猫にはワーグナーが似合うと思う
夜、歩いていた。猫がニャアと鳴いた。僕にすりすりしてきたので、少し撫でてやると、後をついてきた。
猫にはワーグナーが似合うと思う。ずっと口笛で吹いていたら応えた。
アメリカン·ショートヘア、たぶん飼い猫だろう。
家に連れて帰ってもよかったのだが、僕は先日、飼っていた犬がいなくなった、神様、どうか戻って来てほしい、という話を読んだばかりだった。
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夜、歩いていた。猫がニャアと鳴いた。僕にすりすりしてきたので、少し撫でてやると、後をついてきた。
猫にはワーグナーが似合うと思う。ずっと口笛で吹いていたら応えた。
アメリカン·ショートヘア、たぶん飼い猫だろう。
家に連れて帰ってもよかったのだが、僕は先日、飼っていた犬がいなくなった、神様、どうか戻って来てほしい、という話を読んだばかりだった。
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ロバート・グラスパーが好きだった男、として僕は記憶されたい。でも無理だろう。ジャズはないだろう。良くてベートーベンか、ビートルズ。
下手すればエンヤだろう。文句は言えない。
若いときにあまりにもたくさんの音楽を好きになってしまったので、今の僕には、新しく音楽を好きになる力は残っていないのだと思っていた。
筑紫哲哉、エンヤが好きだったおっさん、程度の印象しか残っていない。もっと好きなものがあったのかも知れない。
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冬春夏冬という感じがする。今年は秋がなかった。去年もなかった。一昨年もなかった。
来年は? 来年のことはわからない。友達からメールがきた。友達は疲れている。友達は忙しい。
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夜になって僕はステレオ部屋に入った。僕はその部屋をステレオ部屋と呼んでいる。ステレオがあるから。ステレオ以上のものや、ステレオ以下のものはない。ステレオ部屋。
ステレオ以外のものはある。みかんとか。洗濯ものをステレオ部屋に干した。干してたわ。干しながら考えた。すべて干す前から考えていたことを。もういちど。もう少し。
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黒い革の手袋には2種類ある。スナイパーのように見えてしまうやつと、そうじゃないやつ。そうじゃないやつを買わなければ。それか普通の毛糸で編んだやつを。コンビニかどこかで。
太陽の前を横切っていく月を見た。たぶん意味はない。太陽は黒かった。月は白かった。僕は自転車に乗って、小学校の脇の道路を走っていた。
飛ばない豚を見た。紅は見なかった。ただの豚だった。
空港という言い方は好きじゃない。飛行場の方が好きだ。それくらいの規模の方が。小さな飛行機と町。それくらいの規模の町。
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チャップリンは言った。サラ金のコマーシャルでやってた。「人生に必要なのは‥‥と、少々のお金である」。何だったかな。必要じゃないものばかり欲しくなる僕は考えた。
40を過ぎて必要なものが欲しいとか思うようになったら終わりで、僕はまだ、そこまで追い詰められてはいない。
時間が欲しいだなんて言ってない。時間が要る。ただそれだけ。
‥‥
釘を食べる夢を見ていたことを今になって思い出した。鉄分とかそういうこと? ホウレン草を買おうと思っていたのだった。
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食の安全、についてあれほど神経質になっている人間が、煙草を吸っている。喫煙は嗜好であり文化だから、だから? 何だというのだろう。
JTの広告は、文化の匂いがする。とても臭い。
‥‥
「日本人にはひっくり返すことのできるちゃぶ台が要るのだ」。要るのかも知れない。でも僕は欲しくない。要るのならなおさら。
僕のそれは、端ない文化ではない。そういうものは欲しがらない、美学だ。僕には僕の美学がある。
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最悪をイメージできない。最高もイメージできない。僕は最悪と最高の間にはいない。そんな袋小路。
閉塞感、というものは感じない。僕は広い場所にいる。壁はない。重力もない。どこにでも行ける。どこまでも行ける。
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父親は、僕だった。僕は僕が見ていたはずの夢で、子供もまた僕だった。言うことを聞かせようとして、父親は子供を殴った。それでも子供は、何度殴っても子供は、言うことを聞かなかったので、僕が呼ばれたのである。
‥‥
