機械
机の上の機械に本をセットした。頁をめくってくれる便利な機械だ。
「何を読んでいるのですか?」と機械は訊いた。僕が読んでいるのは『失われた時を求めて』の翻訳本だ。
「とても長い本ですね」と機械は言った。
僕が返事をしないでいると、もう喋らなかった。
机の上の機械に本をセットした。頁をめくってくれる便利な機械だ。
「何を読んでいるのですか?」と機械は訊いた。僕が読んでいるのは『失われた時を求めて』の翻訳本だ。
「とても長い本ですね」と機械は言った。
僕が返事をしないでいると、もう喋らなかった。
その博物館で展示されている本の中に入った。
年に何回かそういう体験ができるのだ。
案内役の職員に導かれて、暗い廊下を進む。
職員は魔界と言っていたが、VRの仮想空間だろう。
途中、おみくじのようなものを引かされた。
大吉だった。
「よかったですね、これで現実世界に戻れますよ」
「いや、よかったって、まだ何も見てないじゃないですか」
「ふつうは何年も彷徨いつづけるんです」
「はぁ、‥‥じゃ帰るとしますか」
正直期待外れだったが。
ぱっと仮想空間が消える。
リアルの僕は、服を全部脱がされた状態で独房に監禁されていた。
先程の案内係の職員が、僕の服を持ってあらわれた。
「いいですか、シャツを足に履いてください。それから、ズボンに腕を通して」
僕は言われたとおりにした。
そして靴を手に履いた。
それを探していた。それは見つかった。それはいたるところにあった。家の中にあった。クローゼットの中にあった。「見つけた」と思った。それはそのままにしておいた。
外に出た。外にもあった。ズボンのポケットに手を突っ込むと、そこにもあった。ポケットの中でそれを握りしめながら、どんどん歩いた。するとまた見つけた。それ。僕は近づいていく。それは、一歩ごとに新しくなっていった。
姉が家に遊びに来るというので駅まで車で迎えに行った。姉の機嫌は非常に悪かった。なぜかは知らない。
直接会うのは何十年ぶりかである。小さいころ、姉は体が弱かった。蒼白い顔をして、いつも家で寝ていた。けれど久々に再会した姉に病弱な少女の面影はなかった。「すごく元気そうだね」と僕は声をかけた。
車の助手席に乗りこんだ姉は言った、「何なの、この車」
僕の愛車はポルシェの911である。
「子供っぽい趣味」
そこで僕は「すごく元気そうだね」と声をかけたのだ。皮肉が伝わったのかどうかわからない。
眼鏡をかけた若い女が、髭を生やした男に質問をしている、その言葉が僕の耳に届いた。その質問の答えを知っていると思った。
2人に近づき、答えを話そうとした。しかし、女は行ってしまった。
「何と返答したんだ?」と髭の男性に僕は訊いた。
「知らないって言ったよ」彼は答えた。
「僕は答えを知っていた」
「そうかい」
「彼女、名前は何ていうの?」
「何ていうんだろうな」
それからすぐに亡くなった。
その子は僕に「飛行機に乗りたい」と言った。
亡くなるまでずっと言っていた。
「今乗ってるよ」僕はいつもそう答えていた。
「今飛行機の中だよ」
「うそお」
「ほんとさ」
「私ね、飛行機に乗りたいのよ」
今乗ってる。
「飛行機の中で飛行機に乗ってるのさ」
「えー」
「飛行機の中で飛行機に乗ってるから、乗ってることがわかんないんだよ」
眠りの中で眠ったら、眠ってることがわからないだろ。
それと似てるかもな。
寝ていると、枕元に誰か立って、車を買えと言う。「そんな金ないぞ」と答えて、目を開けた。朝だった。
食堂には初めて見る顔が2つあって、1人は武田、もう1人は北澤と名乗った。
僕は自分の名前を忘れてしまったと言って詫びた。
