顔
明かりは何もなかったので、君の顔を見るためには、朝が来るのを待つしかなかった。しかし君は朝が来る前に帰ってしまう。陽の光の下で、僕は腑抜けのようになった。
また暗くなるのを待てなかった。部屋を真っ暗にすれば彼女は来てくれるかも知れない。けどどんなに完全な闇をつくっても、昼の間は、彼女はあらわれなかった。
「私の顔を見たいの?」
「そうじゃない。ずっと一緒にいたいだけだ」
「どうしてずっと一緒にいたいの?」
「目で確かめられないものを信じるために」
「それは『愛』っていうこと?」
愛。そんな会話をしたその次の夜彼女は来なかった。僕は却って安心して眠くなってしまった。夜に眠くなるなんて何ヶ月ぶりだろう。眠ると君の夢を見た。そこで初めて君の顔を見たのだ。君がおそらく望んでいたとおりに。
愛してる。はっきりとそう伝えた次の日の夢の中にも、君はあらわれた。前の日とは違う顔をしてあらわれた。それから毎晩、眠りに落ちるたびに、違う顔の女を見るようになって、結局それはあまりにも綺麗すぎる嘘なのだとわかった。
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