先ほど料理をしていたら、塩ラーメンとペペロンチーノの中間のようなものができてしまった。僕がつくろうとしていたのは、そのどちらでもなかったので驚いた。少しボケてきたのかも知れない。その後体調が悪くなって寝た。
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先ほど料理をしていたら、塩ラーメンとペペロンチーノの中間のようなものができてしまった。僕がつくろうとしていたのは、そのどちらでもなかったので驚いた。少しボケてきたのかも知れない。その後体調が悪くなって寝た。
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耳鳴りがする。たぶん生まれたときから、ずっと。耳の奥で鳴る、このざーっという音が、耳鳴りだと気づくのに、僕は15年かかった。同じようにして、40年間、気づかずにいることは、まだあるだろう。それは才能、という言葉から、今僕がイメージできる、すべてである。
中学を卒業するまで、僕はこの耳鳴りを、空気の動く音だと、思い込んでいた。
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生きている女たちに、孤独の呪いをかけられていたので、目が覚める前から、僕はひとりぼっちだったが、目が覚めても、やはりひとりぼっちだった。
救いは、焼き尽くす火と、火をつけるための家と、死後の世界にあった。
はは、意外とたくさんあった。
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ノルウェイの森。
魔女の幽霊と浮気した。
魔女なら知り合いにいる、幽霊も見たことはあるが、魔女の幽霊となると、これは初めて。
誘われて森の奥、彼女の家で、一夜を過ごした。
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朝が来て、証拠隠滅のために、僕は家に火をつけたが、家なんかなかったので、家は燃えなかった。
彼女も、そう幽霊だったので、夜が明ける前から、僕は、ひとりだった。
誰とも会わなかったし、どこにも行かなかった、と言える。
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『ブリジット·ジョーンズの日記』の、原作の小説を読んで、映画を見て、ということを交互に繰りかえしていたら、ハイになってしまった。心臓のどきどき、止まらなくなってしまったので、クールダウンするために、僕は人生これまで、何日生きてきたのか、計算してみることにした、暗算で。無理だった。
‥‥
迷いが2つある。中国語を本格的に勉強しなおしてみようかと考えている。でも迷っている。私が先生になってあげてもいい、という人がいる。その人に電話するのを迷っている。
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デザートを買って家に帰る夜は、わくわくした。本やCDを買って帰る夜よりも、洋服や靴を買って帰る夜よりも、ずっとわくわくした。
幸福になれなかったが、不幸とは無縁で、才能と占いのスピリチャリズムからは、自由だった。
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結果的に同じ本を、同じ時期に読んでいるのだとしても、
ただ「良い本を読む」人と、「読書運が良い」人とでは、何かが決定的に違うような気がする。
佐藤正午式に、女にモテることと、女運が強いことを、比較してみてもいい。
でそれは思うに、幸福と幸運の違いに似ている。幸福な人間は、幸運を絶対条件としない。
必要条件として、幸運を持っているだけである。
幸運な人間については、逆だろう。幸福であることを、絶対条件としない。必要条件として、幸福である。
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僕は、‥‥僕はと言えば、幸福ではない。
しかし不幸とは無縁であり、ゆえに、運という概念からも、自由だ。
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給湯器の調子がおかしい。怖くなってガス屋を呼んだ。電話で僕は名前を名乗った。ガス屋の担当者は会社名を名乗った。ちらと感じる違和感。住所を教える。修理人はすぐ来た。同年輩の男性。妙に卑屈な態度。名刺を渡された。印刷された名前を見た。以前つき合っていた女性の、結婚相手の名前だった。
まぁ、そんなこともあるだろう。ずっと後になってその女性に、確認をとった。恋愛がゲームだとして、結婚できなかった僕は勝ったのか? 負けたのか? 勝負は判定に持ち込まれた、という感じ。と僕が言うと、彼女は笑った。同姓同名の別人だとわかった。
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小さいときに見る夢は大きい。って何だったかな、アンパンマンのセリフだったか。上手いこと言うよな、と思って、印象に残っている。
ちなみに僕の見る夢は長かった。いちばん楽しい夢、いちばん素敵な夢、それは、いちばん長い夢だった。いつまでもつづく夢だった。あまりにも長くて、覚えていないだけで僕は、そういうものを見ている、と信じたい。
だから何も残らない、なんて嘘だ、夢のように。自分で気づかない、というだけで、本当は残っている、僕は残すつもりだ。僕の人生が、それを生きている僕に、何も残そうとしなくなっても。
