理由
理由もなく人を殺せる人は、理由がなくても人を愛せる人だ。誰でも良かった。そう強がってみせる殺人者には、理由があったのだろう。本当は誰でもいいわけではなかったのだろう、と思う。
でもどんな理由があったのか、本当は誰が良かったのかは知りたくないよな。なんとなく。
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理由もなく人を殺せる人は、理由がなくても人を愛せる人だ。誰でも良かった。そう強がってみせる殺人者には、理由があったのだろう。本当は誰でもいいわけではなかったのだろう、と思う。
でもどんな理由があったのか、本当は誰が良かったのかは知りたくないよな。なんとなく。
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今どき、死にたい、この世から消えてなくなってしまいたい、と思ったことが一度もない人は、少し変わっていると思う。誰でも一度くらいは、死にたい、そう思うことがあるのではないか。
人はなぜ自殺するのだろう。病気や経済的な理由で、か。しかしいじめも貧困も病気もない、完璧な楽園をつくったところで、死にたいと思う人間は、なくならないだろう。
楽園は完璧でも、人は完璧ではないから。人が「死にたい」と思うのは、普通のことだから。ごく普通のことだから。
そしてその内の何割かは、実際に死を選ぶ。退屈したとか、楽園には飽きたとか、たぶんそんな理由で。夢、天国の話題独占。と理由もなく人を殺す奴だって、出てくるだろう。
楽しく真面目に生きている奴が鈍感だとか、死なないでいることの方が異常だとは言わない。でも自殺者だって病気ではない。理由もなく人を殺す人だって、鬼ではないと思う。
アマッタレ。いやそうかも知れない。けどそういうレッテルが見えなくしている、見えづらくしているものもあるのではないか。
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僕にとっての彼女と、彼女にとっての彼女は違うし、彼女にとっての僕と、僕にとっての僕も違う。
彼女にとっての彼女は、彼女の前世みたいなもので、僕にとっての僕は、僕の前世みたい、なもの。
前世で愛し合うのだ、僕たちにとっての僕たちは、僕たちの記憶である。
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身体が健康であり、かつ健全な精神を持っているということが、イコール幸せなことなのか、はっきりと僕は知らない。人は言う。別に異常ということではなく、むしろその相手と、本人が心身ともに健康である何よりの証拠らしいのだが、君はよく頭の中で、好きな人が不治の病に侵されていたり、突然の事故で死んだり、誰かに殺されたりする場面を想像して、楽しむことがある。
死んだ人を好きになってしまった場合には逆に、その人が生きていたときのことを調べ学んだりして、楽しむ。好きな人が死んでしまったことはないけど、もしもそうなったら僕は、その人が生きていたらどうなったか、その人が今そばにいて、これを見たらどういう反応をし、僕に何と声をかけるだろうかなどと、そんなことばかり想像して、とても幸せな気分になるのか、不幸になるのか知らない。
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他人の心が読める、前世が何だったのかまで見えるというスピリチャルな人が身近にいる。見える、というのだから見えるのだと思う。僕には見えない。人間のことは、よくわからない。他人を理解したい、という人と、他人に理解してもらいたい、という人がいるだけなんじゃないかな、と思ったりもする。
誰かが誰かを、用もないのに一方的に理解できるなんて、嘘だ。理解などされたくない僕と、人のことはよくわからない、という僕がいる。そういうことなのかも知れない。僕は誰にも、とりわけスピリチャルな人たちには、用事がない。
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同じひとりの人の中にも、異なるさまざまな面がある。
女友達といるときの僕と、仕事の仲間といるときの僕とでは、言っていることが違ったりする。別の神様を信じていたりする。
面ではなく、部分といった方がいいかも知れないが、おかしいのはそんな僕の中にいる、さまざまな僕を全部集めて、ひとつにまとめたら僕になるのかと言えば、ならない。部分をすべて集めたら、全体よりも大きくなってしまうのだ。
全体よりも、はるかに大きい「細部」で僕は構成されている。細部を全部足していくと、全体を超えてしまうのだ。
☆
世界全体よりも、はるかに大きい「部分」で世界はつくられている。君についても、同じことが言えるだろう。
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僕はときどき、言いたいことを言えなくなる。それはなぜか、考えてみると、僕が「言いたいこと」を考えていないからだ、と気づいた。僕がそれを言ったら、相手がどう思うか、自分がどう思われるか、そんなことばかり考えて、「言いたいこと」のことなど、少しも考えていないのだ。
自分のことを書こうとして、上手くいかないのはなぜか。それは僕が、自分のことを書いていないからである。僕は書いていることよりも、それを読む人たちの方が気になって、そのことばかり考えているのだ。僕は書いていないのだ。
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ネットに接続できない。それで5000件のメールが、たまっている。内4990件まではスパムだと思う。調子の良いときに少しずつ受信するようにはしている。けど焼け石に水。メールフィルターもうまく機能していないようで、こうなるともう減らないだろう。
多様化なる言葉をよく聞く。価値観だとか、働き方だとか。ようするに選択肢が増えたということ、か。でも本当に多様化したのは何だろう。多様化したのは働き方ではなく、「働かせ方」ではないのか。生き方ではなく、「生かし方」ではないだろうか。多様化したのは僕たちを楽しませ、その気にさせて、働かせ、生かしてくれている側なのだ。多くの人間が、実にさまざまなやり方で僕を楽しませてくれる。僕を食わせてくれる。どうもありがとう。
