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2023年10月31日

 見物客                                                                  

 

 君に手を引かれて、橋を渡った。河岸では花火が打ち上げられている。大勢の見物客がいた。見物客たちは、地べたに座って、夜空を見上げている。そしてなぜか、身動きひとつしなかった。時間が止まったようだったが、彼らの話し声は聞こえた。

 

 動かない唇から、言葉たちは永遠に途切れない涎のように流れ出していた。

 

 僕たちは彼らの間に腰を下ろした。そして口を動かして話をした。そんな僕たちを見て周囲の涎は増々多く流れた。「あの2人、不倫中なのよ」という涎も見えた。「このあとで、ホテルに行くのよ」

 

 僕たちはその場を離れた。

 

 

 

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 ニットのワンピース                                                                  

 

 用意されていたのは、ニットのワンピースだった。女の着る服じゃないかと思った。しかたなく着た。姿見は見なかった。代わりに目の前の男を睨んだ。

 

 

 さっき、電話があった。この建物に爆弾は仕掛けられていないと。なぜ相手は、そんなことを話すのだろう。

 

 廊下に出ると、爆発音がした。階下のテレビかも知れなかった。本当の爆発かも知れなかった。わからないのだ。

 

 ふと見ると、僕の服はあちこち破けていた。髪の毛には煤がかかっていた。爆発のせいなのだろうか。シャワーを浴び着替えようとして、部屋に戻った。服は捨てるしかなかった。

 

 

 

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 キャンプ場                                                                  

 

 その扉はシャッターのように縦に開けることができた。障子や襖のように横に開けることもできた。僕は縦に開けた。そうすると向こうはキャンプ場だった。

 

 放置されたテントがいくつかあった。すべてのテントに横に開けるタイプの扉がついている。夜だった。見上げると満天の星だった。もうどの扉も僕は開けなかった。ただまっすぐに歩いた。もうキャンプ場でもなかった。

 

 夜空から星の光が一面の透明な滝となって、沈黙と不動の竜巻となって落ちてきた。空気はゆっくりと蒼く渦巻いていて、手につかめた。

 

 

 

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2023年10月30日

 ヘリコプター                                                                  

 

 僕は考えてきたセリフを言った。君はそれをとても気に入ってくれた。君はいつの間にか日本語がわかるようになっていた。僕たちはずっと日本語で話をしている。カフェにいつものメンバーで集まっていた。

 

 僕の考えてきたセリフと同じことをみんなも言った。韓国語や英語やフランス語で。僕のシナリオは正式に採用されたのだ。何もかもが思い通りに進んで行った。翻訳も正確だったしみんなの演技もよかった。しかしそんな楽しい時が過ぎるのは早かった。

 

 

 

 帰りは車で送ってもらえばいい、と君は言った。カフェの駐車場には3台の車があった。どれも同じ白いセダンだった。行きはどの車で来たのか覚えてない。どの車が誰のものなのかもわからなくなっていた。

 

「本当はヘリコプターで来たんじゃない?」改めて指摘された。そういえばそうだった。今思い出した。僕はヘリで飛んできたのだ。「ヘリで帰るよ」と僕は伝えた。「ヘリが迎えに来るんだ」「財閥の御曹司みたいね」「あの白いヘリが僕のだ」でもギリギリまで残りたいと僕は言った。

 

 

 

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 ボルダリング                                                                  

 

 盲目の女がボルダリングをしている。僕は彼女の右横にいる。僕は彼女に指示を出す。彼女はそれを完全に無視する。耳も聞こえないのかも知れない。

 

 彼女は失敗して落下する。床に叩きつけられる。落ちるときに悲鳴を上げたはずだ。落ちたとき苦痛の声を発したはずだ。けれどそれは聞こえない。

 

 なぜなのかわからない。

 

 そして‥‥、ふと気づくと僕には腕がない。腕は僕の体から離れて、壁を軽々と登っていく。支えを失った僕の体は落ちていく。盲目の女が落ちたのと同じところへ。

 