「俺はあなたの名前を知ってますよ」と武田が言った。
「俺は知らないな」と北澤。
「教えてやろうか?」
「いや、いい」と北澤。
「ところでしばらく連絡ができなくなるんだ」と武田は僕に言った。
「連絡?」
「事情があってな。それで困ったことがあったら‥‥」
何を言ってるんだ、この人は。
テーブルの上に食事が出ていた。3皿とも僕の分だろう。しかしすべての料理はデザートに見えた。
紙に鉛筆で何か書いているとき犬がやってきて邪魔をした。犬は鉛筆を食べようとした。「邪魔だから向こうへ行ってよ」と僕は怒ったが犬はしつこかった。しつこく鉛筆を食べようとした。
「何を書こうとしてたのか忘れちゃったじゃないか」と僕が言うと犬は大人しくなった。
「書くのはもういいよ。一緒に遊ぼう」‥‥
そう言うと犬は遠くへ走り去り見えなくなった。
崖下に落ちたバスの乗客の内、犠牲になった2人は、ゾンビ化して蘇った。その2体の死体が、ドリフのようなコントを始めたが、あまりにもブラックだったので、誰も笑わなかった。バスガイドさんも、生き残った僕たち乗客も引いた。
観光バスの中には、外国人が多かった。気を取り直して、ガイドさんは歌った。外国人たちも、一緒に歌った。僕は、歌えなかった。そのメロディはよく知っていたが、英語の歌詞を知らなかった。
自宅に遊びに来た友人をもてなすためにパンを焼くことにした。あとはオーブンで焼くだけのパン生地をその友人は持参してくれた。
あいにくウチにはオーブンがない。
しかしコタツを指差し何か言いたげな彼女を見て、
「そうか」
これが使えるよね。
「時間はかかるかも知れないけど‥‥」
僕たちはバルコニーに出た。家のバルコニーは1つの町ほどの広さがあり砂浜までつづいている。金網のところまで歩くと緑色の柵の向こうの灰色の海に雨が降っているのが見えた。
「ねぇこの間の台風のときはどうだった?」と彼女は訊く。
「波は今日ほど高くなかった」
「波のことを訊いたんじゃないのよ」
「うん‥‥」
わかってて言った。
金網が一部破れているところを見つけて、彼女は
「ここから外に出れなくない?」
実際、犬が1匹入ってきて出て行った。白い大きな犬が。
「針金にひっかかって怪我するよ、やめた方がいい」と僕は警告したのだ。
海外旅行に行くのだ。あと5分で荷造りを終えなければならないのだ。なんでこんなギリギリになってしまったのだ。わからないのだ。
布団の中にゴキブリがいるのを見つけた。急いでいるこんなときに。殺虫剤をふりかけて殺した。
飼っているウサギが引き出しの中に入りたがっている。閉じ込められるのが好きなのだ。そのくせしばらくすると、ドンドンと内側からやり出す。やっぱり出してくれというのだ。
双子の妹の1人が、彼氏を家に連れてきた。紹介しようというのだ。僕が旅行トランクの中にダウンジャケットを詰めようと四苦八苦しているときだった。
クイズ大会が催されたのは高校の長い廊下で、参加者は僕を含めて3人。
2階の廊下では簡単なクイズが出された。3階のクイズは難しい。罰ゲームがあると聞いたので、僕は2階のクイズに挑戦することにした。
あとの2人は3階へ行ってしまった。
やっぱり3階が楽しかったかも知れない。
1人でこんなことをして、何がおもしろいのだろう‥‥
始める前にトイレに行った。鏡で自分の顔を見ようとしたが、曇っていて何も映らない。大者専用の鏡だと書いてあった。大人物の姿しか映さないのだ。
歩いている彼を、僕は走って追いかけたが、追いつけない。ゆっくり歩いているように見える。でも距離はどんどん離されていく‥‥
