リンゴの皮
リンゴの皮を剥くようにして、靴を剥いていた。靴はコンバースのスニーカーだ。コンバースは皮を剥くと食べられるという話である。
喫茶店でコーヒーを注文した。君は何か食べるものも欲しいと言ったが、僕らにはカネがなかったので、靴を片方だけ食べることにしたのだ。
「こんなに安いスニーカーなのに、食べられるって得だね」
そこに古い知り合いがやってきた。大学生の頃していたバイトの先輩だ。僕は皮を剥いた靴を持って挨拶にいった。一緒に食べませんか、と誘うつもりだった。しかし彼は僕の顔を見ても、僕が誰だかわからないようだった。
彼は昔とちっとも変わらなかった。少しも年を取っていないようだった。性格も変わってなかった。
「ここに靴を食ってる貧乏人がいるぞ」
店中に響く大声で言って笑う。だがその笑い声は、僕を悲しくはさせなかった。誰の心の中にもネガティブなものを呼び起こさせはしなかった。若かりし頃が懐かしくなっただけである。
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