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2020年9月19日

逆子                                                                  

 

 出産に立ち会った。赤子は足から出てきた。逆子というやつだろうか。僕は固まってしまい、上手く取り上げることができなかった。「あれほど練習したのに‥‥」助産婦さんは僕を笑った。

 

 生まれてきた子供は泣かなかった。顔はベートーベンによく似ている。いきなりフランス語で喋り始めた。「あなたは僕の父親か?」と彼は訊いた。僕はそうだとも違うとも答えられなかった。

 

 結局、女房が妊娠したときが、僕たちの幸せの絶頂だったのだ。実際に子供が生まれると、何かが減少していった。何が減っていったのかはわからない。

 

 僕が日本語で書いた手紙を、子供がフランス語に訳してくれる。それを持って、女房の前で読んだ。「それがあなたの本当の気持ちなの?」と彼女は言った。

 

 子供なんて最初から生まれていない。僕は用意された声明文を読み上げているだけだった。

 

 

 

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