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2019年9月30日

気配たち

 

 半開きになった扉の向こう。部屋に、誰か人のいる気配がした。声や、足音や、何かに体がぶつかる音がした。

 

 僕は、その部屋の外の、階段の脇のテーブルで簡単な朝食を取っていたが、すぐに食べ終わってしまった。

 

 物音はしているのに、その部屋の主は、結局姿を見せなかった。じきに物音もしなくなり、気配も消えた。僕の食事の様子を眺めていた、女の姿も見えなくなった。

 

 湿気と、木の匂い。「もう行かなきゃ」と僕は消えてしまった気配たちに言った。

 

 そしてアパルトマンの自分の部屋へ、荷物を取りに戻った。明るい冬の朝だった。

 

 

 

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春の小川

 

 僕たちの結婚式は、野外で行われた。よく晴れた日、大勢の人がお祝いに集まった。新婦の知り合いだろう、大半が知らない顔だった。彼らに向け、僕は仏語で短いスピーチをしたが、僕の口から出る声は、言語ではなく、小さな川の流れる音だった。

 

 僕が口を閉じるまで、その川はどこまでも流れつづけた。

 

 

 

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2019年9月27日

緑の沼

 

 湯船には緑色に濁った湯が溜まったまま。栓を抜いても流れていかない。銭湯のように広い風呂場。と思ったら違った。リアル沼地だった。緑色の沼に浸かる気はしない。シャワーだけで済まそうと思い、シャワーを探した。

 

 

 

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2019年9月26日

バレリーナのように

 

 しばらく君のコンサートがないのが残念だと話したら、何曲か弾いてあげるから好きなときに部屋に来ればいいのに、と言う。それで花とケーキを買って出向いた。広場を横切って歩いた。すると四方八方から僕の名を呼ぶ声がした。僕はバレリーナのようにクルクル回転し、すべての声に手を振って応えた。

 

 

 

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2019年9月25日

ディナー

 

 そう言えば君も、同じことを言っていた。今度一緒にディナーに行こう、と口に出した途端、一緒にディナーに行きたくなった。

 

 行きたくなかったわけではないけど、でもどうしてあのタイミングで、しかも自分からディナーに誘ってしまったのか、よくわからない。けどディナーの約束をした途端に、ものすごくディナーが楽しみになった。あなたとディナーに行くのを、ずっと以前から夢見ていたようにさえ思える。つまり。

 

 あなたを好きだったから、あなたに好きだと言ったわけではないの。好きだと言ってしまってから、あなたを好きになったのよ。

 

 どうしてそう言ってしまったのかは、自分でもわからない。運命なんて、重い言葉は使わない。

 

 

 

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賭けのオッズ

 

 ソロコンサートの打ち上げを、早々に抜け出して、2人で、夜の町を歩いた。以前から約束していた、「ディナー」に行くのだ。君は、ゾロゾロしたステージ衣装のまま、靴もツルツルと滑りやすそうなヒールのまま。君が、仕事仲間より、プライベート(=僕)を優先するなんて。つき合ってもう長いが、こんなことは初めてだ。

 

 日本から数十時間。空港から、電車を何本も乗り継いで、やっと辿り着いた、ヨーロッパの田舎町。コンサートは終ったが、僕は、しばらく滞在するつもりでいる。フランス在住のスタッフは、翌日撤収予定で、いつもなら、君も同じだろうが、朝イチで自宅に帰ってしまうんだろうが、今回は、違うかも知れない。僕と一緒に、残るつもりなのかも知れない。

 

 それをネタにして毎回、君のスタッフが、賭けをしてるのは知っている。撮影担当に調律師に、オーガナイザーに、あと、誰だっけ? 打ち上げのパーティー会場は、騒ぎになっているだろう。オッズが、急変しているだろう。

 

 僕たちが今年結婚する・しないで、毎年賭けてるやつらもいるが、それはいい。今はいい。仕事と私生活の優先順位がどう入れ替わり、それによって、人生がどの程度変化するのかは、まだ誰にもわからない。いろんなことが、始まったばかりだ。

 

 

 

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2019年9月24日

冬の日

 

 鉛筆デッサンと平面構成、なんて今でもやっているのか知らないが、僕は背の高い高校生の男のコに、美大受験のためのアドバイスをしている。

 

 

 

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2019年9月23日

宣誓

 

 戸惑い顔の僕を指し、 3つの異なる言語で君は、「あなたは私の大切な人」「ちょう大切」「マジ大切」などと宣言した。

 

 そして両手で僕の手を取り、瞳をギラギラ輝かせて、「ディナーに行きましょう」「ディネに行くよね」「一緒に夕食」とか誘う。

 

