ご褒美
自分で自分にご褒美、と言うけれど。僕の外面は、僕の内面にご褒美をくれているような気がする。昨日も、今日も、鏡を見ると、僕の外面は、何か言いたげだ。「ほれ、褒美をやるぞ」と言っているのだ。でも、どうやったら受け取れるのかわからない。
自分で自分にご褒美、と言うけれど。僕の外面は、僕の内面にご褒美をくれているような気がする。昨日も、今日も、鏡を見ると、僕の外面は、何か言いたげだ。「ほれ、褒美をやるぞ」と言っているのだ。でも、どうやったら受け取れるのかわからない。
コンサート会場に来た。ピアニストがポスターの中を歩いていた。僕はその後をついて行き、‥‥僕がピアノの前まで行く。観客にお辞儀をしているところで、背後から誰かに呼び止められた。おーい、そっちじゃないぞ。僕は我に返り、元の会場に戻った。
コンサート会場近くのカフェに1人でいる君を見かけた。僕は歩み寄り、午後のコンサートを楽しみにしていると伝えた。すると君は顔を上げ、もう1つのコンサートがここで行われると言った。このカフェで。
店内に置かれたピアノの前に黒い服を着た女性が座っている。演奏はすでに始まっていた。静かだが迫力のある、重々しい曲だった。
音はだんだん大きくなった。
君は僕の手を引いてカフェを出た。「もう少し遠くで聴こう」。だが僕たちがカフェから離れれば離れるほどそのピアノの音は大きくなった。ピアニストと君の勝負だった。
自転車で坂道を下った。「底」に辿り着くまでとても長い時間がかかった。日はすっかり傾いて夜になってしまった。雨が上がったばかりだった。「底」にはあちこち大きな水溜りができていた。
ほんの少しだけ標高の高い土地に以前にはなかった町ができていた。
町の入り口にはピンク色の衣装を着たバニーガールが看板を持って立っていた。「何をしてるの?」「バイトの募集よ」「バニーガールのバイト?」「そう」
「ピンク色のバニーなんて珍しいね」
「ここじゃ普通よ」
彼女の足元の地面から水が吹き出てきた。僕たちはそれを避ける。
僕がいない間に、地震があった。火山が噴火して、隕石が落ちて、おまけに台風も来た。半世紀ぶりに帰った生まれ故郷の町は、壊滅していた。
生き残った人たち、1人ひとりに僕は謝った。「お前がやったのか?」小学校のときの同級生は訊いた。「うん」と僕は答えた。
「ずっと、どこに行ってた?」
「南の島。若い女と」
「‥‥それで、本当にお前がやったのか、お前が地震を起こしたのか、何もかも全部?」
「うん」と僕は答えた。
南ヨーロッパのその町に、日本人が経営するインド料理店があった。噂には聞いていたが、食べに行ったことはなかった。昼どきで、外食は高いからと、僕は部屋に戻り、自分で何かつくるつもりでいた。そのとき、噂のインド料理店を見つけたのだ。
店の前に、日本語を話す背の高い地元民たちが、行列していた。僕が最後尾につくと、「お、ホンモノの日本人?」と、十人抜きで、店内に通してもらえた。食べ放題で、千円だ。ユーロで払うなら10ユーロ、しかし、日本円なら千円でいいという。地元のチーズをふんだんに使ったチーズナンが、焼き上がったばかりだった。
その町に入るには、鍵が必要だ‥‥。メタファーではない。本物の鍵が要る。鍵なしで町に入ったところで、本当に入ったことにはならない、とその人は言った。僕たちの保証人だ。
「出るときには鍵は要らないの?」と君は訊いた。「鍵がなければ、本当に町を出たことにはならないんじゃないの?」
「保証人さんは、町のご出身ですよね?」いちおう確認のため僕は訊いた。
その町は子供たちの町だった。大人が入るには特別な許可証が必要だった。常に付き添う身元保証人が必要で、その保証人は子供でなければならない。
柔らかい雪が降っていた。その雪は雨みたいに猛烈なスピードで降ってくるので、地面に積もる前にバラバラになってしまった。
