びっくり
30年前のことを知っている。30年前のことを憶えている。長く生きるってびっくり。
空は画の映らないテレビみたい。5分前のこと憶えてる。
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30年前のことを知っている。30年前のことを憶えている。長く生きるってびっくり。
空は画の映らないテレビみたい。5分前のこと憶えてる。
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朝バス停で空を見上げていると息苦しくなってきた。空はどこまでも遠いのに。どこまでも遠いから苦しくなるのか。それとも寝不足か。この湿気のせいか。
観光客が原爆ドームに来て、J-POPの歌詞のような感想を口にしている‥‥。
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自分について並ぶ男たちに横顔を見せようと女が立ち位置をあれこれ工夫している間ずっと僕はもじもじしていた。
ついに女はくねくねし始めた。横顔の綺麗な女がバスを待っている。
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目の前に黒いバッグを持った人と
茶のバッグを持った人と
紫のバッグを持った人がいて
紫のバッグの人が
いちばんファッション・センスがない
という現実
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写真には空白が写った。桜には色がない。桜の花は白くない。色を塗っていないように見える。
僕の暮らす寂しいこの町には春になると塗り残しが目立つ。
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新幹線は色がない。新幹線に乗った。今日乗った、カモノハシみたいな顔をしたあれは特に白くない。色を塗っていないように見える。
窓の外の山にも川にも色がない。辿り着いた灰色の町は灰色ではない。見上げるときらきら光るが、あれは光ではない。
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いつもの朝、いつもの駅、いつもの電車。自分で決めた、指定席がある。
東側の座席に座り、東の空を見る。でも今朝は、西側に座った。そしたら、いつもとは違う景色が見えた。
すごく嬉しい。考えてみれば当たり前の話なので、考えない。喜ぶことにする。
白い花を見た。春に咲く白い花というと、僕は桜しか知らない。
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しかるべき時間になり向こうからやって来ましたという夜のほかに、切り離された夜だけの世界がある。居場所としての夜。こちらから赴いた、という感じのする夜。目覚めると外は夜だった。昼寝して寝過ごして夜に目覚めてひとりぼっちだったりすると、僕は夜だけの世界に来たのかなと思う。僕ひとりだけが来たのかな、と思う。
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北国で生まれたわけでもないのに、冬は耐え忍ぶもの、というイメージを持っている。冬に嫌な思い出はない。なのになぜ、僕は耐えているのだろう、と思う。何を待っているのか。
暑さは、力を奪う。頭から考える力を奪い、体からは動く力を奪う。寒さは逆に、力を与えてくれる。少なくとも何かを、気づかせてくれる。
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友達と夜遅くまで騒いでいて、それで終電がなくなって雨も降ってきたので、市内に住む友達はダウン・ジャケットのフードをかぶり歩きで、郊外に住む僕はタクシーで家に帰ったのだけど、そのときにペンギン・カフェ・オーケストラというバンドがいた、「タクシーの後席で」という曲があったなと、何の脈絡もなく、思い出した。
その曲がイメージさせるのは、都市の、夜の人工的な光の夏であり、その夜や光や夏は、今年明日これから今訪れるそれではなく、何年も昔の、しかも僕が経験したことのない種類のもので、都市というのも行く手にはなかった。いたこともないくせに常に人々が後にする場所であった。いつもいつの間にか都市は消え、雨と夜だけが僕の中に残るのだ。
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バスの運転席に、青いバラの花束を見た。こうあるべきだった理想の青が、現実の青と競いながら、同じ終着点へ向かう。バラは途中で降りた。
青、というのは確か、ありえないはずの色だったと思う。それで途中で降りることにしたのだった。
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火曜日の夜と、水曜日の夜は似ている。木曜日の夜は、金曜日の夜と似ている。土曜日と日曜日に関しては、言わずもがなであると思う(彼らはデキている)。月曜日の夜は、他のどの曜日の夜にも似ていなくて、特別な感じがする。もし僕が夜なら、月曜日と結婚するだろう。月曜日に結婚するだろう。
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友人に会って帰る。高速バスに乗り、西の我が家へと向かった。けど太陽の沈む時刻は、記憶より早かった。7時半で、もう辺りは暗かった。
