時計を探す
エレベーターに乗ってやってきた。場所はデパートのレストラン街のようなところ。僕はそこをホテルだと思っていたがホテルではない。たぶん9時ぐらいのはず、でも腕時計は2時を指している。何かの拍子にリューズが外れて、針が動いてしまったらしい。僕はお店を覗いて、正しい時刻を指している時計を探した。
エレベーターに乗ってやってきた。場所はデパートのレストラン街のようなところ。僕はそこをホテルだと思っていたがホテルではない。たぶん9時ぐらいのはず、でも腕時計は2時を指している。何かの拍子にリューズが外れて、針が動いてしまったらしい。僕はお店を覗いて、正しい時刻を指している時計を探した。
1階の玄関部分が、駅になっている家で暮らしていた。たくさんの人が出入りして、騒がしいことは騒がしいが、それほど気にならない。階段に布団が敷いてある。昨晩は誰かそこで寝たのだろうか。僕は朝遅くに起きて1階に下り、窓を開けた。もう夏だった。隣接する公園で、子供たちが野球をしている。次のバッターは背の高い女の子。左打席でブンブンと素振りをしている。
景気づけにアクエリアス味のカルピスを飲んだ。その後でアクエリアスを飲んだらカルピスのような味がしたので面食らった。アクエリアスもともとどんな味だっけ? アクエリアスもカルピスも飲むのひさしぶりすぎて本当は味なんか覚えていない。
私は高校生だった。女子のバレー部の試合で遠征する。バスは満員だったので、両親の車に乗った。そうすると顧問が、規則違反だ、退部してもらう、と私を脅す。別に全然構わなかった。退学してもいいくらいだ。親が運転する車で、歌を歌って私はご機嫌だった。
場面は変わって、僕の性別も男に戻っていたが、同じ夢のつづきだった。「ぼくらは古い墓をあばく夜のあいだに‥‥」耳が隠れるくらい、やや長く髪を伸ばした僕は、ステージに上がって、だろう・はずさを歌う。伴奏はギターではなく、きらきらと輝く音を出すピアノだ。
小型の電気自動車で、フランスかどこかの高速道路を走った。知り合いが何人か同乗していて、僕が運転した。道は渋滞していて、ノロノロ運転の二輪車が、目の前で次々と転倒した。
僕たちは車から出て、歩くことにした。インターを歩いて下りる。一般道はすごい人混みだった。誰も彼もが車道を歩いている!
後ろから日本語の会話が聞こえた。双子の姉妹だった。振り返って挨拶しようかどうしようか、迷いながら何歩か歩いた。昔の知り合いとこんなところで会うのは、何となく気恥ずかしかった。
学生ふうの若い女性が、モノクロのフィルムを持ってきた。僕に現像とプリントを頼みたいと言う。今どきフィルムで写真を撮る人がいるのか? けど僕は引き受けた。暗室をつくるところから始めなければならない‥‥。
そうすると別の女性もまた、モノクロのフィルムを持ってきた。現像してみると、写っていたのは普通のスナップや、自撮りと思われるポートレートだ。いちども会ったことのない女性だったが、どの写真にも、その女性と、僕が一緒に写っていた。戸惑った顔をする僕の隣で、その女性は笑ったり、ヘン顔でピースサインだったりしていた。
誰かに何かをもらった。「誰かにもらった」ということは忘れてしまったが、その「何か」はずっと僕の中に残りつづけたので、そのまま使っていた。使いつづけても減ることはなかった。とてもいいものなので、好きな人に分けてあげようと思った。その人は僕からもらったということを忘れてしまうとしても。
外国の友人たちと美術館にいた。僕の耳を見て「ゴミが溜まっている」と言った友人が、ヘラのようなものを使って、歩きながら僕の耳を掃除してくれた。日本語の間違いではなくて、本当にゴミが溜まっているのだった。美術館の床にゴミを撒き散らしながら展示を見て歩いた。
それはドローンで撮影した緑の草原の3D映像だった。墓がある。所々に木のベンチがあり、リンカーン大統領やキング牧師やマルコムXが腰掛けている。それだけの映像なのだが、それはアメリカの黒人の苦難の歴史と、明るい未来を暗示しているのだ。僕は何度も見たいと思った。