 その様子を見た僕の友人が、「あなたたち2人は結婚しているんですよね?」と小声で訊く。

 

「いえ結婚してません」僕はさらにさらに小さな声で答える。

 

 

 

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2019年9月21日

デートの約束

 

 2人っきりになるのに、「今ここ」を抜け出す必要はない。パーティー会場で、外国で、ここではきっと、誰も理解できないフランス語。僕と君は大勢の人たちに囲まれて、2人だけの国にいるのだから。

 

 デートの最中に、デートの約束をした。また明日。また来週。また来月。また来年。これはこれから起きる、本当の話。

 

 

 

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2019年9月20日

世界の果て

 

 というわけで世界の果てには、空以外には何もない。

 

 だだっ広い駐車場。空の写真を撮っていると、地平線の向こうから、学生が次々と登校してきた。停められた白い車のミラーに、僕の姿が一瞬だけ映る。僕はイレイザーヘッドみたいな髪型をしていた。

 

 教室に入ると、ほとんどの学生が既に着席していた。みんなビニールのレインコートを着て、フードを被っている。スプリンクラーが故障中なのだ。天井から霧雨が降っているのだ。僕は前の方まで行き、デブの隣の席に座った。

 

 授業では演劇部の学生が、シナリオの朗読を始めた。コロラドの砂漠から、世界の果てにやって来た人々の物語だ。人々はコロラドの空を切り取って運んで来た。世界の果てには何もない。きっと空もないと思っていたから。

 

 

 

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2019年9月19日

勝訴

 

 明るいのではなく、ただ白い。白い光が差し込んでくる。部屋もその光に染められて白くなった。同じように白い紙切れが目の前にあり、そこには一言「勝訴」と書かれていた。

 

 

 

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2019年9月18日

月の光

 

 月の光が、奇妙な圧迫感を持って降り注いでいた。身体全体に、柔らかく重みのあるものが覆い被さってくるようなのだ。

 

 掛け布団にはある程度の重さが必要だ。軽すぎる羽毛布団では眠れない。そう考えている僕にとっては、理想の、眠るような月の光だった。

 

 

 

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2019年9月17日

ウィル・スミス

 

 君が「人類の歴史を変えた偉大な10人の女性」を挙げていくのを聞いている。外国の政治家だろうか、知らない名前も多い。つづいて男性。君がウィル・スミスの名前を筆頭で挙げるのを聞いて、僕は驚いてしまう。

 

 

 

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2019年9月15日

ベートーベン

 

 老人からかかってきた電話を、君が受ける。老人は君のファンだ。老人の声はデカい。重い病から回復したことを、君に感謝している。その声が僕にも聞こえる。後になって君は、その老人はベートーベンだったのだと言い出す。

 

 

 

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左手

 

 部屋でピアノを弾いている君を、背後から眺めている。ドアのところに立ったまま、じっと見とれていた。

 

 扉を閉めて、もっと近くに来るように、君は促す。

 

 君はまず左手のパートを弾き、次に右手を弾き、合わせて1つの曲にする。必ず左手からだ。

 

 

 

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ノアの箱船

 

 外は、激しい雨。君は、箱船に乗り遅れた人たちに傘を配るボランティアをしている。傘? そんなことをして何になるんだ、と僕は腹を立て、家に帰ろうとする。もうすぐ世界は終るのに。しかしずぶ濡れになりながらも人々に傘を渡している君の姿を見て、自分が恥ずかしくなり、すぐに引き返す。

 

 

 

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1年3組

 

 放送で、1年3組の岡村くんを呼び出す。ナイナイの岡村と同姓同名だな、と思う。僕は教室で、先生の机のところにいる。プリン似のデザートをもらった。窓際の、自分の席で食べようとするが、そこには、誰か他の人の荷物が置いてあった。

 

 

 

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2019年9月13日

読書する

 

 机に向かって、分厚い本を読むことになった。すぐ隣にも1台机があって、そこには日本人の男のコがいた。

 

 僕たちが読んでいたのは、『失われた時を求めて』の第3部と4部。

 

 男のコは大学生。見ると「愛について」とか何とか、メモを取りながら真面目に読んでいる。

 

 僕たちの背後には、君と、それから他に何人か、知らない人がいた。椅子に座り、僕たちの読書の様子を眺めているのだ。

 

 1日8時間ずつ、毎日僕たちは読んだ。1日が終ると、君は席を立ち近くまで来て、ご苦労様、というふうに、両手で僕の肩に触れた。

 

 

 

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2019年9月12日

円形

 

 コンセルヴァトワールのような、円い部屋を、円く囲む廊下を、奥に奥に進む。天井がやけに低く、すれ違う人々は、みんな身を屈めていた。

 

 

 

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2019年9月10日

土曜日の時間割

 

