2008年7月22日

勝者

 人生を賭けることよりも、プライドを賭けることよりも、金を賭けることの方がリアルだ。人生は賭けられないからだ。プライドを賭けることもできない。


 人生を金で買うことはできない。プライドを金で買うこともできない。でも人生は換金できる。プライドも換金できると思う。


 少なくとも僕に賭けることができたのは、金だけ、プライドを質に入れてつくった、そういう金だけだった。


 勝って得ることができたのも、そのような金、負ければ失うが、勝ってもそれを買い戻すことはできない、という金。明日も僕は、プライドを一部換金して、小さく勝負に出る。


 僕は勝ちつづけるだろう。負けても死ぬことはないが、いつか死ぬだろう。


 結果的に何も得るものがなくても。


 ‥‥


 僕は楽しくて生きている。でも生きていること自体が楽しいわけではない。恋をしているわけでもないのに、僕は繰り返すことができて、繰り返すことを倦むことができる。そう書いていた。あまりにも僕らしい文章だと思って、‥‥笑ってしまった。


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2008年7月 2日

プラス志向

 僕の腕時計は7分進んでいる。1年で1分進む。特殊な機能を持った、デジタル式の時計だ。


 腕時計はつけていてもあまり見ない。正確な時計を見て、その時刻に7を足せばいいから。それでわかるから。


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2008年7月 1日

リアリティ

 仕事が欲しいわけではない。仕事が要る。


 困ったもんだ。僕はもっと仕事を欲しがらなければならない。


 リアリスティックに、リアリズムを見限ったリアリストのように。


 そう現実的に。


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2008年6月25日

サミットに向けて

 突然思ったのだけど、小子化対策って、エコの精神には反する。子供を産み、子供を育てやすい社会というのは、エコな社会ではない。人口が減少すれば、二酸化炭素の排出も減る。


 サミットでは食料不足の問題も主要な議題になるらしい。そこで提案。先進国はお酒を作るのをやめたらどうか。米を使って日本酒作るなんてもったいない。葡萄を使ってワイン作るなんてもったいない。麦を使ってビール作るなんてもったいない。


 食えよ。


 景気対策。それもエコに反する。物が売れなくなって物が作られなくなる不景気はエコだ。あとタバコ。畑ではモロコシ作るべし。酒飲んでタバコ吸っていいのは他に娯楽もない可哀想な貧民だけ。


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2008年6月 7日

世の中に自分を売るたび、僕は安くなってきたような気がする。

 マックが導入される以前の現場で、僕はバイトのG・デザイナーだった。


 また、建築事務所では、トレーシング・ペーパーに手書きした製図を、青焼きして持っていた。あおやき。


 今でもあるのか?


 僕はあの青が好きだった。使ってもらったことさえある。線描を青焼きしたイラスト。ずいぶんと色々なところに、持ち込んだ。


 ライターだった。そしてまた。僕はワープロを使えなかった。使わなかったのではなく、使えなかった。


 けどそれで良かった。


 初めてした仕事は、年賀状の仕分けだった。コンビニだったかも知れない。手で入力するレジ。


 知的障害者に、絵を教える仕事をしていた。知的障害者、なんて言葉は、なかったけど。僕たちは別の呼び方をしていたけど。


 仕事ではなくて、あれは、ボランティアだったけれど、給料はもらっていて。


 カネはたぶん、バブルとか、税金対策とか、そんなこと。


 1万円札を丸め、煙草のようにして、火をつけ、その煙を吸う。そういうパフォーマンスを見た。


 パフォーマンスっていうか‥‥


 焼身自殺する、自分の姿を、セルフで撮影したビデオが、美大の「卒業制作」だった。そういう時代の。


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2008年5月 8日

人と車

 ゴールデンウイークの連休、終わった。


 固いうんこを見るような目つきで、人と車を見つめていたように思う。


 固くて、大きなうんこ。大量のうんこ。


 上手く流れてくれると、いいんだけど。


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果たすべきノルマとしての眠り

 僕は徹夜ができない。そればかりか最低でも6時間は眠らないと、次の日、体調を崩す。


 忙しくて、寝る間も惜しいというときには、その6時間の睡眠が、達成すべきノルマのように感じられる。


 僕は寝るのが好きだ。寝るために起きている。寝るために働く。睡眠はそれ自体が、大きな喜びである。それなのに。


 働くために寝るなんて。起きているために寝るなんて。この僕が。果たすべきノルマとしての眠りを眠るなんて。


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2008年3月19日

オリンピックというイベント

 政治的な理由で、国が五輪をボイコットしていた時代があった。モスクワ、ロサンゼルス。今は違う。あえて参加することの方が政治なのだ。


 政治的ないやらしい判断をもって、各国は北京に選手団を送る。参加することも政治。辞退することも政治。そしてカネ。もっとカネ。さらにカネ。僕には、そんなふうに見える。