 

 

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 ニュースキャスター                                                                  

 

 答えを聞きたくなかったのに、僕は質問した。

 

 テレビには死んだはずのニュースキャスターが出ていた。父だ。朝の7時のニュースだ。彼は未来を見てきたと言った。そして衝撃の事実を語り始めた。

 

 話だけではない。証拠となる映像もあった。コマーシャルは一切入らなかった。僕はテレビのボリュームを上げた。目を覆うようなシーンでは逆に下げた。

 

 目を覆うようなシーンはつづいた。

 

 ついに音量を完全にゼロにした。するとテレビの中の父と会話できることに気づいた。僕の頭の中に直接、彼のハスキーな声が届いた。

 

 

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 朝刊                                                                  

 

 エレベーターで6階まで上がったのは僕1人だけだった。みんな5階で降りた。みんなが正しかった。僕も6階から階段で5階へ下りた。その間に電車は出てしまった。

 

 5階は駅のホームだ。次の電車が出るのは5時間後だ。

 

 電車はもうホームに停まっている。僕は運転席に乗り込んだ。しばらくそこに座っていた、何もすることがなかった。

 

 

 

 夜が明けると、誰かが朝刊を届けてくれた。

 

 

 

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2023年10月28日

 腕がない                                                                  

 

 レジで前に並んでいた両腕のない女が、買い物袋はご利用ですか? と訊かれていた。そのレジ係にも、腕はなかった。

 

 私には腕がないから買い物袋は使わないのよ、とその女は答えていた。

 

 そうですよね、レジ係も言った。

 

 それから2人は振り向いて、無言で僕の腕を見つめた。

 

 

 

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 人柱                                                                  

 

 水の代わりに砂が流れている川。水は固まっていた(氷という言葉をそのときの僕は思いつかなかった)。その上を少量の砂がさらさらと流れていくのだ。「さらさら」という声が聞こえた。声のする方に顔を向けた。人が10m置きに川岸に立ち、実際に口で「さらさら」と言っていた。

 

 

 

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 ヨーグルト                                                                  

 

 冷蔵庫を開けると、ヨーグルトの小さなパックが、大量にあった。誰がこんなの買ったんだろう。僕はいつも、900g入りのやつを買っている。そのほうがお得だから。

 

 ガレージには、大きな車が1台。その横に、君と僕の自転車がある。車の助手席や後席に、ビニールの買い物袋に入った、たくさんの食品が置いてある。冷蔵庫にはもう入らないよ。

 

 

 

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 残飯処理                                                                  

 

 家に来ていた女性は、誰の客なのだろう。僕がつくったカレーを、おいしいおいしいと言いながら食べていたが、結局半分以上残した。女房がその皿を持ってきた。

 

「本当はおいしくなかったのかな‥‥」

 

 僕はそのカレーを、ゴミ箱に捨てようとした。しかしゴミ箱はいっぱいだった、僕が昨日家族につくったパスタが、ほとんど手をつけられていない状態で、捨てられていたのだ。

 

 仕方なく僕は、そのカレーの残飯を、洗濯機の排水口に流そうとした。

 

 

 

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 祝日                                                                  

 

 カレンダーを見ると、14日と21日の月曜日が、祝日になっていた。今は何月なのだろうと思う。僕はどこの国にいるのだろう‥‥

 

 電話がかかってきた。僕にかかってきた電話らしい。けれど電話に出た女は、僕とかわろうとしない、「25日に出勤してほしいそうよ」と伝えた。

 

 25日って、祝日だったっけ‥‥?

