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2009年1月31日

宇宙のファンタジー

 ドラマ、今期は『メイちゃんの執事』『トライアングル』『ラブシャッフル』を見てるんだけど、今のところはラブシャーがいいね。来週からは録画して何度か繰り返して見てみようかなぁ、と思っている。出てる人みんなかっこいいしかわいいし、音楽もいい。


 アースの「宇宙のファンタジー」なんて久しぶりに聞いた。そう音楽がいいんだろうな。主演の、玉木宏くんの声から、ルームトーンってやつ? ちょっとした物音まで、とにかく耳に聞こえてくる音全部が心地よく感じられる。


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2009年1月30日

珍しいもの

 秘密の出来事について書くのに、秘密の言葉はいらなかった。なので秘密の言葉は秘密じゃないことに使ってしまった。


 今日は珍しいものを買った。珍しいものを買うのは2年ぶりだった。すごい。


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2009年1月29日

当たった

 今日は木曜日か。だいたい水曜日ぐらいかな、と思っていたんだけど当たった。


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約束の橋

 安定しているという状態は、不安定な要素がまったくないことではない。本当の「安定」は、安定的な要素と不安定な要素の、バランスが取れているときに生じるものだと、僕は思う。


 安定性はその中に、不安定性を必ず含む。経済を安定させる。政情を安定させる。何でもそうだけど何かを「安定させる」ときに、人がすべきことは、不安定要素を一掃することではない。


 安定化、という言葉は僕の中で、秩序、管理、画一化を意味しない。完璧な秩序は無秩序を排除しない。


 一方の極と、もう一方の極、その間に橋を架けて、バランスをとること。僕は自分に言い聞かせてみる。それをどれだけ意識できるかだ。ネットも歌も、すべての表現は「架け橋」なんだと思う。すべての言葉は「架け橋」なんだと思う。


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それはそれで

 僕は地方に住んでいる。都会からやってきた。


 何をしにきたのかと、みんなが訊ねた。


 僕はしにきたことではなく、今していることを答えた。テレビ見ています。一人鍋してます。


 都会に住む人間の多くは、地方からやってきた。


 都会の方がいい暮らしができると思って、だが地方の何が悪かったのか、


 誰も思い出せない。それはそれでいいみたいだった。


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2009年1月28日

日記を書くときに大事にしていること

 自分で自分を欺くことはたやすい。僕が日記を書くときに大事にしているのは、自分が思った通りに書く、ということだ。でないと僕は、自分が書いた通りに思ってしまうから。


 意識しないことを意識する、というか、書いた通りに思ってしまう僕が、自分が思った通りに書くことは、ものすごく難しいけど。


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鍋奉行の季節

 鍋の季節だが、鍋にも正規のナベと、非正規のナベがあるらしい。


 非正規のナベの、性同一性認定は、取り消された。


 人格納税義務違反だとか、正社員奉行が言ってた。


 なんのことやら。


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石と薔薇

 悲しみというのは僕にとって、祖父母の墓みたいなものだった。つまりでかい石と花が、そこにあるとわかっていて、でも僕は絶対に行かない、というもの。祖父母は僕が生まれる前に他界していたし。僕は自分が夢を見ていることも知っていた。


 一瞬か記憶か無か。喜びと喜びの記憶は違った。悲しみはただの記憶だった。それで「悲しみ」を選ぶやつがいるのか? って思うけど、今悲しむか、永遠に悲しまないか、僕は選ばなければならないらしいのだ。


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2009年1月27日

ロックンロールの自殺者

 僕が聞いていたのは、「聞きたかったから」ではなかった。まったく反対に、聞きたくなかったからである。質問だか答だか知らないけど、聞きたくないことを聞かずに済ませるために、僕は、それとは別のことを聞いていた。


「ロック」はそういう音楽だったと思う。つまり、アンチテーゼってこと。聞きたくないことがあるから聞くのだという、ひねくれ者の音楽。聞きたかったから聞いてました、的なオトナには、絶対にわからない音楽。


 僕がそれをやるのは、それがやりたいからじゃない。やりたくないことを、やらずに済ませるためだ。やりたいことをやり、嫌いなものは嫌い、好きなものは好きとちゃんと言える人が、ロックを聞く必要はない。僕はそう思っていた。