 個人の時代だ。個々が辞退することにも、国が参加することと同じか、それ以上の意義はある。


 スピルバーグは辞退した。マラソンの世界記録保持者も辞退した。企業や国家の判断とは別に、個人的にボイコットする選手が、日本にもいていい。


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2008年3月 5日

天国は昔からだけど

 天国は昔からだけど、最近は地獄も、能力主義を導入している。広く実効性のある本物の悪を為した、優秀な悪人じゃなきゃ地獄には行けない、と聞く。


 現世でも知力、体力、財力、そして運もないと、奴隷にすらなれない。というところまで来ている今は。格差解消、つまり奴隷をなくすことじゃなくて、頑張ったみんなが平等に奴隷になれる社会、それを目指しましょう。


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2008年2月19日

明日の速さ

 時間までに仕上げることと、完璧に仕上げることは両立する。明日の速さが、明後日の完璧さを生む。今日は時間が来るまで何も生まない。時間は来ない。ただ過ぎ去る。


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2007年10月28日

愛と平和

 世界の平和を願うキミと、世界の破滅を望むキミとが戦ったとして、どちらが勝つだろうか。ぶっ殺してやる、と思った方がキミは強いのではないか。悲しいことであるが、ふざけるな、と思った方が、キミは強いのではないか。力を出すのではないか。


 成功する者がいない社会では、失敗することに失敗することがセクセスだろう。憎しみを憎む心は愛ではないが、愛を知らず、キミに愛がなくて、憎しみがある世界では、憎しみを憎むことが愛。ということだろう。


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2007年10月 2日

無理

 病気のダンナさんを看るため、先輩が仕事を辞める。彼女のダンナさんが病気だなんて、知らなかった。知らなくて彼女にはずいぶんと無理を言っていたが、知らなかったのは僕ひとりだった。僕のために、と僕に嘘をつき、隠し、無理をしてくれていたのだ。


 好意に甘えちゃだめだよ、みんなキミのことが好きなの、そう、でもね、みんなはキミを嫌いになることもできるんだよ、大っ嫌いになることもできるの、それを忘れちゃだめ。


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2007年9月23日

2週間

 あなたはこの仕事を始めて何年になるのか、‥‥2週間だと答えた。事実だ。彼が悔しがりたいのはわかっていたので本当のことを教えた。


 自分より10歳上の部下がいる。仕事以外のすべての面で僕より秀でている。「この仕事」という極めて特殊な経験だけが足りない。いや実は経験ではないのだけど、彼にはまずそれだ‥‥2週間やってみること。それだけの差で僕に、仕事以外の、ほぼあらゆる面で劣った10歳下の男に、アゴで使われているのだから。


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2007年7月14日

人生は遊び、趣味で人間やってますから

 男同士でする「遊び」っていうと、そういう店に飲みに行ったりとか、カラオケとか、ゴルフとか、ゲームセンターとか釣りとかだと思うんだけど、そういうの、ほとんど興味ない。


 どちらかと言えばひとりで遊ぶ派だからということもあるけど、僕は、人生が遊びだと思っていて、たとえば、普通に朝起きて、何か食べて夜寝るとか、そういうことを「遊び」でやってるから。


 仕事やなんかだったら、本気でやった方が充実していて面白いという場合もあるだろうけど。あと恋愛とか結婚とか、まじめにつき合った方がいいんだろうけど‥‥


 でも本気で朝起きたりしても、あんまり面白くないと思うんだよね。別にそんなこと面白くなくてもいいって? そうかなぁ? 遊びで起きるから起きれるんであって、というか、「朝起きる」のが「遊び」じゃなかったら、僕は起きません、死ぬまで寝てると思います。