できることと、できると思うだけのことの、違いがいつか、わからなくなっても。
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この間電車の隣で、おっさんが『運命は変えられる』ってピンク色の本、ものすごく熱心に読んでいて、僕は思った。
僕にはわかっていた。運命なんてなかった。決められた未来と信じられているものの正体は、実は人の性格のこと。
その性格が決定するところの自分に、未来の僕はなる。とそれだけのこと。
つまり僕には、運命を選ぶことができた。選んだと思うこともできて、僕は強気だった。
こうなることを、僕は知っていた。と性格的に僕は、突き放して言うことができて、得意だったのだ。
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たとえば「愛」ってことにするけど、これは何でもそう。愛することで、愛を知るような自分でいたいと思う。鶏が先か、卵が先なのかは知らないけどね。愛について知り、さらに詳しく学び、その上で誰かを愛するってのは、順番が逆ではないかと。僕は思っているんだ、まずやってみること。
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「セックス·アンド·ザ·シティ」の映画を観た。同じ日に「ブリジット·ジョーンズの日記」も観かえして、対決させてみた。僕の中では、ブリジット·ジョーンズが勝った。と思う。少なくとも、応援したくなるのはジョーンズだ。
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鶏が先か卵が先か、という話にもなるけれど、人は涙を流すことによって、涙を知る。
人は自ら裏切ることによって裏切りを知り、自ら憎むことによって憎しみを知る·のだよ。
僕は既に悲しみを知っている。悲しいことにね。裏切りを憎しみを知っている。
だからこれは鶏が先か、卵が先かという話にもなるんだけど、僕は裏切りを知り、さらに詳しく知りその上で人を裏切るような真似だけは、したくないのだよ。
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おやすみと言った。1回じゃ足らなかった。5回連続で言った。そしたら眠くなった。待ってください、という声がした。でも僕はもう眠かった。
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ひとりは寂しくない。誰だって同じ。ひとりだと不便になることはある。
「ならひとりじゃなくて、便利になることもあるでしょう」
これも、僕に向けられた言葉。「おやすみなさい」
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この歳になって、まだ自分より上の世代から、何かを学ばなきゃならないなんて、屈辱だ。同世代からは盗み、下の世代からは買わなきゃならないなんて。
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惑星は寝ている。もしも僕が、安物のバケツで波を汲み出してやれば、月と僕とで、多くを為すことができる、という。詩がある。月の写真を見た。地球の衛星は死んでいる、と思った。
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世界は広いが、世界には何もない。何かがあるのは、人の心の中だ。僕はどこかに行く。あるいは行った気になって、心の中を覗けば、何かがある。逆を言う人もいるけど、同じことだと思う。何かは、あるのだ。
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我が内なる、聖マイケル·ジャクソンに、サラダを食べさせてやった。野菜はレタスがだいぶ安くなってきた。いいことだ。僕の心の中にいるマイケル·ジャクソンは、質より量で満足するタイプである。まずい、と言うときでも、むりやり大量に食わせつづけていれば良い。それは味についての発言ではないのだから。気にしないことだ。
『イン·マイ·エレメント』があまりにも良かったので、その前のアルバムも買ってみたのだが、聴いてみると、ありきたりの伝統的なジャズだった。希望のようでいて、希望ではない。奇跡の何が悪い、という話ではあるが、すくなくとも2005年の時点で、ロバート·グラスパーは普通だった。ただ若くて、上手いだけのピアニストだった。
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僕の心の中には、マイケル・ジャクソンがいると思う。僕が野菜を食べているわけではない。内なるマイケル・ジャクソンが食べているのだ。
いつまでも若く、美しく、そう願い努力しているのも、僕ではない。彼だ。
地球環境のことなど、本当は眼中にない。ただ内なるマイケル・ジャクソンが、エコエコとうるさいのだ。世界中の人間の心の中で、彼は今同じ歌を歌っているんだ。
ゆきまろちゃんを殺した、犯人の心の中にも。子を虐待してしまう親の心の中にも、マイケル・ジャクソンはいると思う。ただそれだけのことなんだろう、と思う。
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スリープ・ウォーカーのアルバムを、聴いたけど、好きになれなかった。世界中のいろんなところで、これを耳にした、ほぼすべての人が、ほめているのに。それを好きになれなかった自分に、がっかりしてしまった。世界中の全音楽人から、貶されたような気分になった。
