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2024年10月29日

 リンゴの皮                                                                  

 

 リンゴの皮を剥くようにして、靴を剥いていた。靴はコンバースのスニーカーだ。コンバースは皮を剥くと食べられるという話である。

 

 喫茶店でコーヒーを注文した。君は何か食べるものも欲しいと言ったが、僕らにはカネがなかったので、靴を片方だけ食べることにしたのだ。

 

「こんなに安いスニーカーなのに、食べられるって得だね」

 

 そこに古い知り合いがやってきた。大学生の頃していたバイトの先輩だ。僕は皮を剥いた靴を持って挨拶にいった。一緒に食べませんか、と誘うつもりだった。しかし彼は僕の顔を見ても、僕が誰だかわからないようだった。

 

 彼は昔とちっとも変わらなかった。少しも年を取っていないようだった。性格も変わってなかった。

 

「ここに靴を食ってる貧乏人がいるぞ」

 

 店中に響く大声で言って笑う。だがその笑い声は、僕を悲しくはさせなかった。誰の心の中にもネガティブなものを呼び起こさせはしなかった。若かりし頃が懐かしくなっただけである。

 

 

 

 

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