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2019年6月15日

ミイラ男

 

 僕は手紙を書いた。紙にボールペンで。君はなかなか読もうとしない。当然まだ返事もない。

 

 1曲目のピアノ協奏曲が終ると、その後はもう君の出番はない。「そしたら客席を抜け出して」と君は誘う。「楽屋に遊びに来てよ」どうしようかな。

 

「私が目当てなんでしょ。オーケストラなんてどうでもいいんでしょ。世界が破滅しても明日の太陽が昇らなくても私が今ここにいればそれでいいんでしょ」そうだけど、そこまでは言ってない(手紙にはそんなことは書いてない)。

 

 というわけで楽屋に。ホールの演奏が、小さく聴こえてくる。それをバックに、僕たちは小声で話す。「1曲の演奏で、1リットルの水分が失われる」とか。「50曲弾けばミイラだ」

 

「ところで返事はもらえないの?」声が掠れる。水を飲むと、さらに喉が渇く。気づけばアンコールの拍手が、君を呼んでいる。

 

 僕はステージの端まで、君をエスコートしていく。「返事は今からする」と言って、君は誰も知らない曲を弾く。ミイラ男のための曲。

 

 

 

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コメント

 1曲目のコンチェルトを弾き終えると、君は楽屋で普段着に着替えて、客席で寝ていた僕の隣にやってきた。

 そして叩き起きした、僕を。「寝てた?」いや‥‥起きてる。

「嘘つき。髪伸ばしたのね、イケメンだわ」そっちこそ嘘つきだろ?

「素敵なジャケットね」それよりどこから入って来た? 

 2曲目からはろくに聴いてなかった。君が横に来なかったら寝てた。だからどのみちオーケストラの演奏など聴いてなかったはずだが。そしてコンサートが終る。

 客席にいるピアニストに気づいたファンが、僕たちの周りに集まって来て口々に、

「え?」「あれっ?」「ピアニスト?」「嘘?」「あのピアニストの?」「本当に?」「さっきまで弾いてたピアニスト?」「いつからいるの?」

 と、言う。実際はこうなった。


投稿: ぼく | 2019年7月13日 03:12

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