中途半端な気持ちで、もうこれ以上、スリープ・ウォーカーをほめるのは、やめてほしい。ほめられないでいる自分が、惨めになるから。
たとえば僕が、ウェブでロバート・グラスパーをほめることが、彼を好きになれないでいる誰かを、傷つけることにつながるのだろうか。つながらないと思う。グラスパーのピアノは、そこまで完璧ではないから。
僕も神様ではないから。けどスリープ・ウォーカーに関しては、その逆があるのだ。好きになった人間を、神様にしてしまう力が、‥‥もうやめてほしい。
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ものすごく醜い人が、さらに醜いものの前で、まるで美しい人のように、ふるまうのを見た。ヘッドホンで僕が、沈黙を奏でるピアノを、聴いていたとき。ある悟りが訪れた。
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「美人の恋人のいる男が、売春婦に尺八させて、見つかって、それでもうまく逃げおおせたのは何故だい?」
「それはたぶん」と私、だって、それしか考えつかなかったから、「証拠を飲んでしまったからです」
‥‥
幸せは達成可能な目標を追求するところからくる、らしい。『ブリジット・ジョーンズの日記』によれば、愛情や富や力からくるのではなくて。
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ものすごく格好悪い人が、バスに乗っていた。ヘッドホンで、音楽を聴いていた。それを見て僕は、不安になった。ものすごく格好悪い人が、ものすごく格好良い音楽を聴いていたら、どうしよう、と思って。僕頭抱えた。
逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ、と呟いていた。そしたら、事故が起きた。バスが、マジで。
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もし僕が実年齢より老けて見えるのなら、今の僕は死体のように見えるに違いない。たったの6時間しか寝ていない。墓場から蘇ったような気分である。眠い。
アールグレイの紅茶を、迎え酒的に飲む。昨夜もこれを飲んで寝た。紅茶はアルコールのような非生産的スピリットがある飲み物なのだ。
‥‥
駅のエスカレーターが停止している。構わずに歩いて上がった。始発はまだなのか。片言の日本語が聞こえてきて、振り返ると東南アジア系の女性がいた。日本人の女性といた。僕は何やら、暴力的な気分になった。
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演奏を聴きながら、僕は何度も「ありえねぇ、ありえねぇ」と呟いていた。だが、ありえたのである。最後には言葉を失っていた。
型にはめられた音の儚さ、解き放たれた音の重さ。
ありとあらゆる黒人音楽のエッセンスを驚愕の編集センスで生音の「ジャズ」に落とし込む、とLEON誌で紹介されていた新世代のピアニスト、ロバート・グラスパー。
LEONというのはファッション誌である。みんなで馬鹿にしていたと思う、あの雑誌だ。
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髪は毎日、自分で切っている。床屋にはもう行かない。逆に髭は、たまにしか剃らない。あまり伸びないから。まぁこういう人は、あまりいないと思うけど。
サンダルウッド(白檀)の香りで、昔のことを思い出した。中学生のとき、通っていた床屋さん。サンダルウッドに、血とあと少し何かの香りを足せば、あの床屋さんの香りになるような気がした。
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ありふれた夢を見た。死ぬ人がいなくなる代わりに、新しく生まれてくる人もいなくなる。医学の進歩は、人類をそんな袋小路に追い込むだろう、などとテキトーな予言をしてみる。外れると思う。
‥‥
誇張して言っているのだろうが、僕には完璧な記憶力がある、たとえば詩や小説であるが、文章は一度読んだら忘れない、だから再読ということはしない、それは時間の無駄である、とそんな人がいた。いやはっきりと書こう。森博嗣。『スカイ・クロラ』の原作者である。
完璧な記憶力、それは短所だと僕は思う。人は変われる。意志に反して「変わってしまう」ということもあるけど、基本的にそれは人間の長所であると僕は考えている。まったく同じ文章を、同じ人間が読んでも、今日と明日とでは、違う感想を持つ可能性がある。ましてや人は忘れる。忘れない人間は忘れられるものだ。
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見た限りでは、自分で自分を憐れむ、ということすらできない人だった。それは可哀想なことだと思う。なのにほとんどの人間は、彼に同情しなかった。なにがしかの力を、彼は持っていたけど、その力の強さは、すべて弱さを探すことのみに使われた。誰かが憐れんでやる必要があった。
『ノルウェイの森』に出てきた、永沢さんみたい。自殺した彼。有名人の親戚であることを、金を持っていることを、整った顔だちをしていることを、羨むのではなく、憐れんでやるべきだった。けどそんなことのできた人は、いなかった。僕たちはみんな弱かった。
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長電話した。昨夜2時間半。背景にジャズが聞こえるよう、ステレオのスピーカーの側に寝そべって。見えないところで無理して。格好つけるのって楽しい。
