間的にも遠く自分と隔てられたそれに、距離、を感じなかったのだ。

 それで僕はムルソーを、ヴィンセントをヘンリーを当然の権利のように欲した。描かれた「ぼく」になりたかったがぼくは僕のことなど、どうでもいいと思っているようでひどく不愉快だった。

 いつか僕はぼくになって、僕のことをどうでもいいと思ってやる(!)。この日記を始めたいちばんの動機でもあるが、いささか倒錯した決意を、本を読むたび僕は「世界」に対して抱いたのだ。


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コメント

それから月日がたち、今の感想はどうですか?

投稿: ハラキリ | 2006年7月11日 01:16

 読んだものについて感想は変わらず。あれは完璧だから。なお基本的に書くという行為は、確認であって、それで何を確認するのかというと、僕は絶対にぼくになれないということ。
 僕とぼくは違うのだということ。いっぽうで僕は、完璧さそれ自体を目指しません。リック・ニールセンではないけれど、不完全なものにも100%の完璧な価値を与えるのが書くということだと思っています。


投稿: ぼく | 2006年7月13日 19:16

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