«  ゲーム                                                                   | トップページ |  みかん                                                                   »

2025年3月20日

 原稿                                                                  

 

 彼は就職活動を始めたという。彼は小説家だったが、9本もの連載を抱えてパンク寸前だった。

 

 小説の原稿が入った赤いボストンバッグを持って僕に会いに来た。

 

「そのバッグに何が入ってるの?」僕はとぼけて訊いた。

 

「うん、着替えとか、あとは洗面用具だよ」

 

 遠くで踏切がカンカンカンと鳴る。

 

「ちょっとの間、預かってもらえないかなぁ」

 

 僕は返事をしなかった。

 

 

 すると踏切の音が、どんどん近くになった。

 

「‥‥本当はさ、もう死んでるんだよね?」

 

「え?」

 

「電車に飛び込んだんだ? 原稿用紙抱えて」

 

「今どき原稿用紙に手書きしてる作家なんていないよ」

 

 これから就職の面接があると言って、彼は行ってしまった。

 

 

 

 バッグの中に入っていたのは、下着と、タオル、そしてどこかのスーパーのポイントカードと、汚れた紙幣の束だった。汚れは排泄物か、血だろう。両方かも知れない。

 

 紙幣は500万円はあっただろうか。

 

 カードは割れていた。そのカードに全額現金チャージしてくれ、とメモがある。

 

 

 

| |

«  ゲーム                                                                   | トップページ |  みかん                                                                   »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



«  ゲーム                                                                   | トップページ |  みかん                                                                   »