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2007年7月11日

考えること

 考えることは、いつも「困る」ことに似ていた。困ったときにしか、僕は考えないのだ。


 できるヤツは、違うと思う。困っていないときでも、彼は考えたりするだろう。


 答を、出したりするのだ。


 反対に僕は、思うばかりである。困るのを防ぐために、考えたりできたらなぁ。


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2007年7月10日

笑顔

 本当に人を笑顔にしたくて、お笑いの仕事をしている芸人が、どれほどいるのだろうか、と思う。


 別に芸人じゃなくても、普通の人でも、人を笑顔にしたい、と考えて働いている人は、全体の中の、何%になるのか。


 料理人でも、政治家でも医者でも、それこそコンビニエンス・ストアの店員でも、そうだ、人を笑顔にしたい、と思わないコンビニの店員に、その仕事をする資格は、ないのだ。


 そのことが仕事をする動機にならないのなら、あなたは、その仕事を辞めるべきだ。人を笑顔にする、という基準で仕事を選ぶことのなかった自分を、僕は今、猛烈に恥じている。


 アロマテラピーでなら、あるいは僕のブレンドした香りでなら、僕も誰かを、笑顔にすることができるかも知れない。それは仕事ではないが、これからの僕は、笑顔に囲まれて、生きてみたいと思うのだ。


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2007年6月21日

競争社会

 競争社会というのは本来は、個人がお互いに切磋琢磨し合い、同じひとつの目標に向かって能力を高めていくような、そういう社会だと思う。


 共通の夢、誰もが共有できる希望のないところに、競争原理だけが導入されたおかげで、人々はあらさがしに走り、ただ足の引っ張り合いをしている。


 目標を見失った大人たちや、特にやりたいこともない子供らと、競争のための競争ができるほど、僕は暇じゃないけど。


 競争のための競争って、ただ僕昔、得意だったよ、みんなと一緒で、下手に目標があったりすると、変なプレッシャーがかかって、力を出せなかったりした。


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2007年5月17日

景気どばどば

 行きつけのレストランにいた。普段は外国人の多い店だった。ホテルのすぐそばにあるのだ。高そうなホテルだ。がレストランは安い。ディナーが1500円からある。僕はひとりだった。ひとりで食事をしていた。店にひとりだった。まだ5時だった。


 50代に見える男女。男はネクタイを締めている。女もスーツを着ている。娘のような女性。これもスーツ着用である。隣のテーブルに通された。最初は家族かと思ったら違う。社員3人。というような家族的な企業に勤めている。と勝手に想像した。社長。副社長。若い女。重役。


 本当のところはわからない。でも話は聞こえてくる。富裕層の会話である。「どばどば」「がっがっ」「ばっばっ」「ざくざく」。小学生の会話にも似ている。何が「ざくざく」なのかまでは聞こえない。


 ‥‥


 ちなみに「ばっばっ」。これはウェイターを呼んでいたようだ。あちこちメニューを指差し「どばどば」と言っている。とてつもない量の注文を出している。


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2007年5月10日

困ったとき

 眠いときに寝る。お腹がすいたら、食べる。そんな生活をしている。僕はありきたりの人間だ。


 ありきたりの僕が働くのは、食べるためである。眠くて、お腹がすいているのに仕事ができるなんて彼らは、超人か。


「マイペース」とか、「個性的」だとか超人に言われるがわからない。超人語は難しい。女のコたちからはB型でしょと断定される。マイペースは構わないけどいつか刺されて、輸血が必要になった際には困る。


              .


 腹が立ったら、怒ればいい。悲しいときには、泣けばいい。人の目が気になってできないときでも、それをすればいいのだな、ということはわかる。わかれば問題ない。


 僕が、唯一わからないのは、困ったときの対応である。僕は困ると、どうしたらいいのかわからなくて、つい「困る」以外の行動をとってしまう。そして状況を、さらに困ったものにしてしまう。


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名犬ラッシー

 数が多いということは、ものごとを変えていく上で、有利に働くのか、不利になるのか、わからない。


 大量退職したとおぼしき、団塊の世代が勇気を出して、初めてのインド料理を、食べに来ている。


「ナンてなんだ?」式の、お約束の駄洒落を連発して、食後の飲みものに、「名犬ラッシー」を注文する世代。


 わざわざ厨房まで出向き、リンゴとハチミツがどうとか、カレーは甘口にしてくれとか喚いている彼らを見て、日本で接客の仕事をする人は、この先地獄だなと思った。


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2007年4月11日

素直になれなくて

 ホテルの廊下などでよく流されている、懐かしの洋楽ロックや、ポップソングを無理矢理イージーリスニングに卸した甘いBGMは、本物のクラッシック音楽じゃいけないのか、


 モーツァルトやJ.S.バッハでは、なぜいけないのか、と不思議でならない。


 ちょっとした高級ホテルでも、エレベーターの中には「素直になれなくて」のポール・モーリア風バージョンが流れていることがある。シーフードや肉を食わせる、同じホテルの中にあるレストランやバーでは、違うちゃんとした曲がかかっているのに。


