耳
僕には耳がなかった。昔からなかったわけではなく、あるときなくなった。なくても音はよく聞こえたので、なくなったことに気づかなかった。今日サングラスをかけようとして、そのとき初めて耳がなくなっていることに気づいた。
すると、僕は以前より多くのことを聞き取れるようになっていたことにも気づいた。そうなのだ。彼女が僕にかけてくれたすべての言葉は、心の声だった。それは僕の自分勝手な妄想だった。よく見ると、彼女は口を閉じたままだった。思い出してみれば、2人の間に会話などなかった。
長年一緒に暮らしていたのに、僕らはマトモに話をしたことがなかった‥‥
僕は無意識の内に気づいていた。僕は自分の声、心の声ではなく喉から出た現実のしわがれた声が、やっと彼女にこう言うのを聞いた。「耳を返して」と。僕が耳をなくしたのではない。彼女が僕の耳を盗ったのだ。
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