だが出発の時間だ。2階建てバスに乗り見下ろすと、すぐ隣を女優のシャロン・ストーンの乗った車が走っていて、気づいた僕たちが手を振ると、向こうも手を振って応えてくれた。
異常に背の高い男女が、身を屈めて、僕に話しかけてくる。と思ったら違った。僕が小さくなっていたのだ。僕は子供で、話しかけてくるのは両親なのだろうか。僕は英語で、エアウェイだかエアプレンだかエニシングだかの単語を言おうとしている。大事なことなのだ。けどまったく伝わらない。何かおかしなことを言っている、と背の高い男女は顔を見合わせて笑う。
僕は19歳の大学生だった。数秒から数十秒、記憶が飛んでしまうことがあった。でもそのときは特別だった。いきなり数年分の記憶が飛んでいて、僕は恋人らしき歳上の女性と、電車を盗んで逃走しようとしていた。
電車の中には医務室があり、僕は中年の男性の診察をしていた。「何も問題ありませんよ。さぁ、早く電車から降りて下さい」。数年の間に、僕は医者になっていたようだ。
さて僕もその車両から降り、運転台に乗り込み、パスワードを入力して、コンソールのロックを解除しようとする。パスワードは四桁の数字だった。1240、その数字はわかっているのだが、二桁の数を掛け合わせて、1240にしなければならなかった。20 x 62 だろうか。だがそう入力しても、ロックは解除されない。僕たちは紙と鉛筆で、何度も計算を繰り返した。
日本のどこだかの観光地をPRする動画だった。女のコ2人が、水着になったり、浴衣に着替えたりして、何やら喋っているのだが、よく見てみると、知り合いのコだったので、夜になって、お座敷で食事をする最後の場面まで、結局見てしまった。
ドイツの駅に着いた。駅前には路面電車の乗り場があった。待ち合わせのホテルまで乗って行こうと思い、路線図を眺めてみたが、複雑すぎて、どの路線に乗ればいいのかわからない。ちょうど朝の通勤時間帯で、混雑していた。諦めて歩くことにした。
駅の放送を使って、日本人の男のコが、恋人に呼びかけていた。「おれの言ったこと、冷静に考えてみてくれ」。全文日本語だった。
駅前の商業地区を、歩いて抜けて行く。店はまだ開店していない。道端にビニールシートを広げて、母親と金髪の子供たちが、ママゴトをして遊んでいる。
美術館やコンサートホールの建ち並ぶ地区まで来ていた。あちこちにある地図で確認してみると、僕は目指すホテルを、いつの間にか通り過ぎてしまったようだ。
1年間高校に通わなければならなくなった。遅刻ぎりぎりで登校したら、いきなり職員室に呼び出された。服装が、いろいろ校則に違反しているらしい。まぁ初日ですからと、気の弱そうな教頭が取りなしてくれて、無事教室へ向かった。
担任は眼鏡をかけた若い女の先生だった。「イジメられちゃうかも知れないって、心配してたの、でも良かった、カッコイイー」とキャピキャピ歓迎してくれた。男子は全員下を向いていたが、女子は教科書を見せてくれたり、ノートを貸してくれたりと、みんな親切にしてくれた。
キッチンで、君が料理をしている。その向こう側は、カフェになっている。そのカフェと僕たちの住む家は、キッチンを共有しているのだった。台所には多くの人が出入りして、ずいぶんと騒がしい。「私は気にしない」と君は言う。「ここなら夜中にピアノを弾いても、誰の迷惑にもならないから」
僕の返す言葉に、君は笑った。でも僕は自分が何と返答したのか、覚えていない。
そのマラソン大会の、参加者は2人だけだった。人間の死体を担いで山道を走る、肉体的にも精神的にも過酷なレースだ。より軽い死体を巡って、参加者同士で争いが始まった。道端に放り投げられた重い方の死体は、そのショックで目を覚まして言う。おれはまだ生きているぞ、と。
時計店に、泥棒が入った。高級腕時計と、売上金が盗まれてしまった。店主は気落ちして、廃業すると言う。店の専属の時計スタイリストも解雇された。若くハンサムな男で、人気があったのだが。
盗まれずに残った時計を、店主が投げ売りし始めたのはチャンスだった。転売する目的で、僕たちは大量に買い付けに行った。店の外には、スタイリストの男がいた。バイクに跨がって、どこか遠くに行くと言う。大丈夫、きっとまた上手くやれるはず。僕たちは買い付けた時計を、彼の腕に何本か巻いてやった。