 ベルボーイの仕事をしていた当時、客の荷物を運びながら、僕はそのことが恥ずかしかった。客としてホテルに泊まるようになった今でも、やはり同じように思う。


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2007年4月 4日

海へ行くつもりじゃなかった

 川の流れに身をまかせていれば、いつか海に出る。まだ息のある有名人の死体が言った。


 流れに身をまかせているのは、泳げない魚の類のゴミだろう。僕は海へ行くつもりじゃなかった。


              .


              .


 父の会社でする、仕事はとても楽だったけど、社長が馬鹿だったので、潰れてしまった。


 僕は外国に行きたかった。それで次の仕事は、できるだけキツくて、まるで無意味で、すぐに辞めたくなるようなものを探した。


 が深夜の肉体労働は、本当にキツくて、給料も取りに行かずに、1日で辞めてしまう。


 寒い屋外でする夜勤の仕事は、よほど頑強でないと身体を壊す。


 それで室内でする仕事を探した。


              .


              .


 わりと簡単に、ホテルのフロントというのが見つかった。


 外国人の利用客も多い、中の上クラスのチェーンで、英語の勉強になるのではないか、という期待さえあった。


 人間関係も難しそうで、適当なところで逃げ出したくなる感じが決め手となった。


              .


              .


 奈良野大仏に再会したのは、その海の側のホテルで働いているときである。


「奈良野大仏」というのは、もちろん仮名だ。


 が実際彼は、それ以上に変わった名前をしていた。


 会うのは小学校の卒業式以来で、彼はすっかりハゲていたけど、名前ですぐにわかる。


              .


              .


 同じく「大仏」級の名前をしていた、僕たちは親友だった。


 奈良野と記帳する顔を少し上げ、ダサい制服の名札を見れば、彼にも、僕がわかるはずだった。


 でも彼は、僕に気づかなかった。夜勤のフロントが何という名前をしているかなどアウト・オブ・眼中、の構えである。


 そんなわけだ。


              .


              .


 次の日の朝、夜勤が明けると僕は、名札を外し、そのホテルを辞めた。


              .


              .


 無名のままで、いつか有名になる、ただ「僕」と名乗る、名前のない男として大仏の顔を90度上に上げさせると僕が誓ったのは、そのときなのだ。


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2007年3月 7日

仕事のできる人・できない人

 楽ではない仕事を、楽に済ませてしまおうとする人はいるけど、そういう人って、「仕事のできる人」なのかな? 


 一方には、楽な仕事を、苦労してやっている人がいる。それは「仕事のできない人」? 


 向いていない、ということ? 


              .


 苦労することと、そして努力することは、全然違うと思う。


 苦労することを、努力だと思い込んでいる人は多い。が努力した結果、楽にならないような仕事は、仕事ではなく、ただの労働であり、


 またその努力は、「努力」ではなく、「苦労」なのである。


              .


 最新の僕理論によると、最悪なのは、本来楽ではない仕事を、楽に済ませようとして、苦労している人だ。


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2006年11月15日

「自分らしさ選手権」

 勝つことは、言うまでもないことで、自分のスタイルで、自分らしく勝つのでなければ意味はない。自分らしさや、スタイルなんて言葉は、そういうときに、勝てもしない人間が使うべき言葉ではない。


 勝負とは、ただ勝てばいい、自分らしさなんてどうでもいいと考えている人はそのうち勝てなくなる。スタイルをもたない個人は弱い。


 勝つばかりがすべてではない、と反対に「自分らしさ」を弱さの言い訳に使う人は、そのうちに、ただ「する」ことすらできなくなる。スタイルを持つことは難しい。


              ☆


「自分らしさ」を言い訳にして、「自分に勝つ」なんて言葉で本当の勝負から逃げる人がいる。でもどこまで逃げても、勝負はそこにもある。勝つ者と、負ける者がいる。


 勝ち負けがあるならば、僕は必ず勝つ。人間、いいときもあれば悪いときもある。うまくいくことも、いかないこともある。なるほど。振り返って考えてみれば確かにそうなのかも知れないけど、何かに臨む、前の段階の、前提条件として「負けることもある」ということを僕は認めていない。