 

「はい喜んで出勤しますって、答えておいた」

 

 

 

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2023年10月27日

 万歩計                                                                  

 

「万歩計を持ってる?」

 

 持ってるわけがない。

 

「だめよ、持たなきゃ。歩数でポイントが貯まるのよ」

 

 そう言って君は、映画館で、カフェで、ホテルで、万歩計を見せた。

 

 料金は、タダになった。

 

 僕たちが空港からホテルまで、何時間もかかって歩いてきたのは、このためだったのだ。

 

 飛行機の中でも、君は歩き回っていた、「席にお戻り下さい」としつこく注意されても。

 

 

 

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 ハーフタイム                                                                  

 

 映画の途中、スクリーンの前で、何かの工事が始まった。観客たちは、大ブーイングだ。一旦、上映は中止され、客席の前に、チアガールたちが出てきた。ハーフタイム・ショーが始まった。

 

 チアガールの数は、観客の数より多かった。何千人もいた。それで観客たちも、ブーイングをやめた。その数に威圧されたのだ。

 

 僕は呑気に、チアガールたちの尻を撮影している。その様子を見て、隣の紳士が言った、

 

「お尻が‥‥?」

 

「好きです」

 

「尻派というわけですな」

 

「そうですな」

 

 

 

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2023年10月26日

 口紅                                                                  

 

 口紅に乗って移動した。口紅の航続距離は短かった。口紅の全長より短いくらいだった。目的地に到達するまで何度も乗り継いだ僕。

 

 口紅は使い捨てだった。振り返ると口紅の残骸が転がっている。僕が乗ってきた口紅だ。それはいくつも転がっている。

 

 

 

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2023年10月25日

 ヘリウム                                                                  

 

 スーパーで買い物をして、レジに並んでいる。重いものを買った女性が、店員から、「ヘリウム入りの袋はご利用ですか?」と訊かれていた。そんなものがあるのだ。

 

「空気より軽いんで、浮力がつくんですよ」

 

「いいです、車なので」

 

 と女性は断っていたが、僕はためしてみたい。列を離れ、重い米を探した。

 

 

 

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2023年10月24日

 2人の女スパイ                                                                  

 

 私は女スパイであるが、ふだんはOLとして、お茶汲みの仕事などをして、生活している。

 

 もう1人女スパイがいると聞く。誰なのかはわからないが、彼女は歌手として生活しているそうだ。

 

 私はよくライブに行く。歌を聴き、この歌い手がスパイなんじゃないかと想像して、拳を振り上げたりするのが好きだ。

 

 そこで歌われていた外国語の歌詞を、日本語に訳してみる。するとそれは、暗殺の指令である。「歌い手を殺せ」と解読できる。

 

 またその歌詞を、別の言語に訳してみる。それも暗号メッセージである。「歌い手を逃がせ」

 

 けど悲しいかな、こんな形で私に指令がくるわけがないのだ。

 

 翌朝の新聞に映画の広告が出ている。タイトルは『2人の女スパイ』。一瞬だけ、ほんの少しだけ、胸がときめく。

 

 これは私たちのことじゃないかと思う。

 

 1人はふだん、地味なOLとして、もう1人は売れない歌手として生活している。

 

 

 

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 玄関に便器                                                                  

 

 ドアを開けると、その部屋には便器があった。トイレのようには見えなかったが、トイレなのだろう。僕はその隣の部屋のドアを開けた。玄関のように見える場所だったが、そこにも便器はあった。

 

 その隣の、キッチンのように見える部屋にも、ちゃんと便器はあった。

 

 

 

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 柱たち                                                                  

 

 シャワーを浴びようとすると、そこには柱がいた。しかも1本ではなく、家中の柱たちが集まって、シャワーを浴びている。僕は怒って、(持ち場に戻れ、お前たちがここでこんなことをしていたら、家は倒壊してしまう)と言おうとした。

 

 しかし家は、倒れていないじゃないか‥‥。それで僕は気づいた、柱なんてあってもなくても、変わりないのだ、と。

 

 柱たちは、見たことのない緑色をしていた。シャワーを浴びるために、ふだん身にまとっている何かを脱ぎ、生まれてきたときの姿になったのだ。

 

 