僕は自分にとって、本当に嫌なことをイメージできない。僕は死をイメージできる。暴力をイメージできるし、暴力的な死というものだって、イメージすることができるけど、それは自分にとっての「暴力」である。どこか美化され、正当化された暴力であり、絶対に嫌な形をとらない。
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タマゴを産むみたいにして、愛を生むのはやめた。もう充分だと思う。僕は君や僕の中で、すでに生まれている「それ」を愛するのだ。
僕は「それ」で満ちている。すでに足りている。自覚だけがある。説明はない。潔く認めるのだ。
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病院に行った。最初にケツ圧を計った。下が52、上が92 という値だった。そのあとで赤い循環体液を抜かれた。血ですね。僕の血は出が悪かった。小さな容器を満タンにするのに、10分もかかってしまった。係の人は苛立って、僕に手をぎゅっと握るように言ったり、反対に開くように言ったり、僕は貧血で、低血圧で血の巡りが悪いのである。
‥‥
晴れた冬の日には「椅子」を出して、目立たない場所に置く。しばらく待つ。するといつの間にか、老人が座っている、ということがよくある。彼らはどこから来たのだろう。どこへ行くのだろう。
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雨の日の朝に、僕は象徴的な形をした水たまりを見かけたけど、それが何を象徴しているのか、わからなかった。
1年が、11月で終わってしまえばいいと思う。僕だけ特別に、そういうことになればいい、と思った。
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細長い部屋の写真を夢に見た。フォトショップで縦横の比率を加工した写真のように細長い部屋だ。最近の僕は、この写真をよく夢に見る。部屋の写真には顔のない女が写っている。
顔のない女は小泉今日子のような声をしている。なぜか僕は知っている。目が覚めると僕はスーパーマイルドシャンプーが欲しくなってしまうので、それとわかる。
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友達と映画を観に行こうと家を出たら、雪が降っていたのでびっくりしてしまった。映画は『レッド・クリフ』という。三国志の話らしい。史実とは違うところもたくさんありそうだ。僕たちは2人とも、三国志のことは一切知らなかったので、まぁこんなもんかと思って観た。話はスターウォーズみたいだなと思った。黒澤明の昔の映画にも、こんなのがあったような気がする。
俳優ではトニー・レオンが良かった。僕はこの人が大好きだ。その他では松嶋奈々子がトニー・レオンの奥さんの役で出ていて、相変わらず綺麗だった。中村獅童が出ているのは何かで読んで知っていたけど、松嶋奈々子が出ているとは知らなかった。日本の宣伝担当者は、獅童よりも奈々子を活用すべきだろう。

映画は2部作ということで、ものすごく中途半端な終わり方。友達は途中で寝ていた。つづきが気になりはしたけど、パート2を観に行くかどうかは微妙だ。宣伝次第か。メディアが上手く盛り上げてくれれば、行くかも知れない。『ライラの冒険』は興味を失ってしまった。
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辞書を引いても、「たいせつ」という言葉が、どんな意味なのかは、よくわからない。わかったような気持ち、になるだけである。そんな言葉の意味を知るには、他人がその言葉を、どういうふうに使っているのか、見てみるのがいい。彼の「たいせつ」なものを、見せてもらうといい。彼女の「たいせつ」な人になって、「たいせつ」に扱ってもらってもいい。
僕は、ほとんどの言葉を、そういうふうにしておぼえた。素敵な人の、素敵な言葉に出会うたびに、僕の素敵は、大きくなっていった。人の優しさに接するたびに、僕の優しさの意味も、深みを増した。
人を知ることは、その人の言葉を知ることである。言葉を知ることは、その人を知ることである。人の言葉というのは、その人自身なのだ。人間は、その人の使う言葉なのだ。
言葉はいくらでも、自由に選ぶことができる。だから人間は自分がどんな自分になるか、自分で選ぶことができる。年をとってからでも、というか年をとって、経験を積んでからの方が、人は劇的に変われるのだ。僕はそう信じている。
「たいせつ」な人の「たいせつ」を知ることで、僕は僕の「たいせつ」に、日々新しい意味をつけ足し、更新している。明日の僕は、「たいせつ」なことを、今日の僕よりも、もっと「たいせつ」にすることができると思う。それが「たいせつ」の意味である。変わるということである。「ありつづける」ことの意義である。僕は死ぬまでつづけるつもりだ。
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言葉は無料だ。
無料は英語でフリーという。自由だ。
