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2020年4月30日

アイ・ラブ・ユー・フォーエバー                                                                  

 

 僕はずっと10万円が欲しかった。あるいは100万円が。あるいは1000万円が。

 

 あのときあのタイミングであの金額があれば、人生は変わっていた。そう思える瞬間が、僕にはいくつもあった。

 

 消費者金融に、借りてみたこともある。その金で僕は変化を起こそうとした。でも人生は何も変わらなかった。金で買えるような変化は変化ではなかった。

 

 だが結局、それでも変化は起きた。金で買った変化ではない。自然に起きた変化ではないが、僕が起こした変化でもない(よくわからない)。

 

 奇跡でも、必然でもなく、ただそれは起きた。そして僕は、まさにぴったりのタイミングで、ちょうどの金額を手にしたのだ。

 

 

 

 

 さて、変化は、今さっき起きたばかりだ。僕は君に会いに行ってそれを話すだろう。今まで何度もメッセージしてきたことと、同じことを話すだろう。話してどうなるのかは、わかっているけどわからない。

 

 わかっているけれどわからない。アイ・ラブ・ユー・フォーエバーはフランス語で何て言うのかと、訊いてみるだろう。僕はそのフランス語を知っている。君がどう答えるのかも知っている。でも僕はもういちど質問するだろう。

 

 どういう返事が返ってくるのか、どういう未来が待っているのか、僕は全部知っているけど、全然知らないのだから。

 

 

 

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鏡の間仕切り                                                                  

 

 チェック・インしたホテルの部屋はずいぶんと散らかっていた。壁の姿見を覗く。鏡には僕は映っていない。何も映っていない‥‥。その代わりに鏡の中からは赤ん坊の泣く声が聞こえてくる。

 

 僕はレセプションで渡された衣類を袋から出した。Lサイズの長袖Tシャツと、やはり大きめのグレーのパーカー、水色の靴下が2足。どれもユニクロで見たような気がする。ただで貰っていいのだろうか? 

 

 バスルームでパーカーに着替えて、リビングに顔を出した。ソファに見知らぬ若い女が座って、コーヒーを飲んでいた。

 

 鏡の間仕切りが開けられて、隣の部屋の客が僕の部屋のリビングで騒いでいた。言葉は通じなかったが、ここは僕の部屋だからと身振り手振りで示して、鏡の中へ帰ってもらった。

 

 間仕切りを閉じて、鍵を掛けても、ソファでコーヒーを飲んでいる女は、帰ろうとしない。鏡台で化粧を直しているのは、女の母親か姉か。壁の姿見の中からは、まだ赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。もしかしたら、僕が部屋を間違えているのかも知れない。

 

 

 

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2020年4月29日

自衛隊 鏡                                                                  

 

 カフェに自衛隊がやってきた。カフェは満席だった。エスプレッソはもう飲み終えていたので、僕が席を立った。席を譲ったつもりだったが、自衛隊は立ったままだった。 

 

 鏡を見たが、そこに映っていたのは、僕ではなかった。ダルメシアン犬のような、黒い斑点が顔中にある。鏡の中の人は、その斑点を気にしていた。

 

 

 

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2020年4月28日

博士                                                                  

 

 研究所にいたのは、博士と、宇宙飛行士と、僕。生き残った人類は、この3人だけだった。なぜ人類は、この3人になってしまったのだろう。なぜ宇宙飛行士はヘルメットを取ろうとしないのか。そして博士は狂っているようだ。話を聞いていると怖くなった。

 

 

 

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2020年4月26日

輪ゴム 歌曲 家賃                                                                  

 

 少し離れたところに、知り合いの女性を見つけた。僕はふざけて、指で輪ゴムを飛ばして合図する。彼女は気づいて、可愛く怒るふりで応じる。

 

 コンサートホールの、2階の入り口前のソファで開場を待っている。1階のロビーには大勢の人がいたが、2階で待っているのは少数だ。それでも時間前になると、人は2階にも集まってきた。

 

 

 

