女王蟻
とても明るくて、狭い、誰もいない道を歩いていると、真っ暗で、開けた場所に出た。
そこには、黒っぽい服を着た人たちが、アリのように暮らしている。
僕は裸だった。明るい場所にいたときは気づかなかったが、僕の体は、弱く発光していた。人々が、その光にひきつけられ、僕の周りに群がってきた。
とても明るくて、狭い、誰もいない道を歩いていると、真っ暗で、開けた場所に出た。
そこには、黒っぽい服を着た人たちが、アリのように暮らしている。
僕は裸だった。明るい場所にいたときは気づかなかったが、僕の体は、弱く発光していた。人々が、その光にひきつけられ、僕の周りに群がってきた。
トイレに掛けてある絵は毎日替わった。誰が何時に替えているのか。おそらくは夜中であった(サンタクロースのような妖精がこっそりと‥‥)
僕は深夜の零時にトイレに入った。ふと見ると絵はなくなっていた。どこへ行ってしまったのだろう? 気にかかってその夜は何度も何度もトイレに起きた。トイレに絵はなかった。家中の明かりを点け、あちこち探した。しかしなかった。そこは僕の家ですらなかった。
未知の惑星の地表を探査しに出た。ついさっきも出たような気がするが、もう覚えてない。数時間前歩いたような気がする場所を、同じように歩いた。来たことあるよなぁ、と思いながら。
探査を終え、宇宙船に戻る。そうすると僕は、もういちど地上に降りるように命じられる。さっきの探査のことは、誰も覚えてない。
その前にトイレに行きたい、と僕は言う。
宇宙服を脱いで、ウンコをする。そのとき僕は自分が何かを抱えていることに気づいた。大事そうに、何かを。それが爆弾であると気づいて、ウンコと一緒に流した。幸いにも流れてくれた‥‥
リンゴの皮を剥くようにして、靴を剥いていた。靴はコンバースのスニーカーだ。コンバースは皮を剥くと食べられるという話である。
喫茶店でコーヒーを注文した。君は何か食べるものも欲しいと言ったが、僕らにはカネがなかったので、靴を片方だけ食べることにしたのだ。
「こんなに安いスニーカーなのに、食べられるって得だね」
そこに古い知り合いがやってきた。大学生の頃していたバイトの先輩だ。僕は皮を剥いた靴を持って挨拶にいった。一緒に食べませんか、と誘うつもりだった。しかし彼は僕の顔を見ても、僕が誰だかわからないようだった。
彼は昔とちっとも変わらなかった。少しも年を取っていないようだった。性格も変わってなかった。
「ここに靴を食ってる貧乏人がいるぞ」
店中に響く大声で言って笑う。だがその笑い声は、僕を悲しくはさせなかった。誰の心の中にもネガティブなものを呼び起こさせはしなかった。若かりし頃が懐かしくなっただけである。
小さかったころ、僕は妹を置き去りにしたことがある。隣町の公園まで手をつないで連れて行き、「さよなら」と言った。子犬を捨てるようにそこに捨てた。
1人で家に帰った。妹を捨ててきたことを話すと、僕は怒られた。そこで少し記憶が飛んでいるが、脳挫傷を起こすくらい殴られたか何かしたのだろう。すぐに僕たちはその公園に向かった。両親は心配していた。人さらいにあったかも知れない。
しかし妹は無事だった。
妹のそばには妹にそっくりのもう1人の女の子がいて、2人は何かよくわからないことを話していた。
その日妹が1人増えたのだ。僕はこの話を双子の妹たちに何度話して聞かせただろう。
「三千年」のチケットが飲み会で配られる。三千年。中国三千年のなんたら、って触れ込みのあれだ。僕が受け取った1枚は鍼灸の無料券だった。宿泊していたホテルの部屋に鍼灸師がやってくる。「ギックリ腰にならない体にしてください」と僕はお願いした。
廊下で、隠れてお菓子を食べているところを、見つかりそうになった。