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読みたくない、という人に読んでもらいたいとは思わない。聞きたくない、という人にむりやり聞かせようとは思わない。それが普通だと思うけど、でも世の中には、そうじゃない、って人もたくさんいるらしい。それを知った。
とある事情で、他人の携帯電話を預かっている。あまりにも趣味の悪いストラップ、捨ててしまった。あとで弁償しなくては。
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続編がウェブで始まったのは知っている。あれは少女漫画だけれど、パソコンがあれば誰でも見れる。女の子じゃなくても、姉も妹もいなくても読める。僕は読まない。姉も妹たちも、読まないと思うから。
これは知らない人が読む日記なので、具体的なことは少しだけ書こう。リュオンはエレナだった。ホクトはジャックだった。だから僕の中で、「ダークグリーン」と「竜の眠る星」は同じ話だった。それが連載されていたのは、コロネットやララという少女漫画の雑誌だった。僕には買えなかった。お金がなかったわけではなくて、それは僕が、10代の男の子だったからだ。妹たちの雑誌を読んでいた。ときには無断で読んでいたが、彼女たちは嫌がらなかった。
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黒いブーツを履いた小学生の女の子を見た。花柄のワンピース。おしゃれだなぁ、と感心して見ていたら、僕にニコッと笑いかけてくれる。この間、僕の目の前で踊ってくれたのとはまた違う子。女の子はお母さんと一緒だった。
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今日異常な光景を目にした。目が痒くなった。10代の少女が、父親と「若さ」について語っているのだ。ちなみに少女の父親と、僕は同い年らしかった。彼は「ロック」について語った。
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ピーマンが苦手だという人の長いお話を聞いたあとで、僕は昼食に、マトンのカレーを注文した。羊肉は苦手という人も多いが、僕はときどき食べる。チキンとともにインド料理では一般的な肉だ。牛のわけのわからない部位の肉より、よほど癖がなくて、美味しいと思う。
ところで僕は、大人になってもニンジンやピーマンが食べられない彼のことを、恥ずかしい人間だと思い、心のどこかで、完全に見下していた。でも食べ物に好き嫌いがあるのは、そんなに恥ずかしいことだろうか。彼女は何となく苦手、彼とはウマが合わない。人間の好き嫌いは、当然あるものとされているのに?!
人や人がつくり出したモノを嫌いになることは恥ではなかったのか。
ホームレスとは、かかわりたくない、ヤクザとはつき合いたくない、と公言する僕は、そうではない誰かに、どこかで見下されてはいないか。それとも食べ物だけが別なのだろうか。これは僕だけかも知れないが、人間はすべての食べ物を好きにならなければいけない、と感じている。ないしは「なるべき」であって、僕は好き嫌いのある自分を、恥じている。
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秋の海峡の手前を茶色い翅をした蝶々が、行ったり来たりしている。僕は不治の病を宣告されたような気分で、こっぴどく滅入っていた。実際は僕は行きたいところへ行って良かった。何をしても良かったのだが、僕はそれを「自由」とは思えずにいたのである。
自宅の前にはタクシーが、常に何十台も待機している。僕はそのどれに乗っても良い、ということだった。料金は全車無料。でも僕は、どこにも行かなかった。一日中部屋にいた。何もしなかった。夢の日記に「いつかはクラウン」、などと記しているのだった。
‥‥
ハーレーに乗った悪者が、戦艦ヤマトの甲板で大暴れ、という夢をまた見る。ディズニーシーの新しいアトラクションか。僕は44マグナムを手にした。
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ヒット曲で過去を振り返る、というようなテレビ番組を、だらだら見ている。大概の歌はリアルタイムで聞いている。小泉今日子が寿命で死ぬころには、僕の小学校時代の同級生も、半分くらい死ぬだろう。そういう世代である。
でもあれから、もう25年が過ぎてしまったなんて、信じられない。ほとんどの歌手はまだ生きていて、まだ歌える。すべての年が等しく、1週間くらい前の出来事のように思える。
もし僕がニュースなら、ニュース速報になって、7時のニュースを乱したい。ヒット曲なんかではなくて、この世界では、いちばん速く動くものが、永遠に変わらないものさしになって、変わる時間や、星までの距離を計る。
‥‥
もし僕が王なら、君は女王だ。僕の心は、光の速さで動き、時を止める。18歳のヒーローのように。悲しみを寄せつけはしない。
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たくさんのお金は、僕を幸せにするだろう。少しのお金で、僕は不幸になるだろう。
結婚ということではなくて、知らない女の人と、ひとつ屋根の下で、仲良く暮らしていくことを考える。
彼女はたくさんのお金を持っていて、僕を幸せにしない。
などなど。
‥‥
彼女はかつて、賢い子供だった。
