小さな靴下
人形が履くような小さな靴下。どうしてそんなものを持っているのかわからない。
それは僕が履く靴下だ?
着ていたTシャツを脱いだ。シャツは縮んで人形が着られる大きさになった。
家のあちこちに裸の人形が置いてある。
人形たちは手に持ったスマホを見ている。
空は雲っている。降ってはいなかったが降り出しそうだ。
人形が履くような小さな靴下。どうしてそんなものを持っているのかわからない。
それは僕が履く靴下だ?
着ていたTシャツを脱いだ。シャツは縮んで人形が着られる大きさになった。
家のあちこちに裸の人形が置いてある。
人形たちは手に持ったスマホを見ている。
空は雲っている。降ってはいなかったが降り出しそうだ。
着信がありました。携帯から曲が流れてきました。チャイコフスキーの交響曲の悲劇的な部分だけを切り取ったような曲です。弦楽器が、わざとらしいくらいに悲痛な叫び声を上げています。
今の状況にふさわしい曲ではありません。しかしその曲がどう展開するのか知りたくて、僕はずっと電話に出ないでいたのです。耐えられないほどに心はかき乱されていきました。
「私は集合時間に遅れました。みんなから非難されました」。彼女の手紙の最後にそう書いてあった。
その手紙を肌身離さず持っていた。僕のお守りだった。
僕もよく遅刻をした。そのたびに手紙を読み返した。
すると僕よりもさらに遅れて彼女はあらわれるのだ。
起きるとベッドの上に洗うべき衣類が置いてあった。僕はそれを抱えて1階に下りた。風呂場で誰かが手で洗濯をしていた。その横で洗濯機が静かに回っていた。やっとなぞなぞの答えがわかった。僕は着ていたシャツを脱いだ。空は曇っていた。
料亭、ユーミンの曲が流れている。相変わらず、何を歌っているのかわからない。歌っているのは、男のようだ?
料亭の廊下は、坂になっていた。坂を上がっていく。屋根の上に出た。黄色い花が一輪、置いてあった。
花びらから、湯気が出ていた。
体育館には、畳が敷いてあった。今日の体育は柔道だ。真っ先に体育館に行った。午後の最初の授業。先生もまだ来てなかった。
僕は柔道着を忘れてきた。
畳のマットが動かないように、テープで止めている人がいる。よく見るとクラスの女子だ。
体育館の中は冷房が効きすぎていて寒い。温度計を見た。40℃だった。僕はエアコンをいじって‥‥
温度を上げようとする。
虹は降りしきる雨を気にする様子もない。虹はゆっくりペダルを漕いでいる。虹は滲んでいる。
雨がやむと虹は自転車をおりる。履いていた虹色の長靴を脱ぎ捨て。虹はさらにゆっくり進む。ほとんど立ち止まっている虹に、いま僕は追いつく。
戦闘機のパイロットは、1機撃墜すると、アイスクリームを1つもらえる。
僕も欲しい。
撃墜できなかったら、自分で買うのだ。
アイスクリームが嫌いな人には、何をくれるの?
アイスが嫌いな人にも、アイスだ。というか、
お前、パイロットじゃないだろう?
隣国の人間です。
お前の国でも、褒美はアイスなのか?