エレベーターで逃げようとしたが、人が乗っているようで、非常階段の方に回った。
上から、足音もなく、1人の女性が下りてきた。その人の体はなく、頭部だけが、空中に浮かんでいた。
「あなたは幽霊ではなく、妊婦なんですよね」と僕は言った。
相手が何か言う前に、早口で、「妊婦さんで、体が重いんで、そうしてるだけですよね」
さて、と‥‥
僕は念のため、女の体のある辺りを、まさぐってみた。
3階から階段を人が下りてきた。顔を見ると女の人だった。顔は宙に浮いているように見えた。首から下の体はなかった。あるいは透明だった。
その人は近づいてきた。
あまりにも不思議だった。それでその女性の体のある辺りをまさぐった。失礼だとは思ったが、そうせざるをえなかったのである。
するとわかったのは、その人は妊婦だった。お腹が膨らんでいた。きっと重いのだろう。軽くするために、体を消した。
そしたら化け物になってしまった。
卓球愛好会。部活ではなく、愛好会を、僕はつくった。活動場所がなかった。担任の先生と相談した。音楽の先生だった。「音楽室の、ピアノの前に、卓球台を置いてもいいわよ」
優しい先生だった。「メトロノーム代わりに、卓球を打ってもいい」と言う。
愛好会は卓球部より大きくなった。それでも顧問の先生はいなかったし、大会にも出なかった。卓球部の連中が練習をサボって、ときどき音楽室に来た。
女房が出産した子供は、タツノオトシゴのような姿をした超未熟児。水槽に入れられた赤ん坊を見ている。
プランクトンを餌として与えられ、赤ん坊はタツノオトシゴとして育つ。その晩の僕、布団をかぶって寝た僕。夢の中で、鮭と戦っている。鮭はタツノオトシゴの天敵である。
バスの停留所に着くまで、長く歩いた。ベンチに腰掛けると、汗が吹き出てきた。僕は上着を脱いで、脇に置いた。
友達と話していた。ここからバスに乗るより、この先の駅まで、もう少し歩いて、地下鉄で行った方が、早い。そして安い。駅は、地図によれば、すぐそこだ。
僕たちは立ち上がる。また歩き出す。すると上空の人工衛星から、警告があった。大きな声が、雷のように落ちた。「バス停に上着をお忘れです」というものだ。
会場は巨大なホールで、どこにステージがあるのか、遠すぎて見えないほどだ。
客席の通路を、獅子舞が練り歩いている。
そんな夢を見た。
ジャーナリストの友人と一緒に音大の学園祭の取材へ行く(註・実際にそういう予定があります)。
在校生とOBたちが、オリジナルの歌劇(オペラ)を演る。韓国・朝鮮に伝わる怪談を元にした話らしい。
未だに韓国語のよくわからない僕は、観客の奇抜なファッションがやたら気になる。
そう、キテレツなのだ。尻が丸出しだったりする。尻に漢字が刺青してある。
韓国人はいつも、どこでもコンサバなのに。
僕は尻の文字を読む。それは意味をなさない単語の羅列だ。
その人の服は、一見よくあるビジネス・スーツだったが、背中を見ると変わっていた。ジャケットとスカートが一体になったものだった。みんな、そうなのだ。集まった人たちの服装を見ると。前は普通。しかし後ろから見ると‥‥。尻が丸出しになった人もいた。そんな中僕だけである。後ろから見て普通の服を着ているのは。
スーツの女性の隣に座る。僕は毛布を渡された。これで体を覆えというのだろう。僕は何の変哲もない服を、隠さなければならなかった。毛布のせいで、椅子からずり落ちそうになった。
階段を上がって、女たちが僕に会いにくる。出発の挨拶にくる。
僕は「気をつけて」などと1人ひとりに声をかける。
「行ってきます」「気をつけて」「はい」「また今度」
着物を着た上品な女性がやってくる。彼女で最後だ。
が、彼女は泣いている。挨拶の言葉が声にならない。