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もしも本当にそうなったら、どんな気持ちがするだろう。ジョナサン・ケイナーは僕よりも先に死ぬのだ。10月の末、彼の星占いのサイトの更新がストップしたとき、思った。今の僕はもう、金曜日が待ち遠しくない。彼が死ぬよりも前に、うさんくさい彼をある程度嫌いになっておこう、と思うのだ。死ぬまでに少しずつ、好きなものを嫌いになる。死んでも寂しくないように。嫌いなことを好きになる。生き延びて退屈しないように。
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正しいと思うことを愛する心より、間違ったことを憎む気持ちは強い。信じるよりも、疑うことの方が簡単だし、それは知的にもみえる。たとえ同じことだとしても、どこにもない平和に賛成するより、今ここにある戦争に「反対」と言う方が、僕たちは強くなれるだろう。結束は固くなるだろう。
反対の反対は賛成ではない。憎しみを憎む心は愛ではない。愛を愛するより、憎しみを憎む方が容易いのはなぜだろう。本当になぜだろう。もうこんなことはしたくない、と強く思えてしまうのはなぜか。あんなふうになりたい、と願うよりも強く、したくないことを次々と思えてしまうのは、だから、どうしてなんだろう。
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数十の人格を持っている。が僕は病気ではない。個々の人格が、ビリー・ミリガンのように異なることはない。
たとえば僕の中にいる人格1は、毎朝アロエヨーグルトを食べることを好む。人格2はナタデココのヨーグルトが好きだ。その程度の違いである。ヨーグルトが嫌いな人格もない。
朝食時に、僕は誰のふりをするか決める。朝食を抜く不健全な奴もない。
今日は尊敬する人物に会う。どのぐらい尊敬しているかというと、数十の人格、全員が彼女を尊敬して、彼女に会いたがっている。彼女は「人気者」だ。
‥‥
僕が冷蔵庫から、アロエヨーグルトを出すと、抗議の声が殺到して、耳鳴りが聞こえなくなるほどだったが、これは規則だ。1は2や3よりも前だ。僕の中に規則を破る人格はいない。順番どおり、僕は人格1を装う。
着てみると人格1は、僕よりも緊張していたが、予想はできたことだった。つまり僕にしてみれば、人格1が何をやらかしても、次がある。ナタデココ、ブルーベリー‥‥と試せばいい。一方で人格1には、後がないわけだ。可哀想になってくるけど、同情した僕は馬鹿だった。
背水の陣で戦う人格1は、しかし上手くやったのだ。彼女は人格1の発言を「独創的な発想」と褒めた。アーティスト、とまで彼女は彼を呼ぶ。人格1は、ただの数字1から、「独創的な芸術家」になった。名前がついたのだ。
名前のない他の人格に、同じく名前のない、格下の「僕」に、彼女に会う機会は当分の間、ないだろう。
‥‥
「独創的な芸術家」は、アロエヨーグルトの他に、朝はくるみとレーズンのパンを食べる。レタスをちぎり、イタリアン・ドレッシッングをかけて、食べる。
2種類の香りがある。それを嗅ぐ前と後で、心のありようが変わってしまう香り。そうでない香り。そんなことを偉そうに喋る。
「僕を変えることのできる香りは、それ自体変化する香りである」独創的な芸術家先生の、与太話と、ドレッシッングのメーカーをメモしておこう。
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風呂場で髪を切った。まるで小説のラストシーンみたいに。流すときシャワーの湯が入って、右の耳が聞こえなくなってしまった。耳鳴りもしない。
「小説」は中学生のとき僕が書いた。『アルジャーノンに花束を』を耳に置き換えて主人公を自分にした。手術で耳が聞こえるようになった、つんぼの少年は、最初に自分の耳鳴りを聞く。
これは空気の粒が擦れる音だと思い、最後まで自分の「病気」に気づかない。耳が良くなるのと平行して、「空気の音」も日増しに大きくなり、少年の両耳はそれで満たされ、何も聞こえないのと同じ。
ところでさっき鼻をかんだら、聴力は少し戻ってきた。‥‥気配だけの耳鳴りがする。
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よく利用する駅、小橋容疑者のポスターが消えていた。英会話学校の講師を殺して、逃げている男。もしかしたら捕まったのかな、と思う。ここ2、3日ニュースにはまるで接していないので、わからない。
「おい小池!」というポスターはまだある。ところで小橋容疑者だけれども、誰かに似ていると思っていた。知り合いの全員に、少しずつ似ている気がしていた。
小橋容疑者が被害者の女性の首を締め、殺害しようとしている場面を想像する。彼は声をあげている。彼女は声をあげようとしている。
浴槽に目一杯砂を入れ、その中に遺体を隠していたんだっけ、この人は。その場面を想像すると、殺された女性だけでなく両方が、とても気の毒に思えてくるのだった。
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台風が来て、地震が起きた。
そのあと、飛行機が落ちた。たくさんの人が死んだ。
彼らは、まず最初に、ニュース速報で死に、夜のニュースでまた死んだ。皮肉を言っているわけではなくて、皮肉が僕に話しかけてきたのだ。つまりそういうふうに感じた、というわけだが、皮肉が僕に話しかけてくるのは、初めての経験だった。
今日はいろんなものが、僕に話しかけてくる。これまで僕を見下して、口もきいてくれなかった「退屈」が、「高慢」が、「偏見」が、「冷酷」が、「美」が。彼らが何を言っているのか、まだよくわからない。けれど、このペースでいけばすぐに僕は、「皮肉」と対話ができるようになるだろう。
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