階段を下りて地下のライブハウスに行った。激しい演奏を聴いている。友人が2人入ってきた。僕たちはここで待ち合わせたのだ。
「さぁ行こう」と僕は2人に言った。
「音楽のつづきは聴かないの?」
「つづきなんかいいさ」と僕は答えた。
だが1人は曲を最後まで聴きたいと残った。1人は階段を駆け上がって行った。外へ走り去ってしまった。僕はその中間を取ることにした。ゆっくりゆっくりと時間をかけて階段を上がった。
曇り空に、青空が入った「箱」が1つ浮かんでいる。そこは本当は僕の「部屋」だという。でもあんな高いところにある。どうやって上がっていけばいいのかわからない。
一日中曇りだ。昼間なのに暗い。青空は僕の部屋の中に閉じこもったまま出てこない。
ピンクフロイドみたいだ。雲の合間から豚が顔を出した。ブーと鳴く。
ハングル文字を使ったパズル、スクラブルのようなゲーム、僕は「天国(천국)」という単語をつくろうとして、成功した。
それで僕の勝ち、ではなかったのか。
僕は「天国」に行かされた。そこには「天国」をつくったプレイヤーが集められていた。
ずっと同じ姿勢で、次の啓示を待っている間、僕たちに雪が2メートル積もった。
そう、天国は思ったより暗くて寒かった。僕はスイッチを入れた。
しかしまさにそのとき、僕はスイッチを切ってしまったことに気づいた。また最初からやり直しだ。僕はすべての「存在」を消してしまったのだ。
曲がり角を曲がった。最後の曲がり角のような気がした。なぜそんな気がしたのだろう。これで曲がるべき曲がり角はないのだ。もうないのだ。そんな気がした。なぜそんな気がしたのだろう。僕は汗をかいていた。咳までが湿っぽかった。
よく見てみると、僕の人差し指には、関節が4つもあった。曲がるところが突然増えたとは信じられないが、何年も見逃していたとも思えない。でもまぁ、それは後で考えよう。せっかくあるのだから、曲げて見よう。さぁ、ほら。
大根銀行に預金がある。僕のメインバンクだ。宝くじで30億ウォンが当たった。国民大麻銀行の本店で受け取った。
大根銀行に口座がある、と言った。大根のバッジを見せたのに。
当行に資産運用を任せてはいただけないでしょうか?
僕は国家大根銀行に口座がある、と言った。
国民大麻銀行の連中は僕のバッジが見えないのだろうか?
先生の前でピアノを弾く。暗譜で弾かなきゃならない。曲はベートーベンのピアノソナタ第31番。楽譜は先生が持っている。何やら講評を書き込んでいる。
僕は暗譜ができてない。先生から楽譜を奪い返す。しかしそれは別の曲の楽譜だった。歌曲だ。ドイツ語で歌詞が書いてある。
僕は弾き始める。戸惑いがちに。するといつの間にか周囲に集まっていた女性たちが、立ち上がり、歌い始める。
夜のあいだ走りつづけていたバスは、朝の早い時間サービスエリアに停車した。乗客たちは目を覚まし、トイレに行った。すぐにバスに戻り、もうひと眠りする。
次にバスが停車したのは、真夜中だった。昼のあいだ、誰も目を覚まさなかった。僕たちは、トイレに行った。そしてバスに戻ると、また眠った。
手に足を持って歩いていた。本物の、生きた人間の足だ。
僕は足の足首のところを持って、杖のように使った。腿は太くて片手では掴めなかったから。そうやって僕は丘の上に上った。頂上と呼べるのがどこかわからなかったが、いちばん見晴らしのよい場所を見つけて、地面に浅く穴を掘り、そこに足を植えた。
何気なく言ったこの言葉が、君を喜ばせることになった。
「君の弾くピアノの音、まるで人間の声のように聞こえたよ。ピアノの音じゃなかった。人が歌っているみたいだった。すごく驚いた」
「本当に? それ、私の究極の目標なの‥‥」
「なんか、達成できてるみたいだね」
演奏中、ステージから客席の僕が見えたそうだ。「すごく、フローリッシュなオーラが出てた」
「フローリッシュ?」
「花が咲きそうだなって思ったの」