代わりに彼女が腕に抱いた猫が、ニャーニャー言う。
「今日から部屋が1つ使えなくなる」と母は言った。
使えなくなるって、どういうことだろう。
2階にある、4部屋のうちの1室だ。どこの部屋が使えなくなってしまったのだろうと、僕は探した。
結局どれかわからなかった。でもおそらく、母が言っていたのは「秋」を表現した部屋だ。そこは冬のようになっていた。壁の掛け軸は破れていた。吹き荒れる冷たい強風。
そこに狂った誰かがホースで水を撒いている。
音を聞いているだけで耳が千切れそうだ。
営業中のスーパーの一角で、そのコンサートは開かれた。ピアノに合わせて、ボクらは歌った。
「東 西 南 ボク」
東を向いて「東」、西を向いて「西」、南を向いて「南」、北を向いて「ボク」
花束を買おうとする買い物客が、それを僕の前に持ってきた。「ハサミ持ってるかしら? この花を切り落としてほしいの」
「花を切るんですか? どうしてまた?」
「私は、花が嫌いなの」
僕が空手チョップをすると、花は落ちた‥‥
僕はその花を持って、ピアニストに会いに行く。
6人掛けのテーブルについたのは、僕と、プーチンに似た男の人だけでした。
豪華な食事が、6人分用意されていました。プーチンは醤油の瓶を手に取って言いました。「これは醤油ではない」と。「毒薬だ」そして自分の料理にそれをかけて食べ始めたのです。
「ええっ?」
「お前もかけて食え」
「やですよ」もちろん嫌です。嫌に決まってます。
すぐにプーチンは床に倒れました。毒がまわってきたのでしょう。しばらく苦しそうにしていたが、やがて動かなくなりました。
屋外での映画上映会。僕らは立ったまま観ている。公園とも空き地とも違う、繁華街の中商業ビルの谷間、唐突に何もない場所がありました。異界でありました。
とはいえ雨は降るのです。友人たちは濡れるのにも構わず観ていましたが、僕はその場を離れ、屋根の下に座れる場所を探しました。
映画のつづきは、友人がスマホに中継してくれてます。
(゜゜)
雨が上がり、僕はスクリーンの前に戻りました。観客は誰もいませんでした。映画が終わったわけではなくて。僕は平行する世界のどこか、違うスクリーンの前に来てしまったのです。
僕のスマホには、友人が撮った映像が送られつづけています。(そこでは、また雨が降りだしたようでした。)
ホテルの広い寝室だった。ダブルベッドが2台。その向こうにシングルのベッドがあって、僕はそこで寝ている。
その隣にもベッドがあって、そこには妹が寝ていた。
僕は横になっていただけで、ちっとも眠れないでいた。
朝の4時だった。もう起きてしまおう。起き上がった。そうすると妹も目を覚ましてしまった。
「どこに行くの?」と僕に訊いた‥‥
「トイレ」
僕は廊下に出た。そこは明るく、たくさんの人がいた。皆、肌が白く、ひどく痩せている。
僕が「すごく痩せた人たち」と意識すると、彼らはますます細くなり、糸のようになって消えてしまう。
サンタクロースが枕元に立って、「お前にプレゼントをもってきたぞ」と言った。僕は薄目を開けた。まだ10月だった。
「何をもってきてくれたんですか?」
「ユーノス・ロードスター2+2だ」
「すごい、4人乗りなんですか?」
「それにタイヤをオマケでつけておいた。1億円のタイヤじゃ」
「タイヤが1億円って、どういうことです?」
僕は完全に目を開け、起き上がった。しかしサンタクロースの爺さんは消えていた。
‥‥
玄関の扉を開ける。そこにクリーム色のオープンカーはあった。近所に住む友達が、既に何人か集まっていた。
「どうしたんだよ、これ?」
「ユーノスのホイールベースを伸ばして、4人乗りにしたのか。でもスポーツカーじゃなくなっちまったな」