 でもそういうのは、「アンチ」みたいなのはもう時代遅れで、いつの間にかロックも、変わってしまって、やりたいことをやる人がやる音楽、になっている。聞きたいことを聞く、そういう人たちが聞く音楽になっている。


 若いころ、ロックにやられた。人生の階段踏み外し、そのまま年をとった。ロックを聞いて、やりたいことがやれるようになった? 好きなものを好きと言う、勇気をもらった? そんなやつは、いないと思う。


 なぜならば、これは、不良の音楽だから。ひねくれ者の音楽だから。ふざけるな、と言いたくても言えない。僕の音楽だから。


 やりたいことがやれるなら、やらなくてもいいじゃないか。僕は思う。言いたいことが言えるなら、言わなくてもいいじゃないか。いや百歩譲ろう。言ってもいい。でもそういう人は、歌わなくていい。歌うということは、戦うことなのだ。


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衛生的

 出先で体調を崩した。目眩がして気持ち悪くて、立っていられなかった。タクシーで帰宅、それが午後7時ごろ。


 僕は『のだめカンタービレ』で、千秋が指揮中に倒れてしまったエピソードを思い出そうとしていた。あれは第何話だったか。思い出せないうちに寝てしまった。


 ‥‥


 美しいものの中には非衛生的なものがある。衛生的なものはだいたい美しい。美しいということ。衛生的であること。その2つが、ごっちゃになっていることに気づいた。


 ‥‥


 インターネットで日本中(世界中)とつながることができる。その代わり、何かと切り離されてしまう。それは何だろう。つながっているという実感もないまま、僕は何と切り離されているのだろうか。


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2009年1月26日

社長

 週末は寒かった。僕は風邪を引いたか、と思っていたけど違った。本当に気温が低かったみたい。雪が降るわけだ。


 実は知り合いが逮捕された。地方のニュースでも、少し取り上げられていたらしい。彼は社長なので、詐欺か何かだろう。「社長なので」という言い方は社長一般に対して失礼だけど。


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2009年1月25日

星座と血液型

 着ている服、もしくは履いている靴と、蔵書を見ればその人がわかるという。ならはじめからこう言おうか。こんにちは、ユニクロのダウンジャケットとハヤカワ文庫SFです、よろしくお願いします、ていうかさよなら。


 ‥‥


 私は射手座のB型です、と彼女は言った。星座と、血液型を言った。でもそれは星座と血液型には聞こえなかった。むしろ「月曜から金曜の夕方5時放送です」そう言ったように聞こえたのだった。


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2009年1月24日

降るっていうか

 この辺の雪は、雲じゃないところから降るのな。快晴の空、空以外のところから降る。降るっていうか。


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2009年1月23日

標準的な人間

 標準的な人間は、自分を標準より上に見せたがる。でも頭抜けた人間は違う。頭抜けた人間のことはよくわからないけれど、違うんじゃないかなぁ、と思う。


 頭抜けた人間のことを、僕はよく知りたいと思う。それは僕が、標準的な人間だからだろうか。


 僕は自分を知りたいとは思わない。それは僕が、誰だからだろうか。僕は誰だろう?


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2009年1月22日

 ダウンジャケットを着て、ジーンズを穿き、リュックサックを背負っているおじさんを見ると、派遣切りという言葉を反射的に思い浮かべてしまう。彼らはいい人なのだ。自分たちが誰なのか忘れているときには。


 ここからは夢。赤い車を買った。中古のゴルフ。百万円。代金は塩で払った。


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2009年1月21日

Punctual

 僕にとっての問題は、何をやるかではなくて、いつやるか。それをいつやるのかという、タイミングの問題だった気がする。


 もっと言えば、僕が何をやるのかは決まっていた。決められていたのではなくて、知っていたというか、僕には、未来の記憶があった。


 時の流れの中で、僕は肉体的には老いてきたが、記憶の面では、若返っていると思う。老人として生まれてきた主人公が若返っていく(肉体的に)という、ブラッド・ピットの映画の、バージョン違いである。


