死者とチェス
彼女は注文していた宝石を受け取りに宝石店の中へ入っていった。そのまま何時間も出てこない。宝石は僕へのプレゼントだというが、僕は待ちくたびれてしまった。時間はまだかかりそうだ。
周辺を散策して、時間を潰すことにした。
しかし方向音痴の僕は道に迷ってしまった。
彷徨い歩いていると、木を見つけた。「そうだ、あの木だ、あの向こうに宝石店はある」
店などなかった。そこは死者とチェスをする老人が集まっている広場だった。
老人たちは考える力を半ば失った死者に容赦なかった。死者たちはチェスに負けると蒸発するように消えていく。すぐに広場は老人だけになった。その中から1人の死者が足を引きずりながらこちらに歩いてきた。
彼女はその死者に肩を貸しながら歩いている。黒い宝石を手に持っている。死者とは知り合いのようだ。「純ちゃん」と死者に呼びかけた。
「純ちゃん、紹介するね、この人が私の彼氏なの」
「よろしく」と僕は挨拶した。
「足を怪我してらっしゃるんですか?」
「何とか引き分けに持ち込んだよ‥‥」
死者のその言葉を聞いて、彼女は涙を流した。
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