9階のエレベーター前に、大便専用トイレがあった。箱型のテントが2つあって、その中に便器が設置してある。自分の部屋のトイレでウンコをしたくない住人が、そこで排便するのだ。なぜか知らないが、誰も流さない。僕は見かねて、ときどきテントの中を覗き、ウンコを流している。その日も見ていると、子供を連れた母親がやってきた。子供は右に、母親は左のテントに入って、やはり流さなかった。
昔読んだ夢占いの本によると、ウンコが残ったままのトイレの夢は「大吉夢」なのだそうだ。さて。
坂道を上り切ったところで見上げると、滝だった。高層ビルの屋上から、大量の水が落ちて跳ねていた。それは真夏の都につくられた、涼しげな人工の滝なのだ。本物の滝と違って、音がまったくしないのが、不思議だった。音がどこに行ったのか、探して歩いている内に、目が覚めた。
細長く延びる廊下、胸に子供を抱きかかえて歩いた。たくさんの部屋があり、扉は開いていた。清掃中のホテルか、マンションのようだった、がよくわからない。そのまままっすぐ行くと、子供向けの絵本や、玩具を売っている店があった。そこは空港か駅ナカのような雰囲気なのだ。僕と同じように子供を抱きかかえた若い男性が、絵本を選んでいた。とくに理由はないが、何となく彼と目を合わせないようにして、僕も店を見て回った。ただそれほどゆっくりはできない。乗るべき飛行機があるような気がした‥‥。
たまたまだけど、小学生のときの同級生の1人と会った。初恋の人? 本当に? 本当に私のこと覚えてる? 彼女は訊いた。本当はよく覚えてなかった。
「お父さんと一緒に、よく家の前でバスケットボールで遊んでたよね、ドリブルしたりして」「そこに偶然、自転車で通りかかったんだ」「楽しそうだな、いいお父さんだなって思った」「お父さん、今もお元気?」
そう話すと、あのころよくやったように、彼女は僕の背中を何度も、力いっぱい殴りつけた。「何知らないふりしてるの? 父はあのあとすぐに死んだんだよ」
40年という時間も、懐かしくはなかった。彼女の拳と涙で、思い出したかったことも、思い出したくなかったことも、全部いっぺんに思い出して、結局僕は悲しくなったのだ。
トライアスロンに挑戦する、という女性が、川岸に立っている。穴だらけのミニの青いワンピースは、どうやら水着らしい。そのままの格好で、川に飛び込んだ。取材のTVスタッフが、ボートで追いかけて行く。
女性は無事に、向こう岸に辿り着き走り始めた。見ている僕の足下に、大型犬の死骸が2体流れ着いた。異常に歯並びのいい、健康的なマッコウクジラの死骸も、岸に打ち上げられた。女性が飼っていたクジラだ。
ボクシングの試合をすることになった。対戦相手は普段着姿の女性だ。開始時間を過ぎても、なかなかリングに上がってこない。ちょっと用事があるから、と言って、リングの周りをうろうろしている。レフリーも呆れて、構わず開始のゴングを鳴らす。3分後に終了のゴングが鳴れば、僕は不戦勝ということになるだろう。
何人かでどこかの国に観光旅行に来ていた。歩き回って疲れたので、その日は早く眠った。朝目を覚ますと、僕のスイートに、旅のメンバーが全員集合していた。ここのリビングに集まって、朝食を取るらしい。まだ寝てるのかと声が掛けられる。僕は慌ててベッドから身を起こし、そのままの格好でテーブルに着いた。
隣に座った女性がスホマを取り出し、僕の連絡先を知りたいと言う。僕も自分のスマホを探した。が見つからない。僕が持っていたのは、前世紀のトランシーバーのような携帯電話だった。恥ずかしくなって隠そうとすると、大きな音と光が出て、却って目立ってしまった。
駅にいるといろんな会話が聞こえてくる。平日は建設現場で働いているという男女のグループは、今日は水遊びも兼ねて川底のゴミを掬うボランティアに参加するらしい。
駅は切り立った崖の上にあり、ホームから見える景色は絶景だった。僕は羽根の生えた女性に背中から抱きかかえてもらって、その崖の麓までジャンプした。空を飛ぶのはひさしぶりだった。