でも開花の瞬間は見逃した。私はピアノを弾かなきゃならなかったから。
男娼を買った。興味本位で。だが彼はよく見るとおじさんだった。垂れた尻。急に冷めた。
「チェンジしてもらっていいかな?」と僕は訊いた。「やっぱり女がいい」
だが代わりにやってきたのは、おばあさんだった。僕は呆れて訊いた、「あなた何歳ですか?」
「あんたはいくつなんだい?」
26歳だった。
すると、「あんたのこと、覚えてるよ。昔、私を買ったね。30年以上前に」
彼女は手帖をめくり始めた。
「そんときも、26歳だって、言ってたね」
彼女の手帖には、昔の僕の写真が挟まっていた。
野球選手だったころの僕だ。左打席に立ち、バットを構えている。
後から合成したのだろうが、その僕のとなりに、白いビキニを着た彼女が写っている。
「この打席で、あんたはホームランを打った」
手帖の次のページには、応援席に向って拳を振り上げながら、ダイヤモンドを一周する僕の後ろ姿。
その横に、ぴったりと寄り添う女。
お隣の子供の脳と僕の体はシンクロしていた。どういうことか、その子の脳が発した指令を、僕の体が受けてしまうのだ。
その子がご飯を食べようと思い、箸を使う。
すると僕の手は、そのように動く。
女房が不審がって「何をしてるの?」と訊いた。
「隣の子が、今ご飯を食べてるんだと思うよ」
「何の話?」
「シンクロナイズトご飯」
そんなオカルト、誰が信じるというのだろう。
だがある日、女房は隣に抗議に行った。「1日に5回もご飯を食べるのはやめて」と。
沖縄に雪が降ったらしい。寒かった。
そしてあれだけ気をつけていたのに、突然ぎっくり腰になったのは、サボテンの呪いではないかと思い至った。
バルコニーに出ていたサボテンを、暖かい室内に入れた。水を与え祈った。祈ってから水をあげたんだったかな。とにかくそうすると、腰の痛みは消えた。
柔らかい土の中を、人が泳いでいる。芸能人らしいが、僕は名前を知らない。彼は土の上に顔を出し、何か喋る。「負けたら」とか何とか、それ以上は聞き取れない。
その横の、白いご飯粒の海を、また別の人が泳いでいる。炊きあがった、粘り気のあるご飯粒。勝者である彼は、そこから這い出て、(ご飯の上に)あぐらをかいて座る。
江戸時代からタイムスリップしてきた男と一緒に、書店へ行く。男は常に興奮状態だ。ちょっとしたことにも驚いて大声を上げはしゃぎまわる。
僕たちは男を紐で繋いでおいた。犬の散歩用のリードに。
「こいつにお使いをさせてみよう」と仲間の1人が言う。「初めてのお使い、江戸時代から来た男編だ」
「隠し撮りした動画をユーチュープで流すんだ」「バズるぞ」
それは倫理的に問題があるんじゃないか、と僕は懸念を口にした。だが仲間たちはまるで耳を貸そうとしない。
数学の問題が、なかなか解けなかった。教室に、僕1人残った。ずっと考えていると、耳にカブト虫の羽音が聞こえてきた。それは、だんだん近づいてくる。でも、たぶん幻聴だった。今日は、2月15日だから。こんな冬の日に、カブト虫は飛ばない。
みかんを食べている。2月15日のファイルを探した。去年の2月15日だ。みかん箱の底に、それはある。
2時間だけのバイトを終え、帰宅するバスに乗った。いちばん後ろの席に座り、少しうとうとした。
家に着いた。僕の部屋は6階だった。6階まで行くエレベーターがなかなか来なかった。みんな、5階止まりだ。
嫌な予感がしたんじゃ。
エレベーターの時刻表を確認した。
もう、6階行きの終電は出た後だった。エスカレーターで上がろうかと思ったが、エスカレーターは点検工事中だ。(ロビーで寝るしかないか。)
いくつかの箱を組み合わせて芸術作品をつくっていると、何人かの人が見に来た。
多くの人が、箱に塗られているのは何色かと質問してきた。
「まだ色は塗ってないです」
「本当ですか?」