 様子がおかしい。どうやら僕たちは観客ではない。2階の僕たちが歌うのだ。ロビーにいるのが本物の観客だ。楽譜を渡された。何かの歌曲で、歌詞はイタリア語かドイツ語か。聴いたことのない曲で、歌詞の意味もわからない。

 

 

 

 僕は傘を持って、ヨーロッパの町を歩いている。雨は降っていない。アパルトマンの、同室の男性も一緒だったが、途中ではぐれてしまった。僕たちは5階建てのアパルトマンの、4階をルームシェアしていた。

 

 建物にはエレベーターがなく、階段を上がるしかない。踊り場に住人たちが集まって、会議が開かれていた。管理人の若い男が、家賃の値上げについてみんなに説明している。だが僕たちは、知っていた。この男は家主ではない。管理人の代理の代理の代理ぐらいの立場で、彼に何を言っても始まらないと。会議はスルーして、僕は自分の部屋に戻った。同室の男性の濡れたままの傘が、立てかけてあるのを見た。彼はまだ帰ってこない。

 

 

 

 

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溺死体                                                                  

 

 僕は背中から撃たれた。あるいは刺されたのか。痛みはなかったが、立っていられなくなり倒れた。君の腕の中に。

 

 経験したことがないほど、ひどい頭痛がした。頭を撃たれたわけではないのに、頭が痛んだ。そして頭が痛いだけなのに、血が流れている。なぜだろう、と僕は思った。なぜ僕は溺れているのだろう。ここは水中ではないのに。

 

 

 

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2020年4月25日

案内人                                                                  

 

 黒っぽいスーツを着た2人の男が、僕に現場の「案内」を頼みたいと言った。逮捕するとは言われなかった。僕はまだ重要参考人の扱いなのだ。時間を稼ぐために、服を着替えたいと言った。構わないだろう? お気に入りのボーダーシャツを、ゆっくりゆっくりと着た。彼らがその服を見て、どう思ったかは知らない。

 

 エレベーターが到着するのを待った。僕は彼らと一緒に上がりたくなかった。先に行って待っているように伝えた。僕は後から向かう。驚いたことに、彼らはそうすると答えた。だが僕は本当に後から向かうだろう。彼らの待つ「現場」へ。逃げられないことは知っていた。

 

 

 

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盗塁王                                                                  

 

 イチローは女だった。白人の若い女だ。長い金髪。ゴルフ場でひとり野球をしている。それほど野球が好きなのだ。たくさんのギャラリーが注目する中、フェアウェイに立ち盗塁を狙っている。

 

 

 

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2020年4月24日

ヨーロッパ                                                                   

 

 駅まで自走する台車で行った。2人乗りである。僕が前に座り、その大柄の女は後ろに乗った。操縦は大柄に任せた。前の席は風が当たって寒く、僕は飛行機でよくあるような薄い毛布を膝に掛けた。台車は下り坂でスピードを上げた。

 

 駅に着き、台車を降りた。振り返ると後ろで運転していた女は消えていた。代わりに乗っていたのは、小柄な若い男だった。しかもこの駅でいいのか、自信がないなどと言い出す。大丈夫だろうと僕は答えるが、男は目が悪い人のように、地図を覗き込む。ハンサムな若い男なのに、その目つきのせいで、少し損をしている。

 

 

 

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2020年4月23日

真夜中の朝日                                                                  

 

 真夜中だが、朝のようでもあった。真っ暗だが、朝日も輝いていた。その光の中で、たくさんの人が眠っていた。自宅の1階も2階も、いっぱいだった。みんなを起こさないよう、静かに階段を下りていく。家の1階で僕は、2台の古いカメラを探し当てた。フィルムを使う、昔の一眼レフだ。1台に白黒、もう1台にカラーのフィルムを入れ、2階の部屋へ戻った。そこでもたくさんの人が、裸でシーツにくるまって寝ていた。寝相の悪い誰かが、僕の足元に転がってくる。僕は木の机の上に並べた円筒形の小物をモチーフに、カラーのフィルムで撮影を始めた。

 

 

 

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2020年4月22日

日本のドア                                                                  

 