 

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2023年10月21日

少量の飴                                                                  

 

 傘を開くと空から少量の飴が降ってきた(閉じるとやんだ)。何度か繰り返した。

 

 これを屋内でやったらどうなるのだろう、と思いためしてみた。自分の家でやった。その傘を部屋の中で開いた。すると天井から大量の温水の雨が降ってきた。僕は傘を放り投げ、服を着たままシャワーのようなそれを浴びた。

 

 

 

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2023年10月20日

 ロープ                                                                  

 

 バス停まで、僕は走っている。1歩ごとに、僕の身長は半分になる。全力で走ったが、バスの停まっているところまで、永遠に辿り着けない気がする。

 

 最終的には、僕の身長は1ミリ以下になる。辿り着いたはいいが、車内に乗り込むことができない。

 

 梯子を下ろしてくれ、と僕は叫ぶ。羽根があるだろ、と乗客は叫び返す。飛べよ。

 

 そんなものはない。悪質なジョークだ。別の乗客がロープを投げてくれる。

 

 

 

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 メニュー                                                                   

 

 小便器の脇にはテーブルがあった。着飾った男女がワインを飲み食事をしていた。

 

「飛び散らさないように、気をつけてくれよ」と男の方が言った。女の方は何も言わなかった。

 

 小便が終ると僕は、自分の席に戻った。それからじっくりと時間をかけて、メニューを読んだ。

 

 ウェイターを呼んだ。すぐやってきた。彼は注文を取る前に、テーブルの脇の小便器に放尿した。

 

 

 

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 赤いレンガ                                                                  

 

 赤いレンガの壁の一部が円く輝いていた。僕はその円の前に立った。すると動けなくなった。もっと格好いいポーズで固まりたかった。

 

 誰かが写真を撮った。後からあとから人は来て、動けない僕はたくさんの写真に撮られた。

 

 

 

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2023年10月19日

 二日酔い                                                                  

 

 1階のテレビで、みんながドラマを見ていました。2時間くらいある、スペシャルです。僕はそんなものより、録画したビデオを見たかったので、早く終らないかな、と思っていたのですが‥‥

 

 ドラマは、中盤に差し掛かっていました。やくざたちの肛門に酒を流し込んで、ベロンベロンに酔わせて、記憶を失わせる、という場面。

 

 やくざたちを逆さ吊りにして、尻から酒を飲ませるシーンは、すごくおもしろくて、笑いました。

 

 朝になりました。目を覚ましたやくざたちは、ひどい二日酔い。自分たちが昨晩何をされたのか、全然思い出せないのです。

 

 

 

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2023年10月16日

 ドラム管                                                                  

 

 自分で自分のことを好きだと言った。そうか、とみんなは言った。僕はドラム管の中に入っていた。みんなは僕を取り囲んでいる。「みんなのことも好きだよ」と僕は言った。スイッチが押された。僕は夜空に打ち上げられ星になった。みんなはジェットコースターに乗りに行った。

 

 

 

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 書類                                                                  

 

 機械が出してくれた書類を持って、別の機械のところへ行く。その機械はまた別の書類を出してくれた。書類には風呂に入れと書いてあった。ちょうど機械の脇に風呂場がある。脱衣場で服を脱ぎ中に入った。

 

 浴槽にはお湯の代わりに靴下があった。蛇口をひねると出てきたのも靴下だ。靴下には漢字で「修学旅行」と書かれている。それもまた一種の書類なのだと悟った。僕は今から修学旅行へ行かなければならない。

 

 

 

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2023年10月15日

 スピードガン                                                                  

 

 風呂場に、スピードガンが設置されていた。湯に浸かったあとで、僕は渡されたボールを投げた。いつもよりも、速い球が投げれた。

 

 風呂で歌うと、上手く歌える、あれと、同じ理屈だ。僕は、気分がよい。

 

 

 

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 ゴミ箱                                                                  

 