舗装された道路に、片足で着地した。空は晴れていたが、目の前のトンネルの中は土砂降りの雨だった。着地のときの勢いで、一気に走り抜ける。そのトンネルを抜けると、町の中心部だった。
丁度やって来た白い路面電車に飛び乗り、空いた席に腰掛けた。車内でスマホを見ている人がいないのが不思議だった。男の人たちは新聞を広げて読んでいるのだ。嫌な予感がした。僕は過去にタイムスリップしてしまったらしい。あの雨のトンネルを抜けたときだ。
ショーウインドーの中で、僕はマネキンのまねごとをしていた。気取ったポーズで、格好つけた服を着て、動かずじっとしていた。すると30代くらいの夫婦がやって来た。僕の顔を至近距離で眺めて、口紅をつけているのかいないのか、と2人で議論し始めた。
飛行機が日本に到着した。入国審査の列に並んでいた。僕は箱を1つ抱えていた。荷物はそれだけだった。ところが書類に不備があるのか、列の並び方が悪いのか、僕は最後尾に何度も並び直しになってしまった。
そのうちになぜこんな箱を抱えているのか、そもそも箱を日本語で何と言えばいいのか、それさえも僕は忘れてしまう。ボックス(英語)や、ボワット(仏語)も出て来なくなってしまう。
「あなたが抱えているのは何ですか?」と係の人が訊く。「ええっとすみませんが、何て言うんでしたっけ、これ?」僕は逆に質問するが、係の人もハコという単語を知らない。
デパートの、誰も使わない階段をひとりで降りて行く。赤い壁。無駄に真っ赤な壁。あちこちに全身を映す大きな鏡があった。それは思いがけない場所にあった鏡のせいなのだ。
折れそうなくらいに華奢な四肢を、逆に強調するようなごついバッグと靴。乱れた黒髪に、顔の半分を隠すサングラス。ゲンズブールとバーキンの娘のような女性が、鏡に映っているのを見た。決して納得したわけではないが、なぜ僕が女と間違われるのか、その理由がわかったとは思う。
朝起きると、枕元に血(のようなもの)が付いていた。何千年も前の血の跡のような汚れだった。指でちょっと擦ると、塵化して空中に消えた。やはり血ではなかったのかも知れない。もう11時だ。キース・リチャーズのように12時から血液を全部新しいものへ交換しに行く。
僕が右の耳にしていた蓋を、誰かが外したので、目を覚ましてしまった。僕の耳には、穴が開いている。その穴から、体の中に水が注ぎ込まれた。ゆっくりと、自然な流れで。水がいっぱいになると、僕はまた眠くなって眠ったが、その注いでいた誰かさんは、ずっと側にいた。
子供の頃の僕に、知らない女の人が会いに来て、「あなたはいい耳をしている」と言ったが、何のことなのか、さっぱりわからなかった。
それから何十年も経って、君が僕に同じセリフを言うまで、そのことを忘れていた。僕は耳がいいのだ。
何年も昔のことを音で記憶していて、過去を聴くことができる僕の、頭の中は音楽で満ちている。「そうでしょ?」と君は言った。
実際には、今僕の耳に聴こえてきて、将来に渡って僕の頭の中を満たすのは、過去に感じていた予感のようなものだ。
それは夢が正夢になっていくときに出る音だ。
靴を履いたまま寝てしまったときでさえ、そんなことはなかった。その夢の中で僕は、靴を履いていることをしっかりと意識していたが、それは、とても珍しいことだ。それ以外のことは、すべて曖昧だった。どこで誰といて、何をしているのか、そもそも自分は何者なのか。僕はただの、誰でもない「靴を履いた人」だった。
隣人たちがうちの庭を横切って行く。庭の土は柔らかくて、土地は少し傾斜していた。君は車寄せに停めた玩具みたいな小型車の、屋根やドアを外して、違う色のものと付け替えたりしている。
自転車が何台もあり、試しに僕は銀色の1台に乗って、家の前を行ったり来たりした。ツールドフランスに使うような目立つ黄色い自転車がある。それが本当は僕のだ。
「ねぇ、男? 女?」小さな女の子が訊いてきた。無視していると、30秒後にまた訊いてくる。「男だよ」と答えたが、女の子はまったく納得していない様子。(じゃあ訊くなよ‥‥)。日本で女に間違われたのは、初めて。