 日本のドアを少しだけ開け、覗いてみると、外はヨーロッパの公園だった。

 

 よく見てみると、ドアは自宅の木製のドアではなく、マンションかホテルのような金属のドアだった。自分は今どこにいるのだろうと思ったが、部屋を振り返ってそれを確認する前に目が覚めた。

 

 

 

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2020年4月21日

そして                                                                  

 

 背中から僕を抱きしめる手に、何かが握られていた。小さくて、細長くて、光り輝く円筒形が指先に。そして。「死にたいと思ってしまうくらいに、私は死を怖れない」。そして君はそう言う。

 

 

 

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2020年4月20日

私に汚い言葉を言って                                                                  

 

 普段は教科書どおりの、ニュースみたいに正確な英語を話す友達が、ふとしたはずみで、汚い言葉で僕に応えるのを見て、君は大声で笑った。僕も笑った、ぐっと近づけたような気がする。全然構わないのだ、もっとくだけた、昔のロックンロールのように汚れた若者言葉を、この中の誰に言っても。そして笑っても。

 

 

 

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2020年4月19日

完全な顔                                                                  

 

 僕は顔の一部が欠けた人間たちの中で、いつまでも友達を探していた。顔の、もっとも特徴的な部分がなくなっているので、誰が誰だか見分けがつかないのだ。みんな顔の違う部分が欠けているのに、みんな同じ顔になってしまっているのだ。

 

「僕たちはお互い違っていて、僕たちはお互いに補完し合う、僕たちはひとつだ」。だがすべてを持っているが故に、完全に僕は独りだ。

 

 

 

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アニメ                                                                  

 

 本物の人間の中に、1人だけアニメのキャラクターがいた。ダリのようなヒゲを生やしていて、髪の毛の色は青かった。

 

 

 誰もマスクをしない。現実と同じように、夢の中でも僕はマスクをしない。僕以外の人間には顔の一部がない。顔を全部持っているのは、絵の中の人物だけだ。

 

 

 

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男女の区別                                                                  

 

 町には誰もいなかった。

 

 その美しい後ろ姿の人間は僕のすぐ前を歩いていた。後ろからだと顔が見えなくて、男だか女だかわからなかった。背格好は僕と同じくらいだ。髪が長くて女のように痩せているが、着ているのは男が着るようなワーク・ウェアだ。階段の前で追い越すときに、ちらっと顔を見てみた。その人間も一瞬僕を見て目が合ったが、結局男女の区別はつかなかった。

 

 

 

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2020年4月18日

朝霧                                                                                                                                      

 

 記憶喪失のような霧が出ている。10メートル先が真っ白だ。朝、それを見て僕は、静態視力が低下したのだと思い込む。

 

 

 

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定食屋                                                                                                                                     

 

 インドカレーセット激辛、を注文しようとする。でも昨日も同じものを食べた。店員に僕のインドカレー好きを悟られたくない。あえてトンカツ定食を頼んだところ、店のオヤジはニヤッと笑い、「インドカレーじゃなくていいのかい?」と訊く。「辛さは激辛じゃないのかい?」

 

 

 

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2020年4月16日

15秒のCMを2つ                                                                                                                                

 

 大学生風のひょろ長い男と、まだ若い女が台所で料理をしている。その背中を見ている。本当だろうか、女は僕の母親だと言った。目の周りに殴られたような痣がある。別れた夫に殴られたのよ、と言う。僕の父親に、ということだろうか。

 

 僕の目の前で、突然女は床に倒れた。僕は電話で救急車を呼ぼうとするが、119のオペレーターに繋がるのは、保険会社の15秒のCMを2つ聞かされた後だ。

 

 

 

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Amant potentiel

 

 僕の女友達。潜在的な恋人、潜在的な結婚相手である君。アマン・ポテンティエル、だがこの夢の中では、君だけでなく、誰もが僕の潜在的な恋人だ。その可能性の世界を生きるのだ。

 

 

 

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2020年4月15日

模倣とオリジナル                                                          音楽の見た夢

 

「あのさ、話聞いてて思ったんだけど」

 