 憶えているとおりに僕は行動してきた。そしてたいていのことは、上手くやってきた。しかし遠い未来のことになればなるほど、記憶は曖昧になっていく。


 50歳代、60歳代の自分が何をしているのか、僕はもう思い出せない。何をやればいいのか思い出せなくなったときに、やるべきことはあるのか。どうだろう。


 数年前から僕には、やりたいということがなかった。正確に言えば、行動の記憶がなかった。さらには、意志がなかった。感情がなかった。あるのは感情の記憶だけだった。未来の感情の記憶を頼りに、その記憶にそった行動を僕はしてきたのだった。


「僕はこう思ったのだから、僕はこう行動したのだろう?」しかし40歳代、記憶力の一層の衰えとともに、鶏と卵の関係は、逆転しようとしている。


 遠くまで見えていた僕。ずっと先のことまで憶えていられた僕。けれど見えなくなることで、見えてくるものはあった。


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必要とすることを必要とすること

 音楽で言えば、ベートーベンの『第九』とか、


 小説ということなら、『罪と罰』だか、『カラマーゾフの兄弟』だったか忘れたけど、それさえ読んでいれば良くて、


 あとはどうでもいいみたいな。


 まぁそうなんだろうけど、ヴォネガットも言うとおり、でもそれだけじゃ足らない、


 今はもう、完璧なものだけじゃ足らないんだよね。


 人は、必要とすることを必要としている。


 不完全なもの、劣っているものを手にして、まだ足りない、


「もっともっと!」って。


 完璧なもの、絶対的な美、強さ、そういうものには意味がある。


 不完全なものには何の意味もない。


 けど不完全さには需要がある。


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トライアングル

 道端に落ちていたパン。広末涼子はそれを「かわいい!」と言って拾って食べていたけど、「かわいい」の使い方が違うと思う、そんな小説を読んだ。


 松尾スズキ著。タイトルはなんだったっけ? 立ち読みだったので声を出して笑えなかった。


 ‥‥


 ところでヒロスエと小沢健二は似ていると思う。オザケンは岡本太郎と似ている。ここでヒロスエと岡本太郎は似ているのか、という問題が出てくる。


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バニーメン バニーケン

 ビーグル犬と兎をかけ合わせたような動物が欲しい。欲しいというのは食べたいという意味ではなくて飼いたい。


 兎は不思議な動物だ。妙な想像力を喚起する。兎を見ていると兎のことではなく、これと何を合体させたらかわいいだろう、というようなことを考えてしまう。


 単体ではそれほどかわいい動物ではない。と思う。というか「単体の兎」なるモノを僕の頭は考えられない。単体を目の前にしてさえ。


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バニシング・ポイント

 何かが燃えるところを見たい。僕は何かを燃やしたい。何かが燃えると、何か以外のものまで、燃えてしまうのだ。何かが何かなんて、問題ではなくなってしまうのだ。


 ‥‥


 書くことについて書くような連中は、みんなモンスター。モンスター・ライターだよ、いいかい。書くことの地獄は、書くことについて書くことの地獄だ。


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本当は会ったこともない人

 僕は親しい人に嘘をついている。それで会ったこともない人に、本当のことを言っている。


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2009年1月20日

モンスター国民

 金の延べ棒を見た次の日、道端でモンスター国民を見た。おれは税金払わねぇぞぉ、とか喚いていた。その他にも政府への不満の言葉を口にしていたので、モンスター国民だったと思う。ちょっとすごいなと思った。


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はずさ

 僕の言いたかったことは、フリッパーズ・ギターの二人が全部代弁してくれた。「だろう」「はずさ」の二言で、僕よりも上手に。なので彼らが解散してからもしばらくは、僕に言うべき言葉は、なかった。


 今は言葉が要る。話していると必要になり、聞いていると諦めがつくような言葉が。そういうのを求めていた。


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石川啄木は「ちょいワル」だったらしい

 お金は使えばなくなる。ということを、僕はときどき忘れてしまう。


 みんなもそうだったんじゃないかな、と思う。それで貧乏になった。


 もう忘れることは許されない。お金は使えばなくなる。


 その当たり前のことを、ずっと憶えていなけゃいけなくなったんだ。


 ‥‥


 ところで石川啄木は「ちょいワル」だったらしい、知らなかった。朝日新聞のホームページに書いてあった。


「神童といわれ、旧盛岡中学に上位の成績で進学。在学中に激しい恋愛。そんな恋の末の結婚式をすっぽかす。大言壮語。手当たり次第の借金‥‥」


「給料の前借りはしょっちゅうで、通勤の電車賃がないといっては休み、体調が悪いといっては欠勤。それがときに何日も続く。そのくせ、よその新聞に、内職で記事を書いている‥‥」