座席の横には靴箱があった。その舞台を僕は靴を脱いで鑑賞した‥‥。そしてそのままだった。
何日間か、裸足で過ごしたあと、突然僕は、靴を履いてないことに気づいた。
あのコンサートホールに、1人戻った。靴は靴箱に、一足だけ残っていた。
真夜中だった。僕の他にも何人かの人はいて、何かを探しているようだった。
地元のアマチュア演奏家たちが、1列に並んだ。国境までつづく、長い長い列だ。
楽器が用意されていて、歌と演奏が始まった。僕はいちばん右端の、電子ピアノを弾く男性の前にいた。
遠い向こうから、女の人の歌が聞こえてきた。
ピアノはそれとは、全然違う伴奏を始めた。男性は目の前の僕に、歌えと促した。
キワドいコスプレをした女の人のペッタンコの胸を必要以上に長く見ないようにしながら平面的に描かれなかった服はするりと落ちたが僕は意地になって立体を描きつづける。
上の方に描いたんだけど全部落ちてしまったよ‥‥画面の下の方が立体的な女の下着や何かの残骸でいっぱいになった。
激しい雨の音がした。ガラスが割れ、天井や壁が崩れる音もした。顔を上げると、女はハングル文字の形に似てきていた。男だったのかも知れない。もう思い出せない。
すぐに雨は止んだ。夢のように一瞬だった。日が射した。それなのにハングル文字が再び人間に戻ることはなかった。僕は本を閉じた。
22時にスーパーは閉店した。店内にはまだ多くの客が残っていた。誰も焦る様子はない。
のんびり買い物をしている。大音量で鳴らされる「蛍の光」を聞いても。
そのうちに「蛍の光」の放送も終った。出入り口は施錠された。もう何の音楽も聞こえない。店員もいない。消灯した。
どこからともなく、黒いスーツを着た大男があらわれた。「この店は午前3時に開店します」店内に残った客に、そう告げた。
現実を鏡に映した。何もかもがはっきりと見えた。メガネをかけたみたいに。
鏡の外側では、世界はぼやけて見えた。曖昧で、重さがなかった。僕も宙に漂い、印象派の絵画のような世界の中を、流れていく、流されていく。
みんなが流されていくのとは、反対の方向に。
辿り着いた先に、大きな鏡があった。自分の姿が、その鏡に映った。すると、顔だけが、その鏡の中に吸い込まれた。
頭部を失った僕の体は、さらに軽くなって、またどこかに流されていった。
その質問票には愛国者かどうかを問う項目があり僕は戸惑ってしまった。
他の質問は税関でよくあるすべて「いいえ」で答えておけばいいものだ。
愛国者か? 僕は「いいえ」にチェックを入れ、署名して提出した。
するとまた新たに質問票を渡された。
そちらには「愛国者か?」という質問だけしかなかった。
誰が? 僕が?
主語が抜けている。
その若くて綺麗な女性は僕の友達だ。彼女は上半身裸だった。恥ずかしがる様子もなく、町を歩いている。周囲の人々の反応も普通だった。それは最新のファッションなのだろう。僕も彼女の胸をじろじろ見るような恥ずかしいマネはできなかった。けっして胸を視界に入れないよう、触れんばかりの至近距離に位置し、彼女の目だけを見て話をした。
少しでも離れると、胸が目に入ってしまう‥‥見たくてたまらなかった。他にも上半身裸で歩いている女性がいないか、キョロキョロ探した。これはそういう、ありふれたファッションなのだろう? そうなんだろ? しかし女の裸はどこにも見えなかった。そんな夢を見た。
下半身を露出した男性が、エレベーターを待っています。彼の同僚と思われる、スーツを着た男性と一緒に。エレベーターが来ました。僕はフルチンの後から乗り込みました。同僚は手を振って去って行きます。何の罰ゲームでしょうか。エレベーターの中で、僕はフルチンと2人きりになってしまったのです。
「部屋をもう少し片づけてもらえる? 私も手伝うから」
住み込みのお手伝いさんが僕の部屋に来てそう言った。
「えっ?」
けれど確かに部屋は中身のわからない大小の箱でいっぱいだ。
「いつの間にこんな‥‥何が入ってるんだろう?」
中を見てみた。
「これ妹のだよ。あ、待って、本棚の本もそうだし‥‥クローゼットの服も‥‥」
「全部返そう」と言って僕はお手伝いさんと一緒に妹の部屋をノックしたが返事はない。
ドアには鍵がかかっていて開かない。
お手伝いさんは若くて非人間的なくらい背の高い美女だ。
妹も大人になったらこうなるんだろうかという横顔を僕は見上げている。
司会者の男性が、君にしたのと同じ質問を、僕にもする。「お互いをどう思っているのか? 彼女は(彼は)あなたにとってどういう存在なのか?」
ラジオ番組に出演した。前回で懲りた僕は、通訳をつけてもらっている。
君は僕のことを「おもちゃ」だと答える。楽しく遊ぶために必要な道具。
(本当に正確な訳語なんだろうか‥‥?)