「音楽は人間の感情を表現したものではなくて、逆なんじゃないかな?」

 

「音楽は自然の中に、もともと存在した。人間抜きで、自律的にね」

 

「そして、それに触れた人間の中で、少しずつ感情が生まれていったのさ」

 

「音楽は人間の感情を表現したものではなくて、人間の感情が音楽の模倣なんだよ」

 

 ふーん、と君は言う。

 

「そんなふうに自分の中に生まれた感情を、再び音楽として表現してみたとき、人間は深く複雑な感情を持つ真の人間として生まれ変わった」

 

 おおー、と君は言った。

 

「模倣がオリジナルを生んだのさ」

 

 ブラボー、ブラボー。

 

「そして音楽で、逆説的な僕たちは、何度でも生まれ変わることができるのだ!」

 

 Oui! Parfait!  そして拍手。

 

 

 

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2020年4月14日

                                                                  写真集                                                                

 

 一緒に暮らしている男性の友人と共に、写真家の個展に行った。作品を気に入った僕らは、その作家の写真集を買って部屋に戻った。生活感のない、ホテルのような部屋だった。友人と僕はダブルベッドに寝そべり、仲良くその写真集を眺めた。

 

 ところで僕には、その男友達の名前が思い出せなかった。お前は記憶を失っているんだ、と彼は指摘した。確かに最後に食事をしたのがいつなのか、それさえ思い出せなかった‥‥。友人が僕の体を求めてきた。積極的に応じはしなかったものの、前にもそういうことがあったような気がして、拒否はしなかった。

 

 

 

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2020年4月13日

カリメロ

 

 僕は大きな卵の中に入って、卵は座席に置かれている。乗り合いバスは、大峡谷を進んでいた。乗客は皆、窓の外の素晴らしい景色を眺めていたが、僕は猪木のようなアゴをした男が、気になって仕方がなかった。卵の殻を割って、顔を出し、じっとアゴを見つめていると、彼もこちらに気づいた。

 

 

 

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猿たちと青森の海を泳ぐ会

 

 私は首相夫人。船上で1人、猿を操っていた。 「猿たちと青森の海を泳ぐ会」を開催した。森で集めてきた猿たちを紐で繋いで、小船の周りを泳がせる。猿たちはウーともキーとも言わず、静かに泳ぎつづけた。残念ながら人間の参加者はいなかった。

 

 

 

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2020年4月12日

自由と存在と美                                                                  

 

 人間には姿を見ることのできない天使たちと暮らしていた。操り人形のように糸に吊られて、僕は空を飛んでいた。

 

「自由がどこにもない? 自由っていうのはね、存在することの中に存在してるわけ。自由があるわけじゃないのよ。その存在それ自体をあなたたち人間は自由と名付けた。違う?」

 

La beauté est d’exister vivant. それから美っていうのは、生きて存在することなの。まぁ、いいけどね。とにかく生きて存在することは、美しいことなのよ。美は存在する」

 

 天使たちと僕は、上空から蛇行する居眠り運転の車を見ていた。このままでは崖下に転落してしまうだろう。あれは何なんだ?「自由」なのか、「美」か? 僕が問いかけると、天使たちはドライバーを助けることにしたようだ。

 

 

 

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2020年4月11日

ビッグバン

 

 自由は、ただ存在することの中に存在する。生きて在ること、それが美だ。などという話を君とする。自分でも何を言っているのか、よくわからなくて手に負えない。

 

 宇宙の始まりの前に、既に君の霊性は在った。君が死んだ後も、それは永遠に存続するだろう。話がどんどん大袈裟に、ビッグバンのように膨らんでいく。

 

 

 

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2020年4月10日

117

 

 人混みの中で、117を探した。誰かが持っている。それを持って、どこかに行こうとしている。

 

 いろんな人に訊いてみた。でも誰も117を知らない。僕にしても、それが何なのかよくわからない。

 

 

 

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2020年4月 8日

避難民たち                                                                  

 