「息子啄木に金を用立てるため、住職だった父親は檀家(だんか)に無断で寺の林を伐採する。さらに父親はこの後、本山への上納金を滞納、住職を解任されて寺を去った。故郷に経済的な基盤と帰るべき場所を失い、啄木の貧窮の流離が始まったのだ‥‥」


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2009年1月19日

それは「みぞう」と「みぞゆう」ほどにも違う

 喜びつづける、悲しみつづける、何でもいいけれど「〜しつづける」ということが僕にはできない。


 だから比較することはできないが、喜びを記憶しておくことと、喜びつづけることは、違うんじゃないかと思う。


 僕にできるのは記憶することだけだ。最初に喜びを感じた自分、そのときの自分をずっと憶えていることだけだ。


 それでずっと友達のままでいたい、そう思った。僕はあの人が好きだ。


 あの人も僕のことが好きで、だから友達のままでいつづけるのは無理だけど、このままでいたい、そう思った自分をずっと憶えていることはできる。


 なのでそうしようと思った。僕はあの人のことが好きだ。


    .


 僕は好きでいつづけることができない。好きでいつづけたい、と思った今の自分を忘れずにいることしかできなくて、


 それは好きでいつづけることとは少し違うと思うけれど、構わない。


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リポビタン

 夕方の食品売り場で、ガムを飲み込んでしまった、どうしよう。試食に応じたのが失敗だった。ガムを出してから食べればよかった。


 ストリートでは“D”を手に入れた。今はぐびぐびやっている。タウリン1000mg配合。あぁ頭皮にくる。こんなに純度の高いDは久しぶりだ。


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2009年1月18日

ダンナ

 名前に「那」という字が入っている女のコがいて、可愛らしい名前だと思っていたんだけど、那って旦那の那だよなぁ、と気づいてから急速に冷めた。あまりいい名前だとは思えなくなってきた。


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2009年1月17日

マンガ

 マンガを読まなくなったのは、僕があまりにも速く読めてしまうからだと思う。僕が本を読むのは、楽しむため、あるいは知識を得るためだが、その他にも読書には、時間を潰すという目的がある。どんなに面白くても、マンガでは時間が潰れてくれないのだ。


 ロックよりクラシック。2時間の映画より、TVの連続ドラマ。僕の好みは変わったと思う。時間さえ潰れてくれれば、つまらなくてもいい、とは思わないが、何が優れているか、どうすれば楽しいのか、その基準が変わったのだと思う。


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2009年1月16日

リセット

 人生は1つ1つの選択の積み重ねではなかった。人生は、それ自体が1つの大きな選択だと感じている。僕は僕の人生、この1つの人生を今選びとっている途中だ。ものすごくゆっくり、スローモーションで選びとる、選びとっている、そんな感じだ。僕の人生は、徐々に僕のものになっていく。


 あるいは反対に、僕は僕の人生を、少しずつ失っている途中なのか。『リセット』というドラマを見ていてわかった。僕は人生をリセットしたいと思ったことがない。


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冬の夜

 夜に明りがなかったら、夜は怖いだろうなと思った。夜景を綺麗だとは思えないだろう。もし暖房がなかったら、冬は怖いと思う。


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2009年1月15日

15歳の君に

 僕はSF作家にはなれなかった。ロックバンドのギタリストにも、ラジオ番組のDJにもなれなかったが、当時蔑んでいたサラリーマンにもならなくて済んだ。


 つまり誰も喜ばせることができなかった、ってこと、そのことに喜ぶ。願いつづけているだけで、夢は叶うのか。僕はまだ証明できていない。


 不思議なことがひとつ。15歳の僕には、その25年後の未来の記憶があった。あの当時の僕は、今の僕の日々の暮らしを、全部憶えていた。


 現在の僕は、少年時代の自分に向けて言うべき言葉を持たない。ということを、彼はどうしてかそのことを知っていて、今の僕よりもニヒルに笑った。


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2009年1月14日

お嬢さん走り

 風呂上がりに内臓脂肪を燃やす運動をした。お嬢さん走りみたいな動きをする。これをやっているところを人に見られたら恥ずかしい。


 肉体年齢を若返らせる運動もした。これは上手くやればバレエみたいなので、人に見せる気はないが、上手くやろうと思う。


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レビューの価値

 テレビはつまらない。そう言っている人たちの半分ぐらいは、テレビを見ていないのではないか。実際に見ないで、そう言っているんじゃないか、と思った。少なくとも僕はそうだった。