僕はバスに飛び乗る。松葉杖をついた男性を乱暴に押しのけた。そのせいでちょっとしたトラブルになり、彼を完全に見失った。
繁華街の、裏通りを歩いている‥‥。予備校の模擬試験が行われている会場前に出た。試験官をやっている知り合いの男Aがいる。外から合図を送った。
出てきた男Aは、僕に2万円を渡した。するともう1人の男Bがあらわれて、Aに1万円を渡した。AはBと一緒にどこかへ消えた。
てきとうにキーボードを叩いていると偶然『罪と罰』のような小説が書けてしまった。どうしたらいいかわからなかったので学校の国語の先生に見せた。すると先生もどうしたらいいかわからなくなったようだ。もうしわけないような気持ちになった。
僕は普通にキーボードを叩いててきとうなミステリー小説を何編かつくった。それを先生に見せると今度は褒めてくれた。
「ところでこの間の小説はどうでしたか?」「何のことだ?」とその男の先生は言った。
巨大な埠頭には似つかわしくない小舟が何艘も浮かんでいる。逃げてきた男はその内の1隻に乗り込み沖へと漕ぎ出す。そうして追いかけてきた男たちに何か叫んだがあとで聞いた話によるとそれは歌だった。短いラップのような歌でそれを聞いた追っ手たちはそれ以上追おうとはしなかった。持っていた書類を丸めて小舟に投げつけた。
コンセント差し込み口は天井に1箇所しかなかったので、業者が部屋にテレビを運んできたときも、彼らはどこに設置すればいいのか迷った。本棚の上を片づけてそこに置くしかないが、それでも線は届くか届かないかだろう。
あったはずの延長コードが、見当たらない。母に訊いてみると、捨てたと言う。「ピンク色の延長コード、気に入っていたのに」「色が気持ち悪かったの、男の子なんだからあんなのだめ」「白と黒もあっただろう?」「知らないわ」「勝手なことすんなよ」口論になった。
父が割って入ってきた。「おれが弁償するよ、いくらだ?」
あまりにも頭にきて僕は1つ5千円だとふっかけた。父は黙って1万円札を出し、釣りはいらないと言った。その1万円札を持って僕は家を出た。
テレビの前に、籠が2つあった。1つには人間の赤ん坊が、もう1つには仔犬が入っている。
仔犬はぬいぐるみかも知れない。
テレビでは、戦争映画を放送している。テレビの中から兵士が出てきた。超リアルな3Dだ。超リアルな銃を赤ん坊に向け、発砲する。
僕はチャンネルをニュースに切り替えた。戦争は終わってなかったが兵士は消えた。と、赤ん坊の両親が帰ってきた。
アナウンサーが時報を読み上げている。58秒、59秒、59秒、12時‥‥
どうして59秒を2回言うんだろう。
美容院にて、僕はカットを任された。長めのボブにした、若い女性客。どういうスタイルにしてくれとは言わない。ただ「任せる」と言う。
彼女の毛先は、洋服の裾のようだ。ほつれないように、ミシンで仕上げているのだ。
僕は慎重に切り込みを入れ、裾をほどいた。
「切りっぱなしにしてみましょう。ラフな雰囲気で‥‥」
ピアノを弾いている僕に少年はイカの干物を投げた。演奏を一時中断して訊いた、
「何?」
少年はもう1つ干物を投げた。子供がよくやる、投げること自体を楽しむようなやり方で。僕の両手がイカの干物で塞がった。
「お話をしてよ」と彼は言う。
「ピアニストになる前、僕は‥‥」
話そうとしたが何も思い出せない。
少女が食べようとしていた巻き寿司に、砂がかけられた。ひどい嫌がらせ。
「気にすることないよ」と少女は僕に言った。(それは僕が少女にかけようとした言葉だ‥‥)
少女は僕の肩に手を回す。つかまえられた。長い腕に。彼女は僕の顔を白い包帯でぐるぐる巻きにし始めた。
「どうしてこんなことするの?」