印刷されていて、無料じゃない言葉もあるけど、その言葉本来の意味を超えて、人が何を受け取るかについては自由である。つまり無料だ。
有料の言葉をどれだけ自由化できるか、考えている。ほとんどそれだけを考えて僕は書いている、と言っていい。
一方でプロの作家の多くは、本来自由、つまり無料である言葉を有料化することで生活している。
言葉にいかに高い値をつけられるか、が才能であった。
でもさ、そんな時代は終わるよ、すぐにね。とこれは予言ではない。
勝負ならもうついているのだ。予言はここからで、著作権法はいつまでも「プロ」を守ってはくれない。
いずれ「有料化」では食えなくなるだろう。
意味という言葉の意味を変える、声のようにこれも無料の空気を震わせる自由な言葉を、僕は持っている。
フリー。どこにでもあり、あらゆるところに入り込んでいく力を誰もが持っていて、それが後から追いついてくるのを待っている。
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Chuck Wayneというジャズ・ギタリストの、12曲も入っているのに34分しかないアルバムを聴いている。
自分のものじゃない願いが、いくつか、自分のために叶えられていることに気づいた。
時代は僕を含まない。
そして、ニュースを見ているといつも思うことを思った。
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ずっと求めていたものが与えられるってのは、「満足」ではないと思う。
生きることは戦いだけど、戦いに勝つことは「勝利」ではないと思っている。
願いが叶うって「幸せ」はないと思う。
自分じゃない誰かのために、
自分じゃ願えなかったことを願えるようになる、ってことだと思う。
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電気カミソリを使うようになったら負けかなと思っている。ならそんなもの捨ててしまえばいいのに持っている。そしてときどき、使ってしまう。
寝る前に何か考えごとをしていた。何を考えていたのかはもう思いだせない。考えごとをしながらメールをしていた。そのメールを見ても何も思い出せなかった。
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変な角度でくしゃみをして、腰を痛めてしまい、治るまでに3日もかかった。今日は暖かかったので良かった。てかてか光る黒のダウンジャケットでは、暑いくらいだった。
フローリングの床の上で、裸で寝ていた夏の日のことを思い出した。信じられないことに、もう冬だった。
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携帯電話を使うようになってから、みんな時間にルーズになったと思う。待ち合わせの時間や場所を、簡単に変更できるようになった。
今考えると信じられないけど、これなしで女のコとつき合っていた時代があった。そのころは彼女から手紙をもらうのが好きだった。手紙を書くのも好きだった。手紙をもらうのは今でも同じくらい好きだけど、書くのはもうあまり好きじゃない。紙に書いてしまったことは「変更できない」、言い訳ができないという気持ちがあるからだと思う。
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部活帰り、といった雰囲気の男子高校生が4人で、中華の店に、ラーメンを食べに来ていた。でも料理を頼んだのは、3人だけ。驚いて見ていると、何も注文しなかったコは、みんなの食事中、30分ぐらい、「トイレに行く」と言って席を外していた。カバンは椅子に置いたままで、お互いに、ものすごい無視の仕方だった。
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経済効果は数十兆円、だろうか。トム・クルーズが日本の総理大臣になる夢を見た。さすがにそんな夢を見たあとで、日本の総理大臣なんか誰がやっても同じ、とは言えなかった。
‥‥
ID野球(データ野球)とは何か。それは自分の思いどおりにプレーすることで、それがいちばん大事。
データは一種の抑止力。使わずに済ませるべき抑止力。核兵器みたいなもの。
お互いにある、双方で同じものを持っているってことが重要で、別に使わなくてもいいんだよ。
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NO SURPRISES を鼻歌で歌いながら掃除機をかけた。そうするとはかどることに気づいた。目覚めによって始まり、眠りによって終わる、ただそれだけの1日の中で、レディオヘッドが何かの役に立つとは、思わなかった。
‥‥
僕が本当に求めているものは、アイディア。何か純粋なもので、君が書き留めたのは、知識ではなかった。経験でもない。ただのアイディア。
幸せは幸せな誰かの、「いいこと思いついたっ」という声だった。