 特に「自分らしさ」を主張し、自分らしくありたいと願う大多数にとっては、勝つことが前提になるだろう。それは勝って初めて出てくる言葉だ。自分らしさ、を敗北の要因として、自分に認めさせてしまう人間は惨めだ。


 僕は、必ず勝つ。なぜかと言うと、僕は僕だから。僕である僕にとって、勝つことは当たり前のことだから。勝ちつづけるという状況のもとで、どれだけ自分のスタイルを押し出し、維持できるかが「勝負」である。


 僕を本当に守ってくれるのは、だから「自分自身」ではない、「自分のスタイル」だ。僕の貫くべき自分らしさのプライドは、僕自身の内側にはないのだ。


 スタイルを放棄する人間は、誇りを放棄する人間だ。「自分(らしさ)」を低いところに置き、言い訳に使う人間は結局何もできない。「スタイル」の縛りを、勝利を前提にした、いちばん高いハードルとして掲げる者だけが、「自分」であることをも乗り越えていける。


 限界を、ってことかな。勝負がそこにあるならば僕は、僕である僕は必ず勝つ。「僕らしい僕」は、そのあと、「僕である僕」のあとで、やってくる。勝つことを前提にせず、ただ、自分らしくあればいい、と考えている人はそのうちに勝てなくなると思う。


 勝ち負けではない、と勝つことを目標にせず、勝てないスタイルに「自分」という慰めを見い出している人は、そのうち「する」ことすらできなくなり、「自分らしさ選手権」への参加資格を失う。


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2006年8月30日

時給750円で月40万円稼ぐ方法

 男同士の友情が長続きするには、いくつか条件があるが、最大のポイントは、「好みの女性のタイプがかぶらないこと」であるらしい。

 10歳下の、僕の上司とは、とりあえずアダルトビデオの女優の好みはかぶらないようだ。

 アダルト女優の好みと、現実にどんな女性が好きかということに、何か関係はあるのか、知らない。

 ただアダルトビデオの好みが近ければ、1週間レンタル可の旧作を、貸し借りして、友情を深め合うことはできるわけだ。

 見てもいいよ、ということなのだと思うが、彼からはよく、期限を3日以上残した、ロリコン物の返却を頼まれて、僕は迷惑している。


              ☆


 テレビ電話でする、「現場からの報告」も板についてきて、会社のバイト君たちの中には、僕のことを正社員だと思っている人もいるようだが、違う、僕も彼らと同じ時給で働く。

 僕が違うのは、会社組織ではなく、件のロリコン直属というかたちで、つまり個人に雇われている点である。

 給料は、ロリコンから直接もらう。

 その金をロリコンに払っているのは会社だから、間接的には、僕も社員ということになるのかも知れない。


              .


 ロリコンは、副業で株をやっている。収入的にはそちらが本業ということになりそうだけれど、そこには僕もかんでいて、本来の時給の他に、ロリコンの裁量で特別手当が付く。

 色をつけて書けば、『ウォール街』の、マイケル・ダグラスと、チャーリー・シーンみたいになってしまいそうだけど、あそこまで悪いことはしていない。

 あそこまでの稼ぎでもない。

 映画の中では、ダグラスが、自分の、お古の愛人をチャーリー・シーンに紹介してやったりするのだが、その「愛人」が、「ロリコンビデオ」にすりかわってしまう程度のスケールである。


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2006年8月10日

努力は「科学」である。そこに精神論の入り込む余地はないと思う。

 努力という言葉を辞書で引くと「心をこめて事にあたること。骨を折って事の実行につとめること。つとめはげむこと」などと出てくる。おかしいんじゃないか。努力は「科学」である。科学を辞書で引くと「世界の法則的認識を目指す、合理的知識の体系、または探究のこころみ」とある。


 そのようなこころみ、それこそが努力ではないか。


 努力するとは論理的、客観的、実証的に事にあたることであって、そこに精神論の入り込む余地はない、と僕は思う。


 合理性、論理性ではなく、ど根性から成り立つ人の活動を、ふつう努力とは言わない、苦労と呼ぶ。日本人は苦労して何かを成すことが好きだ。人に苦労させることが大好きだ。マゾでありサドだ。過労死するまでの残業と、休日出勤を繰り返すことを努力だと思っているふしがある。違う。そのままでやったら残業になってしまう仕事を、工夫して勤務時間内で終わるよう考えることが、本当の努力だと僕は思う。


              .