「僕はおもちゃなんてなくても遊べるよ」と僕は答える。
「そうね」君は笑う。
「もっと言ってしまうと、遊んでなくても楽しめる人なのよ、彼は」
人混みの中、しかし誰にも触れないようにして歩くのは簡単だった。時間が止まっていたからだ。2階から階段を下りた。1階でも人々は停止していた。クラシックのコンサートが終ったところだ。ロビーに出てきた演奏者が、ファンに囲まれている。記念写真とサインに応じている。
カーテンを開けようとしたら、レールから外れてしまった。勢いよくヤリ過ぎた。血のように赤い光が寝室に射し込んできた。液体の光だった。光は同じく液体だったシーツや女と混じり合い、部屋の床にこぼれた。
キワドいコスプレをした女の人の胸を必要以上に長く見ないようにしながら立体的に描かれなかったロケットは落ちたが僕は意地になって平面的なロケットを描きつづける。
紙のいちばん上の方に描いたんだけど全部落ちてしまったよ‥‥画面の下の方が平面的な女の下着とロケットの残骸でいっぱいになった。
僕の心残りのある誠が中途半端に僕を責めた、と君に聞こえるようにそう呟くべきだったのです。
だが僕はそうはしませんでした。
外国語学習用に盗んだ小説。いま読んでいる本。ページの1枚1枚に透かしが入っています。よく見るとそれは誠という字を象った家紋のような模様でした。
1階で出た料理の残りを誰かが2階の僕らのところに持ってきてくれた。1階ではパーティーをしている。
2階では誰も何もしていない。
食事を取ろうとすると、何人かがテーブルの下に潜り込み、お祈りを始めた。
白いテーブル、白いイス、白い床、白い壁。
さらに白い何か。
窓はなかった。天井は高かった。
この上に3階はあるのだろうか?
トラックの荷台に食料を積んで、僕たちは出発した。寺へ。テラへ。
寺では何も見なかったことにしければならない。僕たちはそう言われていたのだが、寺では本当に何も見なかった。
荷台の食料の様子を見ようとすると、食料は消えた。
驚いてトラックを運転してきた相棒の顔を見ようとした。見れなかった。突然彼の顔が消えたからだ。
娘が「お化け屋敷に行きたい」と言い出した。
女房と息子は遠くのベンチに腰掛けている。
セピア色の陽光が2人を照らしている。
「これは中国のお化け屋敷だよ」と僕は言った。
「大人向けのお化け屋敷だよ、中国のお化けはものすごく怖いんだよ」
それでも娘は入りたいと言う。
怖いのが苦手な僕は娘を1人で行かせることにした。
‥‥なんて父親なの、という目で女房は僕を見る。
息子は皮肉な笑みを浮かべる。
娘はすぐに入口から出てきた。
「怖かったろ?」と僕。
「怖くないよ、ばか」
お化け屋敷から出てきた娘のブレスレットはなくなっていた。
「お化けにとられた」と言う。
「パパ、とりかえしてきて」
「わかった‥‥わかったよ、いっしょに行こう」
天国の女房と息子は大笑い。娘に拍手する。
陽光がレーザーポイントのように娘の手首を差す。
電線に雪が積もっていた。ちょうど僕の頭上だった。つららのように雪は伸びてきた。その先端にピンク色の花が咲いた。花は僕に語りかける。「私の写真を撮って」
僕はスマホのカメラを向ける。そのとき巨大なカラスがやってきた。ホバリングで空中に停止した。僕は色々な角度からカラスを撮影した。
赤ん坊をおぶって400cc のバイクに乗っていたら、危険だと指摘を受けた。
僕は、同じように赤子をおぶってバレーボールをやっている女子選手の動画を見せて反論した。
これが今のトレンドなんだ。
地下鉄の駅は、気取ったバーの中にありました。1時間に1本しかない電車を、酒を飲みながら待っている人たち。バーは満席でした。