帰宅して、なのにまだ明るいと、「帰ってきた」という感じがしない。ここ何ヵ月かは、8時に帰っても、部屋に違和感があった。日は確実に、短くなっている。明日からは、秋だ。すぐに秋だ、少なくとも僕の気持ちの上では。そのつもりでいよう。季節は、今日変わったのだ。
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聞いていると雨音は、雨よりも先に、きた。風音も、風より早く。そして、気がつくと僕は、びしょ濡れになっている。そんな、夏の雨だった。昨日の雨は。
それでやっと今朝、コタツを片づけた。シャルロット・ゲンズブールのデビュー作まで、観た。今は、コタツの布団を干している。今日はいい天気だ。風呂で、手と足の毛も剃った。
眉毛を抜いた。髪の毛を、自分で切った。散らばった髪を吸いとる。床だけじゃなくて、頭にも掃除機をかけて。
‥‥
『悲しみよ こんにちは』の、出鱈目に開いた頁。セシルが、悲しみにくれている。「しかしこの子供らしいお芝居は、私をまぎらわすには不充分だった」と。僕は、気にしないが。
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雨が降ってきた。降り出しは予報より早かった。雨足は予想より強かった。僕は傘を持っていなかった。雨はカフェの窓をつたって流れた。
ガラス越しに外の景色を見た。人が水に溺れているようだった。躊躇しているうちに雨はさらに強くなった。店は沈む船のよう。僕は逃げ遅れたのだった。最後の乗客だった。
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朝。僕たちは用心して話す。ゆっくりと話す。低い声で話す。賢く話す。明晰に話す。わかりやすく話す。緊張して話す。不安な自己を隠す。のに。いつの間にか混乱してしまう。
昼までには、誰もが大声になっている。ヒステリックに叫ぶ。緊張も、不安も何も、隠そうとしない。それとも、隠しているつもりなのか。強く主張する。互い譲らない。できもしないことをできると。嘘さえつく。してもいないことをしたと。
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天国って、やっぱり上にあるような気がする。下には、いかにも地獄が。前には未来があって、振り返ると後ろには過去が。
あってほしいと思う。
今は、「現在」はこの僕を中心にして、上に下に、前に後ろに、大きく膨らんでいる。行っても行っても僕には、スピードを上げても下げても、いつまでもどこにも、辿り着くような予感がない。
.
バーじゃなくて、夜遅くまでやっているカフェが好きで、通りに面した席に座る。店の中も、店の外も、とにかく目に入る人間の95%までが女性だけど、そのときはなぜか、不思議とは思わなかった。
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短すぎるスカートからはみ出す、太すぎる足、茶色すぎる髪。まるで女子高生すぎる、女子高生を見たのだ。
二昔前の暴走族のような彼女たちの名前とか、どこで、どんなふうに年をとって死んでいくのかまでを、見てしまったような気がする。僕は目を逸らしたのだ。
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読み終えた新聞は、たんなるゴミである。今後もゴミの域を出ない。というわけで捨てることにした。近所の、19時以降は改札が無人になるローカル線まで歩く。駅には、確か雑誌と新聞を捨てるゴミ箱がある。
暗いホームには、身なりの良いおばあさんがひとりいた。靴を脱いで、ベンチに正座している。膝に赤いブランケットを掛けて、みかんの皮を剥いている。この時間に、こんなところでこの人は何をやっているのか、と一瞬思ったが、ここは駅だ、不審な行動をとっているのは僕の方で、彼女はただ、電車を待っているだけだった。電車が来ればいいと思った。
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中学生のときは、女子のセーラー服の下から、屈んだ拍子に背中が見えたりすると、ちょっと嬉しかった。
が今では、ローライズのジーンズから、同じようにしてケツの上部が見えても、困ったもんだと思っている自分がいる。
電車で、知的障害者が僕の左隣の席に座った。
別に嬉しくもなかったけど、そう言えば、昔、僕は「ひまわり学級」の女子からは、絶大な人気があったのだった。
ファンクラブを結成されてしまったという、哀しい過去もある。
ところで隣の知的障害者君は、さっきから「ガーガー」と鳴いている。
ガチョウのモノマネをしているようだ。
知的障害者君の左に座っていたおばさんは、席を立ち、どこかへ行ってしまった。
正面に座っているおばあさんは、いかにも使い慣れないヘッドホンステレオを、バッグから引っ張り出して、耳を塞ぐ。
おばあさんとは目が合ったので、僕のファンクラブに入らないかと、目で誘ってみた。
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背の低い中年の女性がいて、電車の中で雑誌を広げていた。ペンでなにやら書き込みをしている。
気づかれないように、上空から覗き込んでみると「まちがいさがし」だった。一冊まるごと「まちがいさがし」という雑誌らしい。
へぇ、と思って見ると、その絵の中に「まちがい」は7つとあるが、彼女がつけたしるしは既に20箇所あり、さらに増加していく。数えてやろう、という気になった。
20、21、22、23、24、25、26、27、28、29....