 取引先への挨拶に、僕は「ご苦労さまでした」を多用する。それは誰にもわからないように放つ嫌味である。同僚とは、「お疲れさま」と声を掛け合う、これも皮肉だ。誰のせいで疲れると思っているのか。僕は苦労することが嫌いだ。苦労している馬鹿を見るのが大嫌いだ。「社会人」というのはみんな馬鹿で、そのような勘違いにいつも切れそうになる。


 努力することは行動ではない、思想だ。


 下手の考え、休むに似たり。世間では考えるより実際に動く人のほうが偉いとされる。努力することは現実の行動だ、と考えられている。逆だ。努力とは純粋な思考だ。すべての行動は、たんなる労働にすぎない。バンザイ突撃は不可能を可能にする魔法ではない。やるべきことをすべてやって、行きつく先まで行きついた、そのとき、そこにある壁を乗り越えるのに必要なのは、さらなる行動ではないのだ。


 立ち止まって「あとひとつ」や、「ほんの少し」の別の何かを考える想像力だ。


 世界中の人々が、足を止め、手を休め、努力を思考すれば戦争も終わる。カミカゼも真夏の原子爆弾ももう必要ない。想像してごらん、「イマジン」をこそ「努力」だと。止まれ。今日も僕は、努力を放棄して、行動する。がむしゃらに労働する。寝に帰るだけの部屋に帰って、ベッドに倒れ込み、夢の夢も見ない。


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2006年7月 7日

この仕事が好きとかやりたいという人は絶対にマゾだ

 ローソンのおにぎり弁当は、カードの会員になると20円引きで買える。一瞬、迷う(ほんの一瞬だ)。本当に久しぶりにコンビニでお弁当を買って食べた。味が濃くて、量は少ないのにものすごく胃にもたれる。食べたことはないが、牛丼もきっとこんな感じなのだろう。さらりーまんの食べるものは、さらりーまんのような味がするから不思議だ。


 車ではなく今日は路面電車に乗って仕事に行った。


 七夕、ということで電車の中も飾り付けがしてあった。さっかーせんしゅになれますように、おはなやさんになれますようにと、幼稚園児の書いた短冊が吊り革の横で見えるように結びつけてある。これと、せーらーむーんになれますように、というのがポピュラーな願いで、少数意見としては「おともだちにやさしくなれますように」「おかあさんになれますように」。実を言うとせーらーむーんが何なのか、なぜこんなに人気があるのか僕はよく知らない。


 さすがに貯金が底をついてきた。


 手帳をめくって、そこに番号のあった知り合い(知り合い?)に電話をかけ、話を聞いてくれた何人かと食事をして僕にできる仕事はないか、頭をテーブルより低く下げてみた。アンダー・ザ・テーブルと言うと違う意味で、それにはいい意味はないのだけど、僕がどんな人間で、何ができるのかは彼らも初めから知っている、僕としては、とにかく頭を低くし、お願いするしかないのだ。


 なんでもいいからしごとがもらえますようにと。


 まぁ髪は切って黒く染めた。ジーンズはちゃんと穴の開いてないやつを選んだし、靴ばかりか靴下も履いたのだ。就職活動もこれぐらい簡単なら今風に、「就活」と略してもいいような気もする。どうだろう。


              ☆


 で最近は、ブログの更新に影響が出そうな忙しさ。いろいろな現場に行って、たくさんの人の話を聞いて、それをまとめるのが僕に与えられた新しい仕事だ。削ったり膨らませたりの、編集はむしろしなくて良いと言われる。僕は読者と想定される彼らに、できるだけそのままの印象を伝える。書かない、というのではないが、自分の話をしろというのでもない。人の話を聞いて、人の話をすればいい。簡単に聞こえる。


              .