空いた席が、1つだけあります。ベトナム人たちが、その席を囲んで、ベトナム語で何か議論をしています。
席を指差し、奇妙な歓声を上げ、拍手をしています。
僕は何も注文せず、その席に座りました。
その瞬間、ベトナム人たちの議論(?)は、終ったようです。電車が、やって来ました。
そのスーパーに入ると、まだ何も買ってないのに、料金を請求された。それは、未来予知である。渡されたレシートは、運命なのだった。僕はレシートを見ながら、予知されたとおり、全能の神に定められた買い物をする。
「それ」が僕の視界に入ろうとして、僕の眼球の動きを追いかけています。
眼球は逃げ回り、ついには眼窩を飛び出しました。
そうすると「それ」は僕の眼球の代わりに眼窩に収まります。やっと僕は安心して瞼を閉じました。
息子が唐突に、ふだんとは違う大人びた声で、「すべての欲望を肯定するのだ」と言い、地獄の底に落ちていきました。
彼の後を追い、慌てて僕もダイブしたのです。
地獄の底には、影のように平べったくなった息子が倒れていました。
僕が「エイ、エイ、エイ」とその体を満遍なく足で踏んづけると、息子の口や鼻からゼリー状の魂が出てきました。
その魂をコンビニのロゴが入った白いビニール袋に入れ、地上に持ち帰りました。
ピアノを弾いているうちに、(なぜだかわかりませんが)なんだか可笑しくなってきて、笑いました。ゲラゲラと。
弾いている間中、笑いが止まりませんでした。
大笑いしながら弾くと、ふだんは弾くのが難しい、リストやラフマニノフの練習曲でも弾けたのです。それが可笑しくて、さらに笑いました。
吊り橋の向こう側はデパートだった。橋にもたくさんの出店が出ている。
橋を渡ってデパートに向う人々は皆ローリング・ストーンズのTシャツを着ている。デパートではローリング・ストーンズのTシャツしか売ってなかった。ローリング・ストーンズのTシャツ専門店なのだ。
「弾きながら笑ってた」
「えっ、笑ってないよ」
「終盤、ラフマニノフ弾きながら、ゲラゲラ笑ってた。笑い声、後ろの席まで聞こえたよ」
「そうだったかな‥‥あまりにも難しい曲だったんで、弾いてて逆に笑けてきたんだ。でも実際に声に出して笑ったりはしなかったはずだけど」
「それ見て、会場の僕らも笑けてきたんだ。最初はクスクス、そのうち腹を抱えて。みんな、大声で笑ってた」
「笑い声なんて聴こえなかった」
「そうかも知れない」
☆
批評家が私に言ったの、お前はラフマニノフをスクイーズして、デストロイした、って。
で、君は何て返したの? あぁ‥‥いい、答えなくていい(笑)
何を見てるの、と金髪の美少女は訊く。落ちていたものを拾ったが、それじゃなかったんだ。手にした途端、違うものになってしまった。
それをまじまじと見つめている。自分が何を拾ったのか思い出せないんだ。
(泉はどこ? 見つけられない。泉の精はどこ?)
落ちていたのは、きっと錆びた鉄の斧。でも今、手にしているのは、金の斧じゃない。
気の狂うような暑さの中、浜辺で、若い女性たちが、毒々しい、水玉模様の、極太のパスタを茹でていた。
茹でれば水玉は消えてしまうだろう、と僕は思っていたが。消えてしまったのはパスタの方だった。水玉模様だけが残った大鍋の中を見て、彼女たちの1人は、「かわいい」と声を上げた。
僕は路線図を見ている。
何年前だろう、東北新幹線が上野まで開通していなかった時代のものである。
駅で乗りこんだ。
ものすごく長い車両だ。いったい何両編成なのか。車両は盛岡から大宮までの長さがある。
大宮から乗り込んだ僕は、車内を盛岡の方へ歩いて行く。
ほとんどの乗客は、動きもしない列車の中で、座ったままだ。
途中、テーマパークを見つけた。
そこで下車した。