「本当にすごいのは、そこじゃない」と僕は言った。「このタイヤを見てみろ」
僕は、両性具有の妻たちと暮らしている。妻たち‥‥一夫多妻なのだ。女であって女ではない彼女たちとの生活。
彼女たちの前で、僕は服を着ることを許されない。トイレにドアはない。
ときどき、彼女たちは僕をいじめる。男になって暴力的に、女になって精神的に。彼女たちはそれを「愛」だと言う。
先生が風邪を引いたので今日の授業は運動会になった。5つのチームに分かれて競い合えという。各チームのリーダーと副リーダーの名前が黒板に書いてあった。メンバーに誰を選ぶかはリーダーの自由。先生はもう家に帰って寝るという。
僕は第5チームのリーダーだった。
副リーダーは大谷くんという、スポーツ万能の少年だった。リトルリーグのエースで4番。このチームには下手にメンバーなど加えなくていいと思った。全種目大谷くんに出てもらえばいい。リレーも彼1人で走ればいい。彼がいれば優勝は間違いないだろう。
トイレに行った。となりのクラスのやつらがいた。「いいな、お前のとこ、今日運動会だって?」と彼らは言った。
午前3時にホテルをチェックアウトする。そのときベッドを抜き出してフロントへ持っていかなければならなかった。このホテルではそうなのだ。チェックインのときルームキーとベッドを1台受け取り、部屋まで運ぶ。そしてチェックアウトのときにフロントへ返す。なかなかの重労働だ。慣れない人は部屋に入るまで1時間以上かかってしまうだろう。
手の届かないくらい高いところにTシャツが干してある。もう夜中だった。取り込みたかった。Tシャツにはキムタクの顔がプリントしてある。ハウルだったかも知れないがわからない。まぁどちらでも同じだろう。
台に使おうと思って僕は段ボールの箱を持ってきた。その段ボール箱にもキムタクの顔はプリントしてあった。僕が乗ると箱は潰れた。部屋の中にはキムタク本人がいたので、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
箱の中に手を突っ込んでいる男が困り顔で僕を振り返った。困っている演技だとしてもそれは相当なものだった。実際困っているのだろう。まぁ手が抜けなくなったか何かだろう。「どうしたんですか?」と僕は声をかけた。
「お金が出て来ないんです」と言う彼の言葉は意外だった。
「は?」
「お金が出て来ないんですよ」
「えー、えー、なぜこの箱からお金が出てくると思うんでしょうか?」
「私がこの箱に手を入れたからです」
「‥‥」
困った。
「えー、じゃあですね、僕が代わりに箱に手を入れます。何が出てくるかみてみましょう」
なんと、1万円札が出てきた。
「私の1万円です」
「えっ‥‥ああぁ‥‥、そうなんすか」
写真の現像を頼んでいる。とりあえず全部のネガをプリントしてくれと言った。海辺の写真だった。
「でも水着の女性が写ってないじゃないですか!」と写真屋のオヤジは言った。
「いいんだよ。僕の写真はアートだ」ピンボケも、狙ってやってることだ。
「変な人ですねぇ。女に興味がないなんて」
「これもプリントしてください。岩が写ってるやつ」僕はネガを見ながら言った。
『未来』という灰色のノートに日誌を書いている。
ノートには漢字で「希望」とたくさん書かれている。
(希望的観測かよ。)
ヘタクソな字で。
僕はノートを盗み見したのだ。
それはよくないことだった。
NASAの職員が地球を観測している。
観測ノートに、僕は一言「永遠」という字を書き入れておいた。
彼はその言葉の意味がわからなくて辞書を引いている。
町の中心部で1時から3時、郊外で5時から7時。2つのコンサートを観劇する予定で、僕は電車に乗った。中央駅で乗り換え、さらに町の中へ入った。中へ進めば進むほど、熱気のような空気の圧力が強くなり、電車の進む速度は、ゆっくりゆっくりになった。