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「思いは伝わる」という前提で言葉を使う連中の言葉は、退屈なのだった。
「自分は正しい」と信じて疑わない人々。
僕の基準では、そういう人間のことを「馬鹿」と呼ぶ。
みんなは間違っているかも知れない。
でも僕はもっと間違っているかも知れない。
だから「もう何も信じられない」という思いを僕が語ることで、
誰かが「何かを信じる」ことについて考えることができたら、って思うわけ。
それは「伝わる」かな、と。
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今日は朝から、1990年代の、特定の「ある年」みたいな1日だった。『OKコンピューター』と、ルーファス・ウェインライトのファースト・アルバムを交互に聴いていた。シトラスを聴いていた。『アーバン・ヒムス』と、宇多田ヒカルのデビュー・アルバムも聴いた。
10年前、あの年のある日に自分が何をしていたか、なんてとても思い出せない。そのくせレディオヘッドの、「レット・ダウン」は、歌詞カードを見なくても歌える。最初に失われていくのが、個人的な記憶だというのは、いったい、何という皮肉か。
もっと年をとって、すっかりボケてしまって、自分や恋人の名前すら思い出せないようになっても、僕はトム・ヨークや、必ずしも有名ではない、ルーファス・ウェインライトという名前を忘れることはないだろう。
人によっては小室か。好きで接してきた音楽や映画や小説の天才による強烈な記憶は、取るに足らない個人の、オリジナルな記憶よりも長生きする。誰も思い知るべきなのである。笑えるとはいっても、それは悲劇なのだ。
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本物のバラの花の香りは、思春期の少女が大人の女になる手助けをしてくれる。もちろん精神的な意味。本物を嗅いだことがない大人の女は、本物のバラの花の香りに拒否反応を示すことがある。
僕は何人かそういう人を見たことがあるが、彼女たちにとってのバラは、目指すべき完璧な美の象徴などではなく、他に何か、もっと美しいものが見つかるまでの間の「つなぎ」だったのだろう。
精神的じゃないところでは、たとえば高級香水の原料として多く使われるのは、ローズよりむしろジャスミンだ。ゲラニオールを含むローズや、ローズに似た何かは、化粧品になることが多い。
ゲラニオールは人工的(化学的)に合成することもできる。バラにつくらせるよりも人間がつくった方がずっと安あがりなのだが、カネがないからといってそういう安物を使っていると、精神的なところで、決定的な差がつく。
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ある曲はイントロを聴いた時点で嫌いだった。最後まで聴き終えるといずれ好きになる・かも知れないという選択肢もなくなって、だからそれで良かった。
でも別のある曲は、最後まで聴き終えることができず、半端な可能性が残ってしまって。
何にせよ僕は、そうなのだ、「途中」で好きになってしまう。
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僕は僕自身の言葉だ。外国の友人と話すのは楽しい。「思いは伝わる」という前提で言葉を使う連中の言葉にはもう飽きた。
日本語のわからない彼女らに「おでん」を説明するのに、僕が自分でつくった「おでん」は、コンビニで買ってきた「おでん」とは違う。彼女らが後に知ることになる「おでん」とも違うはずだが、僕が伝えたかったのは「それ」なのだ。
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僕が22歳のときには高嶺の花だった23歳の女性が、21歳の友達と一緒に部屋に遊びに来た。年をとってからの方が僕はモテるが、これは毎月読んでいる「LEON」のおかげだろう。みんなでモテるジャズを聴きながら、モテるおでんをつくってモテる箸で食べた。
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OKコンピューターまでのレディオヘッドは、聴いていると不穏な気持ちになった。不穏とはつまり、人や自分を、傷つけたい、殺したいというような気持ち。
何かを殺して、生まれかわったように感じる自分を、楽しんだり、憐れむこともできた。
OKコンピューター以降の彼らは、聴くと、リアル不穏な気持ちになる。憐れむこともできずに、ただただ殺したくなるので、聴くのをやめた。
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バスの隣の席に座った男が、ギターを弾く真似を始めた。ギターなんか弾いたこともない人の指の動きだったが、僕はそれに合わせて歌った。
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上がると未来へ、下りると過去へ。建物の中の階段はタイムマシンになっていた。僕は地下まで下りた。そこが「現在」だった。友達は屋上まで上がった。そこも「現在」だったが、僕たちは二度と会えなかった。