 一方でテレビがおもしろい、そう言っている人たちは、たぶん全員、テレビを見ているだろう。だから信用できるとは限らないけれど、とにかく実際に見てそう言っているのだろう、と思う。


 テレビだけではない。たぶん映画でも、本でも、音楽でも、それをつまらないと評する人間のうち、確実に何割かは、それをちゃんと見て(読んで、聞いて)いない。


 おもしろいと言う人間は、逆に高確率で「見て」いる。


 なのに経験的に言って、「おもしろい」という情報の、口コミの信頼度は、そこまで高くない。人が「おもしろい」「泣ける」「役立つ」などと薦めるものを体験してみたのだが、別にたいしたことなかった、ということは多い。


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2009年1月13日

The Wrestler

 若いころ僕は、「ミッキー・ローク」になりたかった。でも難しかった。もっとも力があったときのミッキー・ローク本人でさえ、「ミッキー・ローク」になるのは難しいことだったのだから、当然と言える。


 年をとるにつれ、さらに難しくなっていった。それはミッキー・ロークも同じだったようで、「ミッキー・ローク」になれないミッキー・ロークを見るのは、辛かった。


 ありふれた性格俳優の悲劇である。そのようにして僕は、ミッキー・ロークから離れていった。彼がなろうとしていた、「ミッキー・ローク」のことも忘れていたのだが。


 ‥‥


 ミッキー・ロークが出ている映画の中で、僕がいちばん気に入っている『バーフライ』。でも今度の新作は、それ以上のものになるかも知れない。


 そう僕は映画の中に、あの「ミッキー・ローク」が見れるかも知れない、と思っているのだ。期待は大きい。


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美は約束

 中国から日本にきて、働いている友人のひとりが、里帰りすると言った。また4月に戻ってくる。お土産には紹興酒を買ってきてくれるらしい。


 ぜひ遊びにきて、実家に泊めてあげるよ。悪くない話だけど、ちょっと引っかかるところがあり、どうしようかな、と思っている。お土産を楽しみに、日本で待つのもいい。


 ‥‥


 中国に行けば、僕は「ハンサム」で、いろんなことが約束されている。日本では僕も約束する。


 一方で彼女は約束で、それは誰もが守りたくなるような約束なのだ。とか何とか、上手いこと言って。


 ‥‥


 書いているうちに名言ぽいことを思いついたので、吐いておく。美は約束である。君が守るという約束だ。僕には守れない約束である。


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2009年1月12日

ハンサム

「あなたはハンサムですね」と言われた。整形した外人の女の人から言われたのだった。「きっとあなたのお父さんもハンサムでしょう」


 お母さんも美人でしょう。妹さんも美人でしょう。もしかして嫌味かなと思った。


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2009年1月11日

明日するはずのこと

僕は憶えている。


僕は自分が明日するはずのことを憶えている。


知っている、というのとは違う。
僕には
「記憶」がある。


僕は自分がとった行動だけを記憶していて、そのとき何を感じたのか、それでどう思ったのかは思い出せない。


僕は毎日、憶えているとおりに行動する。
自分が


僕は「明日するはずのこと」をする。


そして自分がそのとき何を感じるのか、それでどう思うのか心の動きを、思い出そうとする。


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2009年1月10日

先験的な判断

 海は南国、でも湖は北国の方が綺麗だ。そう思い込んでいる。北海道に行きたい。今すぐってわけじゃないけど、行きたいなと思った。もっと暖かくなったら、「今すぐ」に行きたいと思うだろうから、そのときに行こう。湖を見るのだ。