「気にすることないってば‥‥」
もう何も見えなかった。口もきけなくなった。辛うじて匂いを嗅ぐことはできた。僕は少女の指の匂いを嗅ぐ。
ホテルの部屋は、バスの中だった。座席を倒したベッド。チェックアウトの時間だったが、くずぐずしていた。座席の間を歩き回った。
誰もいなかった。みんな下車(チェックアウト)してしまった。運転席の方まで行った。
フロントガラスの向こう、ビルの谷間の空に、大きな白い月が見えた。
僕は500mmの望遠レンズを向け、月をこちらへ引き寄せる。
振り返ると、バスに乗客が戻ってきていた。白人の女性ばかりだった。「月が綺麗ですね」と声をかけてみた。
腹が減って倒れたのは荒野だった。食べなくても平気だろうと思っていたが‥‥。
死体置き場で目覚めた。気づくと腹は減ってない。死んだわけではなさそうだが、もう食べなくても大丈夫そうだ。
歩いて家に帰ろうとした。家がどこだか思い出せない。
彼の二の腕にはふさふさした毛が生えていた。髪の毛よりも黒く滑らかで豊かな毛だ。女の毛髪のようだった。美しい。彼はその毛を長く伸ばしていた。
マラソン選手だった。彼は実業団に所属している。暑くないのだろうか。いやもちろん暑いだろう。
「もちろん暑いさ」と彼は言った。
「あとは、みんなで話し合って、決めてね」
彼女は、ボディコンのドレスを着た。
「あたしは、席を外すから」
そう言って、外に出かけてしまった。
こんな朝から、あんな服を着て、
どこへ行く‥‥?
彼女と入れ替わりに、何人か入ってきた。若い男性が1人、やや年配の女性が1人、お年寄りが1人。
あとでわかったことだが、若者の母親と祖母である。
若者はボディコンの女性の、第一愛人だった。
第二愛人である僕に、話があるらしい。
彼の母親は、よくわからないが、何か怒っている。
祖母は、泣いていた。
僕は、(とりあえず服を着たかった。)
特に滑りやすい靴を履いてきたが、ローラースケートにすべきだった。バスの後ろから出ている紐につかまって、僕は滑った。やはり、失敗した。ほんの少しの間で、踵がすり減ってしまった。スケボーでも、よかったのだ。
隣で滑っていた、就活のスーツを着た女性に、笑われた。彼女は、ローラースケートが上手だ。
走行中だったが、電車の扉は開いたまま。危険な位置にその女の人は立っていた。僕の方を振り返って微笑んだ。そうして、電車から飛び降りた。夢の中で、そんな夢を見た。
電車の扉は、まだ開きっぱなしだ。女の人はまだ飛び降りていない。「危ないですよ」と僕は声をかけたが、今度はその人は振り向かなかった。微笑んでもいなかったと思う。駅に着いた。
ラーメンを茹でるのに先に具のキャベツを鍋に入れある程度茹で上がったところで麺を投入し、そこで台所から離れたらにどと戻ってこれなかったのは犬岡くんのせいだ。
犬岡くんは自分はスマップのメンバーだと言い、他のメンバーと一緒に写った写真を見せてくれる。
その写真をうっかり穴の中に落してしまった僕は写真を拾いに穴の中に入った。
穴の中にはたくさんの足があって、足は写真を踏んづけてしまいそうだった。
女の人のツルツルした綺麗な足もあったので僕は痴漢と間違われてしまわないか心配して、もう写真はどうでもよくなった。
高速道路の模型にミニカーを走らせて動画を撮影した。満足のいくリアルな画が撮れた。僕はスマホでずっとその動画を見ながら車道の真ん中を歩いている。
いつの間にか夕方だった。西日が眩しかった。夜景が見たかったので早く夜になればいいと思ったが、時間はそこで止まってしまった。
