ひとりぼっちであること
私は甘えている、なんて自分で自分を責めている人は、意外と周囲から孤立していて、ひとりぼっちであることが多い、とそんな気がする。
そんなこともひとりでできないの、と言われる側は、言われるまでもなくひとり。
「言う側」にいる人は、例外なく集団の一員だ。属する組織から、有形無形の援助を受けてこそ「できる」そのことに対し、彼らは、あまりにも無自覚である。
ひとりでできるもん! 若いころは自信があったが、それはそのときの僕が、決してひとりではなかったからだ。
今の僕は、人に助けてもらわなければ、絶対に何もできないという、強い自信がある。それは僕が今、ひとりぼっちであることの裏返しなのだろう、と思う。
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コメント
私も一人では何もできないと感じています。できることによるかもしれないけれど、どこかで誰かに頼っている自分がいるんですね。それが金銭的なことであろうと、精神的なことであろうと。前は、そういう自覚があればいいと思っていたけれど、最近はそうもいかないんじゃないか、という風に考えるようになりました。孤独に生きるのはとても難しいことなのかも知れません。
投稿: maysa | 2007年2月21日 18:04
何かを頼って生きていくことは、別に悪いことではないと思います。
ではなくて、何かに依存することは、「悪」なのかも。
自分だけを頼りにして生きていく、それは正しいことでしょう、でも難しい。
それができなくて、自分が自分であることに依存するようにして生きている人は、醜いと思います。
投稿: ぼく | 2007年2月21日 18:33
はじめまして。
ぼくのWeblog楽しく読ませていただいてます。
「そんなことすると世間が許さないぞ」
も
「そんなことすると俺が許さないぞ」
って意味だったりするんですね。
投稿: 溺れた男 | 2007年5月17日 10:01
あぁ、でも「世間が許さないぞ」って、聞かなくなりましたよね。個人の時代ってことで最近は「俺」も出世しましたから。「世間」より偉いんですよね。
投稿: ぼく | 2007年5月17日 10:22