 ゴミ箱の中に盛りつけられたパスタ。具がたくさん。無料だった。とてもおいしそう。皿に盛りつけられたものよりずっといい。混雑した店内。立ったまま手で食べる。少し残した。食べ切れなかったのだ。

 

 

 

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 ベビーカー                                                                  

 

 車でコンサート会場に向う途中、チケットを忘れたことに気づいて、家に引き返したが、それでも僕は誰よりも早く到着した。

 

 まだ午前中だった。僕はコンサートホールの地下に穴を堀り、そこに潜り込んで少しうとうとした。

 

 

 

 待っている。だんだん人は集まり始めた。僕は穴から出て、ロビーに向った。若い作曲家の友人が、ベビーカーを押してあらわれた。ベビーカーにはサングラスをかけた大人の女性が乗っていた。僕が声をかけると彼女は手を振った。

 

 

 

 作家の村上龍が、若いころの姿で来ていた。彼もベビーカーを押していた。彼のベビーカーには誰も乗っていない。

 

 村上龍は誰よりも目立っている。彼の周りに人が集まる。輪の中で彼はインタビューを受けている。

 

 

 

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 13時まで                                                                 

 

 僕は午前11時から12時までの時間を男性名詞として扱いたくなる。正午から13時までは女性時間。そこから先はよくわからないが小学生以下の子供たちのものか。

 

 12時59分30秒若い女は僕に花をくれる。その香りを嗅ぐと何か広大で曖昧な共同メモリアル墓地のようなものが僕の心に引き寄せられ、狭められ12時59分37秒しっかりとしたハート型になる。

 

 

 

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2023年10月14日

 ボート                                                                  

 

 無人島で助けを待っていると、その男は来た。立ったままボートに乗って、‥‥そのボートは、漕いでもいないのに進んだ。

 

「よお」とその男は言った。「来たぜ」

 

「うん‥‥」

 

 

 

「この島、お前らの島か?」

 

「そうだよ」と僕の友達は嘘を言った。

 

「ふん、お前ら名前は?」

 

 僕たちは名乗った。

 

「デビッド・ボウイです」「ジョン・レノンです」

 

「デビッドくんよ、この島と、俺のボート、交換でいいか?」

 

「えっ、あぁいいよ」

 

「じゃあ、さいなら」

 

 

 

 僕たちは魔法のボートに乗って無人島を脱した。

 

「あのオッサンの名前、聞いた?」

 

「オッサン? 誰?」

 

「ボートくれたオッサンだよ」

 

「え? 何のことさ?」

 

 僕は少し考えてから、慎重に

 

「いや、何でもない」と答えた。

 

 

 

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2023年10月13日

 手術室                                                                  

 

 心臓の手術をするのに、麻酔はかけられなかった。執刀は僕の学生時代の友人だ。彼はスーツを着て、手術室に入ってきた。

 

「心配しなくていいよ、実際の手術は、あのマッチョマンがやるから」

 

 彼の指差す方に目をやると、ボブ・サップみたいな黒人が筋トレをしていた。

 

「うん、あのさ、麻酔とかしないの?」

 

「麻酔?」

 

「あとさ、メスとかそういうの使わないの? 人工心肺は? ここ何にもないじゃん。手術室っていうよりスポーツジムみたいに見えるんだけど」

 

「お前さ、ブラックジャックの読みすぎだよ」

 

「あの黒人、怖いな」

 

「平気さ、オレも見てるから。手術はすぐ終るよ」

 

 

 

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2023年10月12日

 帽子と帽子                                                                  

 

 落ちている帽子を拾う。白い帽子。そこにある「情報」を読み取る。読むための機械もある。だが僕は使わない。それよりもまた別の帽子が落ちていないかと探す。

 

‥‥見つけた。その帽子は黒い。帽子と帽子をつなげて、グレーの帽子にした。機械は値段だけを表示する(それは読み取るには大きすぎた)が、僕は支払わない。

 