 新学期が始まり、僕は時間割を見ながら、教科書を鞄に詰めている。いったい何の授業なのか、副読本はメンズノンノの特大号だ。肩を脱臼してしまいそうなほど、鞄が重い。明日は土曜日だ。

 

 

 

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基地のある町

 

 航空写真を基に再現された「町」のブラモデルだった。中心部に軍用の滑走路が見える。部品はすべてつや消しの黒で、色をつける必要はなかったのだが、僕は白い塗料で彩色した。白黒写真のようになって、きっと格好いいだろう。そう思ったのだ。

 

 でも、それが失敗だった。夏の暑さで塗料が溶け出し、泥岩流のようになって、町を襲った。大災害のあとのようになってしまった建物や、掻き集められた白い泥に覆われた滑走路を見て、僕は村上龍のデビュー作の、主人公の空想の中の町を連想した。

 

 

 

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2019年9月 9日

合唱

 

 僕はオーケストラの指揮をしている。客席にグランドピアノが置いてあり、君はそこから僕の背中を見上げている。

 

「指揮なんてね、堂々とやればいいのよ、自分を三千歳の大ベテランだと思って」君はそう言う。そのとおりだ。

 

 僕は指揮棒を宙に放り投げ、大声で歌い出す。オーケストラのみんなも、観客も、僕に合わせて大合唱を始める。

 

 

 

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海の夢2つ

 

1、海の中を服を着た女の人が歩いている。ときどき波の上に顔を出して、何か話しかけてくるが、何を言っているのか、波の音でよく聞き取れない。

 

 

2、スーツ姿の政治家たちが、海中から続々と港に上がってくる。スーツはびしょ濡れ。選挙の必勝祈願のために、海で身を清めてきたと言う。浜の神社に、これから皆でお参りするのだ。

 

 

 

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2019年9月 8日

アイゴー

 

「アイゴー」と君は横から入ってきて笑う。それが挨拶なのだ。夢は夢で見たとおりになったが、僕は「アイゴー」と返していいのか迷う。

 

 

 

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2019年9月 7日

フェイク回文

 

 回文のようで回文ではない、フェイク回文を声に出して読んで、やっぱり回文ではないことを確認した。

 

 

 

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ポスター

 

 高校の夏の制服を着た女子。でも彼女は僕なのだという。まぁ悪くはない。「もう1人の自分」は女子高生だったのか。彼女は薄い和紙のポスターを手に持ち、陽の光に透かして見ている。

 

 ポスターを掲げ「このコンサートに行くの?」と彼女(=僕)は僕に訊く。そうだ僕は「この人が好きなの?」と。自分で自分に問いかけているのだ。

 

 

 

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2019年9月 6日

 

 起き出してくると、家には誰もいなくて、食卓に炊いた白米と、おにぎりが用意してあるのだった。おにぎりを分解して、ご飯にかけて食べているとき、隣のリビングの電話に着信があった。園口蛍という名前の人からだ。園口蛍という名前が明滅している。そんな知り合いはいないので無視していると、しばらくして家中の明かりが消え、窓の外には蛍のような光。そのときになって初めて、世界から音が消えていることに僕は気づいた。

 

 

 

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2019年9月 4日

休憩

 

 道端に腰掛けて、行き交う人々を眺めていた。そうすると、母親と手を繋いで歩く、子供たちと目の高さが同じになった。たくさんの子が、僕に手を振ったり、笑いかけたりしていく。

 

 母親たちがどんな顔をしているのかは知らないが。

 

 おじいさんが隣に来て「休憩かい?」と訊いた。そうです。おじいさんは「ならワシも休憩するかの」と言ってビールを飲み始めた。

 

 おじいさんはずいぶん遠いところからやって来たようだ。何しに来たんですか?「休憩しに来たんじゃよ」休んでから帰るんですね?「そうそう」

 

 ビールを飲み終えると、おじいさんはスマホでタクシーを呼んだ。

 

 

 

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2019年9月 3日

悲劇のヒロインごっこ

 

 娘が、入院中の母親の面会に来る。母親は無菌室の、回転する円筒の中で寝ている。娘は「ガラス越しのキスなんて、馬鹿なことはやめて下さいね、親子なんだから」と医者に注意されるが、気にする様子もない。また何か、新しい遊びを考えてきたのだ。

 

 

 

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2019年9月 2日

大の字

 

 べッドで寝ていた。すると人がやってきて、僕の上に布団を敷いて、その上に寝た。どうやら僕は間違ってその人のベッドで寝ていたようだ。しかたなく幽体離脱して、ベッドの上に出た。見てみると、僕の上で大の字になって寝ているのは、やけに腕の長い男女だった。

 

 

 

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