ある人は「素晴らしい作品じゃのう」と誉め称えた。「まだ完成してないですよ」と僕は答えた。
妹の部屋から白い棺桶が運び出された。父はそれをベッドじゃと言い、母はソファじゃと言い張ったが、棺桶であることは疑いようもなかった。
棺桶は火葬場に運び込まれた。棺にはやはり妹が安置されていた。棺には花と一緒にケーキやクッキーが入れられている。
誰も見ていないことを確認して僕はそれらを食べた。
いったい何で死んだのかわからないが、死んでるんならケーキなんか要らないだろう。僕は思った。そう思うと、ボロボロ泣けてきた。泣きながら花びらも食べた。それは苦かった。
床に転がって昼寝していると、お手伝いさんが部屋の掃除に来た。起き上がるのが面倒だったので、そのまま寝たふりをつづけた。
それを見て、お手伝いさんは僕の尻を蹴飛ばした。「起きてるんだろ? 少しは手伝いなよ」
僕は読みかけの本を手に取った。「いま読書中」
「何読んでるんだい?」
「『北回帰線』、やらしいことがいっぱい書いてある本さ」
「お父様に言いつけてやる」と言ってお手伝いさんは笑った。
「オナニーしながら読んでます」
「あははは」
だがそれは、いつの間にか、戦争の話になっている。やらしいことがいっぱい書いてある本、だったはずなのに‥‥
そう言うと、お手伝いさんはもっと笑った。ひねりの効いた冗談だと、思ったんだろう。
兵士たちが堪らず次々とクルマから飛び降りる中、僕らは臭さの中心へと向う。
あまりにも臭かった。ジープから飛び降りた兵士は、地面を転げのたうちまわった。なんでそんなに平気な顔をしていられるのかと、運転手は僕に訊いた。
‥‥兵士たちとジープに乗り込んだときのこと。みんな鼻をつまんでいた。見送る士官もそうしていた。彼らを見ていると申し訳ない気持ちになった。
やがて目的地に着いた。運転手はジープを降りた。僕以外の全員が降りた。これからどうするのかと訊いたが、誰も答えられる状態ではなかった。
僕は運転席に移り、ジープを走らせた。僕が置き去りにした兵士たちは、なぜかほっとしたようだった。
僕の店に男が来た。ウェイトレスが注文を取りに行った。しかし男は何がほしいのか話そうとしない。
「ラーメン食べたくない?」としびれを切らしたウェイトレスは訊いた。「みんなで一緒に食べようよ」
「いいね、そうするよ」と男は答えた。
僕は店の隣のコンビニにカップラーメンを買いに行った。
顔馴染みの店員がいたので彼にテレパシーを送った。それから訊いた、「僕が何を買いに来たかわかる?」
「知るか」
「ウチに変な客が来たんだよ」と僕は言った。
君と電話で話していると、精神科医が割り込んできた。ラジオで人生相談をやっている医者だ。「話は全部聞かせてもらいました」と言う。
僕はもう、日本の家は引き払って、韓国に移住しようかという話をしていた。
「何かアドバイスはありますか?」
しかし医者は、彼の専門とはまったく関係のない、金運がアップする財布の話を始めて、僕を困惑させた。
そのポルシェにはクラッチがなかった。「クラッチないですね」と僕は言った。
「ありませんよ」助手席のセールスマンは答えた。
「じゃどうやってギヤチェンジするんですか?」
「頭の中で強く思い描いてください」
なるほど、そういえばこのクルマには、ハンドルもブレーキもない。
僕はギヤを1速に入れ、半クラでゆっくりと発進するところをイメージした。
坂道を上るときは、坂道を下りるときのことをイメージした。
そうするとクルマは、飛ぶようだった。
最初は消しゴムだった。使いかけだった。その消しゴムを未使用の鉛筆と交換した。鉛筆は高級な筆と交換した。わらしべ長者の話のように、僕の手にしているものは、どんどん高価なものに代わっていく。
最終的には、それは楽譜になった。僕の知らない作曲家の、未発表の楽譜だという。それを僕は、君に渡した。君は初見で弾いた。君が弾き終わると、楽譜はもうなかった。ピアノとともに、消えていたのだ。