 

 

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2023年10月11日

 帽子と帽子                                                                  

 

 落ちている帽子を拾う。そこにはある「情報」が書き込まれていた。僕はそれを読み取り、また別の帽子が落ちていないかと探す。

 

 ‥‥見つけた。帽子と帽子をつなげて、「物語」にした。帽子から情報を読み取る機械もある。機械を使う日もある。だが機械が読み取った情報をつなげた物語は、何か違うのだ。

 

 

 

 

 

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 畦                                                                  

 

 人間が地面に寝かされて、田んぼの畦になっている。生きた人間がだ。この田んぼの米はとても高くて買えない。

 

 

 

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2023年10月10日

 洞窟                                                                  

 

 洞窟から男の声がした。声は質問をした。世界は単純なのか、複雑なのか、と訊いていた。僕は答えられぬまま、その洞窟に入った。

 

 洞窟の奥に、光が見えた。光の中に、村があった。川が流れていて、女たちが水浴びをしていた。

 

 その村には、女しかいなかった。僕はそこに、身を隠した。すぐに追っ手は来た。「この村で、男をかくまっているだろう」。追っ手の女は言い、刀を抜いた。

 

 僕はその女の前に出た。「勝手に隠れていただけだ。誰も僕をかくまったりはしてないよ」

 

 女は村人を1人人質に取って、呼びかけた。「おとなしく出て来い。さもないとこの女は死ぬぞ」

 

「あなたの姿は見えない。声も、この女には聞こえないのよ」。戸惑う僕に、人質の女は言った。

 

「どこだ。一体どこにいるんだ?」

 

 

 僕は正面から近づいて、追っ手の女の高い鼻を殴った。

 

「世界は単純だと思うか? それとも複雑か?」‥‥答えはなかった。

 

 その長い刀を奪い、女を斬った。僕は刀を杖の代わりにして、歩き出した。

 

 

 

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2023年10月 9日

 写真の中の女                                                                  

 

「今、何をしてるの?」

 

「今は、家にいるよ」と僕は答えた。

 

「家では、母が寝てる。今から、抜け出せるよ」

 

 全部昔のことだった。

 

 写真の中の女が、僕に話しかけてきた。

 

 

 

「君と不倫をしたい」と僕は迫った。

 

「だめよ、私は太ってるわ。結婚して太ったの。写真とは違う」

 

「君が理想なんだ、理想のタイプなんだ」

 

「嘘ばっかり」

 

「手をつなごう」

 

 

 

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 人魚                                                                  

 

 ノックの音がした。僕が喫茶店のドアを開けると、黒い競泳用の水着を着た人魚が横向きになって入って来た。泳いで来た、と若い人魚は言った。

 

 外はひどい雨、洪水よ。

 

「髪が全然濡れてないね」

 

 当たり前でしょ、という顔をする人魚。おかしなこと言わないで。彼女は空気中も泳げる。宙に浮いているように見える。

 

 あなたの店も水の底に沈むわ。

 

 本当だろうか。怖くなって僕は窓から外を見てみた。しかし水は引いていくところだった。雨はもう上がった。

 

 

 

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2023年10月 8日

 フィギュア                                                                  

 

 アニメのフィギュアに夢中になっているなんて理解できない、と僕は声を上げる。人を批判するなんて、珍しいことだ。

 

 いいじゃないか、と友人たちは言う。ほうっておけばいいさ。

 

 僕はオタクたちに近寄っていき彼らが大事にしているセーラームーンの人形を凝視する。

 

 オタクの1人が人形をつまみ上げ自分の口に入れる。彼はそれをゆっくりと噛む。

 

 

 

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 炭酸水                                                                  

 

 出された水は炭酸水だった。喉が渇いていた。僕は一気に飲みたかったのに‥‥

 

 開店前のレストラン。フランス料理。外は明るいが、店内は暗い。僕は立ったまま炭酸水を飲む。

 

