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2011年10月22日

多田由美

 太宰治や漱石、町田町蔵や中島らもなどのブンガクにも似た雰囲気はあるが、彼らは「そういう自分」を、どこかで憐れんでいる。


 それに対して多田作品には、自分で自分を憐れむ主人公は出てこない。何千回目になるのか、多田由美のマンガを読み返している。何万回読んでもすごい。


 読んでいると、人から殴られることや、裏切られること、負けること、失業すること、犯罪者になって捕まること、閉じ込められること、引きずり出されること、そして棄てられることなどが、この上もなく格好いいことだと思えてくる。


 棄てる者より、棄てられる者の方が美しいという嘘を、何ひとつ持たない者がもっとも豊かだという嘘を、ときどき信じたくなる僕のためのお伽話。いつの間にかロックも、映画も、そういう嘘を僕についてくれなくなってしまった。


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