まちがいの数が最終的に30までいったところで、彼女は本を閉じ、電話をかけ始めた。が相手は不在らしい。
これも数えていると、プルル、プルルという呼び出し音は、100回鳴った。
彼女も数えたんだろう、僕と一緒に。いつも電話は100回まで鳴らすと決めているのだろう、と思う。そののちにバッグの中から、お茶のペットポトルを取り出して飲み始める。炭酸入りのお茶を。本当だ、フタを開けるときに「シュワッ」と音がした。お茶が泡立つのもしっかり見えたし、一気に飲み過ぎて彼女はゲップをしている。何よりの証拠だ。
お茶は伊藤園に別注をかけて、特別につくらせたのかな、と思った。
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歩いていると、うしろから背中を叩かれた。知り合いの女性だ。立ち話をした。通路のど真ん中に立ち止まって、30分ばかりも。
かなりの混雑で、行き交う人々の中には、聞こえるように舌打ちをしたり、お互いに大きな荷物を抱えた僕たちを振り返って睨んでいく者も多かったのだけど、彼女は気にしないようだった。
内緒よ、ということでチョコレートを貰う。「息子にあげるつもりで買ったの」。彼女のハタチの息子とは一度カラオケに行ったことがある。母親である彼女が相当な歳なのは確かだが、至近距離で見つめられると、どぎまぎしてしまうほど可愛らしい女性なのだ。
それにしても人込みの中、おでこが触れ合うぐらいの距離で話をする僕たちは、どういうふうに見えただろう。叔母と甥っ子、まさか姉弟? 友人? そう僕は彼女の変な甥っ子で弟で友人だ。クリクリとよく動く彼女の大きな瞳‥‥

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また明日の夜は、喧嘩になりそうな予感がする。
彼女が、彼女の友達を連れて部屋にやってくるのだ。
よく掃除をしておいてね、と彼女は言う。
服装も、家の中だからといって、あんまりだらしないのはだめ。
スーツにネクタイという格好がいいんだろうか、冗談で僕が返すと、それは考慮に値する提案だと言わんばかりに、彼女は頷く。
とてもきちんとした人で、身だしなみには特に厳しくて、それで私は、彼女のことを尊敬できるの。
☆
「彼女の価値観が一夜のうちに変わったりすることは‥‥」
「あの人の価値観が変わることはないの」
「彼女は、人を好きになったり、恋をしたりすることがないんだね?」
「何言ってるの? そんなことあるわけないでしょう」
「人を好きになることが、人の価値観に影響しないってわけ?」
それこそありえないだろ?
.