「すみません、すみません」と母親らしき女が5秒後に飛んできて、僕に謝ったが、そんなに謝らなくてもいい、フランスではよくあること。ほぼ日常茶飯事。
僕たちの家には素晴らしい冷蔵庫があった。冷蔵庫の中は素晴らしい食べ物でいっぱいになっていた。僕たちはその素晴らしい食べ物を見るために、その素晴らしい冷蔵庫の扉を何度も何度も開けたり閉めたりしたものだ。
小さな男の子が僕に、世界でいちばん美味しい納豆はどれかと訊いた。突然何を言い出すのか、と思う。男の子の話によると、彼に世界でいちばん美味しい納豆を買って来いと命じてお使いに出したのは父親だった。男の子は困ってしまい僕に助けを求めたのだった。
しかしどうして僕が納豆について知っていると思ったのだろう。僕が日本人だからか? 僕は納豆の匂いが大嫌いで食べたこともないが、彼に手を引かれて小さな食料品店へ行き、値段を見て美味しそうなやつを選んであげた。たぶん高ければ高いほど美味いんだろう。
何もすることがなかったので、自分の足を見て時間を潰していた。暇だと僕は自分の膝から下の足を見て過ごすことが多いようだ。「また足を見てるの?」と君が声をかけてくる。「うん、そう」
「なんて細い足、ホントに男の足なのこれ?」「じっと見てると足はどんどん細くなるんだよ」「マジ?」「うん」「ウソでしょ」「ウソじゃないさ」
夏の制服を着て教室の自分の席で、同級生たちと話しているところに君が来て言った。「話があるんだけど?」
君も高校の制服を着ていて、髪は運動部の女の子のように短い。
そこから一気に数十年の時が流れて、僕は日本の電車に乗っている。駅でたくさんの人が降りて、そうなのだ車内より駅のホームの方が混雑している。男同士でキスをしているカップルが見えて、日本も変わったな、と思う。僕はその次の駅で降りた。車で自宅に向かった。
夕空は青とグレーとオレンジに染まっていた。道の左側にシャガールの絵のような細長い男の人が紫色の花束を持って、道の向こう側の女の人に話しかけている。道を渡りたいのだろうと思い、僕はブレーキを踏んだ。するともうそこは日本ではなかった。あの時代のフランスだった。
そこにもういちど君はやって来て、話があると今度はフランス語で言った。その顔が、モリディアーニの描く女の人のように、縦に細長く伸びていった。
テレビの中継でプロ野球の試合を見ている。オキナワの離島のグラウンドで試合は行われている。島に活用できる平地は少なく、ファールグラウンドにも住宅が建っている。なのでバッターが打ち損じたボールも、住宅の壁に当たって跳ね返り、全部フェアになってしまう。
僕はスパゲティをつくろうとしている。1つの鍋でパスタを、もう1つの鍋で豆腐を茹でている。豆腐を具にするつもりだ。豆腐とパスタが茹で上がり、僕はつくり置きしておいたソースを冷蔵庫から取り出そうとする。だがなかなか見つからず、焦って取り出したソースを僕はティッシュの箱にかけてしまう。もったいないので箱も一緒に食べてしまえばいい、と僕は考える。
夢の中で僕は他人の私的なメッセージを読んでいる。なぜかアクセスできるようになった。しかしくだらない。くだらないので斜め読みしていくと、退社や退行という単語が目に留まる。その退社して退行した人物は、今自宅でカフカを読んでいる。
僕は高校生だった。転校してきたばかり。席は学校でいちばんの美少女の隣。登校すると、その美少女の机に、プレゼントが山と積まれていた。誕生日なのだ。
偶然だが、僕と同じだった。僕の誕生日も今日だ。それを彼女に言うと、プレゼントを1つ分けてくれた。
開けてみると、それはアナログのレコードだった。曲はベートーベンのバイオリン・ソナタ。ターンテーブルに載せると、聴こえてくる、斬新な演奏。電子楽器のようなバイオリン。金管のようなピアノ。
知り合いのところの男の子を映画に連れて行った。『ミルク』というキワドい大人のジョーク満載の映画だったので、少し心配だった。絵が可愛いと小さな子供にも人気なのだ。映画館の前でホームレスにもらったチラシには、NY在住のさんま(驚き、NY在住だったのか)も英語で推薦のコメントを書いている。