この世界には絶対に変わらないものがたったひとつだけある。ためしにそう語りかけてみると、彼女は振り向く。
「相対性理論なら知ってるよ」、と言いたそうな顔をしていて、実際にそう言う。
終わり(そういう夢だ)。
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昼食に、イカスミのパスタをつくって食べた。イカスミで白髪を染めたら、どんなになるだろう、と思った。
‥‥
コンタクトをしているときは、面倒なのでしないが、メガネをしていて、トイレに行きたくなったときには、必ず、メガネを外すようにしている。まぁ、威張って言うことではないが、直視したくないものは、直視しない主義だ。
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僕が日記を書くのは、自分が今何を感じ、何を考えているのか、自分に納得させるためである。
それを人に見せるのは、どこまでが性格で、どこからが僕のエゴなのか、知るためだ。
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何かに怒っている人が、何かを怒っていることは少ない。大抵は何かで、怯えているのだ。そう気づいてから僕は、人前で怒ることをやめた。腹が立つときには、ひとりで怒ることにしているが、ひとりきりになってみると、苛立ちは消えてしまう。ひとりの僕を、いつでも支配したがるのは、恐怖心だった。
僕の中にいる、もうひとりの僕には、もう少しひとりで、震えていてもらおう。僕は明日も、怯えている人たちの、前に出なければならない、から。
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黄色いレインコートを着て、黄色い傘をさしている女性を見た。あの黄色は、夢で見るだろうと思った。見なかった。
太った太ももを見た。太ももは汗だくだった。僕はコートを着て、震えていた。寒さのせいだった。
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自分よりつまらない人間に嫉妬したことが、一度だけある。思い返してみれば、あのころは最悪だった。コーラの宣伝や、サザンの映画に出ていた彼。加勢大周がこうなることは、初めからわかっていた気がする。
いつだって僕が憧れるのは、罰せられずにいる悪のイメージである。決して報いを受けることのない「無知」。今日まで彼は、自分より駄目な人間の中で、僕が嫉妬できる、唯一の存在だった。加勢に嫉妬することで、僕は自分に同情することを、ぎりぎりのところで、なんとか避けてこられたのだ。成功ではなく、失敗を夢見ることで、平衡を保ってきたのだ。
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日に12時間眠るとすると、1年で6ヶ月、10年では5年を、寝て過ごすことになる。僕はつまり、まだ20年しか起きていないのだ。人より若く見えるのは、当然かも知れない。
なくしたと思っていた、大切なスプーンが、布団の中から出てきた。確かにベッドは、探してなかった。次からは真っ先に探そう。
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状況が悪くなっていくときに限り、物事はきちんとした段階を踏む。少なくとも僕の場合は、そうだ。長い時間をかけて、僕は自分で考えた通りの、出口のない、ひどく論理的な破局へと向かう。
‥‥
バックギャモンの用語で、「ダンス」は「踊り」ではない。「足踏みをする」というような意味であるが、僕は踊っている。何も考えずに今は。
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古いノートに一言、「木について書くこと」というメッセージを見つける。10月4日、午後9時20分。何のことだ?
ならケーキを食べればいいのに、とは言わないでほしい。誰が買い占めているのだろう。バナナがない。
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音大の前を通って家に帰った。音大の前を通らなくても帰れるけど。校舎からは絶えまなく「ぬー」とか「ほー」とかいう音が聞こえてくる。学校全体が放課後の音楽室みたいなのだ。
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もし僕のDNAが、二重螺旋ではなく、メビウスの輪のような形態をしていたら、僕は永遠に生きることができたかも知れない、などと空想してみる。輪廻転生もあったか。
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ある者は戦場へ、ある者は冬の海へ、路上へ、拘置所へ。お父さん、お母さん、長男、次男、ばらばらになった彼ら4人は、それぞれ「メメント·モリ」的なメッセージを受け取り、もういちど家に帰ってくる。
もう駄目になってしまった世界の物語。『トウキョウソナタ』を見た。
映画の最後で、奇跡が起きる。でも主人公たちは、奇跡について知らない。それは僕も同じだけど、幸せについて、詳しくない。だから目の前で起きている「これ」が、どれほどありえないことなのか、どの程度すごいことなのか、よくわからない。
奇跡と希望は、似ているけど違う。彼らは、僕は、見たことのないものを見た(黒沢清監督の映画)。
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