(心が痛くなるくらいの炭酸が入っている。)

 

 耳を金色に塗ったウェイターたちが出てくる。まだ誰も制服を着てない。上半身裸だ。彼らも僕と一緒に飲む。

 

 暗がりの中でたくさんの耳が光る。

 

 

 

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2023年10月 7日

 2台ピアノが                                                                  

 

 その建物の地下には2台ピアノが置かれていた。それぞれのピアノの周りに人が大勢集まっていた。演奏されたのはクラシックの同じ曲だったが、客層はまるで異なっていた。僕は2台のピアノのちょうど中間に立ち、両方の演奏を聴いた。

 

 それから階段を上がって、建物の外に出た。君と待ち合わせだった。

 

 

 

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 レタス                                                                  

 君は旅行をする。君はレタスを買う。君は鞄の中にレタスを入れておく。持ち物はそれだけだ。

 

 移動中にレタスを食べる。1枚1枚。瑞々しいレタスの葉。齧るときにシャキ、シャキと音がする。それはカメラのシャッター音のようだ。

 

 

 

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2023年10月 6日

 スケートリンク                                                                  

 

 地下鉄の駅前がスケートリンクになっていた。無料のリンクだが、誰も滑っていなかった。空が暗くなってきた。足元の氷は発光し始めた。僕たちはスケート靴を持ってなかった。かまわない、と君は言った。普通の靴で。滑って、転んで。そして尻で滑って。笑いましょう。

 

 

 

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 おじいさん                                                                  

 

 そのおじいさんの胸は膨らんでいた。そこだけ別の人の体を取り付けたようだった。おじいさんはその巨乳を強調する服を着て得意そうだ。僕は胸の谷間を凝視した。手で触ってみようかと思う。セクハラにはならないだろう。

 

 

 

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 電子レンジ                                                                  

 

 10歳の僕がふざけて電子レンジを「チン、チン」と何度も鳴らすと、脇にあった多肉植物の鉢が倒れた。どういうしかけになっているのだろう。僕は倒れた鉢を元に戻した。そしてしっかりと手で支えた。今度は本当に料理を温めようとする。

 

 

 

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 その刀                                                                  

 

 その刀が僕を切った。僕からは血が吹き出た。友達の家の廊下だった。玄関のテレビ電話で救急車を呼んだ。

 

 友達のお母さんは逃げる刀を捕まえようとしている。救急車はまだ到着しない。僕は突然悟った。救急車は来ないだろう。友達のお母さんは亡くなってしまった。何十年という時が過ぎ去った。部屋の中では何事もなかったかのように誕生日パーティーはつづいている。ふと僕は怖くなって逃げ出した。

 

 

 

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2023年10月 5日

 水の重さ                                                                  

 

 透明な水があった。重そうな水だと思った。持ってみたわけではないが、その重さは感じられた。

 

 水の入っている容器を、金属の棒で叩いた。ビンビンビーンと、重そうな音が出た。僕は何回も容器を叩き、音を出した。

 

 音は全部抜けた。水は軽くなった。

 

 僕はその水を手ですくって、着ていた服にかけた。服は濡れたが、僕はそのことを感じなかった。

 

 

 

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 緑色の柱                                                                  

 

 柱が立っていた。柱は緑色に塗られていた。

 

 その柱の向こうにも、緑色の柱はあった。緑色は塗り立てだった。柱はもともとはどんな色だったんだろう、と思いながら進んだ。

 

 何本もの柱はあった。すべてが緑色に塗られていた。その他に緑色のものはなかった。

 

 

 

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 つぶ                                                                  

 

 朝の町、晴れた空からジェット機の爆音の粒が降ってきた。街路樹に粒は降り積もった。粒は木の枝を折った。道行く自動車にも積もった。車は粒の重さで道路にめりこんで動けなくなった。

 

 

 

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 マエストロ                                                                  

 