そのホームレスの話では、児童図書館に『ミルク』の子供向けの絵本があるという。「読みたい」と言うので映画の後で連れて行った。アインシュタインのペットだった猫と、オードリー・ヘップバーンのペットの猫を掛け合わせた、伝説の名猫を巡る冒険、というのが話の大まかな概要だが、正直ストーリーはあってないようなものだった。ちなみにタイトルの元になっているのは、登場する擬人化された乳牛なのだろう。
男の子に絵本を読んであげている途中で、アナウンスが流れた。カウンターにその絵本を書いた映画の監督が来ていて、即席のサイン会が行われているらしい。サインは30分待ちだとか。僕たちは列の最後尾に並んだ。
監督は、アップルの創始者のような中年の白人だった。「映画を見た子供たちの中には、女の人は妊娠すると捨てられちゃうんですか、と訊いてくる子もいてね、親には睨まれるし、大変だったよ」とウインクしてくる。
「さて、君はどうだったかな」「うーんとね、牛乳が美味しそうだった」「ははは、そうか、良かった」
図書館の外に出ると、そこは小高い丘の上に建つ中世の城だった。庭に投げ捨てられた『ミルク』の絵本が、山と積まれている。僕たちは1冊拾って帰った。
僕はスエードの学ランを着ていた。元は黒かったのが日に焼けて茶色っぽく変色している。にしても学ラン、この歳になって似合うだろうか? だが鏡を見てみると、そこには高校生のように見える僕がいたので安心した。
地下1階から2階までがゴミ処理場、3階が図書館、という建物に来ていた。朝の5時半。1人でゴミ処理をしていたおじさんに家のゴミを渡してから、そのまま学校には行かず、図書館をうろついていた。
図書館の洋書のコーナーには僕と同じ茶色く変色した制服を着た高校生が何人かいたが、知らない顔だった。しかし優秀な学生なのだろう。洋書など僕にはとても読めない。彼らから隠れるようにして翻訳物の小説を探していたが、どこにも見つからなかった。
家族でオキナワの小さな島へ夏の旅行に来ている。空港から電車に乗り森の中を走った。「あれっ?」と息子が急に気づいて言う。「なんでこんな島に電車があるの?」「買ったんだ」と僕は答える。「安かったし、ときどき走らせようと思って」
それを聞いて妻が非難するような視線を鋭くこちらに向ける。何か言いたそうだ。妻の母親はにこにこ楽しそうに車窓を眺めている。
ゲームセンター。早朝5時。ポケットには百円玉が1枚。いつものシューティグ・ゲームをやろうか? 開店直後なのか閉店直前なのか、客がいない。店員が僕をちらっと見る。壁に沿って並んだゲーム機を物色してまわる。何となく気分が乗らない。
サッカーのゲームがあった。「郷ひろみの食卓」という見たことのないゲームがあった。郷ひろみが人生で出会った食事を完全再現したゲーム、とある。RPGの一種だろうか。やらずに店を出た。
一眼を構えた女子選手がリングで向かい合い、相手の写真を撮っている。カメラ・ボクシングの試合だった。撮った写真はすぐさま判定に回される。駆け出しの若いカメラマンが、ベテランの女性を圧倒していた。
「オートフォーカスを切るんだ!」その女性のセコンドに就いた僕らはリングサイドで叫んでいた。「全部切れ」「絞りとシャッタースピードなんか適当に勘で、大丈夫、それでいける」
パジャマの代わりにしているヨレヨレのブラックジーンズを着替えもせず、真夜中の町を散歩していると、閉店した酒屋のシャッターの向こう側から、拍手と歓声が聞こえてきた。歓声が‥‥。今日は歩いてベッドに戻る前に、この町の外で夢から覚めてしまいそうだ。
久しぶりに会ったキリスト教伝道師の友人と、バックギャモンで勝負した。僕がサイコロを転がすと、‥‥だが目はトランプの札になっていて、ハートの7やスペードの3など、‥‥ルールも複雑すぎて、ゲームが止まってしまう。
それで僕たちは、というか僕は散歩に出ることにした。風景も建物も言葉もどこか妙にイスラムっぽいところに‥‥
信号が変わった。巨大なスクランブル交差点の向こうの蜃気楼の中から、人が歩いてきた。道幅は5キロもあって、反対側は白く霞んでいる。
強い日差し。乾いたブリーズ。歩行者は砂漠を行き来する遊牧民のよう。
最近のコメント