切符
僕は16時に出るバスの切符を持っている。毎日その時刻にバス停へ行く。そしてバスには乗らない。家に帰る。
次のバスは16時50分。そのバスが来るのを待ち、バスがやって来るのを見て家に帰る。
乗車券売り場の人は不思議がった。なぜ乗りもしないバスの切符を買うんだい、それも毎日?
僕は答えようとしてやめる。
僕は16時に出るバスの切符を持っている。毎日その時刻にバス停へ行く。そしてバスには乗らない。家に帰る。
次のバスは16時50分。そのバスが来るのを待ち、バスがやって来るのを見て家に帰る。
乗車券売り場の人は不思議がった。なぜ乗りもしないバスの切符を買うんだい、それも毎日?
僕は答えようとしてやめる。
地方のスタジアムで、ルールのよくわからないスポーツの試合を僕は観ている。
とりあえず、青いユニフォームを着た選手の応援をすることにした。(ちなみに選手は数え切れないくらいいて、みんな違う色のユニフォームを着ている。)
観客席で撮った自撮り写真を友達に送り、これって何の試合なんだろうねとついでに訊く。
ディーラーの握り拳の中に4つの数字がある。サイコロを転がして出した数字とは一致しない。友人たちはまた全部外した。
「いつかこれで大金を手にするんだ」いつも言っている、ギャンブル好きの彼ら。
もう帰ろう‥‥
車に戻った。友人の1人が私と2人だけで話したいと言った。異議を唱えるもう1人の友人を、彼は殴って黙らせた。殴られた方はなぜか楽しそうに笑って‥‥
‥‥
「話って何?」車から離れたところで彼に訊いた。
「お前に渡すつもりだったチョコレートな、溶けちまったんだよ」
彼は悲しそうだった。道端にそれは落ちていた。溶けて人魚の形になったチョコレート。愛の証‥‥
私がそれを拾って食べようとすると、彼は私のことを「愛してる」と言いながら殴った。
さっきから動かないバス。バスを降りるときに3200万円を支払うのだ。僕じゃない。僕の友達が。彼はそんな大金は持ってない。支払いは待ってやってくれ、と僕は運転手に頼む。何度か頼む。
運転手は何も言わず、どこにも行かない人たちが乗ったバスはまだそこに停車したまま。そう永遠に。
地下のそのスペースにたくさんの人が集まっている。みんな友人だがもう誰が誰だか思い出せない。ある音楽が演奏されたのだった。その音楽は僕たちの記憶を洗い流していった。‥‥帰ろうかと思うが足が動かない。ここがどこなのかすらわからない。何か重大な目的があって僕たちはそこに集まったのだった‥‥
会場の出口では記憶が売りに出されている。それは1点ずつ違うCDだったり紙の本だったりする。映像データではないのだ。それでも自分の記憶なら買いたいと思うが、僕たちは自分が誰なのか知らない。
僕は床に落ちている硬貨を拾う。本物のお金なのか、ゲームセンターで使われているコインなのかわからない。とにかく全部拾う。たくさんのコインが落ちている。僕は財布を持ってない。誰も財布を持ってない。人々のポケットには穴が開いていて、中にあるものが全部溢れ落ちる。僕たちは床に両膝をつく。僕たちから溢れ落ちたものの中に僕たちは埋まっていく。
知らぬ間に宝くじが当たったようだ。きっとオンラインで買ったやつだ。大金が口座に振り込まれている。僕はその金を全部引き出し、宝くじ売り場へ向かい、そこで売られている宝くじを全部買う。そこで気づいたことがあるのだが、1億円分の宝くじの束は、1億円の札束より軽い。
町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。
いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。
ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。
東大生とは、東京大学の学生ではなくて、東京大学に連れていってくれる人のことだと、その人は主張し、5月のある日、東大を案内してくれたのだ。
東大は東京の大学というより寺院のようで、建物の中に入るとき、靴を脱がなければならなかった。
その日は休みなのか、構内に学生や教員の姿はなく、静かだった。
犬小屋があって、そこで白い犬が寝ていた。
右側通行の道路、右ハンドルの日本車とすれ違った。赤いスポーツカー。運転していた女性が歩道の僕に手を振った。僕も振り返すと、それを合図に人が集まってきた。日本語が通じるか挑戦したい、という人たちだ。日本語を学んでいる学生たちだった。
その家の玄関の前には大猫がいて、カメラを構えた僕が近寄ると後ずさった。そうか写真に撮られるのが嫌いなんだ。家に入るのに大猫が邪魔だった。どうすればどいてくれるだろうと思っていた。無事追い払うことができた。
夕日を浴びて電車が走っている。電車には人は乗ってない。ジャガイモが積まれている。収穫したばかりのジャガイモだ。
線路はあるところで直角に曲がっている。電車はそこを上手く曲がれず、脱線してまっすぐに行ってしまう。まっすぐ行った先には車庫がある。まだ車庫に入りたくない、と電車は思う。
陰茎は固く絞られた雑巾のようだった。僕だけじゃなくみんなのがそうなっている。ニュースでやっていた。みんなそうなってしまったなら仕方ない。
小便をするときはそれをさらにきつく絞る。残尿感があるならまだ絞れるってことだ。
この写真家を僕はアラーキーという仮名で呼ぶことにする。つまり僕が拾ったのは普通のエロ本・エロ写真集ではなかったのである。後で見てわかったが、それはあるストーカーの日記だった。彼(おそらく男だろう)は複数の女性を追いかけていて、隠し撮りした写真の他に、標的の女性の利用するバスの時刻表や、訪れるカフェのメニューなども参考資料としてあり、その本を持っているのが僕は怖くなった。
アイマスクの代わりに黒いタオルを巻いて寝ていた。電車の中だ。電車が駅に着いた。慌てて飛び起き、降車した。目的の駅の、1つ前だった‥‥
やってしまった‥‥降りたホームで、次の電車を待った。それはすぐ来た。先行する電車に追いつき、しばらく平行して走る。向こうの乗客たちが、僕に手を振っている。
高速道路を僕は歩いている。険しい山を削ってつくられた道だ。時速300キロで走る透明な車が、僕の体を通り抜ける(逆なのかも知れないが、透明なのは僕の方で)。
路肩に男の子がいる。1人で遊んでいる。危険だ。僕は声をかけた。
親に電話してやるよ、迎えに来いって言ってあげる。
おうちの電話番号、覚えてる?
迷子の男の子が教えてくれた番号にかけると、それは僕の実家だ。死んだはずの母が出て、父に代わると言う。父は既に僕のことがわからない。
足元に酒瓶があった。隣のテーブルの方に蹴飛ばした。赤い酒が入っていた。僕は酒を飲まない。
隣りのテーブルで飲み食いしていたグループが僕に手を振って挨拶したのを見て席を立った。
店の外に出ると明るかった。朝だ。カネを払わずに出たことを思い出した。
僕はいろんなことを忘れていた。椅子の背には上着をかけたままだった。上着の内ポケットには財布が入っていた。
僕は窓際に追いつめられた。窓から外に逃げようと思った。
しかし窓には鉄格子が嵌めてあった。
そいつは僕の体の中から「13歳の心臓」を抜き取ろうとした。
取っても死にはしないとそいつは言うが‥‥そもそも「13歳の心臓」って何だ?