彼の車は、ポルシェだった。車好きしか乗らない昔の、カエル顔の911だ。僕はその車の、狭い後席に乗せられていた。スピンさせて向きを変える。すごいだろと彼は言う。どうして助手席に乗せてくれないんだろう、と僕は思った。
ホテルの駐車場に戻ってきた。レストランまでは結局、車ではなく歩いていくと言う。もう1台、爆音を響かせて戻ってくる車があった。先に出ていた友人夫婦の、ツインターボのマセラティだ。彼らもまた、歩いていくことにしたのだろう。
友人夫婦の家で、サッカーの国際親善試合が始まる。サッカーに興味のない夫婦は、布団を敷いて寝てしまった。と、枕元のスピーカーから、警告が流れた。「寝るときはマスクをしてください!」慌てて夫婦はマスクをした。監視されているのだ。
相手チームの選手が1人、家に到着した。僕と、1対1の勝負だ。だが「夫婦は寝てしまったよ」と僕が告げると、彼はやる気を失い、ピザの宅配を注文して、一緒に食おうと言った。
体育館の隅で、ピアニストが演奏している。その様子はYouTubeで配信されている。
体育館の反対側の隅っこには、ピアニストのファンたち。スマホやタブレットで、彼女のパフォーマンスを観ている。どうして生で聴かないんだ、と不思議に思い、声をかける。するとたくさんのいいねが、僕に送られる。ピアニストではなく、僕に。
町中でロケがあった。地下の駐車場から悪者の車が出てきた。それを追いかける主人公の車。大爆発。ちょっぴり危険な感じはした。
僕が好きな女優が出演している。僕は一緒にいた友達に、テレパシー送信を頼んだ。友達は超能力者なのだ。
撮影は終わり、集まっていたファンの前に、女優が姿をあらわした。「おつかれさまです」と僕は声をかけた。「あんな危険なシーンを、スタントなしで演じるなんてすごいですね」
「えっと、さっきテレパシーを送ったのは僕です」と言った。
そこで初めて女優は僕を見たが、何も言わなかった。
犯人の1人が燃えた。つかまると燃やされるのだ。仲間たちは次々と逮捕されている。僕は怖くなり逃げだした。ばあちゃんがついて来た。「アタシも行く。1人だけ逃げようったって、そうはいかないよ」
正直足手まといだと思ったが、はっきり言うのは失礼だ。「僕は歴史に興味がないんです」と言った。我ながら上手い表現だと思った。
真夜中にランニングをしていると、行く手に女の子の幽霊が見えた。真っ暗闇の中、白く発光していた。彼女を避けるため、僕は車道を走った。そしてかなりのスピードを出したのだが、彼女は追いかけてきた。
結局自宅の前まで幽霊はついてきてしまった。
女の子の幽霊は手にぬいぐるみを持っていた。
それを僕に差し出し買ってくれないかと言う。
断ろうとすると、Tシャツを出してきた。それは、悪くなかった。値段も、400円だという。サイズは、M1、M2、そしてLの3種類。僕はM1を手に取り、クレジットカードで払えるか訊いた。すると、女の子の幽霊は不機嫌になった。
自動車で坂道を上がった。この道を自転車で行くのは大変だと感じた。坂はどこまでもつづいたが、辿り着いた場所の標高が、それほど高いとは思われなかった。普通の都会である。運河と港がある。駐車場は公園の地下にあった。そこからさらに下に下りる階段があった。
僕は下りていく。自転車の駐輪場に出た。いわゆるママチャリではなく、派手な色の、高そうなロードバイクばかりが停めてある駐輪場だ。双子の姉妹が、そこで待っていた。
僕たち2人は、どこへ行くあてもなく歩くカップルだった。同じように歩くカップルたちが、僕たちの前や後ろにいた。彼らは楽しそうにしていた。僕たちは実際に楽しかった。
トイレに行く、と僕は言った。トイレに入った。何人かの男たちがいた。女たちがいなくなると、男たちはみな不機嫌そうだった。