 ジャーナリズムというか、ルポタージュというのか、言葉そのものの深い意味は実は知らないのだけど、人の話を聞いて、人のことを書くこの仕事は、自我の捨てかた・残しかたがホテルマンの仕事と、どことなく近いような気が僕はする。ずっと以前、若いころにホテルのフロントをしていたことがある。『さらば青春の光』みたいだな、と思いながらスティングのつもりで、ベルボーイもやった。


 ベルボーイをやる上では、気をつけなければならないことがある。


 人格はもちろん薄ければ薄いほどいいのだけど、完全なロボットになってしまってはいけないと教わった。サドマゾ的に、倒錯していて深いところだ(サービス業は、まぁ、考えてみるとどれもエロい)。ロボットや機械として働くのだが、ロボットや機械、そのものになってしまっては絶対にいけない。人間を支配できるからこそ客は悦びを感じられるのであって、機械になってしまってはせっかくの「支配する」という快楽を損ねる。


 今僕はまた、巧みに洗練された奴隷になったのだ。


 人のプライドと、個人性の核の部分はしっかりと残しつつ、ようするにマゾの奴隷としてベルボーイ的何かであることを優先させ、不特定多数という名の「現実」に仕えるわけだが、残しつつ、というところが僕には案外面白いのである。仕事はきついがつづくだろう。


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2006年3月16日

中国の妖しいインターネットを見る

 ネットって、怖いな、と今日はWinnyとかそういう話ではないのだが、中国のSさんとメールのやりとりを始めた直後ぐらいから、その仕事用のアドレスに中国語のスパムメールが大量に送られてくるようになった。
 以下はそのうちのひとつ。


              .


輹さん

こんにちわ、誉燃です。メルを曙きました。とても嬉しです。でも辛しい文字化けでした、坑龍がわかりません。インタネトの呪詛だと思います。こちらのアドレスに僕ってもらえますか。

アドレス ‥‥‥‥@sohu.com

GOOD LUCK

誉燃

2006.3.15


              .


(こちらのアドレスに僕ってもらえますか。「僕って」というところが何とも言えず良い。しかし昨日のSさんしかり、中国ではメール末尾に GOOD LUCK とつけるのが流行り?)


              ☆


qihoo2_2
この写真を見る


 だから間違いなくスパムだろうけど、もしかして呪詛ってどこかで迷子になってしまったメル? と好奇心で文中のURLを僕ってみると sohu.com の vipmail のページや、「掲密中国人妖部落」というサイトに飛ばされた。
 ここはB級トンデモ系ブログのリンク集か。
 画像はその中のひとつ「奇特虚幻的人体模型図」より。


qihoo1_1
この写真を見る


 他にはいつぞやの猫盆栽の中華版があって驚いてしまった。
 また女性の裸があれども肝心なところは一切露出していない、漢文の醸し出す雰囲気もあろうがモデルも昔のエロ本みたいで、妖よりむしろ懐かしくて。
 だから誰にお薦めはできないのかも知れないし、しないけど。
 僕はこの、特にアダルト系のサイトの持ついかがわしさに対し、奇妙な懐かしさを感じ、またその死を予感したわけだが、中国に於ける、結婚相手紹介〜出会い系までを含むアダルト・コンテンツの業界ってこれはデカい、未だ誰もが入り込めるニッチ(隙間)ではないか。
 であるならすぐに何もかもが変わってしまうだろう。
 時間的なスラムは消え失せ、いかがわしさの定義まで「同じ」になってしまう、その前に安い、自分の中の超短期ノスタルジアは、エロで一日存分に満たされもした。


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2006年3月 2日

ビジネスプラン「遺書」

 アダルトコンテンツを利用する「エログ」が最も一般的なやり方だろうとは思うけど、アフィリエイトをやっていて集客をはかりたいという方は、試しにブログで自殺をほのめかしてみてはどうか。頭の良い誰かはもうやっているのかも知れないが、遺書を書き、一緒に練炭を燃やして死んでくれるお仲間を募集するのだ。

 広告にはレンタカーと、ロードマップや七輪の炭火焼きセット。

 コメント欄には私も死にます、という自作のコメントを何件か入れておく。


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 間をおいて「女にふられたぐらいでなんだ、オレなんか30過ぎてまだ童貞だぞ、おまけにひきこもりで学歴は中卒だしお先真っ暗だよ」下には下がいるという類の反対意見を書く‥‥「死にたいのはこっちだよ」。ネットの掲示板や、本物の自殺サイトにも自演の書き込みをしてURLを残しておこう。そして最後に、練炭による一酸化炭素中毒死はとても苦しいのでこの本を参考にしてみてはいかがでしょうか、とばかりに「完全自殺マニュアル」のアフィリを。僕はこれで月に28万稼ぎました。


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