愛する女に初めてキスしようとしたとき、私は自分が女になっていることに気がついた。
私がキスをすればこの女は男になるのだろうか、と考えながらキスした。目は閉じなかった。女の変化を観察していたが、何も起こらなかった。相思相愛の私たちの未来が、少し不安になった。
女が「レストラン」と言っている。それを聞いた男が「レンタカー?」と返す。「レストラン」大声。「何借りるの?」さらに大声。「レンタルビデオ?」日本人の観光客だ、地下鉄の中。僕は用もない次の駅で降りる。
怪獣の背中に生えているような刺が、道路に生えていた。車は走れなくなった。ある日突然のことだった。僕は茫然と見つめた。
刺は完全な等間隔で生えていた。人工物には見えなかったが、自然の物とも思えなかった。僕はスマホを覗き込み、世界を裏で牛耳る悪の組織の陰謀ではないかという説が、狂人たちの口から、説得力をもって語られるのを待った。
ポケットから取り出した紙片、4つに折られていたのを開いて、約3分間、お湯に浸すのだ。
書かれていた文字が、お湯に溶け出して、紙が真っ白になったら、取り出すのだ。
文字が溶けたお湯を、僕は飲むのだ。知識が僕のものになる。
電話は、黒いダイヤル式の電話だった。ネットに投稿した僕のエッセイを読んだという人から、電話がかかってきた。「嬉しいよ」と言う、その声は知らない、若い男のものだった。たしかに嬉しそうな声であった。
「何が嬉しいの?」僕の返事にも、相手は愉快そうに笑った。その笑い声が僕を不安にさせる中、手にした受話器が、重くなったり、軽くなったりした。この自分の手にしているものは、いったい何なのだろうと僕は思った。
地下鉄の車内で、ピンク色のルーズソックスを履いた黒人の女のコが僕を見つめている。目がハートになっている。こんなハンサムな人は見たことがない、とその目は語っている。
「私と結婚して」と目は言う。
「私は大富豪の娘よ」
大富豪は次の駅で降りる。僕は降りない。大富豪の座っていた席に別の女性が座る。こんなに美しい女性は見たことがない。
長い石段を上がりきると「門」だった。「門」にやってきた。旅の目的地だ。スマホをもういちど見た。
スマホによると、僕は90%の確率で「答え」を見つけることになっているのだ、その門のところで。
さらに10%の確率で「新しい自分」に出会えるという。
手作りのバッグを君は持ってきて僕を旅に誘う。
人生で必要なものは全部入っていると、バッグを開け、中身を見せてくれる。ハサミがない、と僕は思った。
ハサミを何に使うの?
うーんとね、切るんだ
旅先に切れるものはないの そうか残念‥‥
それじゃ今のうちに、と僕は思って、紙を切り始めた。僕は紙を1枚しか持ってなかった。切ることによってそれは2枚になり、3枚になった。
女の殺し屋が銃を構え、こちらに向ってゆっくりと歩いてくる。対する僕たちは5人だった。こちらも銃の狙いをつけ、殺し屋の前に立ちはだかった。けれど殺し屋がゼロ距離にまで近づいても、僕たちは撃てなかった。
殺し屋も発砲せず、僕たちの体の中を通り過ぎた。仲間たちは膝から崩れ落ち、二度と立ち上がれなくなった。僕は怖くなり、自分の体から逃げ出そうとした。あぁ、それには成功した。
家が鹿を産んだ。2匹の子鹿。おぎゃーおぎゃーと泣く子鹿たちを、僕は飼いたいと思った。しかしママは言った、森に捨ててきなさい。
森?
さもなくばレストランに売るわ。野生の動物を飼育することは禁じられています。
ママは僕の目の前で家を蹴飛ばして不妊にした。この家がメスだなんて知らなかった。ママたちはあの不動産屋に騙されていたの。
パスポートを開いた。僕の顔写真は剥がれていた。パスポートを入れておいたファイルの中に、それは落ちていた。たくさんの顔写真、けれどどれも僕の顔ではない。性別も、年齢も、人種もさまざまな顔、顔。
飛行機に乗る。空港へ向うバスの中だった。今から再発行してもらう時間はない。僕は僕にいちばんよく似た写真を選んだ。それは少女の顔だったが仕方ない。少女が僕を笑っていた。
目を開けると真っ暗だった。何も見えなかった。目を閉じると明るかった。見えないのは変わらなかったが、僕は目を閉じたままでいた。白く暖かい光を感じた。それはしかし目を開けると消えてしまうのだった。