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2009年1月 9日

二兎を追う

 キムチ鍋にトマトを入れたら、どんな味になるだろうと思った。僕はキムチが好きだ。そしてトマトも好きだ。雪の日は二兎を追うのである。買い物に行くのが面倒臭かった。


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2009年1月 8日

重力の虹

 英米SF小説のマニアというかジャンキーが、最後に行きつく究極のドラッグ。そう、トマス·ピンチョンの『重力の虹』は、僕にとって。


 昔読んだけど書いてあることの1割も理解できなかったと思う。悔しかったけど25歳の僕にはお手上げ。


 年齢は関係ないか。15年以上が過ぎた今でも「不可解な存在」「手の届かない場所」の象徴として本棚に寝かせてある。


「手の届かない場所」が「すぐ手の届く場所」にある。僕はそれだけで満足しちゃってる。


 僕はときどき、それを手にとってみる。


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ホームラン

 僕は既に打ち終えている。


 誰も気づかないのだった。


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2009年1月 7日

愛の生活

25歳の僕は『金井美恵子全短編』という本を持っている。


全3巻。


「たいていの男の作家が書かないし書けもしない細部」が魅力的だったり、鼻についたりもするが、


そこは同時に、「たいていの男の読者が読まないし読めもしない細部」だとか思う。


たとえば『兎』は最高だけど、『愛の生活』は全然だめ、というような愛憎。


ところが『愛の生活』は15年後には「憎」でなくなる、


『兎』を「愛」と思えなくなってしまう代わりに。


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女物の服

 たとえばスカートなど、男性が着るとおかしい女性の服というのはあるけど、その逆はあまりない。


 カラオケもそれと似ていて、基本的に女性のものだと思う。普通の男性に、女性の歌は歌えない。逆はある。


 2人だけで行くカラオケでは、いつものように、フリッパーズ·ギターを歌った。ボーカルのキーは、比較的高めだと思うけど、僕には歌いやすい。


 歌いたいなと思う歌でも、くるりは歌いづらい。ブルハは歌いづらい。大滝詠一は歌いづらい。スピッツは歌えない。


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僕という変化

 本当のターニング・ポイントは、実際のターニング・ポイントの手前にある。


 変わるきっかけは、実際に変わるきっかけの手前にある、ってこと。さらにその前にもきっかけはあって、変化はひとつにつながっている、という考え方に、僕はしかし馴染むことができない。


 ひとつにつながった大きな変化の中にいる、変わらない僕、というようなイメージ。


 でも変わることと、変わらないことが、偶然出会って、両方を変える、変わらないことも変えちゃう、そんな奇跡は、絶対に起きないのかな?


 変化は僕の昨日とは何のつながりもないところから、突然やってきて、僕の明日を変える。そういうことは、ないのかな。


 そういう偶然だけが、僕の毎日、「僕という変化」の中にいる「不変と僕」を変える、ような気がするんだけどな、


 そんな夢。


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2009年1月 6日

「さがす」と「つくる」

 人生を今年からやり直すことはできないけど、今年が人生の中の良い1年になるように、祈ることはできる、と思う。


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2009年1月 5日

僕のベイビーに何か

 あの事件がなかったら、僕たちは友達になれなかったかも知れない。そう考えると悲しい。あの悲しい出来事、あれが起きてしまったことよりも悲しい。


 人間ってどうなるかわからないね、と彼女は言った。でも僕にはわかる。僕は何もできない。でも僕たちにはもっと何もできない。だから一緒にいる。


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2009年1月 4日

水漏れ

 小便をしようとすると、ケツからも水が大量に漏れる。それはただの透明な水だった。ドライヤーでケツの穴を乾かし、多めに水分を補給する。最後まで「下痢」という言葉を使うのはどうかと思っていた。


 体中にいろんな音が鳴り響いていて、僕は聞き流す耳だった。


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帯と襷

 夜はずっと起きているには長過ぎるくらいだけど、寝てしまえば短い。寝不足のような気がする。


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2009年1月 3日

3

 数字の3の形をした海岸線を見に、寝不足でタクシーに乗ったら、車酔いしてしまった。げろげろ。運ちゃん飛ばしすぎ。


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2009年1月 2日

悲しみ

 悲しみに耐える必要はないと思う。


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2009年1月 1日

初夢の前

 初めて覚めた夢の記憶は、いちばん古い夢の記憶の前にあった。


 初めて破れた恋の記憶が、初恋の記憶の前にあるみたいなもので、


 驚いてしまった。


 朝起きてみると雪が積もっていて、今日はホワイト元旦、ホワイト初日の出だったが、雪は途中から雨に変わったので、ホワイト初日の入りはなかった。


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