 コーヒーを飲みたかったがカップがなかったので、使用済みの紙カップの汚れを落として使うことにしたが、使用できる水は限られていて、汚れは落ちなかった。僕たちはどこにいるのだろう。病院か学校かホテルの廊下のようだった。テレビの取材がやって来た。紙カップを再利用する僕たち避難民の映像を撮ってから、誰かにインタビューする、らしい。いちばん若くて、いちばんハンサムな男にマイクが向けられたのを見て、僕は不貞腐れ、カップを口に咥え廊下をまっすぐ歩いて行った。

 

 

 

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2020年4月 6日

ボスのバズーカー

 

 ギャング同士の抗争が始まった。白髪のボスは、戦場で使うようなバズーカーを撃った。敵は全滅だった。後片付けを手下に任せて、ボスは車で去った。

 

 キャンセルされた公演。僕は誰もいないコンサートホールで、ピアノを弾く君を見ていた。ピアノの音は聞こえなかった。ただ君の息づかいだけが聞こえてきた。

 

 遠くから爆発音のような拍手が聞こえる。それまで僕は息を止めていた。

 

 

 

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指時計

 

 僕は時計の付いた重い指輪を中指に嵌めていた。何度も時刻を確認した。君と一緒に駅のホームで。それ以上のことは覚えていない。日はまだ高かった。

 

 

 

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部屋の掃除

 

 風呂にでも入ろうと思っていた。ぼんやり服を脱いでいると、玄関から1人入ってきた。高校の制服を着た女のコだ。知らないコだ。彼女は僕には目もくれず、まっすぐに部屋の奥へ向かった。

 

 君と君の友達が、部屋の掃除を始めた。僕は床で寝ていたのだが、起きて場所をあけた。あぁ、耳と目が覚醒してしまった。

 

 

 

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2020年4月 5日

新緑

 

 もう枯れたと思っていた木が、切り株状態で庭にある。それを囲むように、ラベンダーが自生していた。成長して、紫色の花を咲かせた。すると切り株も不思議な生命力を発揮して、新しく緑の葉をつけた。

 

 

 

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やっぱり猫が好き                                                                  

 

 僕が腕に抱くと、猫は死んでしまう。猫が大好きな僕は、次々と猫を捕まえて、抱き上げ、結果として殺してしまう。動かなくなってしまった猫たち‥‥。でも僕は本当に猫が好きなのだ。両手に抱え切れないほどたくさんの猫を花束のように抱え、君の家まで歩いていった。

 

 

 

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2020年4月 3日

優しい口調

 

 僕はときどき幽霊になって君に取り憑くのだが、そのときの君はいつもより優しい口調で幽霊に話す。それが僕には少し面白くない。姿を見せないときの方が優しいなんて、とまるで幽霊に嫉妬しているかのように。

 

 ほら話の途中で、またガラッと口調が変わる。1語ずつ丁寧に、はっきりと発音してくれる。それで僕はやっと君のフランス語が聞き取れるようになり、そこで初めて自分がもう死んで幽霊になっていることに気づく。

 

 

 

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2020年4月 2日

存在

 

 私はフランス語が話せて、あなたはフランス語がわかる。私は英語が話せて、あなたは英語もわかる。けど私が言葉で言っても、あなたには絶対に伝わらない。私がどれだけあなたを好きで、尊敬して、感謝しているか。あなたの存在を、どれだけ大切に思っているか。

 

 私が何度、「プレシューズ」や「プレゾンス」なんて言葉を使って、使える身振りも、全部使って、それを伝えようとしても、あなたはこともなげに、「僕もだよ」と返すだけ。なんて重さのない言葉。

 

 だから、私は弾く。どうしても伝えたいけれど、どうしても伝えられないすべてを、1つひとつの音に託して、私は弾く。ベートーベンや、ショパンの助けを借りて、私はそれを、あなたに伝える。大音量で響かせるのだ。

 

 客席を抜けて、舞台に上がる。脇を通り過ぎるとき、あなたの肩に手で触れた。いつもの特等席。私の背中を見つめるあなた。最前列に座ったあなた。でもそれよりずっと遠いところにある心‥‥。それを音楽で引き寄せるのだ。

 

 

 

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