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僕の中には何かを書きたい、無から何かをつくりたいというような欲求はない。ただ書いてしまった「これ」を書き直したい、できてしまった「それ」をつくり直したいという気持ちだけがある。何だかなぁ、と暗い気分にはなるけど、つくりたい、何かをつくりたいデカいことをやりたいという気持ちだけで動いている人間も、クリエーターとしてはどうなのかな、と思う。
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僕は自分が読みたいと思っている文章に近いものを書く。少しだけずらすのがコツだ。でもできるだけ近いものを書く。そうするとつながりが生まれる。僕が読みたいと思っている文章に、とても近いものを書くシャイな人たちと。
どうしてこうなんだろう。インターネットって不思議だ。これだと思う文章をそのまま書いてしまうと、言葉は間違った人たちに届き、僕は聞きたくない返事を聞くハメになるのだ。
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昨日は小室、今日はオバマ。2日間テレビを見ていて、昔の歌ばかり聴いて、誰にも会わない。僕だけが生きていて、みんなは死んでいる。そんな気になるし、逆のようにも思う。
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誰も悲しまなくて、何も傷つかないなら、どんなことでも、お前は許せるか。僕は毎日、試されているような気がしている。
自分で自分を許せるか、と。でも悪いことばかりじゃない。
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昨夜は「イノセントラブ」を見た。見て感想を書き、番組の終了後5分以内にメールしろ、と言われたのである。女性の友人からそのような指令が来たのである。でも面白かったので良かった。
主人公の女のコは、ある重要な記憶を失っている、という設定である。しかも自分が何かを忘れてしまったことに、自分で気づいていない。そこが特に面白い、と思った。贋の現実。何やらフィリップ·K·ディック風である。
何か大切なことを忘れていて、しかもそれを忘れてしまったことに、自分で気づいていない。物語の中ではその記憶は、どうやら犯罪と結びついているらしいが。一般的にはそれが、「イノセンス」ということになるだろう。
無垢なもの、純粋なものをそのままのかたちで守り抜くこと。守り、かつ成長すること。現実と折り合いをつけていくこと。もちろん不可能である。だから世の中には2種類の大人がいる。イノセンスを忘れてしまった大人と、イノセンスを忘れてしまったことを忘れてしまった大人、である。
ドラマではどうなるのかはわからないが、「無垢を忘れてしまったことを忘れてしまった大人」は、意外と無垢に生きられるのではないか、という気もするのであった。理屈で考えてみれば。
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それは、LPレコードとCDの関係に似ている。昔よく聴いたクラッシックやロックのレコードを、新しくリミックスされたCDで聴き直してみる。演奏の細部がクリアになって、「なるほど」と思う。作曲者の隠された意図がわかったりもする。
しかしその新しい発見を好きになれるとは限らない。ノスタルジーに溺れた僕は、むしろ反対に、何か大切なものが失われてしまったように感じる。
モンキービジネスの秋号、柴田元幸が翻訳したサリンジャーの短編小説を読んだ。僕はサリンジャーが好きだ。柴田の村上春樹調の日本文も好き。なのに「柴田元幸が翻訳したサリンジャーの短編小説」を好きになれないのは、そういうことなんだろうと思う。
何かが明らかになることを、望まない僕がいるのだ。純粋で無垢なものを、そのままのかたちで守り抜くこと。守り、かつ成長すること。不可能である。村上春樹訳のギャツビー、村上春樹訳のチャンドラーを読んで、同じように感じたことは、以前にもあった。
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自分以外の人がこういう言い方をしているのを見たら、僕は腹が立つと思う。「それが何なのかはわからない」。頭の中では別の曲が流れている。僕は、ナックのマイ·シャローナを心の中で口ずさみながら朝、目的地へ向かう。「それがどこにあるのか、わからない」。帰りはまた遅くなる‥‥。
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冷蔵庫の中に、風呂があった。シャワーだけ浴びた。変な夢だけど、変な夢だとは思わなかった。こうして書いてみるまで、気づかなかった。
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