ところでトイレには、綺麗な糞が浮いていた。パステルカラーの、棒アイスのような糞だ、何本も。
これは誰の、排泄物なのか。
持ち手がついていたが、持ち手の方が汚くて、持つ気にはなれなかった。
『家庭画報』という雑誌がやっているポスターのコンクールに応募しようと思い、作品を仕上げた。
直接持ち込むのに、美術部の顧問の先生と一緒に、出版社へ出向いた。
ロビーには、昨年の優秀作品が展示してあった。「どれもヘタクソだ」と先生は言った、そして壁から剥がして捨てた。
代わりに僕のポスターを、先生はそこに貼ったのである。
「スマップ賞受賞作品」
「この『スマップ賞』って、どういう賞なんですか?」と僕は訊いた。
銀行のロビーにいた。宝くじの高額当選金を受け取りに来たのだが、それは既に口座に入っていると伝えられた。見てみた。残高を。しかし数字だけでは、実感が沸かない。
僕はATMで、1万円だけ引き出してみることにした。手が切れそうなピン札が出てきた。これはこれでまた、現実感がない。「面倒くさい人ね」と行員のお姉さんは言った。
彼女は自分の財布の中から、ボロボロの旧1万円札を取り出し、僕の新札と交換してくれた。
「破れてしまいそうだね」と僕は感想を述べた。
「僕、億万長者になったんだよ」
僕はお姉さんが交換してくれた、ぼろぼろの汚いお札を、また銀行に預けた。
ラーメン屋に出前を頼んだ。若い女の店員がカブに乗って届けに来た。それを見て僕は「昔は‥‥」と言いかけた。しかし何を言おうとしたのか忘れてしまった。
小川が流れている。階段を下りてそこまでいく。女が小舟に乗ってやってくる。手に何か持っている。
小説家の男は、いまだに原稿用紙に、手書き。肩が凝る。家政婦にマッサージを頼んだ。雪の日だった。「家内はどこへ行った?」と小説家。「こんな大雪の日に」
家政婦は庭先に出る。小説家の夫人がうつ伏せに倒れている。「奥様、奥様、どうされました?」家政婦は小説家の男を呼びに家の中に戻る。誰もいない。
飛行機の中に女の子が2人いる。背の高いのと低いの。こちらを見て何か話をしている。女の子たちが手に持っているのは、僕が昔恋人に宛てて書いた手紙だ。
僕は座席に座って、シートベルトを締めている。ベルトの着用サインが点いているのに、女の子たちは席に座らない。手紙を手に持って、通路を歩き回っている。注意する者はいない。
女の子たちが、ずっと僕の方を見ている。そして飛行機の窓を開けた。開くはずがないのに。外の景色が見えた。飛行機はずいぶん低いところを飛んでいるとわかった。まもなく草原に着陸する。
僕はインスタグラムを消し去った。なぜか知らないが僕に、その権限が与えられていた。冗談だろうと思ったのだ、最初は。おもしろ半分で「消去」のボタンを押した。そうすると、本当にインスタグラムはなくなってしまった。
ユーザーたちは憤り、犯人探しを始めた。僕の仕業だということは、すぐにバレた。あらゆるSNS上に、僕の本名と、出身大学名が晒された。津田沼短期大学八千代台分校。それは警告だ。すぐにインスタグラムを元に戻さないと、出身大学以外の、すべての個人情報を晒すという。
夫婦で旅行した。温泉旅館に泊まったのだが、女房は部屋の風呂に入ると言った。女房は妊娠していて、大きなお腹を見られるのが、何となく恥ずかしいからだと。それで、僕も部屋の風呂に入ることにした。
別々に入るつもりだったが、女房は一緒に入ろうと言った。僕は服を脱いだ。全部脱いだところで、女房は「やっぱり1人で入る」と言った。僕は靴下だけを履いて、女房が風呂から上がるのを待った。かなり、長い間だった。