円周率は小数点以下2000桁までを暗記している。
忘れられない。
記憶にプラスの障害のあった小学生のときに覚えた。これはいくらでも覚えられると思った。とりあえず2000桁で止めたのだけど、正しい判断だった。
10000桁も20000桁も暗記しなくて良かった。絶対に忘れられなくなっていたと思う。
いや、僕は、円周率をもっともっと暗記するべきだった。
プラス、プラス。下1億5千万桁を忘れられなくなった記憶力の世界チャンピオンとして、なのに女房の誕生日も覚えられない男として、テレビで紹介されるのだ。
映画になるのだ。きっと女房も誇らしげだ。
図書館から出るのに、出口がわからなかった僕は、窓から出て、塀の上を歩いた。端で飛び降りると‥‥
図書館は刑務所のように見えた。その向こうに中学校の校舎があった。それもまた刑務所のようである。男子学生がセーラー服を着せられている。下は何もはいてない。ベランダに制服のズボンが干してある。
買ってきたヨーグルトを冷蔵庫に入れる前に床に並べ幼い息子と一緒に数を数えた。全部で11個だったが目で見ただけでは息子は正確に数えられなかった。「触ってもいい?」と彼は訊く。
「いいよ」と僕は答えた。
息子は容器の蓋を開け指でヨーグルトに触り出したがそうやって数えても結局いくつあるのかわからないようだ。
「冷蔵庫にしまおうか」僕は言った。
「冷蔵庫に入れて、あとで食べるの?」
「うん、あとで食べるよ」
「誰が食べるの?」
「‥‥そうだね、誰も食べないかもね」
英会話教室で。聞き取りができなかった僕。答えはトイレの中にあると言われた。トイレを見に行く。そこには着物を着た女の人がいて、七輪でサンマを焼いていた。
窓の外にはカップルがいて、彼らはサンマを見つめている。さっきから犬が吠えている。カップルが連れている犬だ。いつの間にか、僕はその犬になっている。
焼いても煙が出ないのはなぜだろう。
魚を口に咥えた野犬が、1匹やってくる。着物の女はその魚を受け取り、焼き始める。
その塔の入り口の前で僕は、異教徒の君が中に入ることができるように、君の全身に呪文のシャワーを浴びせた。
『耳なし芳一』の話を知ってる? 彼は耳に呪文を書いてもらうのを忘れた。それで耳を食べられちゃったんだ。
じゃ私も、脇の下を食べられちゃうのね?
あぁごめん、脇を忘れてた。
いいよ別に、ここは食べられても。
よくないよ。
その国から出国できるのは1日3人までだった。出国希望者は多かったので、毎日抽選になった。空港で1人ずつクジを引くのだ。その日は20時まで当たりがでなかった。僕たちが空港に着いたのは21時過ぎだったが、まだ誰も当たりを引いていなかった。
僕たちはライトアップされた抽選箱に近づいた。箱にはトナカイとサンタクロースのイラストがあった。まず君が当たりクジを引いた。その次に僕が引いたクジも当たりだった。当たることはわかっていた。僕たちは2人で旅行するつもりで来たのだ。当たりクジには航空券が付いている。そこにはメリー・クリスマスと書かれていた。
同じとこの周囲をグルグル、半時計周りにまわるのやめられなくなった。その中心にはガラス張りのカフェがある。入りたがっているのだと思われたら嫌だ。
カフェには入り口がない。
よく見てみるとカフェの内側と外側とでは重力の大きさが違うようだ。ということは時間の進み方が違うということである。
その自転車にブレーキはついてなかった。サドルから腰を浮かせるとブレーキがかかる仕組みだった。だからスピードを出そうとして立ち漕ぎをすると止まってしまうのだ。ある意味安全設計であった。
その自転車で僕は駅に向っていた。途中でブランドもののバッグを盗んだ。中古屋に売りつけようとしたが、その店のアンドロイドの店員はバッグは偽物だと言った。