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2016年6月29日

パリの千円札

 80年代、汚くて危険だった頃の、ニューヨークみたいだった。パリの地下鉄は、落書きだらけだった。そこに何と書いてあるのかはわからなかったが、危険だということは伝わる。できる限り乗らない方がいいだろう、と思えた。移動にはタクシーを多用し、ちょっとの距離なら歩いた。

 クレジット・カードを使えるタクシーは少なく、手持ちのユーロは、すぐになくなり、足らない分は、千円札で払った。あのタクシーの運転手は、英語の通じない若者は、円高を知っていたのだろうか。

 現在のパリは、ヘンリー・ミラーの描いたパリで、薄汚れた雨の町で、僕にはちょうどいいか、と思えた。もちろん、アナイスは君だ。鶴は掃き溜めにこそふさわしい。

 ヘミングウェイのパリは、僕が到着するずっと前に、違う誰かに消費されて、それでどうなったのかは、まだわからない。わかるまで、あるいは、わからなくなるまで、何度も通うだろう、きっと。パリもそれまでには、ミラーとアナイスのパリではなく、君と僕のパリだ。




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2016年6月24日

雨を口実に

 僕みたいなヘタクソでも弾けるようにアレンジされた楽譜で月の光を弾く。夜遅くに雨が降り出すと聞いた。それで午前3時まで起きて雨を待っていたが、雨は降らなかった。ネットで古い映画を見て、それからピアノでエリーゼのためにを弾いていたが、眠くなってやっぱり寝てしまった。




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2016年6月21日

ジョナサン

 4月の終わりだったか5月の初めだったかにジョナサンが亡くなったのだけど、僕の中では死ななかったということにしてある。跡を継いだ甥はジョナサンと同一人物だということにしてある。でも今になってから思う。それはそれで悲しいと。




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2016年6月 9日

海岸まで数秒

 一体僕は、いつ働いているんだろう。労働の記憶が僕にはない。夢の記憶の方がはっきりしている。昨夜は自分がキリストであり仏陀でありヒトラーであるという夢を見た。歩いて巡礼の旅に出た。西ヨーロッパの地図を広げて、ルートを確認する。実際に歩いたら数年はかかる旅だが、夢の中では、数分だった。海岸まで数秒だった。




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2016年6月 3日

But now

 でも君は今そこにいるのに、僕の心の中にも同時に存在する。なぜ?

 僕は愛している。誰を? 何を? 忘れてしまう、ときどき。愛することに夢中で。




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2016年6月 1日

石橋

 川面に映ったまだ骨組みだけの、建設中のマンションが、原爆ドームのように見えて、ベンチに浅く腰掛けそれを眺めながら僕は、午後ずっと本を読んでいた。うとうとする時間もあった。原爆にも耐えたという古い石の橋を、スーツ姿のサラリーマンや、OLさんたちが、軽く叩いてから渡っていく。




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