足元にオフィーリアを思わせる水死体が流れてきた。その死体は目を開けていた。僕は手を伸ばして、彼女の瞼を下ろそうとした。死体は硬直していて難しかったが、何とかやりとげた。
大雨が降った。町が水浸しになった。車道と歩道の高さは同じだったが、水は車道だけを流れた。そこが川のようになり、いろんなものが流れてきたのである。美しい水死体、美しくない死体。陸地を歩くより、水に流されていった方が早そうだった。
周囲にいるたくさんの人、僕を取り囲んでいるわけではないが。みんなとても背が高くてハンサムだ。消えろ、と僕は心の中で呪文を唱えた。
1人ひとり消えていく。彼らは消える直前にさらに美しくなった。そして眩い光を放ちながら消えた。僕はそれがおもしろくなかったので、「泥棒!」と声に出して言った。
レストランの中を1周する。空席が1つだけある。どう考えてもそこが僕の席だ。僕は座った。隣の席の男が酒を勧めてくる。
僕は飲めないと断った。酒が飲めないのか? そうです、と僕は言う。
ちょっと頭のおかしそうなふりで、男を相手に「ここはどこ、わたしはだれ」をやる。白けかけた場が元通りになる。
ヘアスタイルをチェックしたかっただけなのに。その鏡は大きすぎた。僕は小さすぎて映らなかった。鏡は遠い夜空だけを映していた。満天の星空。目薬のように雨が一粒だけ落ちてきて、鏡の前に立つ僕の髪を濡らした。
2階には80歳の夢占い師がいた。彼女はベッドにうつ伏せになって寝ていた。僕は彼女に自分の夢を話した。それは僕が夢占い師をやっているという夢だ。
「僕はあなたのようにうつ伏せで寝たりはしない。仰向けで寝る」
目を開けたまま寝るんだ。僕には瞼がないからね‥‥
黒い布が僕の顔の上に置かれている。光を遮るために必要だ。
僕は短冊に「間違ったねがい」を書いて、丸いテーブルの上に置く。
僕のすぐ後ろの人が「間違ったこたえ」を置こうとすると、係官が「間違ったこたえを置くな」と注意した。
読む前からわかるんだな‥‥
後ろの人は抗議した、「間違ってなんかない」
正しいこたえはどこに置けばいいの?
それはどこにも置いてはならない。
僕たちの服にはポケットがなかったから、何もかもずっと自分の手に持っているしかない。
4人の少女と一緒に1人のイケメン(生きたイケメン)を土に埋めた。そんなことをしていたら終電を逃してしまった。僕はポケットの中の金貨を取り出し2つに割った。大きい方のカケラを少女たちに渡してタクシーに乗るように言った。
やってきたタクシーの運転手はさっきのイケメンよりさらにハンサムだった。少女たちは僕を振り返り、(騙された)というような変な赤い顔をした。
みかんが1個1500円だった。スーパーの店主が嘆いていた。誰もみかんを買わない。僕は買うよ、と言った。その高価なみかんを。店頭にある全部。すると店主は僕を罵倒した。差別的な言葉を使って。みかんキチガイとか何とか。それは罵倒だったと思う。
ピンク色の絨毯ではなかった。桜の花びらだ。でもその女の人は目が見えない。僕の隣をすたすたと歩いて行く。着いた。
歌手はその女の人の母親で、やはり盲目だった。そんな気はしていた。僕はステージの彼女の隣に立って、口パクをする。けれど観客も全員盲目だったから、僕のしたことに何の意味があったのかわからない。
車がシャーッシャーッと叫びながら道を走っている。
雨に濡れた路面を走るときそういう音がするのではなくて車が口で言っているのだ。
プロボクサーのパンチと同じ‥‥あれもシュッシュッと風切り音がするわけではなくて口で言っているのだ。
今日はそんなことが気になる。
そのコの部屋で全巻揃ってないマンガを見ていた。どのタイトルも最終巻だけがない。それはわざとだと思う。
居間には彼女のお姉さんたちがいて、あのコとつき合うのなんかやめなさいよとしきりに言うが、僕は返事をしない。
さて時間が来て駅に列車が到着したのだけど、僕たちは動かずにいる。
僕たちが立ち去るのではなく、僕たちの影がこの場を立ち去るのを見ている。
ちょっと頭のおかしそうな人が僕に顔を近づけ、「ここはどこ、わたしはだれ」をしてくるのを許そう。
君が自分のいる場所を答え、君から見た彼女はどういう人なのかを話すから。