やはり、都会はすごいなぁ。空気の壁のようなものに阻まれ、駅でもないところで電車は止まった。コンサートホールまでは、歩けない距離でもない。僕はスマホの地図アプリを見ながら、圧に抗って、前に進もうとする。
すると前から、巨大な野犬が一匹、そして巨大な野良猫が一匹、二足歩行してきた。人間の言葉を喋る彼らの会話で、コンサートがもう終ったことを僕は知った。
時計を見る。もう3時半。あぁ、中心部では、時間の進み方も違うのだ。
慌てて戻る。自動販売機が使えなかったので、駅員から切符を買う。
「臭町キノコ駅から、外縁タケノコ駅まで、片道、1万800円です」
「臭町ですって?」
身長3mの駅員は、確かにそう言ったのだ。
医者の友達にボランティアへの参加を要請した。「何のボランティア?」と彼女は訊いた。
「えーと‥‥」
「うん、訊いて悪かった。アイムソーリー。何のボランティアであれ、私は断る」
「あのね、これ挨拶の決まり文句なんだよ。ファインサンキューって返すのがマナーなんだよ」
「知らなかった。じゃやり直し。ファインサンキュー。で、あんたもボランティアに参加するでしょ?」
そう。昼休み僕たちはランチに行く。
僕たちはソファの中に潜んでいる。巨大なソファだ。(僕たちが小さくなったのかも知れない。)
ソファで僕たちはヤッていた。途中で君が男だと気づいた。
するとソファが大きくなって、僕たちの過ちを隠そうとしたのだ。たぶん。
壁時計の針はモヤシだった。ある時ぐにゃりと曲がって、そのままだった。そのうちに腐って、いよいよ時間がわからなくなる。君は新しい、シャキッとしたモヤシを取りつける。
「秒針にモヤシを使うのはさすがにどうかなぁ」と僕は言う。君は聞く耳を持たない。いや僕は本当に口に出したのだろうか。その声は頭の中で響いている。
日本は大西洋上にあった。いつの間に場所を移したのだろう。ここならヨーロッパに行くにもアメリカに行くにも便利だ。
僕はNYに行き、パリを経由して、日本に戻って来る。
そのうちに日本の近くに、小さな島ができた。パリからの帰りに寄ってみると、そこには韓国の友達が住んでいた。元恋人。「こっちに越してきたんだね」と僕は嬉しそうに言った。
「ここでまた一緒に暮らそう」
それからは僕は、その島で暮らした。もう欧米には行かなくなった。
ある日白髪の老人が島にやって来た。
老人は僕に歳を訊いた。僕がかなりサバ読んで答えると、老人は僕の息子だと言った。
また彼は僕の元恋人の夫でもある。そう主張した。「元夫よ」と彼女は言った。
僕は妊娠した。知り合いの女が臨月のお腹を、タツノオトシゴ的に僕に移植した。
それで僕は妊娠した。もう60歳を過ぎている。
「NYに行ってくれない?」と彼女は言った。「子供にアメリカ国籍を取らせたいのよ」
病院ではなかった。彼女が用意してくれていたのは高層アパートの一室だった。すべて開け放たれた窓。爽やかな初夏の日差し。出産は簡単に終った。
2人の白人の産婆さんが手際良く取り上げてくれた。
「女の子ですよ」
見ればわかる。その子は生まれてきたときにはすでに中学生だった。
「さてお母さんに会いに行こうか‥‥」「‥‥」しかしまだ喋れないようだ。
女の子の母親から動画を預かっていた。「生まれたらすぐに子供に見せて」刷り込みを期待してのことだ。
女の子が喋れないことを母親に伝えると、あの動画はちゃんと見せたのかと、僕を問いつめる。
「あの子、服を着て生まれてきたよ」僕の返答にも、
「当たり前でしょ。私が着せたのよ」