 コンサートの終わりに、前々から考えていた質問をする。相手は世界的な指揮者。フランスで亡命生活を送っている。フランス語でいいだろうと思っていた。だが僕のフランス語は通じない。

 

 僕は彼に本を贈る。「これは本です」と僕は言う。本という単語を英語で言い換えた。途端に高齢のマエストロの目は輝く。「この本であなたについて学びました」と僕は言う。

 

 

 

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 飴                                                                   

 

 肉の塊を飴玉のように舐めていると、唐突に出発の時は来た。僕は頷いて動く歩道に足を乗せる。すると僕の身長は1/3に縮んだ。仲間たちは自分の足で歩いている。そうなのかこれが理由なのか。だが動く歩道を降りても僕の身長は元通りに戻らなかった。

 

 草叢の中で巨大な女の人が倒れている。大丈夫ですかと声をかけたが返事はない。別の女の人がやって来て僕に言った。それは女の人の形をした野糞なのよ。人間ではないわ。

 

 

 

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 打ち上げ                                                                  

 

 有人のロケットが打ち上げられるというので僕は屋上に出た。間に合った。ちょうど打ち上げられるところだった。ロケットは夜空に飛翔していく。

 

 見物客は僕1人だ。

 

 夜のそれほど遅い時刻ではなかったが、町には車1台走っておらず、静まり返っている。

 

 ところでロケットを見ていると、宇宙服を着た乗組員が1人、窓を開け、パラシュートもつけずに飛び降りるではないか。

 

 

 

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 ふた                                                                  

 

 子供がベッドで寝ようとしている。僕はその顔の上に蓋をした。蓋は薄いベニヤ板だ。板の表面を軽く撫でた。

 

 蓋を開ける。すると既に子供が眠っているのがわかる。

 

 しかしその子は僕の子供ではなくなっている。‥‥戸惑っていると隣の部屋から本当の親が様子を見に来る。

 

 僕は「とてもかわいいお子さんですね」と言って立ち去る。

 

 

 

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 かゆい                                                                  

 

 さっきのレストランに、大事な拳銃を忘れてきた。慌てて取りに戻ったが、もうなかった。僕は刑事だ。刑事になったばかりだが、クビだろう。先輩の刑事に報告した。

 

「僕、クビですよね?」

 

 先輩は、あちこちに電話をかけ始めた。何件目かの電話が当たりだったようで、しきりに頷いたり、笑ったりしている。そして通話を終えると、シャツの袖をまくり、鳥肌を使った暗号のメッセージを僕に見せた。

 

「これは‥‥?」

 

「口に出して読むんじゃないぞ、撮影もするなよ」

 

「読めませんって。撮影はしたい気もしますが。先輩すごいですね、鳥肌を自由に立てられるなんて」

 

「感心したのはそこか。お前の銃は今ここにある。取りに行け」

 

「ここと言われましても‥‥」

 

 先輩は鳥肌の暗号をもういちど示す。

 

「腕じゃなくて、他の場所に出せたりします?」

 

 

 

「出せるよ」

 

 先輩は鳥肌の粒粒を使って頬に同じ模様をつくった。

 

「あ、それならもしかして、僕の体にも転写できたりしませんか?」

 

「それもできる」

 

 急に尻がむずむずしてきた。

 

「ケツに転写しといた」

 

「かゆいです」

 

 

 

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 310号                                                                    

 

 木を伝って、310号が部屋に上がってきた。

 

 そういえばこの部屋は、310号室だった。満月の夜に310号が来たとしても、不思議はない。

 

 310号というのは、彼の本名だ。年齢はよくわからない。若くは見える。

 

 会うのは数年ぶりだが、見た目は変わらない。金色のジャージの上下を着て、髪も金髪だ。

 

 彼はズボンのポケットから、日本の500円玉を1枚取り出した。

 

 それは金色ではなかった‥‥

 

「もう帰るね」と彼は言う。そう、以前もこんなことはあった。

 

 

 

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