あの人は影響を与えるの、誰かを好きになることも価値観の中に組み込まれていて、誰にも影響なんかされない。
「彼女は強くて、美しい、ただそれだけよ。ひがみっぽい皮肉はよして」
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思いがけないところで知り合いと出くわし、たぶん今年最後の「あけましておめでとう」を聞いた。明日はもう成人の日なのに。だから昔の感覚で言えば今日は14日だ。照れくさくて「おめでとう」と返せない。
顔を下に向け、じっとアルゼンチンの方を見てしまった。
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駅の外で、ホームレスがうつぶせに倒れて、動けなくなっているのを見かけた。駅の警備員が警官を呼びに行く。
昨夜は、寒かった。雨も降った。真夜中に目を覚ました。腕が体から離れて、ふわふわと上昇していく夢を見ていた。僕は何とかして、腕をつかまえようとするのだけど、腕がないものだから、うまくいかない。分離して、また浮き上がってしまわないように、腕を体の下にし、うつぶせになって、寝たのに。
朝に目覚めると、案の定、僕は腕を布団から出したまま、ちょうど『パンダフルワールド』の表紙のパンダみたいな格好で、仰向けになっていた。

それで眠っていたのだ。頭の中では、僕は負け犬だ、なんで、殺さないんだよとベックが歌い始めて、レクイエムになる。勝手に、ホームレスを死んだことにしてしまった。乗った電車の中では酔った男が禿げの乗客だけを選んで一方的に話しかけている、あんた、あんたはお坊さんか、偉いねぇ、
「僕はふさふさしているだろ、在家だよ」
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強い風が、日本海側で降る雨をこちらまで運ぶ。時雨。真冬なら雪になっている。こんな天気に着物を着た女性を多く見かけた。空は晴れている。
遅れてくる、バスを待っている。この辺りにも、急に立ち並ぶ高層マンションと高架の道路で、カクカクカクカクと直線に切り取られた朝に、白く月が、丸い雲のように浮かんで、輝いている。
雲より白くて、近く見えるのに雲に隠れる。
バス停に並ぶ、大人たちに見守られて、制服姿の小学生グループが、子供どうし大人には理解できない話に夢中だ。ぼくもわたしもこうつうあんぜん。ランドセルの背中に書かれた、僕はその言葉を見ている。無言で、身じろぎひとつせず。
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B&Bの、Bは、2つともベーグル(BAGEL)の略だ。駅ビルの中に、新しくオープンしたカフェ、「ベーグル&ベーグル」に行く。「高級」「アラスカ産」という謳い文句の、スモークサーモンをはさんだものが気に入って、ホット・チャイとのセットで注文すると値段はちょうど777円になった。7番の番号札をもらって、窓際の席を確保した。
椅子が、少し小さい。170cm、50kgの僕が座る分にはかまわないけれど、もっと、体の大きな、大人の男性にはきついかも知れない。そう思って、店内を見回してみると、男性は、数えるほどしかいないと気づいた。客層は、女性が9割以上、男のひとり客は、僕だけ。
僕の他に、アメリカ人、と思われる背の低い若い男、男は彼だけだ、日本人の女性を連れている。女性は、大柄で、何となくブラジル人のような雰囲気がある。勝手にそう思うだけだが、ボサノヴァとか聴いていそうな気がする。店内には、さっきから大きな音で、アメリカン・ロックが流れているのがそぐわない感じ、だ。
会社の制服を着た、女性のグループが何組かいる。音楽と、彼女たちの笑い声が壁になって「番号札7番でお待ちのお客さま、お待たせしました」と呼ぶ売り子の声を、聞き逃してしまう、席まで運ばせてしまった。昼休憩の時間帯だけど、全席が禁煙ということもあってか、またできたばかりの店ということもあってか、サラリーマンふうの男は、影も形もない。
ベーグルは、しっとり、もちもちでとても美味しい。昔、カナダにいたころ、毎朝食べていたのと同じ、懐かしい味がする。チャイにも、スモークサーモンのベーグルについていたレモンを絞った。美味しい。営業時間と、定休日をしっかりと確認する。とても美味しい。テイク・アウトのメニューをもらう。
SMがどうとかいう、村上龍の昔の小説を読み返しながら、ゆっくり、ゆっくりと過ごした。朝起きて、夜に寝るという真っ当な生活をしている普通の人間が、もっとも眠くなるのは、実は午後の2時だという。客が、全員入れかわるころに、曲は、ジャズの有名なスタンダード・ナンバーに変わる。和音の美しい、北欧のギター・ポップに変わる。
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