電車が右方向から来て、右方向に折り返しバックして行った。僕は右方向に行きたかったのだが、バックして行くのは厭だ。僕のこだわりであった。左方向からやって来て、バックせずそのまま、右方向へ進む電車を待っている。
左方向から来る電車は、数時間に1本しかない。それで今日も遅刻だった。僕は会社に電話をかけ、遅れることを伝えた。電話をするときだけ右を向いて、あとはずっと顔を左に向け、電車を待っている。僕は出版社に勤めている。
(こんにちは! 僕の地下鉄よ。私の駅よ。)
電車で、隣に座った女子高生が、僕に頬を寄せてくる。こう言った、
「次、駅短いよ」
「なんで‥‥」
電車より、駅のホームが短いのだ。だがそれと、僕たちが頬を寄せ合っていることと、どんな関係があるのだろう。
スナイパーが、スコープの中に標的を捉えた。彼が狙っているのは、巨大な目だ。彼は撃つ。
弾は、目の中に吸い込まれる‥‥カスピ海に小石を投げ込んだくらいの手応えしかなかった。
カスピ海は、ゆっくり瞬きをした。もう1回、瞬きをする。
するとスナイパーは、目に閉じ込められていた。そこは自分自身の目の中だった。わけがわからない‥‥
遠くで自分に狙いをつけている、もう1人の自分が見える。
女たちの胸がやたらと大きくなっていた。全員、アニメのキャラクターのようにはちきれそうだ。どうにも落ち着かなく、劣情がもよおされる。僕は知り合いの女医に相談した。
「それは困りましたね」と彼女は言って、眼鏡を僕に渡した。「これをかけるといいですよ」
「かけるとどうなるんです?」
「服が透けて見えるようになります」
僕がそのジョークを理解するにはしばらくかかった。
ハムスターが2匹、僕にとびかかってくる。「ニンゲン、ニンゲン」と叫びながら。
彼らに案内されて行った先に、クルマが停まっていた。彼らの家だ。「ニンゲン、ニンゲン」。中をのぞきこんでみる。そこにはニンゲンの赤ん坊がいた。
「ニンゲン、ニンゲン」
赤ん坊の肌は黒かった。排泄物で汚れているのか、元からそういう色なのかわからない。不思議といい匂いがする。
僕が抱き上げると、赤ん坊の首はありえない角度に曲がる。ホラー映画のように。(怖くはなかった、不思議と。)
赤ん坊は笑顔になり、しかしそれを見たハムスターたちは、「ニンゲン、ニンゲン」と言うのをやめたのだ。
中で子供を呼ぶ声がした。僕は子供に注意した。「中に行っちゃいけないよ」「中ってどこ?」中は中である。子供は知らなくていいことだ。
中で呼ぶ声がさらに大きくなった。呼ばれているのももう子供だけじゃない。耳を塞ぐ。
10万円がなくなった。あるいは元からなかったのか。会社の経理の人から電話かかってくる。電話には妹が出た。子機を持って、僕の部屋に来た。僕はまだ寝ていた。
「10万円がありません、って書いたメモ紙が、そこら中にあったでしょう。ですから僕も追加で書きましたよ、退勤時に」
「最初に書いた人が犯人でしょうかねぇ」
「犯人? 知らんですよ」と僕は答える。電話機はやたらと重い電話機。子機の方が重いんじゃないか。
彼女たちは幼なじみで、幼稚園のころからのつき合いだという。2人の交換日記を僕は見せてもらっている。どのような流れでそうなったのかわからない。
「この日付‥‥、この日記、未来のことが?」
「そうなんです。最初は間違えて、‥‥でも今はわざと、少し先のことを書いて、それを2人で、どう実現するかっていう、‥‥遊び」
「センパイの夢日記と同じですよ。夢を書いて、現実で再現していらっしゃるんでしょう?」
正夢ごっこ。
もう閉店の時刻だ。
「海を見に行った」と、僕は今日の記述を読み上げる。
「行ってませんよ。実際はこうしてバイトです」
僕は店にあったポストカードを何枚か持ってくる。外国の海の写真。
「綺麗ですね」と彼女たち。